女の肌
マール、カトライアは岩トカゲに苦戦することなく全滅させた。
一方、『ティターニア』を手に立ったままのリヒトは、俯いている。
トウマは近づき、リヒトの背をペシッと叩いた。
「なーに落ち込んでんだ?」
「……トウマさん。その……どうすればいいのか、わかんなくて」
「どういうこった?」
「……ボク、回復で最強を目指すって決めたけど、マールさんもカトライアさんも、怪我することなく戦えてるから、出番がなくて……だから、ボクは必要ないんじゃないか、って」
「今は、だろ」
「え……?」
リヒトは顔を上げる。
トウマは、さも当然みたいに言った。
「これから先、あいつら程度じゃ勝てない敵はいくらでもいる。その時がお前の出番だろ? 今、何もすることがないからって落ち込んでも意味ないぞ? そもそも俺ら、七曜月下の討伐に行くんだぞ? 無傷で終わるわけないじゃん」
「…………」
「落ち込んでる暇あったら、今できること何でもやれよ。積極的、積極的」
「あ……う、うん」
トウマはリヒトの背をバンバン叩き、マールとカトライアの元へ。
「お疲れ。お前ら、めちゃくちゃ強くなったな。ってかマールの双剣かっけえ」
「うふふ、ありがとうございますわ」
「確かに……強くなったわね」
岩トカゲの名前はわからないが、カトライアはグロンガ大森林で戦った魔獣と同じくらい、この岩トカゲが強いと感じていた。
それを数十匹、レガリアという武器があることを差し引いても、カトライアは苦戦することなく倒せた。同じくマールもだ。
自身の成長……七曜月下の討伐したこと、トウマの過酷な訓練を受けたことでついた実力、自信が、間違いなく二人の力となっていた。
トウマは言う。
「二人とも、まだまだ強くなるぞ。この調子で、七曜月下の討伐も頑張ろうな」
「ええ、わかってる」
「はい、お任せですわ」
「よーし。じゃあ、さっさと辛気臭い岩場を抜けようぜ!!」
トウマたちは、この後も苦戦することなくガジュマ岩石地帯を抜けた。
そして、水の国マティルダへの国境を抜け、次の経由地へ到着するのだった。
◇◇◇◇◇◇
次の経由地は、水の国マティルダの危険地帯であるヴェノム毒湖だ。
岩石地帯を抜けた先にある小さな森に入り、トウマたちは野営をする。
荷物などない。薪を集め、葉っぱを集めて寝床にし、交代で見張りをしながらの野営だ。
夕食は、近くの湖で執った魚と、ビャクレンが狩った馬のようなサイズのウサギ……『ビッグラビット』という魔獣の肉だ。
それを解体し、骨付きのまま焼く。
そして、トウマは一つだけ用意していた。
「ふふん。頑張ったみんなにご褒美……じゃじゃーん!!」
「「「おおお!!」」」
トウマが見せたのは、塩コショウの瓶。
焼いた肉に振りかけるだけで絶品となる、まさに魔法の調味料だ。
「まあ、いつもは持たないんだけど、今回はいいだろ。焼いた肉に振りかけるだけで、絶品だぞ~?」
「最高ですわ!!」
「ん~たまらない!!」
「お、おいしい……!!」
「師匠、もっと、もっと振りかけてください!!」
塩コショウをかけたウサギ肉は絶品だった。
そして、食事を終え、トウマが近くの木を切り倒し削ったカップに、マールがマギアで水を注いでみんなで飲む。
マールは、魚を取った小さな泉を見て言う。
「あの、水浴びしても構いませんか? その……汗のにおいがしますので」
「別にいいぞ」
「やった。じゃあマール、行きましょうか」
「ええ。ビャクレンさん、あなたも」
「そうだな。では師匠、ご一緒に」
「おう」
と、当たり前のようにトウマが立ち上がるが、マールとカトライアが押しとどめた。
「な、なんだよ」
「ダメですわ」
「そうよ。ビャクレン、あなたもダメ」
「な、何がでしょうか」
「アシェに言われてますの。トウマさんとビャクレンさんが、不埒な真似をしないように見張っておく……というわけでトウマさん。ビャクレンさんとエッチなことをするのはダメですわ」
「えええ~……せっかくアシェの目から逃れられたのに」
「はいはい。そういうのは、十八歳になってからやりなさい」
「俺、二千歳超えてるけど」
「「ダメ」」
カトライア、マールはビャクレンの背中を押して泉へ。
黙っていたリヒトは、がっくりしているトウマに言った。
「あ、あはは……トウマさん、大丈夫?」
「……おう。あと、前から気になってたけど、そのトウマさんってやめて」
「え……じゃあ、なんて」
「トウマでいいよ。呼び捨て」
「え、えええ? いや……じゃあ、トウマくん、って呼ぶよ。呼び捨てはちょっと……」
「……まあいいけど。あ~、女ぁ抱きたかったなぁ」
「こ、声大きいよ」
「なあリヒト。お前は女を抱きたいとか思ったことないのか?」
「ブッ……ななな、何を」
「俺はあるぞ。女ってすげえよなあ……若いころは、身体の作りが違うとか、オスとメスの違いくらいしか考えてなかったけど、じっくり見るとこう……オスの本能を刺激されるというか。胸とかすげえ柔らかそうだよなあ」
「あ、う」
リヒトは、顔を真っ赤にしていた。
焚火の揺らめきだけでも、その色がわかるほど照れている。
「よし……リヒト、行くぜ」
「え」
「女の肌、お前見たことないだろ? 同級生だし、見ておけ」
「……じょ、冗談、ですよね」
トウマは、リヒトの腕をガシッと掴む。
そして、脇差を抜き、自分とリヒトの周囲を何度も斬りつけた。
「嘘神邪剣、『気配殺し』」
トウマ、そしてリヒトの『気配』を斬り殺した。
これにより、二人の気配は存在しなくなる。
ただ、これは無限に続く技ではない。
「三分。俺らは世界の認知から外れる。こうして喋っても、俺ら以外には聞こえないし、真正面に立っても存在しないような扱いになる。ってわけで行くぞ」
「え、ちょ、いや、さすがに……って!?」
トウマは、リヒトを引いて泉へ。
岩の上には脱いだ服、下着があった。この時点でリヒトは真っ赤になり目を逸らす。
そして、トウマとリヒトは岩場の影からそ~っと、水場を覗き込んだ。
「ふう……石鹸、欲しいですわね」
「我慢なさいな。野営道具の中に、用意はしてたけど……」
「そんなに必要なのか? 私は別に」
そこにあったのは、裸だった。
「ッッッっぶっは!?」
リヒトは鼻血を噴き出す。
トウマは、リヒトの顔を押さえて言う。
「すげえよな、女って」
「…………」
「昔、俺の仲間にも女はいた。性別何て気にしたことなかったけど……それでも、男より強い女はいくらでもいた。あんなにしなやかな身体で、柔らかそうな肉で、男よりも鋭い一撃で放つ女がいた」
「…………」
「そいつはさ、結婚して子供産んだ。挨拶に行った時は、子供抱いてたけど……不思議なんだ。そいつ、剣はもう振ってないって言うのに、子供産む前より強くなってたんだ」
「…………」
「わからなかった。そいつに聞いたんだ……そしたら、守るべき物ができた、それだけで強くなれたって言うんだ。男を知って、子供を産んで、女は変われるって知った。そして、そいつの夫……当時の仲間でも、最弱だった剣士だけど……桁違いに強くなってた」
「…………」
「俺には、理解できなかった。だから……俺は、女を知りたいんだ。男が女を知れば、強くなれるってことを知りたいんだ……って、聞いてんのか?」
リヒトは、同級生の裸を見たショックで、鼻血を吹いて気を失っていた。
とりあえず、トウマはリヒトを担いで焚火へ戻る。
そこに、水浴びを終えたマールたちが戻ってきた。
「さっぱりしましたわ~」
「交代ね。トウマ」
「師匠、火は私たちで見ますので……と、どうしました?」
リヒトが倒れているのを見て、ビャクレンが首を傾げた。
トウマは言う。
「いろいろ、衝撃を受けたみたいなんだ。まあ、そのうち起きるだろ」
「「「……???」」」
結局、リヒトは朝まで起きることはないのだった。