光の国チーフテン
光の国チーフテン。
馬車は、大きな外壁を抜け農地へ。その先にある城下町へ向かっていた。
トウマは起き、大きな欠伸をして馬車の外を見た。
「あれ、農地じゃん……街は?」
「町は農地の先。ここは外壁の内側にある農耕地なんだ」
リヒトが説明する。
「光の国チーフテンは、農業国でもあるんだ。肥沃な大地はもちろん、日照時間も多いから作物がよく育つ理想的な土地でもあるんだよ」
「へぇ~、じゃあ野菜がうまいのか!!」
「ま、まあそうだけど……」
食べることばかりのトウマ。すると、いつの間にか寝ていたビャクレンも起き、欠伸をする。
「ふあ……ん、到着か」
「ああ。ビャクレン、ここ野菜が美味いんだって」
「なんと。私、肉も好きですが野菜のが好きなんです!!」
「……なんだか、この二人を見ているとこれから戦いが控えているとは思えませんわね」
「同感……アシェの代わりに、私とマールが苦労しそうな気がするわ」
マール、カトライアが苦笑する……アシェほど厳しいツッコミを入れることは恐らくない。
そして、馬車は農地を抜け、城下町を囲う外壁を抜けた。
城下町は立派だった。綺麗な建物、整地された道、明るい顔の住人たちばかり。
馬車は、大きな宿へ到着。アスルルが最初に降り、宿屋と話をつけて戻って来た。
「四部屋、確保しました。滞在期間中はこちらの宿を自由にお使いください。後日、ピュリファイ公爵家から使者を送りますので、国王陛下への謁見を」
「わかりましたわ。アスルル様、感謝いたします」
マール、カトライアが貴族令嬢としての礼をする。
火の国ムスタングの聖印、そして国王陛下直筆の協力要請書を持っているのだ。しかも他国の守護貴族の令嬢でもある。礼を尽くさない方が無礼と考えたのだろう。
アスルルも礼で返し、リヒトに言う。
「お前は実家だ。わかるな」
「はい、姉さん」
「あ、リヒト。終わったらこっち来いよ」
「え……」
「なに不思議そうな顔してんだよ。ここ、お前の実家ある国だろうが何だろうが、俺たちの仲間として同行してんだろ」
トウマは当たり前のように言うと、リヒトはポカンとし、アスルルは微妙に眉を吊り上げた。
「……トウマ、殿。リヒトはピュリファイ公爵家の」
「だから、それはそれ、これはこれ、だろ」
「と、トウマくん。さすがに」
「とにかく、こっち終わったら来いよ。来なかったら迎えに行くからな」
そう言い、トウマは宿にズカズカ入って行く。
マール、カトライアが後を追い、残されたビャクレンは言う。
「そこのお前。アスルルと言ったな」
「……ああ、それが?」
「師匠に敵意を抱くのは自由だ。だが……貴様が刃を向けた瞬間」
次の瞬間、ゾッとするような殺意がアスルルを貫いた。
「──これで理解できたか?」
ビャクレンはそれ以上言わず、宿へ入った。
「…………」
アスルルは動けなかった。
ピュリファイ公爵家の誇る、剣型マギア『オベロン』を抜こうとも思えなかった……それくらい、ビャクレンの研ぎ澄まされた殺気は強烈で、一撃で『死』を連想できた。
「あの、姉さん」
「……行くぞ」
アスルルは馬車に乗り、リヒトも慌てて馬車に乗り込んだ。
◇◇◇◇◇◇
宿は高級で、部屋も豪華で広かった。
四部屋確保したとのことで、二階のフロアを丸ごと貸し切りにしたようだ。
間取りは皆同じで、大きなベッド、風呂トイレ付、バルコニーもあった。
部屋に入ると、トウマが先に行かせた馬車が到着し、それぞれが荷物を受け取った。
荷物を受け取るなりマール、カトライアは。
「やっと着替えられるわ!!」
「ええ。カトライア、お風呂もありますわ」
「うんうん!! あ~、さっそく入ろっと。マールもでしょ?」
「ええ。ふふ、入浴剤も持参したので。カトライア、使います?」
「ちょうだい。ん~うれしい」
マール、カトライアはキャッキャしていた。
トウマも風呂は嫌いじゃない。自分も入ろうかと思っていると。
「あ、ビャクレン。あなたは私かマールと一緒ね」
「な、何故です?」
「ふふ。トウマさんのところへ行くつもりでしょう? 言っておきますけど、アシェに頼まれた以上、不埒な真似はダメですわよ」
「うぐぐ……」
基本的に、ビャクレンはトウマに『仲間の言うことは聞け』と言われているので、このように言われたら従わざるを得ない。トウマが「一緒に風呂入るぞ」と言えばそっちに従うのだが。
「トウマ。言っておくけど、エッチなお店に行くとか、ビャクレンをベッドに誘うとか絶対ダメだからね。破ったら、アシェに言いつけるわよ」
「わ、わかったよ……ううう、ちくしょう」
トウマも、女性陣には弱いようだ。
なので、アシェたち『斬月』の女性人たちが許さなければ、トウマと『経験』することはできないとビャクレンは思っていた。
ビャクレンは言う。
「どちらか、ではなく……三人で入りませんか? お風呂は広いですし」
「「…………」」
マール、カトライアは顔を見合わせ、クスっと微笑んで頷いた。
「そうね。親睦を深めるために、お風呂は一緒にしましょうか」
「ふふ。女同士で、裸のお付き合いですわね」
三人はマールの部屋の風呂へ行ってしまった。
残されたトウマはポツンと一人で、自分の部屋に入って言う。
「……まあ、仲良きことは、って言うしな。うん、寂しくなんてないぞ!! よし、風呂だ!!」
トウマはたっぷり風呂で汗を流すのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ、リヒトは。
◇◇◇◇◇◇
ピュリファイ公爵家。
光の国チーフテンにある貴族街区画で、最も大きな屋敷。
リヒトは馬車から降り、久しぶりに実家を眺めていた。
(……帰って来たけど、不思議だな)
懐かしい気持ちが全く湧かなかった。
冷遇され、落ちこぼれの烙印を押され、追い出されるように火の国ムスタングへ送られ……気が付けば、仲間と呼べる友人ができた。
なんとなく微笑んでしまう。すると、アスルルに背中を押された。
「何をニヤけている。まずは、父上に報告だ」
「あ……はい」
アスルルと二人、屋敷へ入る。
そして、ピュリファイ公爵家当主であり、リヒトの父のいる書斎へ入る。
そこにいたのは、白い長髪の、色白の男性だった。
美青年と言ってもいいくらい若々しい。
「父上、ただいま戻りました」
「ご苦労」
アスルルが挨拶をすると、ピュリファイ公爵家当主、メルキオールは若々しい声で言う。
そして、リヒトに視線を向けた。
「なぜ、貴様がここにいる」
「……ご説明、いたします」
リヒトは話す。
七曜月下討伐、そして火の国ムスタング主導で結成された七曜月下討伐組織『斬月』……リヒトがそこに所属することになった経緯を。
メルキオールは「フン」と鼻を鳴らして言う。
「火の国め……全ての発祥の地であるからと言って、好きにしおって」
「えっと……陛下にも、書状が届いているはずです。火の国ムスタング国王からの、正式な書状が」
「言われずとも理解している。フン……当主候補ではない、守護貴族の三男だから、所属を許せとでも言うつもりか。くだらん……リヒト」
「は、はい」
リヒトは緊張していた。
メルキオールは、実子であるリヒトに異常に厳しい。親族の子を娘として引き取り育てているアスルルとは違う。
アスルルは、リヒトの姉ではあるが、血は繋がっていない。
メルキオールの実子は三人。長女、次女、長男のリヒトだ。だが……守護貴族でありながら、実子は三人とも戦闘の才能に恵まれていない。だからこそ、分家である親族からアスルルを引き取り、当主候補として育てている側面があった。
メルキオールは言う。
「本日付けて、セブンスマギア魔導学園を退学しろ。貴様の望みだった薬学院に通わせてやる」
「え……」
「帰って来たのはちょうどいい。フン……三男で才能のないクズだろうが、ピュリファイ公爵家の血であることに変わりない。勝手な真似をされて素直に従う義務はないと、教えてやらんとな」
「そ、そんな……」
話は終わりとばかりに、メルキオールは「失せろ」とばかりに手を振った。
リヒトは言う。
「ち、父上!! お待ちください、ボクは」
「失せろ」
それだけだった。
アスルルが、リヒトの肩を掴んで引こうとする……が。
「…………」
「おい……?」
妙だった。
リヒトの肩が、熱かった。
「イヤだ……」
「……なに?」
メルキオールはリヒトを見た。
そして、気付く……リヒトの魔力が、膨れ上がっていた。
知る由もないが、それは、七曜月下『夜行』のシャードゥとの戦いで見せた、感情による魔力の爆発の直前と似ていた。
シャードゥとの戦いで解放されたリヒトの魔力は、ささいな感情の揺れで刺激されると、一気に迸ることに、リヒトも気付いていない。
魔力と一緒に、普段は見せない激情も爆発した。
「イヤだって言ったんだ!! ボクは、あの学園に通いたいんだ!! くそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
魔力が爆発し、波のように放出された。
窓ガラスが吹き飛び、壁に亀裂が入り、アスルルが吹き飛ばされ壁に激突。
メルキオールは耐えたが、息子の魔力の量に絶句していた。
ハッとしたリヒトは、顔を青くし……部屋を飛び出した。
「待て!! くっ……父上、追います!!」
アスルルがリヒトを追った。
残されたメルキオールは、肩の汚れを払いながら呟いた。
「……出来損ない、ではなかった。ということか……フン」