地の国ヴァリアント
地の国ヴァリアントは、巨大な岩石の中に作られた国だった。
一つの巨大……いや、巨大という言葉で表現していいのか憚られる『岩』だ。
直径数十キロ、横幅七十キロ以上という、自壊してもおかしくない巨岩をくりぬき、その中に国を作るという。
こんなことができるのは、地の国ヴァリアントの主な種族がドワーフ族だからだろう。
「すっげえ……!! いやはや、こんな岩見たことないぞ」
「当然です。地の国ヴァリアントは岩石の国。この地上に存在する全ての鉱石は、この地の国ヴァリアントで採掘され、各国へ輸出されますのよ」
トウマが驚き、カトライアが胸を張って説明する。
現在、トウマたちは地の国ヴァリアントの入口から少し離れた場所にいた。
つい先ほど、火の国側のグロンガ大森林から、地の国側へ入り、森を抜けたばかりである。
カトライアがいれば、入国に支障ないとのことで、八人でやってきたのだ。
すると、アシェが言う。
「……トウマ。本当に地の国で七曜月下と戦うつもり?」
「ああ。今のお前ら七人なら、いけると思うぞ。たぶんだけど」
「た、たぶんって」
「まあ、俺が目視して、お前らが対処できるレベルまで負傷させるってことも考えてるから、大丈夫大丈夫」
相変わらず、馬鹿げたことを……と、アシェは思ったが、これまでの戦いの全てで、トウマは強敵に対し一撃を加えたうえで、戦いを任せている。
不可能ではない。と、アシェは思っていた。
「うー、観光してえ……でもでも、あと十二日しかないし……我慢我慢」
当のトウマは、地の国ヴァリアントに見惚れている。
すると、アシェの隣にヴラドが並んだ。
「おいアシェ。オレのマギアだけどよ」
「改良中。あと一日もあればできるよ。ちょうど地の国に到着したし、補強用の素材が少し欲しいわね……トウマに言って、一日だけでも準備の時間もらえないかな」
「だったら、オレが交渉するぜ」
と、ヴラドはトウマの元へ。
「おいトウマ。これからすぐに支配領域に入るのか?」
「おう。問題あるか?」
「ある。一日でいいから時間くれ。戦いの準備くらいさせろ」
「えー? 実戦ってのは、準備の時間なんて与えてくれないぞ」
「頼む」
ヴラドは、下手なことを言わず、ただ頼む。
トウマは少しだけ考えて頷いた。
「わかったよ。じゃあ、出発は明日にするか。カトライア、だいたいでいいから、支配領域への行き方教えてくれ」
「構いませんけど……私、お父様、お母様に報告を」
「ダメ。どうせ『行くな』とか言われて終わりだ。兵士とかの準備してる暇ないし、俺らでこっそり支配領域に入って、そのまま奥まで行くぞ」
「む、無断侵入……はあ、わかりました」
カトライアは、言っても無駄と理解したのかそれ以上言わなかった。
◇◇◇◇◇◇
カトライアのおかげで、あっさりと入国できた。
岩をくりぬき、そこに巨大な門を設置……中に入ると、広大な吹き抜けの空間になっていた。
「ここは、城下町第一区よ」
「第一区ってことは、他にもあるのか?」
「ええ。地の国ヴァリアントは、先程見たように、巨大な岩石をくりぬいて国としているの。平民たちの住む区画、貴族が住む区画などあるわ。爵位が高い貴族ほど、岩石の中に広い敷地を与えられるのよ」
「ほほー、詳しいな」
「……私、ここが出身よ」
カトライアは呆れたように言う。
トウマは笑った。するとアシェが言う。
「カトライア。宿、どこか取れる? アタシたち、けっこう汚れてるし、服とかも何とかしたい……」
「その気持ち、とーってもわかります。本当なら実家にご招待したいけど」
トウマが首を振る。
「ダメなので、私の隠れ家に案内するわ。お風呂もあるし、部屋もあるので休むには最適なところよ。もちろん、お父様、お母様には知られていないから……では、案内するわ」
カトライアが歩き出したので、七人は付いていく。
そして、歩くこと三十分。第一区画の端っこに到着。巨大な岩石の壁があり、さらに『第二区画』と書かれた大きな看板があった。
そして、第二区画に入り、路地を通り、一軒の巨大な屋敷に到着した。
「ここが、私の隠れ家よ。お小遣いを貯めて買った物件ね」
「まあ……すごいですわね」
「あの、カトライアさん。なんでお小遣いで家を?」
驚くマール、そしてリヒトの疑問。
カトライアは軽く咳払いするだけで答えない。
すると、ハスターがクスクス笑って言う。
「リヒト。誰だって、秘密基地に憧れること、あっただろ? そーいうことだよ」
「秘密基地……ああ、そういうことなんですね。ボクにもわかりました」
「う、うるさい!! とにかく、ここは使用人もいない家なので、全部自分でやること!! フン、ようこそいらっしゃいませ!!」
怒りながら挨拶をするという器用な真似をしたカトライアは、屋敷の中へ。
トウマたちも続き、ようやく一息ついた。
屋敷に入るなり、アシェが言う。
「カトライア、お風呂」
「はいはい。私も入りたいから、すぐにお湯を入れるわ。その間に、下着とか着替えを買ってきたらどう? 私のドレスは貸しませんので」
「確かに、そうですわね。カトライア、服屋などありますの?」
「ふふ。第二区画はショッピングモールもあるわ。案内したいところだけど……」
「あ、じゃあ。お風呂はボクが見ているよ。女の子たちで行って来たら?」
「お、優しいじゃんリヒト。じゃあオレ、荷物持ちしちゃおうかな」
「……ケッ」
「そこそこ。ヴラドくんも一緒にだよー?」
「興味ねぇよ」
ヴラドは興味なさげだったが、ハスターに手を引かれて無理やり連れていかれた。
残ったのは、トウマとリヒト。
「あ、じゃあボク、お湯を見てくるので」
「なあ、リヒト」
トウマがソファに座って言う。
「お前さ、回復魔法しかないのか?」
「……え?」
「いや、『全員強くなった』とは言ったけど、お前はその……微妙なんだよな」
「え、ええと」
「回復だけ、戦いは任せて自分は守ればいい……まさか、そんなこと考えてないよな」
「……え、えと」
リヒトは、うまく言えなかった。
絶対に違うと、即答できなかったのだ。
トウマは言う。
「もう一回聞くぞ。お前、回復魔法しか使えないのか?」
リヒトは、小さく頷いた。
「…………はい」
「回復だけ?」
「……はい。ボクは、ピュリファイ公爵家の中でも異端で……攻撃魔法の素養が一切ありません。回復だけに特化した、魔法師です」
光の国チーフテンの守護貴族、ピュリファイ公爵家。
七つの属性の中で、唯一の回復魔法が存在する『光』属性。だが、癒すだけでは国を守ることはできない。『光』の攻撃魔法は、七属性の中でも強力な部類に入る。
リヒトは、ピュリファイ公爵家の三男として生まれた。
魔力量が多く将来を期待されたが……攻撃魔法を全く使えなかった。攻撃魔法の代わりとでも言うように、回復魔法の才能に溢れていた。
国が違えば、重宝する能力だろう……だが、ピュリファイ公爵家の中では落ちこぼれだった。
癒すことしかできない、腰抜け。
兄にも姉にも、一つ下の妹にも、末っ子の弟にも馬鹿にされた。
「……アシェさんの考えた作戦では、ボクの癒しはチームの要になると、攻撃には参加しませんでした。簡単な『魔弾』くらいなら使えますけど……どうしても、『光』属性を加えると、魔法が発動しないんです」
「へえ、珍しいのか?」
「……珍しいというか、異端ですね。実家ではもう、無視されています」
「やり返そうとは思ってないのか? ムカつく家族を見返すとか」
「……あはは。ぼくにそんな根性、あるわけないじゃないですか」
「まあ確かに。お前ナヨナヨしてるしなあ」
「あ、あはは……」
リヒトは苦笑するしかなかった。
トウマは言う。
「じゃあさ、お前は世界最高の回復魔法使いになれよ」
「……え?」
「俺がいた時代にも回復魔法はあったけどさ、まだ全然大したことない魔法なんだよ。薬草すりつぶして傷口に当てる方がマシなレベルでな。でも、今はマギアがあれば、すごい魔法も使えるんだろ? だったらさ、最高の回復魔法使いになれよ」
「さ、最高の?」
「ああ。お前は、攻撃魔法の才能を授けられなかったんじゃない。攻撃魔法の代わりに、回復魔法の才能を多めに与えられたんだ」
「……ぁ」
そんなことを言われたのは、リヒトは初めてだった。
「リヒト。お前さ、どのくらいの回復魔法を使える?」
「え、えっと……切り傷くらいなら一瞬で、火傷とかは十秒くらい、それと……」
「それと?」
「その、病気も治せます。外科治療が必要な手術とかをしなくても、内臓の主要とか、悪い部分を治したりも……戦場では怪我人ばかりなので、あまり役立ちませんけど」
「バッカ!! すんげえじゃねぇか!! 他には!?」
「え、えっと」
「四肢の欠損とかは? 内臓吹っ飛んでも治せるか?」
「そ、そこまでは」
「じゃあ決まりだ。リヒト、今日から世界最高……いや世界最強の回復魔法師を目指せ。四肢が吹っ飛んでも治せるとか、内臓吹っ飛んで腹に大穴空いても治せるとか、死んで一時間以内だったら蘇生できるとか」
「え、えええええ!?」
「できるできる。なあ、切り落とした四肢をくっつけたりはできるか?」
「……えと、たぶん」
「じゃあ、見せてくれ」
次の瞬間、トウマは『瀞月』を抜き、自分の左腕を切り落とした。
「え」
「ぐっ……ほれ、頼む」
トウマは、落ちた腕を拾い、リヒトに差しだした。
リヒトは真っ青になり、唇を震わせ、トウマの腕を受け取って断面を合わせ、全力の回復魔法をかけた……そして、トウマの腕が綺麗にくっついた。
指を開き、閉じを繰り返すトウマ。
「おお、くっついたくっついた」
「何馬鹿なことをしてるんですか!!」
リヒトは怒った。
当然である。トウマもびっくりしたが言う。
「すごいな。これ、失った血も作ったのか?」
「え? ええ……魔力で」
「やっぱお前、才能あるな。これからも頼むぞ」
「…………」
トウマは笑って出て行った。
リヒトは思った。
「……世界最強の、回復魔法師かあ」
もしかしたら……なれるのかもしれない。
そう思い、足元が冷たいことに気付いた。
「あああ!? おお、お風呂ぉぉぉぉ!!」
お風呂のお湯を出しっぱなしにしていたせいで、床が盛大に濡れていた。
リヒトは慌ててお湯をとめ、カトライアたちが戻って来る前に掃除を済ませようようと、慌てて動き出すのだった。