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月の民

 町に到着したが、異変が起きていた。


「……最悪」

「ん、どうした?」

「動かないで」


 町の入口に衛兵がいない。

 それだけじゃない。町を囲う壁が壊されており、町から煙が上がっていた。

 アシェは舌打ちし、背負っていた『イフリート』を手にする。そして弾丸を精製し『イフリート』にセット、ジャキッとハンマーを上げる。


「どうやら『月の民』が攻めてきたようね……クソ、どこの国も王都の守護で精一杯って話聞くけど、こんな王都から離れた町じゃあ、守衛程度じゃ守るなんて無理。『魔導兵士(マギソルジャー)』が一部隊でも常駐してれば……」

「敵か」

「そうよ。トウマ……アンタ、戦える?」


 アシェは、カバンから予備のナイフを取り出し、トウマに渡す。

 トウマはナイフを受け取り、刃を指で軽くなぞる。


「問題ない。むしろ、ワクワクしている」

「いろいろ話聞いたけど、アンタって本当に何者なのかしらね」

「ははは。とにかく、殺していいんだろう?」

「ええ。敵は必ず殺すこと……」

「だが、『月の裁き』とやらがあるんじゃないのか?」

「あれは、滅多なことじゃないと落ちてこない。ってか噂程度しかわかんないのよ」


 二人は町に入る。

 壁が破壊され、住居のいくつかが倒壊していた。さらに、住人たちが倒れている。

 トウマは首を傾げる。


「血の匂いがほとんどしないな……死者はいないのか?」

「違う。月の民は遊んでるのよ。ただ殺すんじゃない、財産を奪い、生活を奪い、絶望させ、全てを奪ってから殺すのよ……王国領地の外れの町には、ろくな『魔導兵士(マギソルジャー)』が派遣されていないって知ってるから」

「悪趣味だな……二千年前の連中は、人を小馬鹿にこそするが、そんなことはしなかった。と、なあアシェ、マギソルジャー……ってなんだ?」

「……魔導器(マギア)を持った兵士のこと。一般的な兵士はみんなそう呼ぶの。ちなみに、アタシみたいな貴族は『魔導騎士(マギナイツ)』っていうの……見習いだけどね。属性持ち貴族はみんな、マギナイツになるために訓練してるからね」

「へー」

「……毎度だけど、アンタ驚いてるのかそうじゃないのかわかりにくいわ」


 ◇◇◇◇◇◇


 町を進むと、大勢の人が中央広場に集められていた。

 白い服を着た男が、村長らしき男を跪かせ、足蹴にしている。


「どうか、どうか……これ以上の破壊だけは。我々にできることなら、なんでも」

「駄目だ。くくく、この地は我ら『月の民』のもの。貴様らの物など存在しない。全てを奪い、殺してやろう」

「どうか、どうか」


 土下座する町長。白い男はゲスな笑みを浮かべ、背中を震わせていた。

 多くの住人が跪き、頭を下げている光景に恍惚の笑みを浮かべている。


「くはははは……楽しいなあ」


 下等生物。

 地の民は、月の民に劣る生物。

 白い男……『月の民』であり、この水の国マティルダを攻略している部隊に所属している男は、この町をまだ征服するつもりはなかった。

 どのみち、マティルダ王国の『魔導騎士』が駆け付けるだろう。戦って勝てないことはないが、こちらにも多少の被害は出る。

 だったら……奪い、嘲り、嘲笑うほうが楽しい。

 どうせ、水の国マティルダを責める『七陽月下』の一人が、総攻撃を命令すれば、この国は落ちるのだから。

 だから、余裕なのだと、思っていた。


「その白い服、俺が昔見たのと同じデザインだな……二千年経過しても、変わらんモンは変わらんな」


 声が聞こえた。

 白い男が振り返ると、ボロボロの服を着た少年が、手にナイフを持っていた。

 

「なんだ、乞食か? 物乞いか? ははは!! この状況がわからん馬鹿か?」

「いや、お前らを斬る」

「…………」


 意味が分からなかった。

 少年は、跪いている住人たちに向かって言う。


「あー、住人たち。特に子供たち、これからコイツらを殺す。血がいっぱい出るから、苦手なやつは見るんじゃないぞ」


 その言葉の意味を、誰も理解できなかった。

 全員が、同じようにポカンとするだけ。

 少年は、少しだけ腰を落とす。


「刀神絶技、空の章……『飛燕』」


 白い男の視界が回転した。

 くるくる、くるくると視界が回転する。

 少年が何をした? 手にあるナイフが砕けたのは見えた。


「うーん、ナマクラだなあ」


 何かを言っている。

 

(あれ)


 回転する視界で見えたのは、白い身体がバラバラになり弾けとんだところだった。

 周りにも同じようなモノが飛んでいる。

 

(うそだ)


 白い男は理解した。

 自分は、首が切断され頭だけで回転している。

 首だけじゃない。身体も、手足がバラバラになり吹っ飛んでいる。自分の部下が二十名ほどいたが、全員が同じような状態だった。

 飛ぶ斬撃が、無数の斬撃が、一瞬以下の速度で飛び、男たちをバラバラにしたのだ。

 男たちだけじゃない。男たちの背後にあった村長の家も、バラバラになって吹っ飛んだ。


「あ」


 少年が、「やべえ……」みたいな青い顔をしたのが見えた。

 それを最後に、白い男の意識は消失した。


 ◇◇◇◇◇◇


 トウマは、ギギギと首を動かし、『イフリート』を手に唖然としているアシェに言う。


「お、おいアシェ……久しぶりで感覚狂った。誰かの家までバラバラにしちまった……」

「……」


 アシェは、ごくりと息を呑む。


(嘘でしょ、こいつ……)


 白い男……間違いなく、月詠教の戦闘員である『司教』クラス。

 マギナイツが十人以上いて、初めて渡り合える強者だ。

 それを、ただの果物ナイフで、一瞬以下の速度で、まさに瞬殺した。

 もう、間違いない。


(コイツ……お父様と同じか、それ以上の強さがある。間違いない……!!)


 二千年前に寝て、つい最近起きた。

 トウマはそう言った。さらに神を一度斬ったとも言った。

 この強さが、トウマの言葉に真実味を加えている。


(二千年前。何があったのか……うちの書庫を調べたらわかるかも。それと、気が進まないけど……水の国マティルダで、アイツ(・・・)の家の書庫も見せてもらえたら)

「おい、おーい」

「え、あ、なに?」

「なあ、お前貴族なんだろ? なんかみんなポカンとしてるし、この状況なんとかしてくれよ」

「あ、ああ……そうね」


 アシェは、未だに跪いてポカンとしている村長たち、住人たちに言う。

 胸から金色のアミュレットを取り出し、見せつける。


「私は、火の国ムスタングから来たイグニアス公爵家の三女、アシュタロッテ・イグニアスです!! 町を襲った『月の民』は討伐しました!! 皆さん、顔を上げてください!!」


 ようやく、ガヤガヤと喧騒が戻り、さらに泣いて喜ぶ者たちもいた。

 それから、アシェは村長や守衛に命じ、月の民の死体を片付けさせたり、壊れた町の復旧などの指示を出す。

 ようやく住人たちが動き出したころ、トウマはそろ~っとアシェ、村長の元へ。


「あ、あの……」

「おおお!! お貴族様、あなたには命を救われまして」

「い、いえ。その……あの家、もしかして」

「ええ。我が家です」

「うおお……も、申し訳ありません。その、見るも無残な、バラバラにしてしまい」

「お気になさらないでください。ささ、宿を用意します。ごゆるりとおくつろぎください」

「ううう、その……何か手伝うことあったらやりますんで!! アシェ、お前は休んでろ!!」

「あ、ちょっと!!」


 トウマはダッシュで行ってしまった。

 がれき撤去などを手伝うつもりらしい。

 アシェは村長に言う。


「とりあえず、壊れた家は私が弁償します。これを」


 アシェは、この世界の通貨である白金貨を一枚町長へ。

 仰天する町長。これだけあれば、同じ家が百軒は建てられる。


「こ、こんなにいただけません!!」

「そうですか? じゃあ、いくつかお願いがあります」

「な、なんなりと」


 アシェは、トウマを見てニヤリと微笑むのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 がれき撤去を終え、トウマはアシェのいる宿屋へ。

 ただで泊れると言っていたので入ると、ロビーにアシェが待っていた。


「あ、トウマ。おつかれ」

「おう。がれき撤去、終わったぞ」

「早いわね。とりあえず、このまま食事しちゃいましょっか。おかみさん、もう食事の用意できてるって」

「おお、ありがたいな!!」


 ロビーの隣が食堂になっており、席に付くと大量の料理が運ばれて来た。

 どうやら、月の民排除のお礼らしい。

 遠慮なく食べ、トウマは言う。


「酒はないのかな」

「アンタ、お酒飲むの?」

「おう。二千年前はけっこう飲んでたぞ。味とかは気にしてなかったなあ……でもまあ、酒は自分の金で飲むのが一番うまい。今日はメシだけにしておこう」

「あっそ。ご飯食べたらお風呂入りなよ」

「え、一緒にか?」

「大馬鹿。んなわけないでしょうが。なにアンタ、アタシに興味あるの?」

「そりゃもう。二千年前は斬ることばかりで、娯楽なんてほぼなかったからなあ……今は、できることはなんでもやりたい。遊ぶのはもちろん、知らないことを知りたいし、酒も美味いモンも味わって食べたい。それに女も抱いてみたい」

「……しょ、正直なヤツね。言っておくけど、アタシに手を出そうとしたら、眉間に弾丸ブチ込むからね」

「うむ。わかったわかった。待つことにしよう」

「……待ってやれると思ってんならめでたわね。ったく」

 

 アシェはため息を吐き、果実水を飲む。

 食事を終え、トウマは風呂へ入る。

 久しぶりの湯舟を満喫。植物から作った石鹸や、髪を洗う液体に驚き、ピカピカになって部屋に戻った……当然、アシェとは別の部屋だ。


「ふあ……眠いな」


 トウマは、そのまま深い眠りに落ちた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌朝。トウマは身体を起こし、大きく伸びをした。

 ボロボロの服を着て一階に降り、すでに食事を開始していたアシェと食べる。

 そして、朝食が終わり宿を出ると、アシェは言う。


「さて、町を出る前に、ちょっと寄り道するわよ」

「お、なんだなんだ」


 アシェの案内で入ったのは、なんと服屋。


「服?」

「アンタの服、ボロボロでしょ。昨日、村長にお願いして、アンタ用の服を見繕ってもらったのよ。ついでに、旅の道具もね」


 服屋に用意されていたのは、黒を基調としたジャケットにズボン、ブーツだ。

 さらに、リュックには旅道具一式がまとめられている。

 着替えると、アシェは言う。


「へえ、似合ってるじゃない」

「そうか? こういう服は初めてだ。ふふ、これも経験」


 満足したのか、次は武器屋へ。

 武器屋に入ると、様々な『魔導器』が並んでいた。


「アンタ、刃……剣がいいんでしょ? どう? 使えるマギアはある?」

「……うーん」


 剣はたくさんあった……が、どの剣にも魔石を嵌める穴や、余計な装飾品がついていた。

 ほかにも、槍や斧、大剣や双剣なども売っているが、全てマギア。トウマ曰く『余計な物』がくっついているため、使いにくい。

 試しにマギアを起動させてみようとしたが、うんともすんとも言わない。


「やっぱり魔力がないのね。二千年前の人間って、魔力がないのかしら」

「さあなあ。とにかく、余計な……おお?」


 カウンター越しに見えたのは、武骨な漆黒の『刀』が二本。

 それを見ていると、店主が言う。


「な、なんだい? 加工前のマギアに興味があるのか?」

「それ、くれ」

「ええ? だがまだ、マギア加工も済んでいないし、魔力回路も打ち込んでいないぞ? 素材は『黒檻金剛』で一級品だが……」

「加工はしなくていい。砥石はあるか?」

「あるけど……」

「貸してくれ」


 トウマは、砥石を借り、漆黒の剣を研ぐ。

 刃を研ぎ澄まし、薄くし……自分好みの刀へと作り変えて行く。


「素直ないい鉄だ。うん、うん……任せておけ。早く斬りたいんだな?」

「……アンタ、何言ってんの?」

「鉄の声を聴いてるだけだ。素直でいい子だ……よーし」


 研ぎ終え、刀を下げるベルトをもらい、腰に二本下げる。


「よし、しばらくはこいつで斬るか」

「……よくわかんないけど、満足したならいいわ」


 トウマは、新しい服、旅道具、日本の黒刀を手に入れた。

 店を出て、アシェは言う。


「これから、水の国マティルダの王都に向かうわ。ここを攻めた月の民を、私たちで倒したことを報告しないとね」

「え、なんでだ?」

「アタシは一応、火の国ムスタングの貴族だからね。お忍びで修行の旅……じゃなくて、旅をして、月の民を他国で倒したとなると、一応は報告しないとまずいのよ」

「修行の旅?」

「そこに喰いつくなっての……ああそうよ。アタシは春期休暇を利用して、強くなるために旅してるのよ。そのへんあとで説明するから、まずは王都に向かうわよ」

「ああ、わかった。ふふふ、強くなりたいなら、俺と一緒に修行するか?」

「……それ、いいかもね」


 こうして、トウマとアシェは、水の国マティルダ王都へ向かうのだった。

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