修行開始
トウマは、「ちょっと先に行くわ」とダッシュで行ってしまった。
残ったのは七人。アシェ、マール、ハスター、ヴラド、カトライア、リヒト、シロガネの七人だ。
アシェを先頭に『グロンガ大森林』へ向けて歩き、アシェは言う。
「グロンガ大森林……ほんと、アイツ何考えてんだろ」
「でも、修行の場としてはもってこい、ですわね」
グロンガ大森林。
火の国ムスタングにおいて、『死滅山脈』の次に危険とされる森林だ。
凶悪な魔獣が住み着き、森の中は特殊な磁場で迷路のようになっており、一度入ると二度と抜け出せない『迷いの森』としても有名……迷った末に死ぬか、魔獣に殺されるかのどちらかだ。
すると、カトライアが近づいてきた。
「グロンガ大森林。地の国ヴァリアントにも掛かっている森だったわね」
「そーね。境界線なんてないから、どこからがヴァリアントかわかんないけど」
「フン。ねえアシェ、マール……あのトウマとかいう人、なんなの?」
カトライアの疑問……というか、当然の疑問である。
アシェ、マールは顔を見合わせる。
「言っても信じないと思うけど、聞く?」
「アシェ、待って。せっかくですわ……皆さん、少しよろしいかしら」
マールは、後ろにいた四人に声を掛けた。
「な、なにかな……マールーシェさん」とリヒト。
「あん?」とヴラド。
「お、トウマについて?」とハスター。
「…………」とシロガネ。
マールは、みんなを集め、休憩するために街道沿いの木の下へ移動した。
「ここで、皆さんが疑問に思っているトウマさんについて説明しますわ。いろいろ信じられないことがありますけど……私、アシェ、そしてハスターさんがこの目で見た事実です。疑うのは結構ですが、最後まで聞いてくださいませ」
マールは、アシェとハスターの補足を交え、トウマについて説明した。
水の国マティルダでの戦い。七曜月下の討伐、火の国ムスタングでの戦い……そして、『月の裁き』という巨大隕石の両断。
全てを話し終えると、それぞれ反応した。
「……し、真実、なんだよね」
「ええ、リヒトさん。全て真実ですわ」
「す、すごいな……ぼくなんかと大違いだ」
「……クソ強いとは思ったが、まさか水の国、火の国の解放の率役者とはな」
「そうよ。ヴラド、アンタとんでもないやつに喧嘩売ったのよ?」
「あっはっは。いやー、見たかったね。ねえ、カトライアちゃん」
「ちゃん付けしないでくださる? ハスター……とにかく、アシェたちがこんなくだらない嘘をつくとは思えないし、信じるしかないわね」
「…………」
シロガネだけは黙りこんでいた。が、アシェが言う。
「シロガネ。アンタも信じる?」
「……言葉に意味はない。私は、自分で見たものを信じる」
「あっそ。とにかく、情報共有はおしまい。結論……『トウマは七曜月下より強い』ね」
アシェが立ち上がる。
「さ、行きましょ。トウマ、先に行って何してるかわかんないけど……ここからグロンガ大森林まではまだ数時間歩くわ」
不思議なことに、誰も文句を言わなかった。
カトライアだけは張り合うようにアシェの前を歩き出す。
リヒトは、アシェの背中を見ながら、隣を歩いていたハスターに言う。
「アシェさん……なんだか、一学期とは別人みたいだね。なんていうか……自信がついたっていうか」
「わかる? まあ、それだけの経験したしね。それに、イグニアス公爵家の娘って立場も強くなったのか、リーダーみたいな風格も感じるようになったねぇ」
「リーダーかあ……ぼくは異論ないよ」
「オレも。ヴラド、キミはどうだい?」
「あぁ? 別に、どうでもいい。イグニアスの……ああ、アシェには頼みもしてるからな。逆らうつもりはねぇよ」
「「頼み?」」
「うっせ。オマエらには関係ねぇよ」
ヴラドは無視してスタスタ歩き出した。
最後尾を歩くシロガネは、六人の背中を見て呟く。
「トウマ、か……トウマ・ハバキリ……まさかな」
◇◇◇◇◇◇
アシェたちは、二時間かけてグロンガ大森林の入口に到着した。
どこまでも続く森。入口には立て看板や小さな二階建ての監視所がある。だが監視所は無人で、長らく人がいないようでボロボロだった。
そんな監視所の入口に、トウマはいた。
「お、来たか。ささ、中にどうぞ。なんかいい感じの小屋あったし、今日はここに泊って明日からの探索だ。飯はさっき俺が狩ってきたから」
小屋の横に、吊るされた巨大な牛……ジェノサイドミノタウロスという凶悪な魔獣がいた。逆さ吊りにされ、首の断面から血が出ており、腹も裂かれ内臓が綺麗に取り出されていた。
死滅山脈で修行をしたトウマにとって、魔獣の解体など朝飯前だ。さらに、森で採ったのかいろいろな果実や、丸太をくりぬいて焼きを入れた即席のバケツには水が入っていた。
「すっご……アンタ一人でやったの?」
「まあ、こういうの得意だし、大好きだしな。アシェ、火ぃ頼んでいいか?」
すでに丸太を斬って薪を作ったようだ。入口にある木が綺麗に両断されている。
アシェは火を着けると、水分を含んだ薪から煙が出た……こればかりは仕方ない。
「メシ食ったら、明日からについて話がある。ささ、小屋に入れ。肉は俺に任せな」
アシェたちは小屋の中へ。
一階にはテーブルと椅子が十脚ほどあり、二階には監視所なのかテーブルしかない。毛布などはあったがボロボロだった。
カトライアは言う。
「こほん。マギナイツですので、野営に関しては文句を言いません。でも……男子は一階、女子は二階!! これだけは譲らないから!!」
「まあ、アタシも同意見」
「私もですわ」
「……どうでもいい」
アシェ、カトライア、マール、シロガネは二階。トウマ、ハスター、ヴラド、リヒトは一階となった。
肉が焼け、さっそくトウマは綺麗にナイフで斬り、全員に配る。
「塩コショウ持って来たから味付いてるぞ。水……川で汲んだけど、マールに任せた方がいいか?」
「ふふ、そうですわね」
「じゃあ、いただきまーす……うっま!! 肉うっま!!」
ジェノサイドミノタウロスの肉は、絶品だった。
全員がおかわりし、ミノタウロスは綺麗に完食。
お腹も膨れたところで、トウマは全員に言う。
「俺が先に来たのは、野営の準備をするのと、森を調べるためだった。で……一時間くらい森を探索してわかった。ここの魔獣は俺の敵じゃない。でも、お前らじゃ絶対に死ぬ」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「ってわけで、お前らの修行は……この森にいる主を殺せ」
「「「「「「「え」」」」」」」
「森の最奥に、この森の主がいる。俺に喧嘩吹っ掛けてきたから脅し留めた。今はビビッて隠れてるから……お前らが全員で協力して、森を進んで、魔獣を倒しつつ経験を積んで、ボスを倒せ」
「まま、待った……トウマ、マジで?」
「おう」
トウマは頷き、アシェに指を突きつけた。
「お前ら、全体的にどこか『死なない』って思ってるところがあると思ってる。まあお前らだけじゃない……小競り合いみたいな戦いしか経験していない、マギナイツも同じだ。お前らどこか心の中で、『どうせ月詠教とは小競り合いが続くから、命の危険は少ないはず』なんて思ってんじゃないのか?」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「まずは、その甘えた心を叩き直す。お前ら単独じゃ絶対に勝てない魔獣が多く徘徊する森で、お前らがそれぞれ力を尽くして魔獣を倒して進み、レベルを上げる……そして、森のボスを倒すころには、お前らは今の数倍強くなってる。そのあとは最終試験だ」
「最終試験……?」
ハスターが言うと、トウマはニヤリと笑う。
「まあ、クリアしてのお楽しみだ。くっくっく」
「「「「「「「…………」」」」」」」
こうして、トウマの発案による『グロンガ大森林』の攻略が始まるのだった。