グロンガ大森林
早朝。
トウマが見つけて来た果物を食べ、七人は森の入口に整列した。
ニコニコしているトウマは、七人をそれぞれ見て言う。
「さて!! 今日から一か月の野外訓練だ。このグロンガ大森林では十五日間以内に、ボスを討伐することを目標とする!! というわけで……まず、お前ら七人の中から、リーダーを選んでもらう」
リーダー。
七人はそれぞれの顔を見合わせる。
そして、リヒトが挙手。
「あ、あの……ぼくは辞退するよ。誰かに命令するとか、やったことないし……」
シロガネ、ハスターも言う。
「……私も遠慮しておこう。だが、リーダーの命令には従うつもりだ」
「オレもパス。上に立つってのは、ガラじゃないんでね」
ヴラドは、「けっ」とつまらなそうに言う。
「オレも遠慮する。フン……」
残ったのは、マール、カトライア、アシェ。
三人は顔を見合わせる。するとカトライアが言う。
「では、わたくしがリーダーを務めさせてもらおうかしら。アシェ、マール、文句はある?」
「別にいいけど……できんの?」
「さあ? ですが、それはあなたにも言えることでは?」
「そうだけど……マール、アンタは?」
「そうですねぇ……じゃあ、こうしましょうか。カトライア、まずはあなたがリーダーを、その次はアシェにお任せしますわ。そして、どちらの指示が的確か、わたくしが判断しますわね」
「はあ?」
「はあ? ちょっと、どーいうことよ」
アシェがムスッとして言うと、マールはニッコリ微笑む。
「私は、アシェがリーダーに向いていると考えています。でも、カトライアがもしかしたら、アシェ以上にリーダーに向いてる可能性も否定できませんし……なので、どちらがいいか判断させてくださいな」
「「…………」」
「おーい、決まったか?」
「はい。トウマさん、まずはカトライアがリーダーを。そのあとにアシェですわ」
こうして、カトライアが最初にリーダーをやることになった。
◇◇◇◇◇◇
森に入る前、トウマは確認する。
「メシは俺が確保したけど、これからは七人全員で協力して確保するんだぞ。飲み水、食い物、寝床……魔獣の襲撃もあるから夜は七人全員でぐっすり寝るなんて無理だし、ここにいる魔獣は見た感じ、お前ら単独じゃ絶対に討伐は無理だ。いいか……気を付けろなんてチャチな言い方はしない。死ぬなよ」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「最後に、ここのボスの姿を教えておく」
トウマは木の棒を拾い、地面に絵を描き始めた。
大きな二足歩行で、腹がやけに肥大化し、腕が六本あり、目が八つある怪物だった。
それを見てリヒトが顔を青くし、ハスターが言う。
「『キングタイタン』か……おいおいおい、文献でしか見たことない魔獣だぜ。月詠教の司祭、司教、大司教ですら相手にしないぞ?」
「だからいいんだろ。とにかく、森に入ったら警戒しろよ? 気付いたら背後から食われたなんてあり得るしな。ああ、言っておくけど、俺は手ぇ出さないから。俺の『嘘神邪剣』なら、一度だけ『死』を斬ることができる……まあ、蘇生だな。一度だけ生き返れるから」
「「「「「「「……???」」」」」」」
嘘神邪剣、『蘇生斬り』……トウマの『概念斬り』の奥義である。
トウマは一度、死にかけている。
怪我を斬り、寿命を斬り、今に至るが……トウマは自身を斬った時に理解した。
寿命を斬ることができるのは、一度だけ。
(たぶん、『魂』を斬って誤魔化すような技なんだよな……そう何度も使える都合のいい技じゃない。俺も、十六歳に戻ってるけど、今度こそジジイまで生きたら死ぬだろうな)
そう考え、自分の胸に手を当てる。
「とにかく。お前ら、俺のことは忘れろ。いいな……じゃ、森に入るぞ」
トウマを先頭に、一行は森の中へ踏み込んだ。
◇◇◇◇◇◇
五分ほど、トウマの案内で森を進んだ。
カトライアがキョロキョロしながら汗を流して言う。
「な、何も出ませんわね」
「俺がいるからな。俺がいなくなれば、速攻でお前らを『餌』と認識するぞ」
「……っ」
カトライアが息をのむ。
すると、ヴラドが軽く舌打ちし、頬を掻く。
「おい、なんか……ピリピリしねぇか?」
「ああ。ここ、特殊な磁場で、一度入ったら二度と出てないらしい。まだ入って五分だけど、来た道を戻っても出口には着かないってさ。感覚が狂うとかなんとかで、真っすぐ進んでるつもりでも、実際はそうじゃないとかなんとか……って、ルドルフが言ってた」
「ちょ、だ、大丈夫なの?」
「まあ、俺は平気。お前らの修行が終わったら出口に案内するよ……さて」
トウマが立ち止まる。
振り返り、カトライアたち七人に言う。
「俺はここから別行動。お前らは、周囲を観察して、襲って来る魔獣に協力して対処し、食料の確保をしつつ森を進んで、ボスの……キングタイタンだっけ? そいつを倒せ」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「何度も言うけど、俺は手を出さない。俺がいなくなると同時に、お前たちは『餌』になる。でも、牙を持つ『餌』だ……抗い、戦って、生き抜いてみせろ。じゃあ……修行開始だ」
トウマの姿がブレた瞬間、もうそこにはいなかった。
同時に、ずっしりと纏わりつくような重圧が、カトライアたちに襲い掛かった。
「ひっ……こ、これは」
「マジでトウマにビビッて手ぇ出してこなかったみたいね。アタシらだけになった瞬間、餌を見る狩人みたいな気配に切り替わった」
「カトライア、指示を」
「え、あ」
アシェはすでに『ヴォルカヌス&ウェスタ』を両手で構え、残りの五人もマギアを抜いた。
カトライアはキョロキョロしながら、背負っていた大槌型マギア『エリュマントス』を手にする。
「カトライア、指示!! 見られてる……ううん、囲まれつつあるわ」
「わ、わかってます!! ええと、マギアの準備、魔力を」
次の瞬間、木の上から掌ほどの石が飛んで来た。
「危ない!!」
マールがカトライアの前に出て、双剣で石を弾き飛ばす。
ハスターが叫んだ。
「木の上にいる!! 数は……クッソ、数えるのも馬鹿らしい!!」
最初からいたように、周囲の木の上に大量の『サル』がいた。
ニヤニヤしながら、手には石を持っている。
カトライアは叫ぶ。
「ぜ、全員、防御!!」
「お任せを」
すると、マールが自分の周りに大量の『水球』を作り出し、双剣を振るう。
水球が一気に爆ぜ、さらに凝結し柱となり地面に突き刺さった。
柱の数は三十以上ある。それぞれが交差したり、重なるように生えたので、身を隠すには十分だ。
七人は柱の陰に隠れる。
「カトライア、戦うの? 逃げるの? 指示!!」
「せ、急かさないでください!! う……ど、どうすれば。えっと、チーム戦での戦術、戦術教本、何ページ……」
カトライアは混乱していた。
それもそのはず。いきなりこんな危険地帯に、マギアだけ持って放り込まれたのだ。
ようやく実感が湧いてきたのだろう……今、自分は死地にいると。
頭が真っ白になりかけていた。すると、頭上のサルたちが投石を始める。
石は、なんと氷柱に亀裂を入れるほどの威力があった。
「まずいですわ。私の『氷柱宮殿』も、そう長く持ちませんわ」
「……おい、ラーズアングリフの、どうすんだ」
「カトライアちゃん、指示ちょうだい」
ヴラドは鎖を手で弄び、ハスターは槍を担いで言う。
「ぼ、ぼくに攻撃は期待せずに……!!」
「……」
リヒトは杖を頭上で構えて防御態勢、シロガネは鞭を手にしジロッとカトライアを見る。
指示を待っている。だが、カトライアの頭は真っ白だ。
訓練はしてきた。勉強もしてきた。だが……命懸けの実戦は初めてだった。
カトライアは、何も言えなかった……その時だった。
「うぶっ!?」
「落ち着きなさい。ほら、深呼吸」
なんと、アシェがカトライアの頭を掴んで、自分の胸に押し付けた。
柔らかな、ふんわりとした香りがカトライアを包み込む。
アシェは、カトライアの頭を撫で、背中を撫でて言う。
「落ち着いて。アンタにできることをして。教本とかじゃない、アンタの考えを」
「……アシェ」
「大丈夫。アタシら七人なら、切り抜けられる」
アシェは微笑んだ。
カトライアは、胸の奥から温かな気持ちになる。
そして、アシェから離れて言う。
「指示を、出します」
「うん、どうする?」
「……アシェ。あなたに任せます。わたくしは……今、この場に相応しくありません。リーダーを、あなたに任せます」
「それが、アンタの判断?」
「……はい」
カトライアは頷いた。
アシェはカトライアを見つめ、マールを見る。
マールは頷き、カトライアの傍に行き、そっと手を握った。
アシェは『ヴォルカヌス&ウェスタ』を上空に何発か放ち叫ぶ。
「みんな聞いて!! 今からリーダーはアタシがやる!! 全員、アタシの指示に従いなさい!!」
アシェの指示のもと、六人は頷き、戦意を漲らせるのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、少し離れた木の上で、まとまり始めた七人を見ていた。
「アシェがリーダーか……やっぱそうだよな。なんていうか、アシェの声ってよく響くしな」
すると、アシェたちを狙っていたサルの一匹が、トウマに向かって石を投げた。
だが、トウマはその石を掴み、投げ捨てる。
そして、葉っぱを一枚千切って無造作に振ると、トウマを狙ったサルがバラバラになった。
「さあ頑張れ。お前らがここのボスを討伐できるようになれば……次の段階に進める」
トウマはニヤリと微笑み、枝の上に座ってアシェたちを眺めるのだった。