ヴラド・ドラグレシュティ
訓練場にて。
いつもはマギア訓練を行う生徒がいるのだが、今日は誰もいない……というか、アシェとヴラドという公爵家の名前を出しただけで、訓練場は空っぽになった。
トウマは、二本差しの『瀞月』の柄をそっと撫でて言う。
「悪いな。今日は峰打ちだ」
「ねえ、トウマ」
「ん?」
アシェが、どこかめんどくさそうに言う。
「ヴラドのマギアだけど」
「待った」
と、トウマはアシェの口を押える。
「初見でどんな手を使うのか、それを予想するのも楽しいんだよ。だから余計なこと言うな」
「むぐぐ……っぷは、わかったわよ。とにかく、アンタの強さで負けるわけないんだから、ちゃんと手加減しなさいよね」
「へいへい。さあて……やるか」
「師匠、見学させていただきます」
アシェ、ビャクレンは観客用の席へ……すると、トウマとビャクレンは気付いた。
観客席の後ろ、こっそりと誰かが見ている。トウマの視線に気づき、人影が出てきた。
「……なんだ、ルドルフか」
学園長ルドルフが、こっそり陰から見ていた。
アシェ、ヴラドは気付いていない。
トウマとヴラドは向かい合う。
「ルールは簡単。先に気ぃ失った方の負け……まあ、当たり所悪けりゃ死ぬかもしれねえけどな」
「それでいいよ。ささ、早くやろうぜ」
「ケッ……まあいいぜ。一つ、教えてやる……オレぁな、オレより強いヤツを何人も相手にして、勝利を重ねてきた……その理由、わかるか?」
「諦めなかった、かな?」
「違う。喰らいついたのさ……ボロボロになっても、手足折れても、心が折れねえ限りオレぁ喰らいつく。司教も司祭もオレぁ食い殺してやった。見てろよ……オレの代で、闇の国ゾルファガールは、月詠教の支配を終わらせる!!」
「……おおお」
物凄く、『イキのいい奴』だった。
根暗そうな、顔を隠す前髪、ぎざぎざの歯、猫背のノッポ……だが、闘志が燃えていた。
トウマに挑んだのも、その強さが気になったから。強い弱いじゃない、格上格下じゃない、自身の糧となるべき強さを感じたから。
その、貪欲なまでの『欲』を、トウマは気に入ってしまった。
「ヴラドだっけ」
「ああ、そうだ……トウマだったか?」
「おう。お前、いいな……ちょっと激しく指導してやるよ」
トウマは拳を突き出し、静かに構えを取る。
「あぁ? 剣じゃねぇのか?」
「身体の全てが俺の武器だ。さあ、勝負しようぜ」
「ケケケ……おもしれえ」
ヴラドはだらんと手を垂らし、ニタリと牙のような歯を見せつける。
そして、アシェは観客席から手を上げた。
「それじゃあ……はじめっ!!」
アシェの合図と同時に、ヴラドは動き出した。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、拳を構えたままワクワクしていた。
(何が来る? 武器? アシェやマールみたいに目に見える武器じゃない。素手……ゆったりした服、何かを隠している? やっべ、ワクワクする)
ヴラドが右腕をトウマに向けた瞬間、『黒い鏃』が飛んで来た。
「──!!」
トウマは顔を捻って躱す。
目を狙った鏃。鏃には鎖が付いていた。
そして、その鎖はヴラドの裾から飛び出していた。
「──鎖!!」
「正解~」
ジャララララ!! と、ヴラドの両腕の袖から、鏃付きの黒い鎖が飛び出した。
それを鞭のようにしならせ、操る。
ただ操るだけじゃない。鎖と鏃には黒いモヤのような何かが絡みついており、自在に操作できるようになっている。まるで生き物のような、複雑な動きだった。
◇◇◇◇◇◇
観客席にいるアシェがビャクレンに説明する。
「あれが、ドラグレシュティ公爵家が生み出した拘束型魔導器、ヴラド専用の『デルピューネ』よ」
「鎖……」
「うん。鎖に魔力を通すことで、『闇』の力を纏わせ自在に操作するの。操作性はもちろん、硬度も上がるし、鏃に魔力を集中させてるから貫通力もある……本来は拘束する武器なんだけど、ヴラドはそれを自身の戦う手段に昇華させてる。ムカつくやつだけど、戦闘センスは並みじゃないわ」
アシェが嫌々褒める。
ビャクレンは「ふむ」と様子を伺っていた。
「確か、腕にガントレットを装着してて、それが鎖の発射機構になってるんだっけ……ちょっと興味あるかも」
マギア技師としての才能にあふれているアシェは、マギアには興味津々だった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、飛んでくる鏃を躱していた。
(複雑な軌道!! 生き物みたいに追尾してくる。しかも、一本を囮にして、もう一本で的確に死角を狙ってくる!! タイミングも、俺の動いた瞬間、行動が決定した瞬間を狙って回避できないタイミングで!! やべえ、楽しい!!)
トウマは、楽しんでいた。
「戦神気功、『舞うが如く』!!」
気を循環させ、静かに、波のように揺らめかせる。
そして、踊るように鎖を躱す。トウマが躱した瞬間を狙って来る……そう予想し、先の先を読んでの回避だ。
ヴラドは、一筋の汗を流す。
(こ、こいつ……!!)
ヴラドの『黒蛇反乱』は、最も基本の技でありながら、必勝の技でもあった。
一本の鏃を囮にして動かし、敵が回避をした瞬間に死角から一突きする……かつて戦った司教は、それで脳天をブチ抜かれ死んだ。
だが、トウマは躱す。まるで死角にある鏃、襲って来るタイミングを理解しているかのように、完璧なタイミングで躱すのだ。
「そろそろこっちも反撃するぜ」
「っ!!」
ドン!! と、トウマが一瞬でヴラドとの距離を詰めて来た。
「武神拳法、『穿破』!!」
「ッッッ、っごぇ!?」
ズドン!! と、腹に掌底を一撃。
弱点……鎖を伸ばしている間、懐に潜られると無防備になるのを突かれた。そもそも、鎖を回避し懐に潜り込まれたのは、司祭と戦った時以来だった。
ヴラドは嘔吐しつつも距離を取り腹を押さえ、鎖を巻き取って回収する。
「お、今ので倒れないのか」
「ケケケ……近接では痛い思いしたからな。対策練ってんだよ!!」
鎖が伸び、ヴラドの両腕、身体に巻き付いた。
まるで鎧のようになった鎖。ヴラドはトウマに殴りかかる。
「『大蛇絡』!! 近接もデキんだよ!!」
「いいね、お前……将来有望だな」
トウマは嗤った。
ゾッとするような笑みだった。ヴラドの背筋が冷たくなる。
同時に確信した。トウマが、火の国ムスタングを解放するために戦った男だと。そうじゃなきゃ、こんな強さはあり得ないと思った。
ヴラドはすでにトウマを殴る位置にいる。
だが、トウマはすでに腰の『瀞月』に手を添えていた。
「刀神絶技、雨の章」
「う、オォォォォォォ!!」
抜刀……ヴラドは見えていた。
だが、自分の拳も負けない。五指を開き、トウマを引き裂こうとする。
「『蛇狂裂』ォォォォォォォォォ!!」
引き裂く。そのつもりで放った……が。
「『秋雨』!!」
光の速度で叩きこまれた斬撃が鎖を弾き飛ばし、ヴラドの身体も弾き飛ばされるのだった。
◇◇◇◇◇◇
戦いが終わり、トウマは刀を鞘に納めた。
アシェ、ビャクレンが近づいて来る。
「おつかれ。手加減したんでしょ?」
「ああ。でもこいつ、かなり強かったぞ。強さもだけど……いい執念だ」
「執念……?」
「ああ。負けないっていう意思かな。こいつは伸びしろデカいぞ。現時点で、マールよりも、お前よりも強い」
「まあ……強いのは認めるけどさ」
「あ、師匠」
ビャクレンが指差すと、ヴラドが身体を起こし、近づいてきた。
「……チッ、負けか」
「ああ、俺の勝ち」
「……クソが。なんだテメェの強さは。喰らいつこうにも、喰らいつける気がしねぇ」
「まあ、俺が逆に食っちまうからな。でも……お前、強いよ。まだまだ伸びる」
「……」
「思ったんだけどさ、お前のマギアって、鎖二本しか使えないのか?」
「……ぁあ?」
「例えばさ、片手から三本とか四本とか、もっと手数を増やせば、もっと強くなれると思うぞ。鎖の長さを少し短くして、そのぶん数を増やせばいい」
「……簡単に言いやがる」
「なあアシェ。お前なら、ヴラドのマギア改造できるんじゃないか?」
「はああ? なんでアタシが」
「だってお前、天才マギア技師なんだろ? ルーシェが言ってたぞ」
「……まあ、見てみないとわかんないけど」
照れているのか、アシェはボソボソ言う。
ヴラドは、自分の袖をまくり、ガントレット形態の『デルピューネ』を見せた。
「数を増やす、か……クソ、面白いじゃねぇか」
「もし、それができるなら、俺ももう少し本気で相手できるな」
「……おいイグニアスの、オマエがマギア技師としての才に溢れてるってのは有名な話だ。改造できんのか?」
「できたとしても、無礼で失礼でムカつく言い方しかできないアンタのマギアなんて見たいとは欠片も思わないけどね」
「……チッ、悪かったよ。アシュタロッテでいいのか?」
「呼び捨て?」
「……クソが。アシュタロッテ・イグニアス公爵令嬢。オレのマギアを見てくれないか」
「ま、いいけどね。それとアシェでいいわ。長ったらしいからね。それと、改造できたとしてもお金取るわよ」
「構わねぇよ。おいトウマ……改造したら再戦だ」
「いいぜ。へへ、おいヴラド、その前にメシ食おうぜ。さっき食ったけど腹減ってきた」
「……まあ、いいけどよ」
「師匠、私も」
「おい、コイツなんなんだ?」
いつの間にか、ヴラドも普通に会話していた。
不思議だった。トウマに関わると、誰もがこうなってしまうのか。
アシェは、ヴラドが取り外した『デルピューネ』を受け取り、そんなことを想う。
すると、パチパチと手を叩きながら、学園長ルドルフが近づいてきた。
アシェが驚いて頭を下げる。
「が、学園長!!」
「ははは。いいね、若い者同士の交流と言うのは」
「……何か、御用でしょうか」
ヴラドですら、敬語になっていた。
ルドルフは頷き、トウマに言う。
「トウマくん。やはり、キミの強さは本物だ」
「当然。まあ、全然本気じゃないけどな」
「うん。早速だが……キミに、お願いがある」
「ん、なんだ?」
アシェ、ヴラドは、普通にため口のトウマに愕然とした。
学園長であり、ムスタング国王の弟であるルドルフにこうも馴れ馴れしいのはあり得ない。
ルドルフは、気にせずに言う。
「きみを、このセブンスマギア魔導学園の、技術指導教員として迎えたい。その強さ……学園の子供たちに、教えてやってくれないか?」
「「……え」」
「教員……教師ってことか? 人に教えるなんてやったことねーけど、別にいいぞ」
「師匠、私も!!」
「おう。じゃあ、お前は俺の補佐だな。いいよな、ルドルフ」
「ああ。じゃあ、手続き的なことは明日以降で。じゃあまた」
ルドルフは去って行った。
トウマは、アシェとヴラドに言う。
「なんか面白くなってきたな!! 俺が先生だってよ!!」
「「…………」」
「師匠、実は先ほどの戦いを見て少し滾ってまして……お相手、願います」
「いいぜ。相手してやるよ」
こうして、トウマは……なんと、セブンスマギア魔導学園の技術指導教師となるのだった。




