七曜月下『夜行』のシャードゥ
地の国ヴァリアント、支配領域の最奥にある巨大な『洞窟』の中に、鉱石を積み重ねた玉座に座る男がいた。
男は、浅黒い肌に短髪を逆立て、身体付きはオークのような巨体でありながら、オーガのように引き締まった非常に鍛え抜かれた身体をしていた。
男の手には、漆黒のダマスカス鉱石が二つ、弄ばれている。
「……フン。つまらんな、ガルドスよ」
「はっ、我が主」
男の名は、七曜月下『夜行』のシャードゥ。
地の国ヴァリアントを半支配する七曜月下である。そして、部下にして『枢機卿』のガルドスは、玉座の隣で深々とお辞儀した。
シャードゥは言う。
「水の国、そして火の国が落ちた……この状況で何故、月の本国は何もしないのだ? クソ……人間の国なぞ、さっさと滅ぼせばいいと、もう百年以上言っているのだがな」
ダマスカス鉱石をギリギリと握り潰すと、砂のようにサラサラと粒子になって床に落ちた。
シャードゥは、いろいろと限界に達していた。
「イライラする。さっさと地の国を征服したいのだが、本国がそれを許さん。月光の三聖女は、何を考えている……」
「主、それ以上は」
「フン。『執行者』が来るか? それもいい……退屈を紛らわせることができるのなら、なんでもな」
シャードゥはギリギリと拳を握り、丸太以上に太い二の腕を見せつける。
そんな時だった。
コツン、コツン……と、静かな足音が聞こえて来た。
「……ん? なんだ、貴様」
妙な『何か』だった。
まず……その存在は、大きな『傘』を差していた。
傘のせいで顔が見えないが、月の民が着る『着物』に、『羽織』を纏っているのがわかった。
髪の毛も長いのか、背中の中ほどまで伸び、着物の胸元を見るとアバラが浮いていた。そして、男と言うことがわかった。
足音の正体は、男が『下駄』を履いているから音が響いていたのだろう。
シャードゥとガルドスは、男の衣類や傘に気を取られてはいない。
なぜか、男の真上にだけ、『雨』が降っていた。
「……なんだ、コイツは。おいガルドス、こんなやつ、ここにいたか?」
「いえ。見たことがありませんが……」
シャードゥとガルドスもわからない。
男の真上にだけ小さな雲があり、そこから雨が降っている。地面に落ちた雨が一瞬で蒸発して気化し、再び雲へと戻っている。
男は、自分にだけ振る雨に傘を差しながら、ゆっくりと歩き……止まった。
「ああ、どうもどうも……ははは」
傘を上げると、顔色の悪い、痩せた男の顔が見えた。
特徴のない、整ったわけでも、不細工なわけでもない、普通の男だった。
シャードゥ、ガルドスは怪訝な顔をする。
男は、困ったように微笑みながら、頭をボリボリ掻いて言った。
「いやー……今の子は、アタシのことなんかわかんないか。本国でも影が薄いって言われてるしねえ」
「何者だ貴様……名を名乗れ」
シャードゥは玉座から立ち上がり、男に敵意を向ける。
男は、ペコペコ頭を下げて言った。
「ははは。アタシは『天照十二月』の一人、『水無月』のフラジャイル……ああ、この名前あんま好きじゃないんで、『雨男』と呼んでくれや」
「「──ッ!」」
シャードゥ、ガルドスは真っ青になり、冷や汗をダラダラ流しながら全力で跪いた。
天照十二月。月神イシュテルテ、月光の三聖女を除けば最強の十二人。
月の本国を守る最強の戦闘集団。当然、七曜月下のシャードゥなど相手にならない存在である。
『雨男』ことフラジャイルは手をプラプラさせる。
「ああ、いい、いい。そういうのいいって。ささ、顔を上げて」
フラジャイルは苦笑する。
「いやあ、いきなり来て悪かったね。こっちにもいろいろ事情があってさ」
「じ、事情……?」
シャードゥは、借りて来た猫のように小さくなった。
『膨張』……筋肉を膨らませ、巨大化することができる能力で大きく見えていたようだ。
フラジャイルは言う。
「ビャクレンちゃん……『卯月』が負けて、しかも負けた相手に弟子入りしたって報告あってね。しかもその相手が『斬神』……とうに死んだはずの人間だっていうから驚きなのよ」
こうして喋っている間にも、雨が降っている。
フラジャイルは、傘をクルクル回して言う。
「序列はアタシが下だけど、相性で言えばアタシのがビャクレンちゃんより強いからさ、呼び戻しに来たってワケ。火の国にいるって聞いたけど、月から地上に降りるには支配領地じゃないとダメだからねえ。だから、近いここに来たってワケ」
「な、なるほど……」
「それにしても、七曜月下が二人も負けちゃうなんてねえ。人間のマギアも馬鹿にできないや」
「「…………」」
フラジャイルは、少し考えて言う。
「うーん、アタシは『ビャクレンちゃんを連れ戻せ』って指令を『睦月』から受けただけで、他は何にも言われてないのよねぇ。見たところ、キミさ……随分と鬱憤溜まってそうだねぇ。よかったら、少しくらいやり返そうか?」
「……え?」
「二つの国が解放されちゃったんだ。一つくらい、完全に支配してもいいんじゃないかい?」
「そ、それは、つまり」
フラジャイルは、ニッコリ頷いて言う。
「うん、地の国ヴァリアント、支配しちゃおっか」
「「……!!」」
「まあ、ひとつくらい問題ないでしょ。ビャクレンちゃんのところ行く前に、手を貸してあげるよ。あはは……アタシも、久しぶりの地上で、少しは遊びたいのかもねえ」
シャードゥは、歓喜に震えそうになる身体を押さえて言う。
「ありがとうございます!! フラジャイル様!!」
シャードゥの退屈は、一気に解消されようとしていた。




