支配解放組織『斬月』
ビャクレンの様子を見に行く前に、ルドルフの案内でトウマたちは城下町へ。
町はずれにある大きな屋敷だった。庭付きで、もともとは庭園だったところが武骨な訓練場へと改造されている。
ルドルフは言う。
「この屋敷を自由に使ってくれ。一通りは揃っているし、近く使用人も派遣しよう」
「マジでありがたいな。じゃあ、アシェの家を出て俺はこっちに住むか。アシェ、お前らはどうする?」
と、アシェを見る。
アシェは少し考え、マールとカトライアを見て言う。
「そうね。アタシもこっちに引っ越すわ。そっちのが都合良さそうだし……マール、カトライアはどうする?」
「そうですわね。わたくしもこちらに引っ越しますわ」
「じゃあ私も。なかなかおもしろくなりそうね」
「決定。リヒトたちもこっち来いよ」
リヒトは「う、うん」と頷き、ヴラド、ハスター、シロガネも頷いた。
七国の守護貴族である七人が一つの建物で生活する……歴史上、一度もなかったことが始まる。
ルドルフは言う。
「では、困ったことがあればいつでも言ってくれ。トウマくん……期待しているよ」
「おう。ああそうだ、ルドルフ……なんでお前、ここまで俺に期待するんだ?」
「ははは。きみが『斬神』であり、きみの働きで七曜月下が三人も討伐された。この大地を月詠教の支配から脱するのは、誰もが望むこと……私は、きみにその可能性を見ただけさ。それに……私の祖先ならきっと、そうしたと思う」
「……かもな」
トウマは、かつて出会った『愛神』と、ルドルフが重なって見えた。
一人で戦うことが当然だった。でも、『愛神』がお節介し、いろんな出会いがあり、トウマの助けとなった。
お節介……『愛神』セイレンスの血筋は、ルドルフに根付いていたことが、トウマには嬉しかった。
「なあルドルフ。『愛神』……セイレンスの墓ってあるか?」
「……ムスタング王族の墓がそうだとされている」
「じゃあ、今度墓参りしに行くよ」
「……ありがとう」
ルドルフは微笑み、どこか嬉しそうに屋敷を出て行った。
◇◇◇◇◇◇
アシェたちは「引っ越し準備をする」と出て行った。
残されたのはトウマ。屋敷で寝てもいいが、今はビャクレンが訓練中とのことで様子を見に行くことにした。
学園へ戻り、ビャクレンのいる訓練場へ行くと。
「もたもたするなゴミ虫が!! そこ、誰が休んでいいと言った!! お前、速度が落ちているぞ!!」
「「「サー!! イエッサー!!」」」
とんでもない熱気だった。
汗だくの生徒たちが、丸太を担いで、改造された訓練場をただひたすら走り込んでいる。
身体に重りを巻き付け、表情が死んだ生徒たち。そこの男女の区別はない。
木刀を手にしたビャクレンが地面を叩くと、生徒たちの速度が上がる。
トウマはビャクレンに元へ。
「師匠!!」
「よ、やってるなー」
「おかえりなさい。ということは……ふん、フラジャイルめ。師匠の恐ろしさを知ったようだな」
ビャクレンはフンと鼻を鳴らすと、トウマに言う。
「師匠。私のできる範囲で、ゴミ共を育成しました──……整列!!」
「「「「「!!」」」」」
ビシィ!! と、生徒たちは統率された動きで整列。
完全不動、直立状態で勢ぞろいし、表情が完璧な無表情だった。
「おー……なんか、みんな強くなったか?」
「ええ。ゴミからウジ虫くらいには変わりました。お前!! 挨拶をしろ!!」
「サー、イエッサー!! お疲れ様です、トウマ様!!」
「「「「「お疲れ様です!! トウマ様!!」」」」」
ビシィィィ!! と、怖いくらいにピッタリな動きで頭を下げる生徒たち。
最初期の甘えたような、ナメ腐ったような雰囲気が消え、訓練された兵士のようだった。
「かなり練り込んだな……強さは?」
「単独で『司教』なら倒せると思います。連携すれば『司祭』にも劣らないかと」
「十分じゃん。さっすがビャクレン」
「……えへへ」
ビャクレンは甘えたように微笑んだが、すぐ凛々しい顔つきに変わる。
「師匠が戻ったということは、任務は完了ですか?」
「ああ。講師も終わり、今後のことを説明するぞ。新しい拠点も手に入れたから、そっちに引っ越しだ」
「わかりました。では……」
ビャクレンは木刀を片手に、生徒たちの前へ。
「お前たち!! 本日をもって私の指導は終わりだ。お前たちはゴミからウジ虫へとようやく変わることができた。私がいなくても、私が遺したトレーニングを続けることで、さらなる成長が期待できる!! いいか……次、お前たちを指導することがあるかもしれない。その時、今とは違うお前たちを見せてみろ!! お前たちはウジ虫だ!! だが……力、誇り、意地を兼ね備えたウジ虫だ!!」
「「「「「「「「「「サー、イエッサー!!」」」」」」」」」」
「また会おう!! さらばだ!!」
ビャクレンは身をひるがえす……すると、生徒たちは表情を変えず、涙を流す。
そんな様子をトウマは見ながら言う。
「うーん。これでいいんだけど……やりすぎじゃね?」
とりあえず、トウマはそう言い、ビャクレンを連れて新たな拠点へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
引っ越しを終え、アシェたち七人、トウマ、ビャクレンが新拠点のリビングルームに集まった。
ソファに座ったアシェが足と腕を組んで言う。
「さて、引っ越しも終わって、ようやくこれからのこと話せるわね」
「おう。じゃあ光の国チーフテンに行くか」
「待った。その前に、ちゃんとおさらいしたいの。いいでしょ?」
「おさらいって何だよ」
トウマが首を傾げる。すると、ルーシェがティーカートを押して入って来た。
「お茶でーす」
「あれ、ルーシェじゃん。なんでここにいるんだ?」
「そりゃ、主のアシェがこっちに来たからね。仕事道具も全部移動させたし、ウチはアシェの補佐でメイドで世話係ね。よろ~」
「おう。よろしくな」
他にも、マールやアシェの連れて来た使用人が数名、拠点で働くことになった。
紅茶を飲みつつアシェが言う。
「じゃあおさらい。まず、これからアタシたちはトウマと一緒に、七曜月下が支配する七国のうち、残り四国を解放するために動く」
「そうですわね。というか……学園長がこんなことを考えていたなんて、驚きですわ」
「だね。もしかしたら、トウマにオレたちを鍛えるように仕向けたのも、自分の部下として使えるようにするためだったのかもね」
マール、ハスターが言う。
すると、カトライアは紅茶カップをソーサーに置く。
「その部下、というのは少し気に入らないけど……」
「俺はそんなつもりないぞ」
「私は、師匠の弟子ではある」
トウマ、ビャクレンが言う。
アシェは咳払いをした。
「こほん。続けるわね……解放されていないのは四国。光の国チーフテン、闇の国ゾルファガール、風の国キャヴァリエ、雷の国イスズ。トウマ、アンタはこれから光の国チーフテンに行くのよね」
「おう」
「じゃあ、リヒトを案内に。小隊で行動するならあと三人、連れて行けるわ」
「三人かあ……どうせならみんなで行きたいぜ」
「ダメよ。アタシらも学園あるしね……で、どうする?」
すると、ビャクレンが挙手。
「師匠。私に同行の許可を」
「いいぞ。じゃあ、あと二人……えーと、アシェにマール、カトライアが行けるんだよな」
「そうよ。アンタの意思を尊重するから、好きに決めて」
トウマは考える。するとハスターが言う。
「はーあ、羨ましいね。オレも参加したいぜ」
「気持ちはわかるけど、アンタはシャルティーエ公爵家所属なのよ。他国の支配解放戦に参加するもんじゃないわ。アタシやカトライア、マールならともかくね」
「はいはい。トウマ、次こそ風の国行こうぜ」
「……雷の国イスズもある」
黙っていたシロガネがポツリと言う。
トウマは言う。
「リヒト。光の国チーフテンって、農業も盛んなんだよな」
「う、うん。そうだけど」
「よし決めた。じゃあ今回は、マールとカトライアで行くか」
「え」
「わかりましたわ」
「ふふん。お任せあれ」
アシェは微妙に眉をピクピクさせて言う。
「い、一応聞くけど……どういう人選?」
「ん? チーフテンは農業盛んなんだろ? 火属性のアシェが行って、畑の作物とか燃えたら嫌じゃん」
「「「「「「「…………」」」」」」」
何とも言えない理由に、全員が黙り込んでしまう。
「それに、マールは水属性だから畑に水やりとかできるし、カトライアは地属性だから、畑を耕すのとか得意そうだしな」
「え、えーと……水やりなら構いませんわ」
「わ、私に畑仕事させるつもりで同行させるの……?」
「というわけで、俺、リヒト、ビャクレン、マール、カトライアで、光の国チーフテンに行くぞー!!」
こうして、チーフテンに行くメンバーが決まった。
なんとも言えない人選に、アシェが微妙に拗ねてしまうのだった。




