臨時教員
トウマは、ルドルフに呼び出され学園長室にいた。
一緒にいるのはビャクレン。当然、ビャクレンが月詠教だの、天照十二月だのは言わない。
ルドルフはトウマとビャクレンにお茶を出し、教員について説明する。
「まず……きみにお願いしたいのは、生徒たちに対する戦闘技術だ」
「それはいいけど、俺って斬ることしかできないぞ」
「ああ。きみの望むまま、『戦う姿勢』を鍛えてやってほしい。今の子供たちは、教科書通りの戦術しか知らず、大きな戦いに身を投じることがない……きっと将来も変わらない。小競り合いのような戦いだけで満足し、牙を丸くしてしまう」
ルドルフは続ける。
「だが……この短期間で、七曜月下が二つも墜ちた。七国のうち二国が、月詠教から解放されたことになる……これはチャンスだ」
「つまり、七曜月下と戦えるくらいに、生徒を鍛えろって?」
「そこまでは無理だ。せめて、司祭、司教……大司教と真正面から戦うだけの力があれば。そうすれば、恐らく数年……もっと早いかもしれん。将来、地上から月詠教を一掃できるやもしれん」
「甘いな」
と、ビャクレンが止める。
足を組み、ルドルフに向かって言う。
「その気になれば、月詠教は地上侵攻などいつでもできる。七曜月下はあくまで『地上侵攻部隊』に過ぎない。もし、精鋭である『天照十二月』や、『月光の三聖女』が本腰を入れて侵攻すれば、地上などすぐに征服できる」
「……キミは?」
「師匠の弟子だ。とにかく、師匠に免じて教えてやる。七曜月下など、その気になれば補充可能な人材に過ぎない。『竜化』の祝福を受けた月詠教は、月にはまだまだいるからな」
ビャクレンが言うと、ルドルフはポカンとした。
トウマはビャクレンの口を塞いで言う。
「まあまあ、とにかく……俺のやり方で鍛えればいいんだろ?」
「あ、ああ。そうだな……まずは、一学年だけ鍛えてくれ。先入観のない子供たちなら、キミの教えを素直に受けるだろうしね」
「わかった。じゃあ、俺なりにやってみるよ」
「ありがとう、トウマくん」
こうして、トウマは一学年の臨時教員として採用された。
◇◇◇◇◇◇
アシェの研究棟に戻ると、さっそくアシェに質問された。
「アンタ、本当に教員やるの?」
「まあ面白そうだしな。とりあえず、使えそうなヤツは俺が鍛えるよ。ビャクレン、お前は残りを頼んでいいか?」
「残り、とは?」
「まず、一学年を振るいにかける。見込みありそうなのは俺が直接指導して、残りはお前に任せる」
「私に? しかし、指導などしたことが……あ、そういえば昔、剣を教えてくれた師に教わったやり方が」
「それでいいよ。一応、どんな内容か教えてくれ」
「わかりました」
「……ねえトウマ、振るいって」
「それはお楽しみに。ちなみにアシェ、お前のことは贔屓しないからな」
「わ、わかってるわよ……うー、不安しかないわ」
アシェはうなだれる……すると、ティーカートを押したルーシェが入って来た。
「ささ、晩ごはんだよ~」
「おお、待ってたぜ」
「師匠、食事のあとは入浴ですね。お背中、お流しします」
「おう、頼むぜ」
「ダメダメ!! ってかビャクレン、そういうのダメって言ったじゃん!!」
「あはは。まあいいじゃんアシェ。なんか面白そうじゃん?」
「ルーシェまで変なこと言うな!! ダメなのはダメ!!
楽しい時間は過ぎていく。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
トウマは、ビャクレンと二人で学園へ。
授業はいつからできるかと相談されたが、『明日からでも』と言って今日からの授業になったのだ。
ルドルフに授業の内容を説明し、その内容に驚かされた。
「……任せると言ったのは私だ。内容に口出しはしないよ」
「おう」
「ではさっそく、一学年を招集する。あとは任せるよ」
「任せとけって。さーて、鍛えてやりますかね」
トウマ、ビャクレンは学園長室を出て行った。
二人は並んで歩き言う。
「いやー、楽しみだな」
「……」
「ん、どうした?」
「いえ。私は師匠に教えを乞うと決めてから、人間も月詠教も月の民も同列と見ることに決めましたが……人間を鍛えることは、同胞を傷付ける手助けをする、ということなのでしょうか」
「まあ、そうだろうな。でも、気にしなくていいだろ。俺だって、月詠教と戦って見逃したこともあるし、怪我したヤツに手を出さないこともあったしな」
「……そう、なのですか?」
「ああ。人間だって、月詠教と敵対しているけど、逃げ惑う奴を後ろから襲ったりはしないと思うぞ」
「なるほど……わかりました」
「ああ。一応言っておく……お前が月に帰って、命令でまた地上に来て俺と敵対するようなら、当然容赦しない」
「……」
「でも……殺しはしないし、できないな。それくらい、お前のこと気に入ってる。現に、お前は強くなってるしな」
「……師匠」
「アシェがやかましいから我慢してるけど、女としても魅力的だしな」
「……はい」
ビャクレンは、嬉しそうに微笑むのだった。
◇◇◇◇◇◇
訓練場にて。
一学年百二十名が集まっていた。
それぞれ専用マギア、一般支給マギアをカスタムしたものなどを手にしており、制服ではなく学園支給の戦闘服を着ている。
そこに現れたのが、二本差しのトウマ、そしてルーシェが用意した地の民の戦闘用ドレスを着たビャクレンだった。
トウマはニコニコしながら言う。
「えー、初めまして!! 俺はトウマ・ハバキリ。今日からお前ら一年生の戦闘訓練をすることになった。こっちは助手のビャクレンだ。これからよろしくな!!」
「ビャクレンだ。死ぬつもりで励め」
シーンと静まり返る。
アシェはため息を吐き、マールはクスっと微笑み、ハスターは驚き、ヴラドは首を傾げた。
トウマは周りを見て言う。
「とりあえず、数が多いんで、見込みあるやつは俺が直接鍛える。ってわけで……」
「平民が指導かよ」「誰、あれ」「ハバキリなんて貴族いないぜ?」
ドヨドヨと、周りがトウマを疑問視しはじめる。
すると、調子に乗った生徒が言う。
「平民なんてお呼びじゃねえんだよ!! 帰れ帰れ!!」
「そうだ!! 帰れ!!」
怒号、野次が飛んだ。
トウマは別に気にしないが……ビャクレンは違った。
小太刀を一瞬で抜き、振るう。
それだけで、生徒の背後にあった観客席が爆発するように砕け散った。
シンとする生徒たちに、ビャクレンは殺気を向ける。
「黙れ、口先だけのクズ共が。師匠の教えを受ける分際で、腐ったような言葉を吐き出すな」
ビキビキと、殺気だけでビャクレンの立つ地面に亀裂が入った。
今でこそ、トウマの弟子であるが……ビャクレンは七曜月下など相手にならないほどの強者。月詠教の最高戦力『天照十二月』の一人、『卯月』のビャクレンである。
その殺気に充てられ、生徒たちが震えだす……が。
「こら、やめろっつの」
「あうっ」
ぽこん、と……トウマがビャクレンを叩いた。
殺気が消え、ビャクレンは頭を抑える。
「悪いな。納得できないなら、ルドルフに言ってくれ。さて……じゃあ、全員そのまま動くな」
トウマに言われ、全員が硬直して立ったままになった。
トウマは、生徒たちをジロジロ見ながら歩く。
「……お前、あっち。お前も、そっちの子も」
トウマは、見込みのありそうな生徒の背中を叩いて前へ移動させる。
「アシェも前な」
「……アンタ、どうやって選抜してんのよ」
「強いやつってのは、見りゃ大体わかるんだよ。まあ、長年培った観察眼ってやつだ」
マール、ハスター、ヴラドも前へ。
前に出たのは七名ほど。トウマは選抜を終えた。
「七人か。まあ、こんなもんかな」
「師匠、残りは私が」
「おう。念のため言っておくけど、殺すなよ?」
「はい、努力します」
努力かよ……と、残った生徒たちは思った。
ビャクレンは言う。
「これより、貴様らを地獄に叩き落とす。だが、私の訓練を受けた者は、ゴミムシからウジ虫へ変わる。そして訓練を受け続ければ、ウジ虫がクズへ、そして雑魚に変わり、最終的には兵士へと変わるだろう。いいか……逃げ出すことは許さない。諦めることも許さない。どうしても無理なら言え……殺しはしないが、腕を一本切断する」
ビャクレンは小太刀を振ると、地面が割れた。
腕を切断する……誰もが「本気だ」と理解した。
「中途半端な雑魚はいらん。強者か、ゴミムシかのどちらかだ。理解したなら返事をしろ!!」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」
「返事をしろと言っている!!」
ドン!! と、魔力が波動となって放たれ、百十名の生徒に叩きつけられた。
生徒たちは叫ぶ。
「「「「「「「「「「は、はい!!」」」」」」」」
「声が小さい!!」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
「よし!!」
トウマは、ビャクレンを見て笑った。
「あっはっは。なんかすげえな……さて、俺らもやるか」
トウマは、自分の前に集まった七名を眺め、ワクワクするのだった。




