沸点
トウマ、ビャクレン、マール、カトライアが風呂から出て、四人でこれからのことを話そうとしていると、どこか顔色の悪いリヒトがやって来た。
何やら言いたいことがあるらしい。その事情を聞こうとしたら、トウマの腹が盛大な音を立てた。
「腹減った。なあ、メシ食いながら話そうぜ」
というわけで、宿屋の食堂ではなく、近くの大衆食堂へ。トウマが宿に入る前に目星を付けていた大衆食堂で、いろいろな客が入り混じって活気のある食堂だった。
五人掛けの席に座り、とりあえずいろいろな料理を注文。
やってきた料理は、肉と魚が半々で、どれも見栄えがよかった。
「おおお~!! なあなあ、これはなんだ?」
「これは『ホワイトマース』っていう川魚だよ。淡泊で、甘みがあるのが特徴なんだ。塩がよく合って、お酒を飲む人たちはみんな大好きなんだ」
「この肉はなんでしょうか?」
「これは、『フットパーン』っていう、チーフテンの固有種である牛魔獣。山に生息してて、この辺りでは一般的な牛肉なんだ」
トウマ、ビャクレンがとにかく質問をしながら食べていた。
魚は甘く、肉はコッテリしており、トウマとビャクレンだけでなく、マールやカトライアも質問をしながら食べる手が止まらない。
「おいしいですわ……水の国マティルダはお魚が自慢でしたけど、チーフテンのお魚も負けていませんわね……」
「このお肉、コッテリしてるけど、口の中で脂が溶けていくみたい……不思議、サラサラしてるような、でも濃厚な……すごいわ」
リヒトは、故郷の料理を褒められて、少しだけ笑顔を取り戻していた。
◇◇◇◇◇◇
食事も落ち着き、五人はお茶を飲みながらまったりした。
そして、トウマは楊枝を咥えながら言う。
「んでリヒト。なんかあったんか?」
「か、軽いですわね……」
呆れるマール。リヒトは苦笑し、ため息を吐き……ポツリと言う。
「その……実家で、大声出して、魔力を暴走させちゃって。逃げて来たんだ」
「ま、魔力の暴走って……あなた、魔法を覚え始めた新人じゃあるまいし」
カトライアも呆れる。だが、リヒトは再びため息を吐く。
「わかってる。でも……七曜月下と戦ったあとから、魔力がうまく言うことを聞いてくれないことが多くなったんだ。感情の制御もうまくできなくて……魔力を暴発させて、家の壁を壊しちゃって……しばらくは、家に帰れない。それに……」
「それに?」
「……父上に、セブンスマギア魔導学園を辞めろ、って言われたんだ」
「「!?」」
カトライア、マールが驚愕する。
トウマの表情は変わらない。
「お前、それに納得できないから、感情が爆発したんだろ」
「……うん。ボクは、未熟で、弱くて、回復しかできないけど……でも、みんなと力を合わせて、七曜月下と戦えた。ボクだって……やれるんじゃないか、って思えたんだ。みんなを仲間と思ってる。だから……学園、やめたくない」
「じゃあ決まり。辞めないで、俺らと一緒にやればいい。よし話は終わり!! とりあえず、この国を支配している七曜月下について教えてくれよ」
「お、終わりって……」
「とにかく、お前はもっと感情を出せって。怒る時は怒って、悲しい時は泣いてさ。オドオドするのもやめろって。そうだな……もっとこう、感情を出してみろよ。お前が怒ったところ、見てみたいな」
「いや、いきなり言われても……急に怒るなんて」
「んー、そうだな」
と、ここまで話した時だった。
別の席に座っていたガラの悪そうな少年たちが数名、トウマたちのテーブルにやってきた。
数は四人。全員、鍛えられた身体をしており、どこかの学園の制服を着ていた。
リヒトは、少年たちを見て目を逸らす。
「これはこれは。ピュリファイ公爵家の三男坊じゃありませんか」
「セブンスマギア魔導学園に行ったんじゃなかったのか?」
「くく、回復しかできない落ちこぼれくん。てっきり、医学園に来るのかと思ったら」
「へえ、女の子三人も連れて、いい身分だねぇ」
公爵家であるリヒトを、どう見ても馬鹿にしていた。
マール、カトライアがコソッと言う。
「リヒトさん。いろいろと肩身が狭いようですわね」
「まあ、魔法の世界も家柄と才能が全てだからね。リヒトは、家柄はいいけど、才能がないって馬鹿にされて育ったんでしょ? こういう勘違いした連中も出てくるのよねぇ」
マール、カトライアは気にしていない。ビャクレンは見てすらいない。
トウマは、リヒトに言う。
「ちょうどいいや。よく見てろ」
「……え?」
トウマは立ち上がると、少年たち四人と向かい合った。
次の瞬間──凍り付くような殺気が放たれた。
リヒトたちはトウマの背中しか見えない。だが、少年たちが震えだし、歯をカチカチ鳴らしながら滝のような汗を流し、後ずさることもできずにトウマを凝視していた。
濃密な殺気は、食堂全体に広がる。
マギナイツ、マギソルジャーたちや、引退した戦士なども気付いた……が、動けない。あまりの殺意に身体が動かないのだ。
原因は、当然、トウマ。
トウマは、額に青筋を浮かべ、髪が逆立ち、歯を剥き出しにして、殺意を込めて言う。
「失せろ糞餓鬼。喰い殺すぞ」
「「「「ッッッッヒィィィィィィィィィィ!!」」」」
少年たちが逃げ出した。同時に殺気が霧散し、笑みを浮かべたトウマが振り返る。
「と、こんな風にキレる。もちろん、感情に任せた怒りじゃなくて、怒り、殺意をコントロールして……って、あれ」
食堂内が静寂に包まれ、トウマたちは大注目されているのだった。
◇◇◇◇◇◇
食堂から逃げるように宿へ戻り、トウマの部屋に集合した。
「おばか」
「バカ」
「うぐ……わ、悪かったよ」
素直に謝罪。ビャクレンは「さすが師匠の殺気!!」と褒め、トウマが嬉しそうだったのでマールとカトライアがトウマの頬を両側からつねり大人しくさせた。
そして、トウマは頬をさすって言う。
「さて……仕切り直し。これからのことだけど」
「まず、光の国チーフテンの国王陛下へ謁見し、七曜月下討伐の協力を取り付けることですわね」
「やっぱそうなんのかー……めんどくせ」
「トウマ。言っておくけど、勝手に支配領地に入るのはダメ。てか何度も言ってるわよね」
「へいへい。この時代のルールに従いますよ、っと」
トウマは欠伸をする。
リヒトが続きを話す。
「光の国チーフテンの半分は、七曜月下『待宵』ギームスの支配する土地なんだ。実はボク、一度も見たことなくて……」
「ビャクレン。お前は?」
「さあ、知りません。興味もないですし……でも」
「でも?」
「間違いなく、『天照十二月』の誰かが……いえ、もしかしたら何人か来ると思います。師匠は私、オオタケマルと二人を降していますから、月光の三聖女も間違いなく、師匠を敵と見ているかと」
「最高の展開になってきた!!」
トウマはワクワクし始めたのか、身体を揺する。
「師匠。私は立場的に、月詠教とは戦えません。師匠の戦い見て学ぼうと思います」
「おう。しっかり学ぶように」
「はい!!」
「ちょ、そこそこ!! 七曜月下以上の脅威が来るって……それ、とんでもないじゃない!!」
「あわわ……」
「うーん、あんまり慌ててない自分がいることに驚いていますわ」
カトライア、リヒトは驚いていたが、マールは苦笑するだけだった。
マールは言う。
「とにかく、明日の謁見で七曜月下について、チーフテンが持つ情報を教えてもらわないといけませんわね。トウマさん、その『天照十二月』は、お任せしてよろしいのでしょうか?」
「ああ、いいぞ。七曜月下と残りの雑魚は任せるから」
「雑魚、って……はああ、今回も覚悟を決めないとね。ね、リヒト」
「う、うん……」
リヒトは、どこか不安そうに、自分の胸に手を当てるのだった。