ヴァリアント解放戦争⑦
「どらっしゃあああああああいいいいい!!」
ズドォォォン!! と、レガリアの一つ『ガイア』が、シャードゥの枢機卿ガルドスを叩き潰した。
ぺちゃんこ。完全に原型がなくなり、ただの肉となったガルドス。
最後に何を考えたのか……主であるシャードゥが、自分とほぼ同時に七人の子供たちに敗北したなどとは思っていないだろう。
グロッタは、激戦を終え、片手で『ガイア』を掲げて叫ぶ。
「『枢機卿』ガルドス!! 討ち取ったァァァァァッ!!」
「「「「「オオオオオオオオオ!!」」」」」
味方のマギナイツたちが絶叫する。
同時に、司祭、司教、大司教たちからは困惑、僅かな絶望が感じられた。
正面からの激突は、最初こそ人間側が不利だったが、今では人間が有利。
グロッタは叫ぶ。
「さああああ!! ここからが正念場、我らの大地を取り戻すぞおおおおお!!」
「「「「「オオオオオオオオオ!!」」」」
「ぐ、グロッタ、ママ、ママ!!」
と、戦場なのにどこか覇気のない、もっちりした声……グスタフマンが驚愕していた。
グロッタはグスタフマンが、どこかを指差し、愕然としていることに気付く。
怪訝な顔をして、指差した方を見て……目を見開いた。
そして、ニヤリと口を歪める。
「七曜月下『夜行』のシャードゥは堕ちた!! 七曜月下『夜行』のシャードゥが堕ちたぞおおおおお!!」
グロッタが指差した先……そこは、切り立った崖の上。
トウマがトロッコを担いで飛んだ先。
そして、そこは『七曜月下『夜行』のシャードゥが、戦いを見下ろしていた場所。
「……やりおった」
思わずつぶやく。
崖の上にいたのは、七人。
遠方でも見えた。愛する娘カトライアが、地の国ヴァリアントの国旗を掲げていた。
風で静かにはためく国旗は、ヴァリアントのマギナイツたちに希望を、そしてなぜシャードゥがいるはずの場所で国旗を掲げているのか理解できない月詠教たちには真の絶望を与えた。
「ま、まさか……七曜月下『夜行』のシャードゥ様が」
「お、堕ちた……ま、負けた?」
「だ、誰に指示を。だ、大司教、大司教!!」
「あ、慌てるな!! つ、月からの指示を」
目に見えて混乱し始める。
そして、一人の大司教が叫んだ。
「うろたえるな!! これは敵の作せ」
ドチャッ!! と、大司教が何かを言う前に、グロッタの『ガイア』に叩き潰された。
「勝機到来!! 蹂躙せよおおおおおおおおおおおおお!!」
今こそ、究極の勝機。
グロッタの雄叫びに触発された屈強なマギナイツたちが、指揮官を失い、混乱寸前の月詠教たちを飲み込み始めた。
◇◇◇◇◇◇
トウマとオオタケマルは、激しい剣戟を繰り広げていた。
「『塵輪鬼』!!」
「斬神月神、『馬頭観音』!!」
四本の灼熱剣が、トウマの双剣によって弾かれる。
オオタケマルは驚愕しかなかった。
(こんな、棒切れみたいな黒い剣が、オレ様の剣を悉く弾き返しやがる!! しかもこのガキ……測ってる!! オレ様の全力を引き出そうとしてやがる!!)
その通りだった。
トウマは吸収している。オオタケマルの全てを、月を斬るために、自分にない技を取り込もうとしている。それがオオタケマルにとって屈辱的であり、トウマを超えようとする燃料になっていた。
「なめんじゃねええぞぉぉぉおあああああああ!!」
燃え上がるオオタケマル。
皮膚が真っ赤に、竜麟がささくれ立ち、青筋を浮かべ、牙を剥き出しにする。
だがトウマは言う。
「バカになんかしてねえ!! お前の強さに敬意を払ってる!! だからこそ、楽しんだよ!!」
トウマは脇差を突き出し突進してくる。
「オオタケマル!! お前の最高の技で来い!!」
「言われなくてもぉぉぉぉぉぉ!!」
灼熱、そして漆黒の刀が、それぞれの技を乗せて放たれた。
「鬼狩四剣」
「斬神月刃、『金剛五仏』」
オオタケマル最強の技、四本の剣から放たれる灼熱の連続技。
トウマの奥義の一つ、斬神月刃の連続斬撃。
「『水鬼』!!」
「『大日』!!」
「『金鬼』!!」
「『阿閦』!!」
トウマは、回避しなかった。
真正面から、『瀞月』でオオタケマルの剣を受け止める。
熱波、余波で身体が傷つくが無視。喜びに顔を染めている。
互いの技がさく裂し、オオタケマルの身体も深く傷つくが、オオタケマルも止まらない。
「『風鬼』!! ──……っぐは!?」
「『宝生』!!」
オオタケマルが一歩下がる。だが、トウマは止まらない。
(くそ、人間だろうが!! 身体も、傷ついて……なんで、オレ様が、下がっちまうんだ……!!)
歯を食いしばる。そして、天照十二月として、月詠教として、月の民の意地が、オオタケマルを一歩前に進ませた。
「おおおおおおおぁぁぁぁぁ!! 『隠形鬼』!!」
最後の斬撃。
だが、トウマも技を放つ。
「『阿弥陀』!!」
「ッッ!?」
オオタケマルの刀が四本、弾き飛ばされた。
そして、トウマは……最後の一撃の構を取る。
オオタケマルは「はっ」とほほ笑んだ。
「『不空成就』!!」
打刀、脇差から放たれた斬撃が、オオタケマルを吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇◇
「あらら、負けちゃった」
フラジャイルは、木の上で傘をクルクル回しながら呟いた。
オオタケマルの敗北。正直なところ、フラジャイルは予測していた。
戦闘力は申し分ないオオタケマル。だが、戦いに対しあまりにも純粋だった。卑怯な手を使わず、格上、格下であろうと正々堂々な戦いを好む。
自分の実力に自信があるからこそ、できることだ。
「まあ、序列通りってことかな。多少は強くなってるみたいだけど……まだまだ」
フラジャイルは謙虚に言うが、戦って負ける気はしない。
確かに、オオタケマルは天照十二月の序列にこだわりはない。
だが、実力はフラジャイルよりも下……フラジャイルは悩む。
「斬神……けっこうダメージあるね。今ならやれるか、どうか」
傘をクルクル回しながら、トウマを見る。
すると、倒れたオオタケマルを見下ろしていたトウマが、ぐるりを首を回してフラジャイルの方を見た。
「ッ……やっぱやめた」
フラジャイルはその場から離脱。
「オオタケマルくんは……まあ、いいか。ビャクレンちゃんのことを考えると、殺しはしないでしょ。というか……七曜月下も負けちゃったかぁ。こりゃ、月に戻ったらドヤされるなあ」
森をぴょんぴょん進みながらフラジャイルは考える。
「まあ、収穫はあった。斬神……ありゃ、タダ者じゃないね。地上侵攻部隊の七曜月下じゃ束になっても敵わない。ビャクレンちゃんに続いてオオタケマルくんも負けた……三聖女様、それか『暦三星』じゃないと相手にできないね。報告、報告っと」
フラジャイルは、オオタケマルを置いて月へ帰還しようとした……が。
「…………まあ、いやがらせくらいはして帰ろうかね」
◇◇◇◇◇◇
七曜月下、そして枢機卿の死……大司教も大半が殺され、月詠教は敗走を始めていた。
月への帰還、他領地にいる七曜月下への合流、何も考えず逃げ惑う……と、行動は様々だ。
だが、間違いないのは一つ。
「勝ったんだ……」
アシェは、崖の上でポツリと呟いた。
「そうですわね……」
「……ああ」
マール、ヴラドも呟く。無意識に出たような声だった。
「領地の解放を経験するのは二度目だけど……なんだか実感が湧かないや」
「…………」
「うぅぅ」
ハスターは言い、シロガネは無言。ハスターが肩を貸しているリヒトは呻く。
そして、カトライア。
「…………ッッッ」
叩き折った長い木の棒に結んだ地の国ヴァリアントの国旗を掲げながら、号泣していた。
領地の解放、支配の終わり……生まれ育った国が、真の平和を手に入れた。
喜びをかみしめ、眼下に広がる光景を目に焼き付けている。
アシェは、そんなカトライアの背中をポンと叩いた。
「おめでと、カトライア」
「アシェ……う、ぅぅぅぅぅ」
すると、ヴラドが国旗を結んでいた棒をひったくる。
そしてカトライアはアシェに飛びつき、胸に顔を埋めて大泣きした。
「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「うん、うん……泣いていいよ。カトライア」
アシェは、そんなカトライアの頭を優しく撫でた。
七人が、ようやく戦いが終わったと実感……柔らかな空気に包まれた時だった。
◇◇◇◇◇◇
「いいねえ。若いっていい……でもさ、こんな柔らかな日差しが注ぐ今この瞬間、真っ黒な雲から『雨』が降ったら……最高じゃない?」
◇◇◇◇◇◇
ゾッとするような声だった。
振り返るとそこにいたのは、傘を差した着物の男だった。
にへらにへらと笑っているが、その強大な圧は七曜月下の比ではない。たった今、七人で苦労して死に掛けて倒したシャードゥが、アシェの足元を歩くアリと同列に思えるほど、その男は強かった。
「ああ、キミたちには何もしないよ。でもさ、アタシもちょっとはやり返さないと、同士に申し訳たたないんでねぇ」
もくもくと、男の傘から黒い雲が放たれる。
戦場を覆うほどの巨大な『雨雲』が広がった。
何が起きるのか。誰にも予測ができない。
男……フラジャイルは、傘をくるんと回した。
「『雨垂拍子』」
次の瞬間───大量の『雨』が降り注いだ。
ただの雨ではない。一粒一粒が鉛よりも重い雨が、豪雨として降り注いだのだ。
戦場から叫びが聞こえて来た。
鉛が全身を貫通し、身体が引き裂かれ、血と肉と内臓が飛び散る。
アシェたち七人は、愕然とした。
だが、アシェは『イフリート』を抜き、フラジャイルに突きつける。
「や、やめ、やめなさい!!」
真っ青だった。恐怖していた。震えていた。
それでも、アシェは止めようとした。
そして、カトライアが『ヘカトンケイル』を手に、無意識でフラジャイルに襲い掛かる。
だが、フラジャイルは雨粒を人差し指に一滴落とし、ヘカトンケイルが顔面に叩きつけられる前に、人差し指の雨粒を飛ばした。
「ッッ!?」
ヘカトンケイルが、粉々に砕け散った。
そして、人差し指をカトライアの額に押し付ける。
「何もしないって言ったよ?」
「……」
カトライアは、失禁した。
ボタボタとスカートが濡れ、温かい水が地面を濡らすが、それどころじゃない。
フラジャイルはニッコリ微笑み、カトライアの頭をポンと撫でる。
「何もしないって。よし、嫌がらせおしまい」
雨がやみ、フラジャイルはそのまま帰ろうとした。
◇◇◇◇◇◇
「…………何してんだ、お前?」
◇◇◇◇◇◇
身の毛がよだつ。
トウマがいた。
オオタケマルも一緒にいた。
トウマの髪が逆立ち、青筋を浮かべ、目が血走っていた。
「ッッッ……!?」
傍にいたオオタケマルは、トウマが自分との戦いが本気ではないと自覚した。させられた。
オオタケマルの毛穴が開き、冷水がブワッと噴き出す。全身が泡立ち、足が震えた。
トウマは、ブチ切れていた。
斬神。月神が認めた、ヒトにして神の如き力を持つ者。
半信半疑だった。たかが人間が……オオタケマルだけではない、大半の月の民が同じことを考えているだろう。
だが、この威圧感は、まさに神の如し。
ビャクレンがトウマに敗北し、師事するようになったと聞いた理由がわかった。この強さは月の民から得ることは決してできない。
オオタケマルは、無意識のうちに跪いていた。
フラジャイルは、ひどく汗を流している。
「やあ……怖いねぇ」
「死ね」
トウマはすでに抜刀し、フラジャイルの首を両断しようとした……が、フラジャイルは消えた。
トウマの斬撃よりも早く、消滅した。
「……あ?」
「無駄だ。『空間移動』したんだ。すでに月に移動指示出してやがったんだ」
「……なんだ、それ」
オオタケマルは、下手なことを言えば殺されると思った。
全く、戦う気がしなかった。今のトウマに挑めば殺される。しかも、残忍に。
「テレポート。月から地上への移動手段の一つだ。空間と空間の座標を繋いで、任意の場所に移動できる。発動に時間がかかるのが難点だが……発動しちまえば、確実に転移できる」
「……で、そいつは帰ったのか」
「あ、ああ」
「ふーん……」
トウマは、崖下の戦場から、ねばつくような血の匂いがするのを感じた。