ヴァリアント解放戦争③
自分たちに、何ができるか?
七曜月下『夜行』のシャードゥとは?
目の前にいる大男。魔法よりも肉弾戦を得意としている?
こちらは七人。トウマはそれぞれに何ができるのかと言った。
力を合わせれば勝てる?
それは、七人全員が力を理解し、合わせないと不可能?
「…………」
アシェの脳内では、目の前にいる七曜月下『夜行』のシャードゥにどう対抗するか? どういう作戦にすればいいのか? と、目まぐるしい思考が渦巻いていた。
指揮官向き……トウマはそう言った。
そして、アシェは『七国の守護貴族、七大公爵家のマギアは、個々の力よりも七つ合わせてこそ真の力を発揮する』と推測した。
そして、それらを基準として、仲間である六人の『最も優れた力』を合わせる。
確認したわけじゃない。アシェが「もしかしたら」と思った部分もある。だが、考える時間、作戦も、相手の能力もわからない状況では、悠長な思考こそ命取り。
血中の糖分が一気に分解されエネルギーになるほど、アシェは思考し、決めた。
「──……みんな、アタシに命を預けてくれる?」
六人は、シャードゥから目を離せない。
でも、それぞれが頷いた。
「ありがと。作戦、決まったわ。全員、アタシの指示で動いて。それ以外の動きをしたら死ぬ……それくらいの覚悟で」
アシェの顔色が悪い。なぜか鼻血も出ていたが、乱暴に拭ってシャードゥを見た。
思考しすぎて鼻血が出る……アシェの人生でない経験だ。
アシェはニヤリと笑い、作戦を説明し始めた。
◇◇◇◇◇◇
シャードゥは、静かに構えを取った。
『月詠流体術』。月に存在する武術の中で最も多くの月の民が習得している体術だ。他にも武器術、魔法術、格闘術、柔術など多くの流派がある。
月の民は誰でも魔法が使えるが、だからといって全員が得意というわけではない。
地の民だって、食材があれば誰でも高級料理を作れるわけじゃないのだ。練習し、反復し、ようやく習得できる技術なのである。
シャードゥは、魔法より身体を鍛え、魔力は『強化』のみに充てて強くなる道を選んだ。
おかげで、選ばれし者だけが得られる『竜化』の祝福を受け、地上侵攻部隊である『七曜月下』へと昇格……今も鍛錬を怠っていない。
いずれ、『天照十二月』へ挑戦し、自分が新たな十二人の一人へとなるつもりだった。
(それを、こんなガキどもが……)
突如、現れたのは子供だった。
だが……そのうちの一人が、規格外もいいところ。
数百年鍛えた自分の力が、取るに足らない物だと思い知らされた。
そして、その規格外が、たった七人の子供に『勝てる』と言い、消えた。自分は後方にいる『天照十二月』に挑むと言って。
許せないのは、こんな子供が、自分を倒すと言ったことだ。
『手加減などしない……』
ビキビキと、シャードゥの身体が変化していく。
両腕、両足が太くなり、身体が一気に膨張する。
顔がドラゴンになり、巨大な尾、背中には小さな翼が二つ現れた。
頭には三本の角が生え、口を大きく開けると無数の牙が見えた。
『グオアアアアアアアアアアア!!』
咆哮をあげる。
チマチマした技など使わない。余裕を見せていたぶったりしない。弱者だからと情けを掛けたりもしない。無駄な会話も一切しない。
ただ殺す。それだけが、シャードゥにはあった。
『グルルルルルルル……!!』
『夜行竜』シャードゥ。
七曜月下として、竜化の祝福を受けた月の民が、アシェたちに殺意を向けた。
◇◇◇◇◇◇
それぞれが動き出す。
最初に動いたのは、マールだった。
誰よりも早く双剣を構え、恐怖を感じる前にシャードゥの元へ。
二足歩行のドラゴン。丸太よりも太いシャードゥの腕から、マールを押しつぶすべく拳が振り下ろされる。
まるで隕石。触れたら即死。
『マール、お前の双剣による近接戦。まだまだ伸びしろがある。お前は、自分の『武器』をもっと活用すればいい』
トウマの言葉。
自分の武器は双剣だけではない。トウマは遠回しにそう言った。
そして、マールは極限状態で、自分にできることを考えた。
(わたくしの力は、水)
水を生み出し、操作する。
元からある水も操作することは可能。
この場に水は? 池も川も泉も海もない。
(違う。ある……)
ドクン、と……マールの心臓が高鳴った。
そして、マールの世界がゆるやかになる。
振り下ろされる拳がスローに見えた。身体を捻って回避する。
『ッ……?』
シャードゥは疑問を感じた。
人間では対応できない速度で拳を振り下ろしたはずだが、マールは躱した。
そして、マールの様子がおかしいことに気付いた。
鼻血を出し、真っ青になり、汗だくで、身体中震え、目が真っ赤になっていた。
だが、マールは優雅に微笑む。
『……そういうことか』
「……ふふ」
マールは、『血液を操作』した。
血流を加速させ、肉体をブーストさせた。
『輝ける鼓動』……新技の完成である。
(できた。理論はあった。でも、肉体にかかる負担が並み以上。血流操作……お父様も、お兄様もやらなかった。でも、できた……)
ぽたりと、血の涙が出た。
ひどい頭痛がした。だが、マールはまだ動ける。
微笑み、双剣を構えて言う。
「見えますわ」
もともと、動体視力には優れていた。
だが、血流操作で肉体をブーストさせたことで、その能力がさらに上がった。
長くはもたない。だが、それでいい。
「近接戦。それが、わたくしの役目。さあ、踊っていただけるかしら」
『ガァルルルルルル!!』
マールは優雅に一礼し、再び血流を操作した。
すると、シャードゥが振り上げた拳に、いくつもの鎖が絡みついた。
死角にいたのは、ヴラド。
両手から伸びた『アンフィスバエナ』の鎖。ガントレットの五指から伸びた蛇のような鎖が、シャードゥの腕に絡みつく。
だが、今のシャードゥにとって、何が絡みつこうと『力』で振りほどける。
『意味がないことを──……ッ!?』
そのまま、鎖を引いてヴラドを引き寄せようとしたが、『闇』を帯びた鎖は滑るように這い、すっぽりとシャードゥの腕から抜け、足に絡みついた。
さらに、左手首が外れ、太い一本の鎖が飛び、シャードゥの首に巻き付く。
「ハハッ!! 右の五指で拘束、左手がそのまま飛んで攻撃か!! こりゃいいぜ!!」
左手首がそのまま、蛇のように大口を開けて飛ぶ。
闇の力でコーティングされた左手首が蛇の咢となり、シャードゥの耳に喰らいついた。
「余所見していいのかい?」
そして、絶妙なタイミングで現れたハスターが跳躍。
槍型マギア『グリフォン』に竜巻を纏わせ、シャードゥの後頭部に向かって投げた。
「『ネフティス・フォーク』!!」
『ッ!?』
ズドン!! と、後頭部に槍が刺さるが、切っ先だけ刺さりぽろっと落ちてしまった。
だが、後頭部から血が出た。
ハスターは、風を纏い高速接近。腰に差していたナイフを抜き、シャードゥの膝に刺した。
「カトライアちゃん!!」
「お任せを!!」
カトライアが、独楽のように回転して接近してきた。
そして、ハスターが僅かに刺したナイフの柄を目掛け、思い切り『ヘカトンケイル』を叩きつける。
「『高貴なる重撃』!!」
ドゴオン!! と、ナイフが深く膝裏に突き刺さった。
シャードゥが顔を歪め、ようやく鎖が抜ける。
すでにマールも、ヴラドも、カトライアも、ハスターも離脱していた。
足のナイフを抜こうと視線を下に向けた瞬間。
「『毒蜂』」
ズドッ……と、いつの間にか接近していたシロガネの『タケミカズチ』が、右目に突き刺さった。
蛇腹剣から、紫色の液体が滴っている。
『グ、ォォォ……こ、これは』
「我が一族に伝わる秘伝の毒……たっぷり味わえ」
『グガアアアアアア!!』
シロガネが離脱。
メチャクチャに暴れるシャードゥ。身体中に血管が浮き上がり苦しんでいた。
そして、アシェが『イフリート・ノヴァブラスター』と『ヴォルカヌス&ウェスタ』を合体させたアシェの最終兵器、『イフリート・プロメテウスノヴァ』を構えていた。
「『イグニアス・ティタノマキア』!!」
放たれるのは超高熱の砲撃。
シャードゥを包み込み、その身体を溶解させていく……そして。
『…………』
シャードゥの全身が炭化していた。
ボロボロと亀裂が入り、崩れていく。
だが……崩れたのは、シャードゥの外殻だけ。炭化した部分がはがれると、キラキラとした竜麟を見せつけるよう、無傷のシャードゥが現れた。
『驚いたぞ、人間。ガキと舐めたことを謝罪する』
ビキビキと、毒も分解され、シャードゥは更なる威圧をする。
『さあ、まだ始まったばかり……続きといこうか』
戦いは、まだ始まったばかりだった。