出発準備
トウマは、グラファイトの金物屋にいた。
そして、グラファイトに『瀞月』を渡す。
「じゃあ、頼む」
「ああ、任せてくれ」
ここに来たのは、刀を研いでもらうためだった。
グラファイトは鞘から刀を抜き、刀身をジッと眺める。
「はぁ……本当に美しい。我が祖先の打った刀……本当に、美しいとしか言えない」
「お前にも打てるだろ。なんたって、コンゴウザンの子孫なんだからな」
「ははは……どうかな」
グラファイトは曖昧に微笑み、研ぎを開始する。
トウマは作業の邪魔をしないよう、気配を殺してその様子を見ていた。
「……」
トウマは、刀に詳しいわけではない。
だが……刀を研ぐグラファイトを見て、研がれている『瀞月』を見ると、まるで刀が気持ち良さそうに喜んでいるように見えた。
グラファイトは、始まって数分としないうちに、汗びっしょりになっている。
「ふぅ……」
「すげえ汗だな……大丈夫か?」
「ああ。これほどの刀、研ぐだけでも緊張するからね」
グラファイトに任せれば大丈夫。
トウマはそう思い、仕事をするグラファイトを眺めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方、支配領地解放組織『斬月』の拠点では。
アシェが、カトライアとマールのマギアを整備していた。
「……うーん」
「アシェ、どうしましたの?」
「私の『ガイア』に不備でも?」
「いや、そうじゃなくて……よくわかんないのよ。さすがにレガリアの整備、調整なんてしたことないし。というか……始まりのマギア。まさか、この手で触れることになるなんてね」
七聖導器。
始まりのマギアにして、七つ存在する超兵器。月晶石を核としたマギアは、アシェから見ても構造が複雑で、理解できない部分が多くある。
マールは言う。
「でもアシェ。レガリアを作ったのは『脳神』……あなたのご先祖様でしょう? あなたにも理解できると思いますわ」
「ご先祖なんていっても、赤の他人よ。というか、全てのマギアはレガリアの模造品って言うけど……納得だわ。ごめんカトライア、アタシじゃ整備できないわ」
「問題ないわ。それに、お母様専属のマギア技師も、レガリアについてはお手上げ状態だったようだし……整備とかじゃなく、汚れ掃除くらいしかできなかったって」
「お父様はどうだったのかな……」
「わたくしのお父様も、どうしていたのかしら……」
謎が深まるばかりだった。
とりあえず、『ガイア』は汚れの掃除だけし、マールの『ハールート&マールート』の整備をする。
アシェは、マールに言う。
「ねえマール。この双剣、使いにくいとかある?」
「え?」
「構造理解できたし、改造できるわよ。イグニアス公爵家の技術と合わせれば、面白いの作れるかも……」
「まあ、そんなことが?」
「うん。二日あればできそう。学園長の支援もあるし、いくつか素材を手に入れて……」
「ふふ。楽しそうですわね。では、お願いいたしますわ」
「お任せ。今回、アタシはお留守番だしね……トウマのバカ」
どこかアシェは拗ねているようだった。
これまで、トウマの行く先々での戦いにアシェは関わって来た。だが、今回は留守番……理由が『畑を燃やすかもしれない』という、よくわからない理由だった。
もちろん、学園があるから行けないこともわかっている。
トウマについていくマールたちは、試験などは免除されるようだが……それでも、一緒に行けないことに、アシェはモヤモヤしていた。
アシェは言う。
「あ、そうだ。マールにカトライア、トウマとビャクレン、ちゃんと見ててね」
「はいはい。お二人が『不埒な行為』をしないように、ですわね」
「『そういう行為』をするのは、個人の自由だと思うけど……アシェ、気になるの?」
「そりゃそうでしょ。ってか、恋愛感情もないのに、『そういうこと』を軽々しくヤるとか、その……」
アシェはモジモジしていた。
マール、カトライアも恥ずかしいのか言葉がない。
「と、とにかく、ダメなのはダメ!! 部屋は別々で、夜は二人きりにさせないように!!」
「「はいはい」」
「はいは一回!! ったくもう……」
モヤモヤしたまま、アシェはマギアの改造を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
リヒトは、学園に戻り、自分の派閥の同級生に言った。
「その……近く、実家に戻る用事があるから」
「ああ、そうですか」
「わかりました」
「お気をつけて、リヒトさん」
「お気をつけて」
リヒトの派閥は、リヒトにあまり興味がない。
そもそも、リヒトは実家からも期待されていないとわかっているので、派閥とは言うが、ただピュリファイ公爵家の配下貴族として集まっているにすぎない。
わかってはいたが、リヒトは一応言った。
「地の国ヴァリアントの七曜月下討伐について、実家に説明をしに行かなくちゃいけないんだ。しばらく留守にするから」
派閥の同級生は返事をせず、軽く頭を下げるだけだった。
リヒトは教室を出る。
「まあ、わかってたけどね……」
今日は休日。集められた配下貴族の同級生たちは、どこか不機嫌そうにもしていた。
信用もされていない、興味も持たれていない。
リヒトは小さくため息を吐き、拠点へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
ヴラド、ハスター、シロガネの三人は、町の食堂にいた。
ハスターに誘われ、シロガネ、ヴラドが食事をしていた。
「さて、さっそくだけど……トウマたちが帰ってきたら、次はどこに行くか決めようか」
「あぁ? んなもん、トウマが決めることだろ」
「かもね。でも、次は風の国に来てほしい、って思ってるんだ。キミたちにそのつもりがなければ、帰ってきたら風の国に誘おうと思う」
「……待て」
すると、シロガネが言う。
「トウマは、雷の国イスズに来てもらう。そうしなければならない理由がある」
「お、言うね。その理由、教えてくれる?」
「…………」
シロガネは、二人に語ることなく無言を貫いた。
ヴラドは言う。
「くっだらねぇ……まあ、オレはどうでもいい。そもそも、アイツのことアテにして、領地の解放なんてするつもりねぇからな」
「あー、まあそうだけどさ。でも、トウマがいた方が確実だろう?」
「かもな。でも、オレぁ変わんねぇよ……じゃあな」
ヴラドは立ち上がり、店を出た。
シロガネも無言で立ち上がり、ハスターに言う。
「私には、トウマを呼ぶ理由がある。お前とは違う……」
「…………」
シロガネも出て行った。
ハスターは、椅子に寄りかかり呟く。
「……オレにだって、引けない理由があるのさ」
◇◇◇◇◇◇
トウマとビャクレンは、グラファイトの刀研ぎが終わってすぐ、町をのんびり歩いていた。
「師匠。久しぶりに、稽古を付けてほしいのですが」
「もちろん。研ぎも終わったしな。せっかくだし、訓練場でやるか」
「はい。ところで師匠……オオタケマルと戦ったんですよね。どうでした?」
「強かった。お前がスピードタイプとしたら、オオタケマルはパワータイプだな。でも、強さはオオタケマルが上……わかるか?」
「ええ。序列こそ私が上でしたが、私と前任の序列四位は相性がよく、弱点を攻めて倒し、入れ替わったので……天照十二月でも、私より強い者はいます」
「そっか。でも、俺が鍛えれば、お前は四位に相応しい強さを手に入れるぞ。ふふふ、鍛えてやるからな」
「はい。と……アシェがうるさいので言いませんでしたけど、私のことをいつ抱きますか? いつでも構いませんけど」
「そうだな……光の国チーフテンに行ったらやるか」
「はい、わかりました」
トウマとビャクレンは、楽しそうに会話をしながら帰路につくのだった。