水の国マティルダ
二人の旅は続いた。
意外なことに、水の国マティルダへ近付けば近くほど魔獣は全く出なかった。
「そりゃ、王都周辺はマギナイツたちの警備が厳重だからね」
「マギナイツ……強いんだっけ?」
「そりゃもう。マギソルジャーの中から選ばれた精鋭や、属性持ちの貴族で構成されるマギナイツの強さは、月の民だって迂闊に喧嘩売れないほどよ。それに、上級マギナイツは、専用のマギアを与えられるほどよ」
「お前の武器だってそうじゃん」
「アタシはイグニアス公爵家だからね。貴族とは言え、専用マギアを与えられるのは、七大公爵家と選ばれた上級マギナイツだけ……まあ、アタシのはちょっと違うけど」
「へー……すごいんだなあ」
歩きながら話していると、トウマは気付いた。
「また川か。あっちには湖もあるし……なんか水場が多いな」
「そりゃ、水の国だからね。とりあえず、王都に到着したら宿を取って、国王陛下に謁見を申し込むわ。町で月詠教を倒したこと報告しないと」
「そうか。じゃあ俺は町の観光でも」
「駄目に決まってんでしょ。倒した当事者であるアンタのこと報告しなきゃ。はぁ~……報告はいいけど、終わったら火の国ムスタングに戻らないとなあ。他国の領内でイグニアス公爵家のアタシが、月詠教と戦ったなんて、報告しないワケにはいかないし」
「お、じゃあここの次はお前の故郷か。楽しみだなー」
「……楽天的ね。でもまあ、そういうの嫌いじゃないわ。ふふん、アタシも新しい戦い方、思いついたしね」
アシェは、背負っていた『イフリート』を手に持つ。
「今ある道具で改造したわ。それと、念のため持って来たサイドアームも改良できた。水の国マティルダに到着したら、もう少し改造しないとね」
「おー、なんだなんだ。そういやお前、夜中にガチャガチャやってたけど」
「改造よ。ふふん」
「お前、その武器、いじれるのか?」
「当り前。自分のマギアのメンテナンスはマギナイツの義務よ」
アシェはニコニコしていた。
どうやら、いろいろと考えがあるようだ。トウマも自分の刀を見る。
「俺も、こいつの手入れしたいな。研いで油を塗らないと。町で買えるといいが」
「大丈夫よ。七国の王都は広いし、安全だし、何でもそろってるから」
「ほほう、実に楽しみだ」
「それに、王都は七大貴族アマデトワール公爵家が守護してる。ムカつくやつもいるけど、剣の腕前だけは相当な物よ」
「剣!! そりゃ楽しみだ……くくく」
自然と、トウマの歩きが早くなった。
◇◇◇◇◇◇
水の国マティルダ。
王都の名前もそのままマティルダ。
トウマ、アシェの二人は王都の正門を通り、王都へ続く長い道を歩いていた。
「……遠いな。正門をくぐってすぐかと思ったけど」
「ま、そう思うよね。でも火の国ムスタングも同じだよ。門をくぐって、農耕区画を抜けて、その先に王都があるの。それに、マティルダは水が豊富だからね……農地としても栄えてるのよ」
「へえ、確かに」
あちこちに大小さまざまな川や泉があった。農地も豊富で、多くの住人が作業をしている。
道中、鎧を装備した一団と何度かすれ違った。
「なあ、さっきからすれ違うのって……マギナイツか?」
「お、わかってきたじゃん。その通り、巡回のマギナイツだよ」
「……けっこうな数とすれ違ったが、数は多いのか?」
「そうだね……マギソルジャーは万単位でいるけど、マギナイツは数千ってところかな。それぞれ、中級~下級の貴族で構成されてるよ」
「千、万か……」
トウマは思っていた。
(……隙だらけだ。あんな程度で、国を守れるのかね)
その気になれば、すれ違いざまに全員の首を刎ねることも可能……もちろん、口に出さないし、そんなことをするつもりは欠片もないが。
だが、騎士と聞いて喜んでいたが、実際に見て拍子抜けだったところもある。
それから二人は歩き、ついに王都の門を超え、町に入った。
「よーこそ。ここが水の国マティルダ、王都マティルダよ」
「おおおおおおおおおおお!! すっごいな!! なんだあのデカい噴水!? ってか噴水みたいな町だな!!」
「ちょ、ちょっとデカい声出さないでよ。恥ずかしいでしょ」
水の国マティルダは、トウマの言う通り『噴水のような町』だった。
全体的に円形、そして段々となっており、あちこちに河川や噴水がある。
中央には巨大な城があり、頭頂部から噴水のように水が出て、その水が河川を通り、町全体に流れている。
トウマが見たことのない造り。二千年の歴史を感じていた。
「すごいな……本当に、すごいぞ」
「……そう。じゃあ、宿を確保して、今日は謁見の申請だけしに行こう」
「ああ!! と……そうだ、換金できるか? 前の町では、もらうだけもらって換金とかしなかったからな」
「できるわ。そうね、宿の前に換金所行く? 宿代くらい、自分で支払ってもらわないとね」
「ああ。じゃあ行こう。案内頼むぜ」
「……実は、アタシもあんまり知らないのよ。とりあえず、質屋とか換金所はデカいから、町の中央とかに行けばあると思う」
「よし、じゃあ行こう!!」
二人は、周囲を見ながら町の中央を目指す。
トウマはアシェに言う。
「なあなあ、河川が多いと思ったが、移動手段としても使われているぞ」
「ほんとだ。確かに、この地形だと、歩きや馬車より、船のがいいのかもね」
河川では船が移動している。荷物を運んだり、なんと船の上で商売もしていた。
アシェは言う。
「あ、見て!! 服屋、アクセサリー屋がある!! あとで行かない?」
「いくらでも付き合うぜ。俺も、武器屋とか見たいな。あと、定食屋とか、道具屋とか、娼館も行ってみたいぞ」
「しょ……あのね、女のアタシにそう言うのやめてよ」
「なんでだ? いい女を抱くのは、男の本能だろう? 女にだって、着飾ったり、美しくあろうとする本能があるようにな」
「……なんか言い返せないのムカつく」
二人は町の中央付近を散策……中央には、これまた立派な噴水があった。
その周囲を囲うように、大きな店がいくつかある。
そして、『質屋』と書かれた看板があり、二人はさっそく中へ。
「足元見られないよう、アタシが確認してあげる……ところで、アンタのお宝ってなに?」
「宝石だ。昔、知り合いのドワーフに『金に困ったら売れ』って言われてな、一応、寝る前に寝床に埋めておいたんだ」
「へー……じゃあ、行くわよ」
受付カウンターへ。
中年で、身なりのいい男がモノクルを磨き、トウマたちをジロッと見た……が、アシェを見て眉をピクリと動かし、すぐ笑顔になる。
「いらっしゃいませ。水の国マティルダで一番の眼力を持つ、このハイドンが経営する質屋へようこそ!!」
「アンタ、アタシが貴族で、しかもいいところのボンボンだって気付いて態度変えたわね?」
挨拶を無視し、いきなりツッコむアシェ。
ハイドンと名乗った質屋はすぐにため息を吐き、スッと目を細めた。
「まあ、商売なのでね。お貴族様への対応へ変えただけですよ」
「ま、正しいわね。平民が持ち込むモノなどたかが知れているわ」
「だが、貴族が持ち込むお宝は無視できない……そもそも、貴族が質屋にモノを持ち込むなど、ありえないのですがね」
「アンタ、気に入ったわ。トウマ、コイツは信用できる。たぶん、金しか信じていない。金のためなら貴族の足も舐めるゲス野郎よ。だからこそ金に関する取引では信用できる」
「お、おお」
トウマは、戦いこそほぼ無敗だが……この二人は別の次元で高度な戦いをしているように感じた。これもまた、トウマの知らない世界である。
世界は広いな……と思いつつ、トウマはカウンターへ。
「昔、ドワーフの友人にもらった『金になるはずだ』と言われた宝石だ。換金してくれ」
「はいはい。どれど……」
ボロボロの袋からトウマが出したのは、表面が虹色で銀に輝く指先程の宝石だった。
アシェが唖然とし、ハイドンは目が飛び出しそうなくらい驚き、ガチガチ震える手でハンカチを取り出し、トウマの出した鉱石を手に取った。
「げげげげげげげげげ、げげげ、げっ、『月晶石』……なな、な、なぜ、これを」
「言ったろ、ドワーフの友人からもらった……もう、生きてはいないけどな」
「ああああああああああ、アンタ、なななん、なんってモン、持ってんのよ!!」
トウマは首を傾げる。すると、ハイドンは高速で石をハンカチで包み隠し、アシェは扉に鍵をかけた。
その素早さに、トウマはびっくりする。
「アンタ、ここは大丈夫?」
「ええ。防音措置は完璧です」
「なんだ、急に仲良しだな」
「バカ!! アンタ……これ、なんだか知ってるの!?」
「詳しくは知らん。俺が使っていた剣の素材のあまり、ってことくらいか」
「なんと……というか、こんなものが、地上に存在するなんて」
「で、なんだよそれ」
アシェ、ハイドンは顔を見合わせる。
そして、アシェが言う。
「それは『月晶石』……月の石よ」
「月の石? なんだ、そうなのか」
「知ってる? 月の石ってのは、月の民にとって『猛毒』なのよ。アタシたち人間にとってはただの石だけどね。月の民が地上侵攻をした理由に、月が住む場所に適さない、ってのもあるの」
「へー」
「学校でも習うわよ。月の石を核にしたマギアがあれば、『七陽月下』ですら太刀打ちできない強力なマギアとなるって」
「コホン。現時点で、月晶石を元に作られたマギアは七つのみ。それぞれ七大貴族当主のみ扱うことが許される『七聖導器』だけですぞ」
二人は興奮していた。
トウマはウンウン頷く。
「いやはや、知識では存じていますぞ。虹色に輝きし表面、銀の鉱石、そして魔力で触れると淡く発光する……」
月晶石はハイドンの手でキラキラ輝く。その輝きを見てアシェは「綺麗……」とうっとりした。
トウマは言う。
「で、いくらだ?」
「あ、アタシが買いたいくらいよ。これでマギアを作ったら……ってか、無許可でレガリアって所持していいのかな」
「だだ、ダメですぞ。これは私が、店を売り払ってでも買いますぞ!! 王家に献上すれば、相当な金額が手に……質屋だけじゃなく、趣味の骨董店もオープンできる……」
「とりあえず、当座の金があればいいよ」
「ふっざけんな!! それならアタシが買うわ。アタシの全財産あげる!!」
「ダメダメ!! 彼は質屋に売りに来たのですぞ!! あなたは付き添い、関係ナッシング!!」
「トウマ、帰るわよ。お金は全部アタシが何とかしてあげる」
「ノンノン!! お客様、おいくら欲しいですか? 望む金額を、いや金庫まるごと!!」
二人はギャーギャー言い争いを始めた。
トウマとしてはどっちでもいい。ドワーフの友人が『金に困ったら売れ』と言っていたので、想い出だとか形見だからと残しておくつもりもなかった。きっと、友人もそんなことを望まないだろう。
「なあ、とりあえず質屋に売りに来たってことには違いないし、それはここで売るよ」
「そんなあ!!」
「ッシャァァァ!! お値段ですが、今、うちの金庫にある白金貨六千枚でよろしいですか?」
「そんなにいらねえよ。邪魔だし」
「ダメです!! 適正金額が付けられない以上、こちらも全てを差しださねば対等とは言えません!! それなら、銀行でカードを作るとよろしい。あなたの口座に、お金を入金しますので!!」
「じゃあそれで」
「ああああああああああ……月晶石」
「アシェ、銀行ってなんだ? カードって?」
「……案内する」
こうして、トウマは大金を手に入れた。
とぼとぼ歩くアシェと一緒に、まずは銀行でカードを作ることにするのだった。