ヴァリアント解放戦争①
決戦当日。
支配領地の境界線を中心に、地の国ヴァリアント、そして七曜月下『夜行』のシャードゥの全軍が集結……境界線中央に、グロッタとグスタフマン、そしてシャードゥと枢機卿ガルドスが向かい合っていた。
シャードゥは、腕組みをしてニヤリと笑う。
「この日を、待っていた……ようやく、貴様ら人間を潰し、全てを支配する日をな」
「その言い方。やりたくてもできない……つまり、お前の上にいる月詠教が、意図的に『支配するな』と止めていたような言い方だね。月詠教は、人間界を半分だけしか支配できない理由がある、ってことかい」
「……減らず口を」
「だけど、小細工なし、真正面からのぶつかり合いを選択した男気だけは、敵ながら見事と言っておこうかね」
グロッタが敬意を払うと、シャードゥは「フン」と鼻で笑った。
「オレは、力と力のぶつかり合いが好きだ。個と個、軍と軍、全力を出し合い、互いにぶつかり合う熱気が、何よりも好きだ。半支配……正直、うんざりしていた」
「それで、どこの誰の命令かで、地の国ヴァリアントを支配に置くと決めたってことかい。水の国、火の国と解放が進んでるから焦っているとこともあるのかねぇ」
グロッタは推測する。すると、シャードゥが顔を近付けてきた。
「御託はいい。さて……月詠教『夜行』の軍勢、司教八百名、司祭五百名、大司教十三名、そして枢機卿ガルドス、そしてこのオレ、七曜月下『夜行』のシャードゥ……総勢千三百十五名が相手をしよう」
「……地の国ヴァリアント、全軍総勢六千二百七十名。全力でお相手しよう」
「ほう……思ったより少ないな」
「フン。王都の防衛とか、各地の重要拠点を空っぽにするわけにいかないだろう? 男気は認めるが、こっちも疑ってかからないとね」
つまり、伏兵……そして、王都、王国以外の拠点襲撃の可能性。
さらに、日数が足りなく、今現在出せるマギナイツ、マギソルジャーの限界数でもある。
シャードゥは言う。
「始まりの狼煙は、そちらに任せよう」
「そりゃありがたいね。では……お望み通り、真正面から、全力で叩き潰してやろう」
「光栄だ」
互いに握手などなく、背を向け、自分の陣地へと戻って行く。
グスタフマンは滝のような汗をぬぐい、グロッタに言う。
「い、生きた心地がしなかった……なんだ、あのバケモノは」
「確かにね。やれやれ、武人気質と思ったが、ありゃ本物だ。戦いに飢えた獣だよ……」
「ぐ、グロッタ……勝てるかい?」
「わからん。数では圧倒的にこっちが有利だが、月詠教、月の民の『魔法』の強さは侮れない」
「……あ、安心しろ。お前は、オレが守るからな!!」
「はいはい。ったく、頼りになり亭主だよ」
陣地に戻り、グロッタはレガリアの一つであり、全マギア中最重量の超大槌『ガイア』を担ぐ。
ランドグリーズ家の人間は、生まれつき超怪力を持つ。グロッタは、槌を掲げ、拡声器マギアを使い全軍に通達した。
『全軍、これより、領地を取り戻す戦いが始まる!! 大地の国を取り戻す!! その手に握る槌を降り回し、全てを砕くぞ!!」
『『『『『オオオオオオオオオオオ!!』』』』』
マギナイツ、マギソルジャーたちが槌を手に叫ぶ。
地の国ヴァリアントの武器は共通して『槌』だ。破壊し、叩き潰すための武器。そして、ランドグリーズ家ほどではないが、分家である貴族たちもまた怪力。
超重量の全身鎧を纏った六千を超える兵士、騎士たちの雄たけびは、大地を揺るがした。
◇◇◇◇◇◇
一方、支配領地側にある高台に、傘を差した男がいた。
男の頭上だけに雨が降っており、地面が濡れるとすぐ乾き、再び雲に戻って雨となる。
男……フラジャイルは、空を見上げた。
「……今日もいい天気だねぇ。あーあ、雨でも降らねえかなあ」
魔法の雨ではなく、本当の雨を感じたい……と、フラジャイルは思うがそう都合よく雨は降らない。
すると、フラジャイルの後ろに、一人の男が現れた。
「は? いや、なんで?」
フラジャイルは驚く……なぜなら、その男はこの場にいていい存在じゃなかった。
「いやいや、オオタケマルくん……なんできみ、地上にいるの?」
「ケッ、決まってんだろ。『新月』様の命令だっつーの」
オオタケマル。
真っ赤な着物を着て、下駄を履いた男だった。
着物ははだけており、サラシを巻いた腹、筋骨隆々な胸元が見えている……というか、着物を半分脱いでおり、帯の代わりに太い綱を腰に巻いていた。
フラジャイルは「あ~」と唸る。
「そっかぁ……ルナエクリプス様のご命令ねぇ」
「オウよ。ビャクレンは戻って来ねぇし、オマエは『満月』様の命令で地上に来た。何もしてない『新月』様が、暇つぶし……じゃなくて、何かしようとオレ様を送り込んだってことだ。まあ、『斬神』の件もあるだろーがな」
天照十二月『葉月』オオタケマル。
序列は八位。六位であるフラジャイルよりも下ではあるが、その強さは計り知れない。
「にしても、ビャクレンが負けたとはなあ……なあ、オレ様も『斬神』と殺し合いてぇ」
「あ~……いいんじゃない? たぶん、それも仕事のうちだと思うよ。ってか、序列四位のビャクレンちゃんが負けたのに、序列八位のキミが勝てると思う?」
「ハッ……言っておくが、『神竜変化』の解放率はオレ様が上。一撃一撃の破壊力もオレ様が上だ。あいつの序列が上なのは、序列にこだわって上を目指したからだ。オレ様はそんな順番なんて興味ねえ。戦えば、ビャクレンよかオレ様が上だ」
「ふーん。まあいいか。とりあえず、やるならやっていいよ? オレは本当に『斬神』なのか見極めるからさ」
「おもしれえ……」
オオタケマルはニヤリと笑う。
真っ赤に逆立った髪が燃え、皮膚に赤みが差し、額からツノが生え、竜麟が浮かびあがった。
「ここ、支配するんだよな」
「一応ね。あ~……あんまり地形変えないでくれると嬉しい。あと、見ての通りすっごく派手な戦いになりそうだし、キミの技が連発されたら、味方も吹っ飛んじゃう」
「関係ねぇよ。くくく……地上の下見なんてクソつまんねえ仕事かと思ったけど、楽しくなりそうじゃねぇか。なあ、フラジャイル」
「その名前、あんまり好きじゃないんだって。さーて、報告用に、一度『斬神』と接触しないとねぇ。オオタケマルくん、一緒に行こうか」
「ああ、いいぜ」
戦いが始まる。
地の国ヴァリアントを解放するための戦いが。