アマデトワール公爵家
銀行は、質屋の隣にあった。
やや気落ちしていたアシェは「こほん」と咳払いし、トウマに言う。
「銀行は、生活用マギアでお金の管理をするところよ。ここで『口座』を作ってお金を預けておけば、専用カードでいつでもお金を引き出せるの」
「へー……でも、マギアだろ? 俺、マギア使えないんだが」
「それなら大丈夫。魔力、顔認証、カード番号、暗証番号で管理してるから。魔力がないのは仕方ないし、何とかなるでしょ」
銀行内はかなり広かった。
壁際には大きな箱型マギアがいくつも並び、カウンターには二十名以上の受付がいる。
空いている受付に近づき、アシェが言う。
「どうも。こいつの銀行口座を作るから、登録よろしくね。あと、生まれつき魔力がないから、魔力認証はなしで。いいわよね」
「魔力がない? えーと……あ、はい大丈夫です。魔力がない場合でも登録可能です。では、登録を始めますね」
「あと、これをこいつの口座に入金しておいて」
アシェは白金貨を一枚置く。
どうやら、マニュアルに『魔力なくても登録可能』という項目があったようだ。
用紙に名前、四桁の暗証番号を書く。
「へー、綺麗な字ね」
「そうか? 普通に書けるぞ」
文字は、二千年経っても変わっていなかったのは、トウマにとって地味に嬉しかった。
四桁の数字をどうするか悩む。
「ゼロ四つでいいか?」
「駄目。誕生日とかもダメよ。なんかないの?」
「……じゃあ」
トウマは、四つの数字を記入。
提出し、しばらくするとカードが発行された。
「カードの説明ですが」
「あ、アタシがするからいいわ。じゃ、ありがとね」
「はい。ありがとうございました」
受付から離れ、カードをしげしげとトウマは眺める。
「これで、どうやって金を?」
「あそこに、箱型マギアがあるでしょ? あそこで顔認証して、カード入れて、暗証番号を入力するとお金が出てくるの。やってみよっか」
トウマは、マギアにカードを入れる。
すると、マギアに付いていた『顔認証』が作動し、ガラス画面に文字が映った。
「うおおおお!? も、文字が出たぞ」
「魔導文字ね。そこに書いてあるでしょ? 暗証番号を」
「あ、ああ。技術の進歩はすごいな……」
暗証番号を入力。
金額を入力すると、ジャラジャラと金貨が出てきた。
「おお、すごいな」
「はい。あとは質屋でお金をもらうだけね。あ、アンタの口座に入金したお金、あとで返してよ」
「ああ、わかってるって」
銀行を出て質屋へ。
ハイドンにカードを見せると、そのまま専用の小さなマギアにカードを入れ、ポチポチと操作。カードを抜き、トウマへ渡した。
「入金完了でございます。それでは、月晶石はいただきますので」
「ああ、ありがとな」
「ううう……いいなあ」
「ふっふっふ。無一文……ですが、これを王家に献上すれば、ウハウハウハウハ!! やっほー!!」
「……アンタ、客の前でそんな態度するんじゃないわよ。ったく……トウマ、宿に行こっか」
「おう。じゃあハイドン、ありがとな」
「いえいえ。また何かございましたらいつでも!! あと、近く骨董品店をオープンしますので、ぜひお越しください!!」
もう店を出すつもりのようだ。
二人は店を出て、せっかくなので町一番の宿屋を目指す。
「アシェ、町一番の宿屋行こうぜ。俺の奢りでな!!」
「あら嬉しい。あ、お金あとで返してよ?」
「任せておけって。じゃあ、行くか」
二人は、町一番の宿へ。
中央広場にある宿で一番大きな建物へ入り、部屋を二つ確保。
当然、部屋は別々である。
「すっげえ部屋……!! こんな部屋見たことないぞ」
トウマの部屋は、何もかもが豪華な調度品しかない部屋だった。
大きな風呂付き、天蓋付きベッド、ソファーはフカフカで七階建ての建物から外を眺めると、町がよく見えた。
すると、ドアがノックされアシェが入って来る。
「トウマ。アタシ、これから王城で謁見申請してくるけど、アンタはどうする?」
「そうだなー、風呂に入ろうと思ったけど、お前と一緒に行って、そのままメシと酒を味わうのも悪くないって思ってるぞ」
「それいいわね。ってか、確かにお腹減ったわ……じゃ、一緒に行って、申請したらそのままご飯ね」
「おう。じゃあ、行きますか」
トウマは腰のベルトに刀を差し、アシェと二人で宿を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
巨大噴水のような形状をした王城へ到着し、さっそくアシェは門兵へ言う。
「私は、火の国ムスタングから来たアシュタロッテ・イグニアス。国王陛下への面会を希望するわ」
トウマにはわからないが、アシェはメダルのような物を門兵に見せる。
それは、イグニアス公爵家の証。門兵は驚きつつ敬礼し城の中へ。
「とりあえず、これでいいわ。あとは、近日中に面会の申請が通るから……」
「失礼します!! イグニアス公爵令嬢、国王陛下が面会なさるそうです!!」
「え? 嘘」
まさか、申請して数分で許可が下りるとは思わなかったアシェ。
驚きつつ咳払いし、「わかったわ」と兵士に言う。
そして身だしなみをチェック。
「こ、このままでいいかな……お風呂くらい、入ってくればよかったかも」
「別にいいだろ。王様もそんなの気にしないと思うぞ?」
「あのね、一国の王に会うんだから、みっともない姿見せられないでしょうが。アタシ、イグニアス公爵家の看板を背負ってるんだからね」
「お、おお……そう睨むなよ」
すると、案内のマギナイツが来た。
「失礼いたします。イグニアス公爵令嬢、私はマティルダ王国上級マギナイツ、ハンドレと申します。城内の案内をさせていただきます」
「ええ、ありがとう。よろしく頼むわね」
騎士ハンドレが完璧な一礼をし、アシェも返す。
トウマはよくわからなかったので適当に頷き、城内へ。
城内を歩き、トウマは言う。
「すげー……城の中にも水が流れてるんだな」
「ちょっと、喋らないでしょ。恥ずかしいでしょ」
「なんでだよ。別にいいだろ?」
「ははは、大丈夫ですよ。どうぞご自由にお話ください」
ハンドレがほほ笑むので、アシェは軽く息を吐いた。
「騎士ハンドレ、国王陛下は何故、こんな早く謁見を許可してくれたんですか?」
「簡単です。ウィズの町に来た『月詠教』を撃退したあなた方の話を、陛下はお聞きになりたいからですよ」
「え、えっと……そんなに気になります?」
「ええ。諜報部によると、ウィズの町に来たのは司祭、そして司教が十名ほど……あの場にいた監察の報告によると、中に『執行者』もいたそうです。まさか、部隊長や部下だけじゃなく、執行者まで始末するとは……そちらのあなたは、火の国ムスタングの秘蔵兵士ということでしょうか?」
「……ちょ、執行者!? トウマ、アンタ……執行者も斬ったの!?」
「執行者って……ああ、コソコソ隠れて見てるヤツいたからついでに斬ったぞ」
「な、なんで言わないのよ!?」
「いや別に、敵は倒したし、別にいいかなーと」
「ああもう……」
アシェは頭を抱える。するとハンドレが言う。
「そう言えば、謁見の間にアマデトワール公爵令嬢も来ています」
「え」
「あま、なんだって?」
「アマデトワール公爵家。『水』を司る七大貴族の一家で、この水の国マティルダの守護貴族です」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな」
トウマは「双剣だっけ……ワクワクしてきた」とニコニコしていた。
だが、アシェはなんとも微妙な顔をして言う。
「……マールーシェ、来てるのね。会いたくないわ……はぁぁ」
◇◇◇◇◇◇
謁見の間に到着し、ハンドレが一礼。
「それでは、これより陛下への謁見となります」
「ハンドレ、武器とかこのままでいいのか?」
「ちょ、馬鹿!! 呼び捨て!! この方も貴族よ」
「あ、しまった」
「ははは。問題ありませんよ、国王陛下は上級マギナイツほどの強さをお持ちですし、専用マギアはもちろん、障壁マギアも展開していますので、傷はつけられません」
「そっか……」
「……トウマ。馬鹿やらないでよね」
「へいへい」
扉が開き、謁見の間に続く道が開かれた。
アシェは緊張しつつ進み、トウマはいつもと変わらない。
すると、玉座に座る一人の男と、その隣に青い髪を逆立てた男が立っていた。
トウマの目が細くなる。
(──……あいつ、強いな)
水色の神を逆立てた騎士風の男も、トウマを見ていた。
そして、その隣には、水色の髪をゆるいウェーブにした、水色のドレスを着た少女が立っている。腰には二本の双剣が交差して差してあり、水色の瞳は穏やかに微笑んでいるように見えた。
そして、玉座に座った国王の前に、トウマとアシェが立ち、アシェが跪く。
「ちょっと」
「ん、ああ」
遅れてトウマも跪いた。
「面を上げよ」
国王は、意外にも若い声、若い顔立ちだった。
まだ二十代後半ほどだろうか。余裕そうな顔をして、玉座に頬杖をついている。どことなくお調子者のような……と、トウマは適当に思った。
水の国マティルダの国王、アクアリオは言う。
「火の国ムスタングからようこそ、イグニアス公爵令嬢。御父上は元気かな?」
「はい。元気にしております」
「かたい堅い。もっと気楽でいいよ。な、ガルフォス」
「はっ……」
水色の髪の男……七大貴族アマデトワール公爵家当主、ガルフォス・アマデトワールは頷く。
アクアリオは言う。
「聞いたぞ。そっちのお前、『月詠教』を斬り伏せたって? それに執行者まで」
「ああ、まあ、はい」
(バカ!! ちゃんとハイって言いなさいよ!!)
(王様とかにも会ったことあるけど、俺基本タメ語なんだよ)
(ここではちゃんとしなさいってこと!!)
「はっはっは!! よいよい、タメ語で構わんよ。そっちの方が新鮮で面白い」
「じゃあ遠慮なく。あ、立っていい?」
「ばば、馬鹿野郎……」
「構わんよ。はっはっは、新鮮で楽しいなあ!! お前、名前は?」
「トウマ・ハバキリ。月を斬るために二千年寝てた。いやー、今の世界って面白いな」
「あがががが……」
アシェは顎をガクガクさせ、トウマを睨みつけていた。
アクアリオはポカンとし、すぐに爆笑する。
「だーっはっはっは!! お前、面白いな? 二千年?」
「ああ。二千年前に『月神イシュテルテ』を斬って、そのあとに眠りについた。気付いたら二千年経ってるし、驚くことばかりだよ」
「はぁ~……面白い設定だなあ。なあ、ガルフォス」
「……いえ。陛下、この少年の態度、身に余りますぞ」
「そうか? オレ……じゃなくて、余は面白いと思うが。あ、トウマ。お前に聞きたいんだった。お前、どうやって司祭や司教を倒したんだ?」
「斬った」
「……えーと、マギアは? お前ほどのヤツだと、専用マギアあるんだろ?」
「んなもんない。ってか俺、マギアは使えないぞ。この刀で斬っただけ」
「カタナ……聞いたことない剣だな。それ、マギアか?」
「だから違うって。ただの剣」
「ふーむ、見せてくれるか?」
アクアリオが言うと、待機していた騎士がトウマに剣を渡すように言う。
トウマの剣をアクアリオは調べ、ガルフォスも調べた。
「ただの剣、だな」
「ええ。これは……加工前の剣型マギアですな。刻印も打ち込んでいない、ただの『黒檻金剛』の剣です。頑強さ以外に特に気になるところはありませんな」
「おいおいおい、トウマ……これで斬ったってのか?」
「ああ。なんなら、見せてやるか? 硬いの斬るぞ」
「はっはっはっはっは!! 面白いな。じゃあ……オレを守るこの『守護型マギア』を斬れるか?」
アクアリオが玉座のスイッチを押すと、玉座を水色の球体が包み込んだ。
トウマは剣を返してもらう。
「この守護マギアは、世界で七つしかない最高の防御型マギアでな、理論上、ありとあらゆる攻撃を無効化する。代々、王族に伝わるマギアの一つだ」
「へー、それ斬っていいのか? 大事なんだろ?」
「構わんよ。斬れれば」
次の瞬間、ズバン!! と派手な音がして、水色の球体が砕け散った。
「……へ?」
「斬ったぞ。見えた?」
「……う、嘘だろ。おいトウマ、何を」
「斬った。これで」
トウマは、刀を軽く振る。
アクアリオは唖然としたが、すぐに笑みを浮かべ、爆笑した。
「だーっはっはっはっはっは!! マジか? おいガルフォス、見えたか?」
「いえ……腕がブレて、二十二回ほど斬ったのはわかりましたが、最後までは」
「あ、七十四回斬った。二十回も見えたのすげえな……」
「面白い!! トウマ、お前、どこの国に仕える予定だ?」
「いや、仕えるつもりなんてないぞ。俺、月を斬るために世界を回るし」
「く~~~!! お前の話聞きたいな!! どうだ、今夜泊っていけよ」
「悪い。町の高級宿取ったからまた今度な。明日とかでもいい?」
「おう。いやぁ、久しぶりにワクワクしてる。なあガルフォス……あ、そうだ」
アクアリオはポンと手を叩く。
「なあトウマ。腕試しするか?」
「え?」
「この国最強の騎士ガルフォス。マティルダ王国の守護騎士と手合わせ……」
「お待ちください、陛下」
と、ここで黙っていた少女が言う。
視線が少女に集中……少女はトウマに向かって丁寧に一礼した。
「初めまして。アマデトワール公爵家が三女、マールーシェ・アマデトワールと申します」
「ああどうも。お~……美人だな」
「ふふ。お上手ですわね。陛下……彼の実力をお試しになるのなら、ぜひ私にお任せください」
「おお? ふむ……それも面白そうだ。なあ、ガルフォス」
「……マールーシェ」
「お父様。彼は私の獲物ですわ……ふふふ」
サディスティックな笑みを浮かべ、マールーシェはトウマに微笑む。
「トウマ様、私とダンスを踊ってくれますか?」
「いいぞ。お前は……うん、強いな」
「フフフ。楽しみましょうね」
こうして、トウマとマールーシェによる摸擬戦が始まるのだった。
ちなみに、アシェは。
「……………………」
一国の王に対するあまりの態度のトウマに驚き、跪いたまま気を失っていた。