準備完了……だったが。
アシェたちが戻り、風呂に入り、洗濯マギアに制服を放り込み、買って来た夕食を食べ終えた。
時間は夜。トウマたちはリビングに集まり、明日に向けての話し合いをする。
トウマは言う。
「じゃあ明日。支配領地に乗り込むぞ。いいな?」
「おい、一日欲しいって言ったよな」
ヴラドが言うが、トウマは首を傾げた。
「あれ。今日充分休んだじゃん」
「……半日だろうが。一日ってのは、朝起きて、夜寝るまでの一日だっつうの」
「大丈夫よ」
と、アシェが言う。
アシェは、ガントレット型マギアを分解し、補助パーツを組み込みながら言う。
「ヴラド。アンタの新型、もうちょいで終わるわ。ぶっつけ本番になるけどいいわよね」
「……マジかよ」
「ええ。改造プランはあったし、構造さえ理解すればそう難しくないわ。凝った仕組みを組み込むとなると話は別だけど……」
アシェは、指と指の間にいくつもの工具を挟み、器用に指を動かして作業をしていた。
モノクルを付け、口にはネジを咥え、指をカチャカチャ動かしながらマギアを加工している。
アシェとトウマを除く全員が、アシェが何をしているのか理解できていない。そもそも……十六歳の女の子が、こんな風にマギアを改造するなんてあり得ないのだ。
マギア加工、マギア製造は、本来なら専門学校に通って仕組みを習う。だが、アシェは全て独学であり、誰からも教えてもらっていない。
トウマは言う。
「じゃあカトライア。支配領地の行き方、教えてくれよ」
「え、ええ……簡単ですわ。私たちが入って来た正門を出て、国を迂回して反対方向へ行けばいいだけです。その先にある岩石地帯が、月詠教の支配領地です」
「簡単だな。じゃあ明日、みんなで出発するか。目標はお前たち七人で『七曜月下』を討伐すること。残りの雑魚は全員、俺が引き受ける」
「「「「「「「…………」」」」」」」
全員が黙り込む。
トウマは本気だ。この『七曜月下』との戦いを、『アシェたちの修行相手』としか考えていない。
そんな時だった。
カトライアの屋敷のドアがノックされ、返事をする間もなくドアが開き、何人ものマギナイツたちが踏み込んできた。
さらに、威厳のある甲冑を纏った男性が、ズンズンとリビングへ。その後ろには女性もいた。
「カトライア」
「お、お父様……!? な、なぜここが」
「お前の隠れ家なぞ、全て把握している」
髭の生えた男性だった。身長はそこまで高くない。体型も筋骨隆々というよりはずんぐりむっくりして、どこか丸みを帯びている。
黄土色の全身甲冑は、豪華絢爛というよりも実践的な輝きをしていた。
カトライアは何か言おうとしたが、カトライアの父が出て制する。
「それ以上、何も言わんでいい。お前たち……支配領地に行くと言ったな」
「ああ。なあ、あんた誰?」
いやいやいやいや!! と、トウマの態度の踏み込んできたマギナイツたち、アシェたちも驚きを隠せない……そもそも、カトライアが『お父様』と言ったのだが、トウマは首を傾げていた。
男性は咳払いをする。
「フン。ワシは、ラーズアングリフ家、そこにいるカトライアの父、グスタフマンだ」
「トウマ・ハバキリだ。あーあ、こっそり行こうと思ってたのにバレちまった」
トウマはムスッとする。
この態度に、誰も何も言えない。グスタフマンは眉をピクリと動かした。
「娘が何の連絡もなしに、学園から七貴族の同級生たちを連れて、こっそりと隠れ家に戻って来たとなれば、何かあると考えるのが普通だろう。話を聞いていれば、七曜月下を討伐するだと?」
「おう」
「……水の国、火の国と七曜月下が討伐され、各国の半分を支配する月詠教も活発化している。いずれは大きな戦いになる……それなのに、戦線を引っ掻き回すなど、言語道断である」
「そう言うと思ったから、こっそり行こうと思ってたんだよ。それに、どんな敵が出て来ても、俺が全部始末するよ。今回は授業の一環だからな」
「……授業?」
「おう。見てわかんないか? アシェたち、かなり強くなってるだろ? 七人で協力すれば、たぶん七曜月下も倒せるんじゃないかなって思ってさ」
「……愚かな」
グスタフマンは首を振り、トウマに言う。
「貴様が何なのかはこの際どうでもいい。だが、我が娘と、他の七貴族の子息令嬢を連れて、勝手に支配領地に行くのはやめてもらおうか」
「…………」
「……なんだ。ワシの顔をジッと見て」
「いや……なんていうか」
トウマは首を傾げ、グスタフマンではなく、その後ろにいた女性を見て言った。
「グスタフマン。そっちの女、お前より強いんだけど、それでもお前が偉いのか?」
トウマがそう言うと、グスタフマンは目を見開き、後ろにいた女は驚いていた。
カトライアが首を振り、アシェたちは「???」と首を傾げる。
すると、女が大笑いした。
「あっはっはっはっは!! 驚いた……小僧、見る目はあるようだな」
「やっぱそうか。グスタフマン、どうも小物臭くてな……あんた、ガルフォスやヴィンセントと同じような『圧』がある」
「ほう……」
女はトウマを興味深そうに見る。すると、カトライアが言う。
「お母様……お戯れはおしまいですか?」
「ああ、そうだね。悪い悪い……では改めて。あたしはグロッタ・ランドグリーズ。地の国ヴァリアントの守護貴族、ランドグリーズ家の当主さ」
「え……女性で、当主?」
アシェが驚くと、グロッタは頷く。
「そうさ。あたしがこの国で一番強く、力がある。男も女も関係ない。ねえ、あんた」
「ははは……あぁ疲れた。ママ、もうワシを当主っぽく立たせて後ろで見るのやめてくれよ」
グスタフマンは、急に少年っぽい甘えたような雰囲気になった。
「悪いね。女当主ってのはどうも見下されるけど……そこの坊主は違ったようだ。さて、話をしようか」
グロッタは、リビングのソファにどっかり座り、アシェたちを順番に眺めた。
「聞いてはいたけど……すごい偶然だねぇ」
「お母様?」
「いや。同学年で、七貴族の令嬢令息が同じクラスに集まるなんて、懐かしいと思ってね」
「え……どういうことですか、お母様」
グロッタは懐かしむように言う。
「あたしらの世代もそうなのさ。ガルフォス、ヴィンセントは同期さね。もちろん、お前たち全員の親たちもね……あのころは、殺伐とした感じでねぇ。ヴィンセントはいっつも眉間にしわ寄せてたし、ガルフォスは女子人気がすごくてねぇ」
「お、お父様……そんな気がしてたわ」
「ふふ。うちのお父様、やっぱり女性人気があったのね」
アシェ、マールがクスクス笑う。
すると、カトライアが割り込んだ。
「お母様!! それより、ここに来た理由はやっぱり、私たちを止めに?」
「そうさ。でも……そっちの小僧、トウマだったか。なかなかいいタイミングだね」
「お? なんだなんだ」
グロッタは、グスタフマンに向かって顎でしゃくると、グスタフマンは地図を広げた。
先ほどまで、トウマに威厳を見せていた人物とは思えないほどだ。
地図を指差し、グロッタは言う。
「先ほど、七曜月下『夜行』のシャードゥが、宣戦布告してきた。この地の国ヴァリアントを攻め込む。戦いの準備をしろ……とね」
「ほほー、面白いタイミングだな」
「どうやら、シャードゥは武人気質と言えばいいのか、回りくどい策を弄するより、真正面からのぶつかり合いが好みのようだ。敵じゃなかったら気が合いそうだ」
「それで?」
「カトライア。可愛い娘がこのタイミングで戻って来たから、城で保護。ついでに他の子たちも保護……ってのが本命だ」
「却下」
「そう言うと思った。で……あんたのことも聞いたよ。ガルフォス、ヴィンセントからの手紙でね」
「え、お父様が?」
「まあ……わたくしのお父様も?」
「ああ。とんでもないガキがいつか来るかもしれない。やりたいようにやらせればいいとね。馬鹿な手紙と思ったが、好き勝手やらせたおかげで、領地が解放されたともあった。信じにくいけど、ガルフォスたちが言うなら信じるしかないね」
「お、じゃあ行っていいのか?」
「ああ、好きにしな。だが、何をどうするのか、それは説明してもらうよ」
トウマは改めて、七人で七曜月下『夜行』のシャードゥを討伐させること、司教、司祭、大司教などの戦力は全て自分で討伐すること、全ては授業の一環と説明した。
グロッタは何とも言えない表情で言う。
「……あー、本気なのかい? 七曜月下を舐めているというわけでは」
「ない」
「……まあいい。ったく、あたしじゃなかったら怒鳴り散らしてるところだ。だが、『夜行』のシャードゥ相手に、他国の守護貴族の子供たちをぶつけるなんて、馬鹿なことはさせられないね」
「大丈夫だって。俺いるし」
「……ガルフォス、ヴィンセントが苦労するわけだ。その自信、どこから来るんだい?」
「俺の自信は、俺が強いからあるんだよ。お前は俺の強さを知らないから、ガキの戯言って思うんだろ……じゃあ、こうしよう」
トウマは立ち上がり、刀を腰に差した。
「七曜月下以外の雑魚、俺が殲滅してくる」
「は?」
「俺一人なら、ガキが暴れてるだけで済むだろ。敵も、俺みたいなガキが特攻してくるのは、ただのバカとしか思わないだろうしな……」
「……手紙の通り、ブッ飛んだガキだよ。ったく」
グロッタはトウマを手で制する。
「わかった。勝手に突っ込まれても迷惑だ。個人の承諾が必要だが、子供たちも七曜月下との戦いに参加してもらおう……トウマ、お前の指揮下でな」
「えー……まあいいけど」
「相手もせっかちでな。戦いは四日後……全兵力を投じた総力戦を仕掛けると言って来た。まったく、頭が痛くなる……」
「じゃあ、俺ら七人も参加で。七曜月下は俺らが倒すから」
「……わかった」
こうして、トウマたちは地の国ヴァリアントの戦争に参加することになるのだった。