始まる戦い
地の国ヴァリアント、そして七曜月下『夜行』のシャードゥとの戦いが始まる前日。
全ての準備を終え、トウマたちは支配領地の国境にある砦にいた。
最終確認を終え、明日に備えて休む前。アシェはヴラドを呼び出した。
そして、アシェは、ヴラドに新しいマギアを放り渡す。
「はい、できたわよ」
「うお、投げんじゃねえよ」
ヴラドが受け取ったのは、両腕に装備するガントレットだ。
漆黒で、やけにゴツイ。それに鋭利な突起がいくつもあり、見ただけでわかった。
「……すげえな。もう『デルピュネー』の原型がねぇぞ」
「理論や構造が理解できたし、三日前にグロッタ様から大量の資材も提供してもらったからね。改良やめて、新造したのよ。アタシのアイデアがふんだんに詰まった新しいマギアよ。名前、アタシが考えたのあるけど、どうする?」
「……どんな名前だ?」
「両腕、二頭を持つ蛇にちなんで……『アンフィスバエナ』」
「…………」
「な、何よ。いい名前でしょ」
ヴラドは笑いだし、アシェに向けて頭を下げた。
「最高だ。アシェ……感謝するぜ」
「はいはい。あ、前にも言ったけど、お金もらうからね。戦い終わったら請求するから」
「ああ、いくらでもいいぜ」
「それと、理論や構造に不備はないと断言できるけど、ぶっつけ本番なのに変わりないから、その辺は許してよね。じゃあ……使い方、説明する」
こうして、アシェとヴラドは、遅くまでマギアについての話をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハスター、マール、カトライアの三人は、砦にある食堂で話をしていた。
「ふう……いよいよ、明日」
「カトライア、緊張していますの?」
「あ、当たり前でしょう……まさか、七曜月下が宣戦布告してくるなんて、考えもしなかったから」
「ハハ、その気持ち、オレらはよーくわかるぜ。なあ、マール」
「ええ……正直、同じ気持ちですわ」
ハスター、マールも、まさか十代で、月詠教と戦うことになるなんて考えもしていなかった。
トウマの無茶ぶりから戦いに巻き込まれるパターンもあり、結果的に月詠教との戦いになり勝利し、七曜月下が二人も墜ちたのだ。
そして今は、地の国ヴァリアントの七曜月下が、戦いを挑んできた。
「……マール、ハスター、明日、本当に私たち七人で、『七曜月下』に挑むの?」
「「……」」
正直なところ、カトライアは、七人で七曜月下に挑むとは考えていなかった。
地の国ヴァリアントと、そこを支配する月詠教との戦争なのだ。
戦うのは、ヴァリアントの貴族たち。そして守護貴族であるランドグリーズ家だ。
カトライアはランドグリーズ家だが、まだまだ未熟で前線で戦うなんてあり得ないと思っている。
アシェたちと違うのは、カトライアは一人っ子ということだ。
「正直なところ、司祭や司教とは戦えると思います。でも……七曜月下に挑むなんて、あり得ない。トウマさんがどこまで本気かわかりませんけど……」
「絶対に本気ですわよ」
「ああ。あいつが冗談言ったことなんてない。間違いなく、オレらは七曜月下に挑むぜ」
ハスター、マールはどこか諦めたような顔をしていた……が、そこに絶望はない。
マールは言う。
「カトライア。確かに、自身がないのはわかりますけど……わたくしは、皆さんと一緒なら勝てると思いますわ」
「オレもだ。オレ、アシェ、マールの三人で戦った時も、不思議と負ける気はなかったしな」
「……そう、なのですか?」
二人に言われ、カトライアは少しだけ元気を取り戻したようだった。
◇◇◇◇◇◇
リヒトは一人、部屋にいた。
ベッドに座り、杖型マギア『ティターニア』を手にし、ブツブツ言う。
「できる。ボクならできる……」
緊張していた。
明日、リヒトは戦場に出る。
後方支援ではない、本物の戦場へ出て、戦うのだ。
癒すだけしかできない。でも、トウマは『それも戦いだ』と言ってくれた。
だったら、やるしかない。
「よし……寝よう」
ベッドに横になる……が、眠気が全く来ない。
「……ううう」
リヒトは、緊張しっぱなしのまま、ベッドに横になっていた。
◇◇◇◇◇◇
トウマは一人、砦の最上部に登り、支配領地を眺めていた。
「岩、岩、岩……岩ばっかりだな」
岩石地帯。
支配領地には、多くの鉱山が眠っている。七曜月下とその配下は、地の国ヴァリアントの採掘者を捕虜にして、無理やり採掘をさせていた。
だが、戦争を仕掛けてくると同時に解放された。グロッタの読みでは「地の国ヴァリアントの全てを支配するつもりだから、捕虜はもう必要ない。むしろ戦いの邪魔だから解放した」という。
殺すのではなく解放。これから全てを支配するのに、働き手をわざわざ始末する必要はない。むしろ、支配領地の開拓をしていた作業員たちを殺すと、今後に影響を及ぼす……とのことだ。
トウマは、欠伸をして石畳の上に寝そべる……すると。
「……」
「ん? お前、シロガネか」
シロガネが、寝転んだトウマの傍に立っていた。
スカートなので、寝転んだトウマの位置では下着が丸見えだが、シロガネは気にしていない。
トウマは立ち上がる。
「なんか用か?」
「……ハバキリ、というのは本名か?」
「なんだいきなり。そりゃそうだろ」
「……二千年前の人間、というのは真実か?」
「ああ。嘘つく理由なんてないだろ」
「では、キンジという名前に覚えはあるか?」
「キンジ?」
キンジ。その名前を聞いた瞬間、トウマの胸に懐かしい何かが込み上げてきた。
そして、ハッとする。
「キンジ・ハバキリ……」
「そうだ。『斬神』に関わる名前……その意味は、理解できるか?」
「……あー、懐かしいな。兄貴の名前だ」
キンジ・ハバキリ。
トウマの兄弟。ただの農民であり、平凡な青年だった……と、トウマは覚えている。
「キンジは、私の祖先だ」
「……そうなのか」
「ああ。お前を見た時から、不思議な懐かしさを感じていた」
「兄貴の、子孫か」
トウマは、何とも言えない気持ちだった。
もう、両親や兄弟の顔も思い出せない。トウマの人生は家を出てからが本番であり、それより前の記憶はもう風化しかけている。
だが、思い出した。
「兄貴が一人、姉貴が一人、妹が一人……そして、両親。これが俺の家族だ」
「ああ、その通りだ」
「二千年前だぞ。さすがに、途絶えたと思ったけどな」
「……キンジは、我が祖先は、お前が『斬神』であることを知っていた。遥か昔、お前は世界各地で月詠教を斬って生きてきたのだろう? その噂は、お前の兄弟たちにも届いていた。そして、お前が戦いに明け暮れ、戦いの中で死ぬだろうと兄弟たちは考えた……だから、お前と言う存在の血筋を残した。その血はやがて、一つの国として残っている」
「……国?」
トウマが首を傾げると、シロガネは跪いた。
「雷の国イスズ。現王族は、ハバキリの血族……『斬神』トウマ・ハバキリ。あなたを、雷の国にお迎えしたい」
「え」
驚くトウマ。そして言う。
「いや待った。七国はセイレンスがそれぞれ統治者を決めたはずだけど、俺の家族なんていなかったはずだぞ」
「二千年の月日が流れ、変わったのでしょう……ですが現在、間違いなくハバキリが治めています」
「そ、そうなのか……うーん、兄貴や姉貴、妹がねえ。俺、斬りまくってただけで、家族のことなんてすっかり忘れてたのに」
トウマは苦笑し、シロガネの肩をポンと叩いて立ち上がらせた。
「とりあえず、その話はあとで。明日はでっかい戦いあるし、しっかり休んでおけ」
「……わかりました」
「じゃ、俺はここで寝るよ。おやすみー」
シロガネが一礼し、トウマだけとなる。
石畳に寝転がり、満点の星空を見上げ……ほんの少しだけ微笑んだ。
「家族か……墓参りとか、できたらいいなあ」