ヴァリアント解放戦争④
「始まったか」
トウマは、アシェたちのいる場所から激しく渦巻く闘気を感じた。
アシェたちではない。シャードゥの『怒り』と『戦意』が渦のように混ざり、激しく放出されているような力だった。
トウマは少しだけ考える。
「……一人、いや……二人は犠牲になるかもな」
格上。
七人が自分の持つ『特性』を最大限引き出し、合わせることで対等な実力になる……と、トウマは考えていた。その答えは今も変わらないが、アシェたちを認め、対等な存在と認めたシャードゥが冷静に戦い対処することができれば、アシェたちの勝率は二割以下になるかもれないとも考えていた。
だが、トウマは考えるのをやめた。
「いやぁ~、やっぱこっち来たねぇ」
傘を差し、頭上に雨を降らす男。
そして、その隣にいるのは、はだけた真っ赤な着物に鉄下駄、サラシを巻き、帯の代わりに太い綱を腰に巻き、金棒を背負った筋骨隆々の男。
逆立った真っ赤な髪は、まるで燃えているように見えた。
「ほう、こいつが」
「……誰だ、お前?」
強い。
トウマは一瞬で、目の前にいる真っ赤な男がタダ者ではないと感じた。
男は腕組みをしたままニヤリと笑う。
「オレ様は天照十二月『葉月』、オオタケマルだ。聞いてるぜ、オマエ……昔、月神様を斬り殺した『斬神』なんだってなぁ。くくっ、オレ様と殺し合おうぜ!!」
「いいぞ。っていうか、そっちの雨野郎も一緒にかかってこいよ」
フラジャイルは苦笑し、自分の頬をポリポリ掻く。
「いやぁ、アタシは記録係みたいなもんでね。戦うなら、オオタケマルくんと二人で頼むよ」
「記録係?」
「うん。わかるでしょ? 大昔、月神様を殺した『斬神』が復活して、復活早々に七曜月下を二人も倒して、月の直接攻撃である『│月の裁き《ジャッジメント》』を切裂いて、さらに天照十二月の一人を倒しちゃったんだよ? 月光の三聖女様も、キミのこと気にし始めてるし、アタシがキミを見極めて報告しなくちゃいけないのよ」
「ふーん。じゃあさ、お前が俺の強さを報告すれば、もっともっと強い奴が月からくるか?」
「そりゃもちろん。月光の三聖女様が誇る最強の手札である天照十二月、『│暦三聖』も動く。言っておくけど……天照十二月の上位三人の強さは、月の民で最強クラスだよ?」
「おおおおおお、メチャクチャ面白そうじゃん」
「……えーと、斬神は強敵相手にわくわくする、と」
フラジャイルはメモ帳に何かを書いていた。
すると、フラジャイルを押しのけ、オオタケマルが言う。
「なあ、聞いていいか? オマエ……なんで後ろにいる七曜月下を殺さずに来た?」
「あん?」
「オマエの実力なら、シャードゥを瞬殺してここに来ることもできただろ。オマエのダチ、死ぬぞ」
「死なないよ。ってか、あの七人は俺の弟子だからな。弟子を鍛えるために、わざと殺さなかったんだ」
「……ほう」
│指揮官、│近接戦闘、│総合補佐、│絡め手、│一撃必殺、死角攻撃、│回復。
七人の成長……トウマは、シャードゥを倒せると信じていた。
「くだらんな」
オオタケマルは、吐き捨てた。
「オマエは強者だ。強者なら、弱者など相手にせず、ひたすら力を追い求め、至高の境地へ辿り着くことだけを考えればいい。オレ様は貴様を認めている。その強さ、至高の領域にある強さだ」
「…………」
「オレ様が貴様を殺すことができれば、オレ様はさらに強くなれる。あの三人を倒す境地にたどり着くことができる。トウマだったか……雑念は捨てろ。強さだけをオレ様に見せろ。弱者のことなど考えるな!!」
「…………あー」
トウマは、オオタケマルを見て頭をぼりぼり掻いた。
自分だけでいい。仲間なんて不要。強くなることだけ、斬ることだけ考えてればいい。
そんな、昔の自分を見ているような気がした。
「……お前さ、かなり強いよな。正直、俺もわくわくしてるけど……いや、やめておくか」
「何?」
「いいよ。戦おうぜ……全てはそこからだ」
トウマは、静かに拳を向ける。
「武神拳法」
「面白い!! フラジャイル……手を出すなよ」
「はいはい。アタシは記録係、記録係だからね~」
フラジャイルは跳躍し、近くの木の上へ避難した。
「さあ!! トウマよ、貴様の強さ、見せてみろ!!」
「ああ。オオタケマルだっけ……お前の強さ、見せてもらうぜ」
オオタケマルは態勢を低くすると、トウマに向かって突っ込んでいく。
トウマは拳を開き、手刀を形成する。
「霞の型──」
すると、オオタケマルの身体が一気に燃え上がった。
皮膚が赤くなり、角が伸び、鱗が生え、尾が伸びる。
『│神竜変化』……オオタケマルは、初めから全開だ。
「『│温羅』!!」
「──っ」
霞の型。武神拳法の受け流し技。
受けきれない。トウマは、燃え上がるオオタケマルの真っ赤な拳が、触れたら溶けるほどの熱を持つと看破、構えを解き、絶妙な脚運びで拳を回避した。
「あぢっ!?」
服の胸部分が溶けた。
皮膚が軽度の火傷に、威力だけでない、速度も桁違い。
触れるのは危険。武神拳法では相手ができないと切り替え、腰の『瀞月』を抜く。
すると、オオタケマルの身体が肥大化し、背中からさらに二本の腕が生え、四つの拳が真っ赤に燃え上がった。
「『両面宿儺』……さあ、オレ様はまだまだ強くなる!! トウマ、貴様を出し惜しみするなよ!!」
「……っはは」
ゾクゾクした。
目の前にいるのは、真っ赤な竜麟にツノ、四本の腕を持ち、全身が高熱を帯びて、四つの拳がメラメラと燃えている炎の竜神。
斬ることに特化したビャクレンと違い、オオタケマルは熱に特化している。
「面白い」
トウマは、瀞月を構え腰を落とした。
「オオタケマル。持てる力をすべて出し、挑んで来い。俺を楽しませろ、学ばせろ、共に高め合おう!!」
「ハハハハハ!! いい度胸だ……さあ、いくぞ!!」
トウマとオオタケマル。本当の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
フラジャイルは、トウマとオオタケマルを見て、白けたような顔をしていた。
「だめだこりゃ……アタシの『雨』も当てられないねぇ。ってか、チャチャ入れようもんなら殺されちまう」
隙を狙ってトウマを『雨』で狙撃しようとしたが、不可能だった。
フラジャイルは枝に座り直し、大きくあくびをする。
「まあいいや。当初の予定通り、斬神の強さを見極めさせてもらおうか……ふふふん」
フラジャイルは怪しく笑い、トウマをじっくり観察するのだった。