アシェの目的
町を出て、トウマとアシェは王都へ続く道を並んで歩いていた。
「で、アシェ。お前は何のために旅をしてるんだ? 春期休暇がどうこう言ってたが……」
「はあ……そのまんまの意味。アタシは、セブンスマギア魔導学園の春期休暇を利用して、もっと強くなるために魔獣狩りしてるのよ……実家じゃ落ちこぼれの烙印押されてるし、居づらいからね」
「……つまり、武者修行ってやつか」
トウマは「それ俺にも経験ある!!」と目を輝かせる。
アシェはため息を吐き、背負っていた『イフリート』を手に持った。
「アタシさ……魔力量は家族の中でも一番多いんだけど、弾丸の精製と、狙いを付けるのがへたくそなのよ」
「ほう、どういうこった?」
「そのまんまの意味」
アシェは、魔力で弾丸を形成し装填。十秒以上かかった。
そして、五十メートル先にある大岩を見つける。
「ね、この的をあの岩に置いてきて」
トウマは、手のひらほどの大きさの木の的を岩の上に置いた。
アミュは狙いを定めて引金を引く……指先程の火球が飛ぶが、あらぬ方向へ飛んだ。
二発、三発と連射……だが、八発打っても的には命中しない。
込めた魔力の弾丸が消滅し、アミュも銃口を下ろした。
「わかった? アタシ、狙いを付けるのが苦手なのよ。笑えるでしょ? イグニアス公爵家の三女なのに、イグニアス公爵家の象徴武器である狙撃銃を使いこなせない。落ちこぼれの烙印を押されてもしょうがないのよ」
「…………」
「兄様や姉様だったら、千メートル離れた岩の上にある葉っぱだって撃ち抜ける。お父様なら、二千メートル離れた飛ぶ蝶の羽だって撃ち抜ける。アタシは……五十メートル離れた木の的すら、かすりもしない」
「…………」
「だからアタシ、もっと狙撃を上手くするために、休暇を利用して魔獣狩りを始め」
「なあ」
と、トウマが話の腰を折る。
アシェは話を遮られ、少しムッとする。
「ちょっと考えたけど……お前、向いてないんじゃないか?」
「は?」
トウマは、腰を落とし剣の柄を握り、手がブレた。
抜刀、斬撃、納刀が速すぎてまるで見えない。
すると、的を置いた大岩が細切れになり落ちた。
「刀神絶技、空の章『飛燕』と……見ての通り、バラバラだ」
「……アンタ、何が言いたいのよ」
「見てわからないか? 的はバラバラだ」
「……???」
確かに、設置した的はバラバラになり、大岩の残骸に埋もれてしまった。
「初めて、お前の火球を見た時は、すごい威力だなと思ったぞ。昔、俺の仲間にもいた……大火力で、一撃必殺を得意とするエルフの女が」
「はあ? え、エルフって」
「あー、何が言いたいのかっていうと」
トウマは、ビシッと指を突きつける。
「お前は、チマチマ狙うより、その~……魔力をいっぱい込めたでっかい一撃のが合うんじゃないか?」
「……え」
「それに、そのチマチマ狙うができなくても、お前の親父や兄弟が代わりにやればいい。お前は、お前の強みを伸ばせばいい」
「…………あ」
アシェは、霧が晴れるような感覚を感じていた。
狙撃ではなく、大火力。
簡単なことだった。
「お前は何を目指す? 兄や姉、父親みたいな強さを目指すんだったらいい。でも……ただ摸倣するだけじゃ、真の強さは得られない。本当にお前自身が強くなりたいなら、お前だけの強さを手に入れるべきだ。むしろ、ワクワクしないか? 兄や姉、親父にはない強さを手に入れるなんて、俺だったらワクワクしかないけどな」
「…………」
アシェは、トウマをジッと見ていた。
そして、空を見上げて笑った。
「あっはっは!! あ~……バッカみたい。そうね、アンタの言う通りじゃん」
「お、モヤモヤは晴れたか?」
「ええ。おかげでね……うん、決めた!! アタシ、狙撃じゃない、アタシだけの戦い方を作るわ。ヒントは得たしね」
「おお、いいな。ははは、がんばれよ」
「うん。トウマ……ありがとね」
「気にするな。さあ、行こう」
二人は、二千年前、そして今の違いを話して談笑しつつ、先へ進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日は、野営となった。
川べりで野営の準備を始める。
トウマは、見繕ってもらった道具を出すが……首を傾げる。
「……なんだ、これ」
「あ、そっか。アンタ生活用マギアも使えないんだっけ」
アシェは、トウマの荷物にあった筒を手に取り、魔力を流してスイッチを押す。
すると、筒の蓋が開き、中に入っていたシートが膨張……テントになった。
「おおお!? すっげえ!!」
「当り前のモンだけどね……その驚き、新鮮で面白いわ」
携帯用テント。
そして、折り畳み式の調理道具、乾燥させて固めた肉野菜ブロック、他にもいろいろな道具があり、トウマは子供のように目をキラキラさせる。
アシェは、トウマに鍋を差しだした。
「鍋?」
「川で水汲んできて。そのあと、ろ過して使うから」
「ほー、ろか?」
とりあえず水を汲む。
アシェは、テントとは違う『筒』を取り出し、そこに水を入れる。
そして、筒の反対側から水を出し、再び鍋へ。
「魔力で水を浄化するの。川の水、綺麗なところもあるけど、そのまま飲むとお腹壊すからね」
「おおおー!! いやあ、便利なモンができたんだな。俺のいたころは、滝の水とかそのまま飲んでたし、風呂代わりに滝行とかしたもんだ」
「そっちのが驚きよ……さ、夕飯の支度するわよ」
アシェは、鍋に乾燥した肉野菜ブロックを入れ、調味料で味付け。
町で買ったパンを軽く炙り、チーズをのせた。
「はい、完成」
「すごいな!! アシェ、料理もできるんだな!!」
「そんな大したモンじゃないわよ。まあ……山とかで野営するの好きだから」
「うんうん、いいないいな!!」
「……馬鹿にしないの?」
「は? なんで?」
「まあ……貴族令嬢、しかもあのイグニアス公爵家の娘なのに、野営好きとか」
「んー? 俺にはよくわからんけど」
「……はは。アンタ、そういう奴だったね。ありがとね」
「お、おう?」
意味も分からずお礼を言われたトウマだった。
アシェの作った野菜スープ、チーズのせパンは絶品だった。
しばし、アシェの淹れたお茶を飲み話をする。
「とりあえず、明日はスイコ山脈に入って王都を目指すから。道中、魔獣も出ると思うけど、アタシもいろいろ試したいことあるし、アンタはあんまり手を出さないでね」
「え、なんで」
「アンタ、あの『月の民』を一瞬でコマ切れに斬殺するくらい強いのよ? アンタが魔獣と戦ったら一瞬で終わっちゃうし、アタシの出番ないのよ。アンタは、アタシの戦いを見てアドバイスちょうだい」
「アドバイスも何も、俺は斬ることしかできないぞ」
「いいの。強者の視点で見て、ってこと……さて」
アシェは立ち上がり、近くの木に仕切りを入れる。
そして、川にホースを突っ込み、何かのマギアを木に引っかけた。
「なんだ、それ」
「……シャワー型マギア。川の水を浄化して、その過程でお湯に変換してシャワーにするの」
「ああ、風呂か」
「シャワーね。いい……覗かないでよ」
「ああ。そういうのは、同意のうえで見せてもらうモンだ。よし、じゃあ俺は川で水浴びするか」
「え? 終わったら貸すけど」
「大丈夫。俺、風呂は大好きだけど、川での水浴びも同じくらい好きだ」
トウマはズンズン川へ。上着を脱ぎ始めたのでアシェは目を逸らし、自分もシャワーを浴びるために仕切りの内側へ。
上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、下着を脱ぎ、裸身となる。
同世代の中では大きいと分類される胸、くびれた腰、真っ白な肌……ふと思う。
すぐ近くで、同世代の異性も、裸で水浴びをしている。
「……ば、馬鹿かアタシは。ったくもう」
自然物だけで作った、流れても問題のない野営用の石鹸で身体を洗い、髪を洗う。
アシェはずっと考えていた。
「『イフリート』の改良……狙撃型から、大砲型へのコンバートプラン。ううん、狙撃をやめるわけじゃない……もっと、アタシに似合う改良があるはず。道具と、修理用の素材はある。うん、いいアイデア浮かんできた」
「うおおお!! ははっ、でっかいクマだなあ!! よーしよし、お前も水浴び……うおおおお!? あっぶねえ!?」
何か聞こえて来た。
アシェはため息を吐き、そ~っと仕切りの内側から顔を覗かせる。
そこにいたのは、三メートル以上あるクマの魔獣だった。
「なっ……トウマ!!」
「ああ、大丈夫だ。こいつ、じゃれてるだけ……うおおおお!?」
「バカ!! そんなわけないでしょ!!」
立てかけておいた『イフリート』を手にし、弾丸を装填して構える。
だが、トウマは止めた。
「まあ待て。せっかくだ、久しぶりに」
トウマは、パンツ一枚で構えを取る。
素手。剣は遠い位置にある。
アシェは舌打ちし、仕切りから飛び出し刀を手にし、トウマの元へ向かう……だが。
「武神拳法、突の型」
『グオオオオオオオ!!』
クマが覆いかぶさるように襲い掛かって来る。
だが、トウマは態勢を低くし、這うようにクマの横を通って背後へ。
そして、クマの背骨に手を添えると、地面に踏み込んで、強烈な掌底を喰らわせた。
「『通背掌』!!」
ズドン!! と、衝撃がクマを襲う。
ベギャッと背骨が砕け、クマは泡を吹いて事切れた。
唖然とするアシェ。トウマは言う。
「刀神絶技ばかりじゃ身体が訛るならな。武神拳法……久しぶりだけど、若い状態だとキレがイマイチだな。老いた身体の方がこう……しなやかさというか、無駄な動きがないと言うか……うーん、若い状態で、もっと老いた時みたいな感覚にしないと」
「あ、アンタ……素手もいけるの?」
「ん? ああ、斬ることを覚える過程でな。『戦神気功』、『刀神絶技』、『武神拳法』にあと一つ、神の如き技を生み出した。名付けて『四神』……おおお」
「え?」
「いやはや、すごいな」
トウマの視線はアシェの身体に向いていた。
アシェが自分を見る……シャワー中だったので全裸。
上も下も、生まれた時の姿で、刀を手にトウマの前に立っていた。
「綺麗だ……女の身体を美しいと思ったのは、生まれて初めてっぎゃん!?」
刀が飛び、トウマの顔面に激突……トウマは鼻血を拭いて倒れた。
「死ねこの馬鹿アホクソ野郎おおおおおおおおおおお!!」
アシェは真っ赤になり、仕切りの内側に隠れてしまうのだった。