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新興貴族・テンコウ伯爵

 リヒトが負傷した女性を回復した日の午後……リヒトは一人、チーフテン国王に呼び出された。

 謁見の前に入ると、そこには多くの貴族が並び、まるでリヒトを出迎えるような配列だった。


「え、え……」

「さあ、こちらへ参れ」


 国王エドが言う。

 リヒトは、言われるがまま前に進む……すると、貴族の列に父でありピュリファイ公爵家の当主、メルキオールがいた。リヒトを見て睨みつけるような目をしている。

 意味が分からず、リヒトはエドの玉座前に跪く。


「簡易式で悪いな。正式な叙爵式はまた今度だ」

「え、えと」

「なんだ、もう忘れたのか? リヒト、貴殿に爵位を与える話だ」

「……ぇ」


 トウマが、そんな話をしていた。

 もしかしたらいずれ……と、リヒトは頭を痛めていた。

 リヒトが回復させた女性を医務室に送るのに付き添い、そのまま流れで医務室にいたマギナイツたちを治療し、疲労でそのまま休憩をしていたら夕方になってしまっていた。そして王の遣いに呼ばれて来たと思ったら、叙爵式である。

 エドは、跪いたリヒトに儀礼剣で肩を叩く。


「リヒト。本日よりそなたに『テンコウ』の名を、そして伯爵位を授けよう。リヒト・テンコウ伯爵……そなたには期待しておるぞ」

「あ、ありがたき、しあわしぇ」


 混乱寸前のリヒトは、かろうじて声を出した……最後の方はかなり引きつった声だったが。

 エドは言う。


「ははは。伯爵と言っても、今は学業優先だ。それとピュリファイ公爵家のことは心配するな。聞けば、お前は三男で、後継者はもういるのであろう? だったらお前が爵位を得たところで何の問題もない」


 エドは、わざとこの場にいる全員に聞こえるように言った。

 メルキオールの目元がピクリと動き、軽い舌打ちをしたようみ見えたリヒトだが、今は気にするほどの余裕がない。


「ああ、爵位を得た以上、領地などの話もある。だがまあ……そこに関しては問題ないだろう」

「も、問題ない、とは?」

「決まっている。七曜月下を討伐すれば、支配地域は解放される。その領地を任せるのにぴったりだな」

「ええええ!?」

「ははは。まあ、しばらくは何もできまい。とりあえず、学業を優先し、貴族当主としての勉強などするのだな」

「……は、はい」

「ああ。朕の所有している、王都の物件をひとつやろう。伯爵が王都に屋敷もないなど、恥もいいところだからな」

「……はい」

「屋敷には、トウマたちを先に向かわせた。あとで案内しよう」

「あ、ありがとう、ございます」


 リヒトは、状況を整理する時間が欲しい……と、真に願った。


 ◇◇◇◇◇◇


 話が終わり、リヒトは城を出た。

 そのまま馬車に乗って、王都の一等地にあるエドが所有していた屋敷へ。

 

「……で、でっか」


 正門が開き、馬車が広大な庭へ入って行く。

 そして、巨大な屋敷の前に馬車が停車……二十人以上の使用人、メイド、執事が出迎えた。


「「「「「お帰りなさいませ」」」」」

「あ、ど、どうも」


 ピュリファイ公爵家でも、こんな出迎えはない。

 すると、ドアが開き……一人の少女が騎士の敬礼をした。


「お帰りなさいませ、伯爵閣下」

「え、あ……あなたは」


 淡い灰色のポニーテールをした少女だった。

 騎士鎧を装備し、ビシッと敬礼をする。

 リヒトは見覚えがあった。つい先ほど、エドの前で命を救った少女だった。


「本日より、伯爵閣下付きの騎士となりました、サフェード男爵家のスワンと申します」

「……よかった。もう、大丈夫みたいだね」


 リヒトは安心していた。

 回復には自信があったし、完璧に治したつもりだった。だが、こうして元気な姿を見せてくれたことは、何よりも安心できた。

 スワンは跪いて言う。


「リヒト様。私……魔獣に敗北し、死を覚悟しました。朦朧とする意識の中、失った手足がまだあるような感覚がして……少しずつ、闇に包まれていって……でも、光が見えたんです」

「……光?」

「はい。あなたです。リヒト様……私の命に、新たな光を灯してくれたのは、あなたです」

「あ、いや……」

「ありがとうございます。リヒト様、私は、あなたに忠誠を誓います」


 スワンは、リヒトの前に跪いた。

 真っすぐすぎる感謝の言葉に、リヒトは赤面……スワンに立つように言う。


「スワンさん」

「スワンです。リヒト様、私はあなたの騎士。私に遠慮する必要など全くございません」

「あ、はい……その、うん」

「はい」

「あ、あはは……」


 リヒトは、妙に照れくさくなっていた。

 すると、屋敷のドアが開き、ラフな格好でホカホカしているトウマが出て来た。


「あ~いい湯だった。夜風が気持ちいい……ん? おおリヒト、戻って来たか」

「……トウマくん。いろいろ言いたいことあるんだけど」

「おう。まずは風呂入ってこいよ。この屋敷の風呂すっげえぞ!! 超デカいし、ボコボコする泡風呂だっけ? それに露天風呂もあるし、マジ最高!!」

「…………はぁぁ」


 リヒトは大きなため息を吐き、猛烈にお腹が空いていること、お風呂に入りたいこと、眠いので寝たいことと、トウマへの話は明日にすると決めたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 屋敷のダイニングで、みんなで朝食を取っていた。

 カトライア、マールは貴族の食事に慣れていたようで礼儀作法も完璧。だが、トウマとビャクレンはいろいろとダメだった。


「箸あるか箸。あと、ミソ汁欲しい。焼き魚あるか? 漬物くれ。ない? 漬物ってのは野菜を漬けたヤツでな……」

「パンが硬い。もっと柔らかいのをくれ。あと、パンの中にジャムが入ってるやつがいい。あとミルクに、デザートも欲しい」


 とにかくいろいろとやかましかった。

 マールは呆れ、カトライアは頭を押さえ、リヒトは申し訳なさそうにシェフに「ごめん、できるだけ希望を聞いてあげて」と謝っている。

 なんとか食事を終え、トウマたちはリビングへ移動……そして、マールが言う。


「リヒトさん。と……テンコウ伯爵、とお呼びした方が?」

「マールさん……その、できれば普通に呼んでくれると」

「ふふ、冗談ですわ。それにしても、十六歳で爵位なんて、すごい出世ですわね」

「確かにね。聞いたけど、七曜月下を討伐したら、支配地域をもらえるんでしょう?」


 カトライアが言うと、リヒトは首を振る。


「いやいや、いきなり領地とか言われてもサッパリだよ……というか、未だにテンコウ伯爵とか言われても、実感も何もないし。ていうかトウマくん……いろいろ言いたいことあるけど」

「お、なんだなんだ」

「……やっぱりいいや。それより、今後のこと、話さないとね」


 リヒトは、とりあえず全部後回しにすることに決めた。

 まず、光の国チーフテンに来たのは、七曜月下を討伐するため。

 トウマは言う。


「七曜月下の討伐。とりあえず、エドがいろいろ準備あるからその後で、ってことになった。軍備がどうとか、めんどくさいな」

「というか、それが普通ですわよ。むしろ、迅速すぎますわ」

「そうね。私たちを主導に、七曜月下を討伐するなんて……少し前までは考えられなかったわ」

「まあ、わたくしたちには七曜月下を討伐した実績もありますわ。それにカトライア、あなたのマギアは『レガリア』でもあるし、それにトウマさんの存在も大きいですわ。リヒトさんも、規格外の力を見せつけましたし……」

「……」


 と、リヒトが少し考え込んでいた。

 カトライアは、そんなリヒトを見て言う。


「リヒト、どうしたの?」

「いや……その、実はボクのマギアなんだけど、さすがに限界が来たのか、昨日からすごく調子が悪いんだ。マギア技師を呼んで、修理してもらわないと」


 杖型マギア『ティターニア』。

 リヒトの回復に、壊れながら直し、杖が壊れたら魔力で杖を直し……を繰り返し続けていた。新品同様に見えるが、無茶な使い方のせいでかなり『歪んで』いることにリヒトは気付いていた。

 マールが言う。


「トウマさん。国王陛下の準備が終わるまで、わたくしたちも準備を済ませましょうか」

「だな。土産物、グルメ、観光とやっちまうか」

「……なんか違うんだけど。まあ、そっちも気になるけどね」


 カトライアが否定しにくそうに言う。

 ビャクレンは黙っていたが、グルメと聞いて目を輝かせていた。

 リヒトは言う。


「町の観光なら、ボクに任せてよ。お土産とかも、いいお店を知ってるよ」

「お、いいね。じゃあ今日はみんなで、光の国チーフテンの観光だ!!」


 トウマが「おーっ!!」と手を上げた瞬間、リビングのドアがノックされ、執事の一人が言う。


「失礼いたします。旦那様……お客様です」

「……え、ああボクか。で、お客様?」

「はい。ピュリファイ公爵家当主、メルキオール様です」

「……え」


 やって来たのは、まさかのメルキオール……リヒトの父親だった。

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