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ヴァリアント解放戦争⑤

 トウマとオオタケマルの戦いが本格化しつつある頃。

 アシェを指揮官とする七人と、七曜月下『夜行竜』シャードゥとの戦いも白熱していた。

 アシェは『イフリート』を連射しながら全員に叫ぶ。


「マール、近づきすぎないで!! ヴラド、ハスターは援護!! カトライアは範囲外で力を貯めて、アタシの命令まで待機!! シロガネ、アンタの判断に任せる!!」


 アシェは汗だくで指示していた。

 眼球が目まぐるしく動き、周囲の景色、シャードゥの攻撃、それらを加味しての指示を出し、自分は安全圏から援護射撃を繰り出している。

 その中で、疲労が最も少ないのは……リヒトだった。


「み、みんな……」


 アシェの奇跡的な指示により、化け物のようなシャードゥの攻撃はまだ被弾していない。

 回復……リヒトの出番がない。


「……ぼ、ぼくが」


 攻撃魔法が使えれば。

 だが、使えないのだ。

 魔力を飛ばす『魔弾』は使えるが、『光』を加えるとどうしても発動しないのだ。

 何もできていない。流れる汗は冷や汗だけで、誰よりも働いていない。

 そんな無力さが、リヒトの心を蝕んでいる。


「マール!! もう少し耐えて!!」

「ええ、わかって……いますわ!!」


 誰よりも疲労しているのは、近接戦を行うマールだった。

 双剣を振るい、自分よりはるかに大きい二足歩行のドラゴン相手に立ち回っている。斬撃が何度もヒットし、水の刃、氷の球がシャードゥに命中してもダメージはほぼない。

 それでも、マールは剣を振り続けていた。


「マール、交代だ!!」


 マールが水の刃を放つと同時に、ハスターと入れ替わる。

 槍をくるくる回転させ、連続突きを放つハスター。シャードゥはもはや防御すらせず、槍の切っ先を腹で受けていた。


『ぬるいわぁぁぁ!!』

「知ってるよ!!」


 隕石のような拳が振り下ろされる。ハスターは両足に風をまとわせ、滑るように回避。

 風を利用した移動手段。『風滑(ウルク)』は、ハスターの得意技だ。


「はぁ、はぁ……」


 マールは真っ蒼だった。全力疾走を続け、威圧感に押しつぶされそうになっている。

 それでも、戦いは終わらない。


「アンフィスバエナ、『カンカンダーラ』!!」


 すると、ヴラドが五指の鎖を器用に動かし、シャードゥの右腕に絡みつかせる。

 そして、上空から紫電を纏い現れたシロガネが、『タケミカズチ』をシャードゥの首に突き刺した。

 最初は刺さらなかったタケミカズチだが、今度の刺突は首筋に突き刺さった。


『……ぬ!?』

「貴様の外皮は確かに堅牢だ。だが、切っ先に雷を極限まで集中させれば、突き刺さる!! ──カトライア!!」

「お任せを!!」


 カトライアが、ハスターに援護されて風を纏い跳躍。

 シロガネが叫んだ。


「やれ!!」

「『高貴なる衝撃(ウルススインパクト)』!!」


 全力全開の振り下ろし。

 ハンマーが『タケミカズチ』の柄に命中すると、外皮を貫通し、シャードゥの体内に深く、深く突き刺さる。

 首筋から体内を通り、切っ先が心臓に触れようとした瞬間。


『ガアアアアアアアアアア!! なめるなァァァァァッ!!」

「「っ!?」」

「カトライア、シロガネ!!」


 アシェが叫ぶ。だが……すでに遅かった。

 シロガネが吹き飛ばされ、近くの岩に叩きつけられた。

 そして、カトライアの身体にシャードゥの拳が命中し、吹き飛ばされた。


「があああああああああああああああ!!」

「…………」


 カトライアが絶叫。シロガネはすでに意識がない。

 真っ青になるアシェ。涙を堪え叫ぶ。


「ハスター、マールは前衛!! ヴラド、補佐!! みんな、ここが正念場!! リヒト、二人をお願い!!」

「はい!!」

「わかった!!」

「おう!!」


 マールも、ハスターも、ヴラドも、二人を心配することをやめ、深手を負ったシャードゥに向かう。

 リヒトは、シロガネのもとへ。


「ぅ……」


 ひどい状態だった。

 シロガネは岩に激突した衝撃で、全身の骨がほぼ砕けていた。両腕と両足から骨が飛び出し、背骨も折れて呼吸困難を引き起こしている。

 リヒトは、負傷兵を治療したことは何度もある。だが、ここまでひどい怪我を見たことがなかった。そもそも、シロガネはおそらく、あと数分ももたない。


「か、カトライア、さ……」


 カトライアは、先ほどの絶叫が嘘のように静かだった。

 右腕、右足が吹き飛び、半身も吹き飛んでいた。内臓が見え、ありえない量の血が流れている。

 涙を流し、口元がパクパク動いている。


「……ぁ、ぅ」


 お母さま、お父さま。リヒトにはそう聞こえた。

 震えが止まらなかった。

 二人とも、おそらく一分ともたない。

 そもそも、こんな重傷者、治療なんてできない。現存するマギアでも、四肢の切断を治療できるのは、リヒトの父でありピュリファイ公爵家当主が持つレガリア、聖杖と呼ばれる『アスクレピオス』だけだ。

 震え、魔力の使い方も思い出せず、リヒトは震える。

 

「──……ぼ、ぼく」


 落ちこぼれ。

 戦うことのできない、治療師。

 涙があふれ、今、まさに、リヒトは共に過ごした同級生を、見殺しにしようとしていた。

 そんな時だった。


「リヒト!!」

「っ!!」


 アシェが叫んだ。いや、絶叫した。


「今、ここで!! アンタがやらないでどーすんの!! トウマに言われたこと、思い出しなさい!!」

「…………っ」


 リヒトは、トウマの言葉を思い出す。


『じゃあさ、お前は世界最高の回復魔法使いになれよ』


 心臓が、高鳴った。

 アシェが言う。


「トウマはアンタを信じてた!! アタシも、マールもハスターもヴラドも、カトライアもシロガネも!! アンタがいるから、ケガしても大丈夫って思ったから、こうして戦えてんの!! アンタも戦いなさい!!」

「…………たたか、う」


 攻撃魔法なんて、なくてもいい。

 治療こそ、自分の戦い。

 どんなケガだって癒せる、そんな治癒師を目指せ。


「…………」


 ザワッ……と、リヒトの髪が逆立った。

 そして、目が血走り、鼻血が出た。

 濃密すぎる魔力が『ティターニア』に注ぎ込まれ、リヒトは叫んだ。


「ボクだって……ボクだって戦えるんだああああああああああああ!!」


 『青白い治療光(アズール・リフレイン)』。

 無自覚なまま放たれたのは、ピュリファイ公爵家の奥義である治療魔法。

 だが、レガリア『アスクレピオス』があり、治療に特化したマギナイツですら習得することが困難な、今ではおとぎ話でしか伝わっていない回復技。

 それを、リヒトは覚醒した才能とデタラメな魔力だけで放った。

 青白い光は、カトライアとシロガネを包み、肉体の損傷だけではなく、破れた衣服も、シャードゥの拳で破壊されたマギアも回復してしまった。


「えっ」

「ま、まあ……!?」

「う、嘘だろ……!?」

「おいおい、どうなってんだ!?」


 それだけじゃない。

 リヒトが放つ青白い光がアシェ、マール、ハスター、ヴラドを包み込んだ瞬間、気怠さが消え、体力が一気に回復した。


「ぐうううううううああああああああああああああ!!」


 髪が逆立ち、目を充血させ、どう見ても限界を迎えているが自分を回復することで誤魔化しているリヒトは叫ぶ。


「もう誰も死なせねぇえええええええええええ!! ガアアアアアアアアアア!!」

『貴様ァァァァァッ!!』


 シャードゥの拳がリヒトに命中。頭部が粉砕された瞬間、一瞬で回復した。

 全員が驚愕する。もはや治療を超えた『神業』だった。

 アシェは思う。


(トウマのやつ、リヒトがここまでやるって気づいてた? ってか、マギアの常識を超えたデタラメすぎる奇跡……リヒト、ここまでやるなんて)


 アシェはハッとなり首を振る。


「全員!! 今が最大、最後のチャンス!! 今ならどんな攻撃を受けても死なない!! シロガネのマギアが刺さった首筋を狙って、最後の攻撃を!!」


 シャードゥの肩には、まだ『タケミカズチ』が刺さっている。

 そこから、弱点の心臓を狙えば勝てる。

 最初で最後、最大にして最高の好機が、アシェたちに迫っていた。

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