新学期
新学期当日。
アシェは、制服に着替えてトウマたちがいる一階へ。
のんびり食事をしているトウマ、ビャクレンは、アシェの姿を見て驚いた。
「おお、いつもと違う服じゃん。なんか可愛いな」
「……あ、ありがと」
可愛い。
ドストレートな言い方に、アシェも照れてしまう。
アシェの制服は、貴族らしさ、優雅さを感じさせながら機能的なデザインだった。
白を基調としたブレザータイプで、男子はズボン、女子はスカートと分けられている。
ブレザーと一緒にケープを羽織るようになっており、ケープにはマギア加工もされている。ケープを止めるブローチに魔力を流すことで、簡易的な防具にもなるそうだ。
そして、胸元には七色の小さな円が重なるような紋章が刻まれている。七国、セブンスマギア魔導学園を象徴する紋章だった。
アシェは椅子に座り、ルーシェが用意したトーストを齧る。
「はぁぁ、正直に言う……めんどくさいわ」
「そうなのか? 学校とか、俺は行かなかったけど」
「私も、ムーンベースで習ったのは地上の言葉や文化くらいですね。学校じゃなく、脳に直接書き込みました」
「え、なんだそれ……ちょっと怖いな」
ちょっと引くトウマ。ビャクレンは「月では当たり前ですよ?」と首を傾げる。
アシェは興味があるのかないのか、ため息を吐いて言う。
「はぁ~……マギナイツ見習いとして認められたし、あとはイグニアス公爵家の部隊で戦えればいいんだけど……学校は卒業しろって言われちゃったのよね」
「学校は勉強するところだろ? 勉強しろよ勉強」
トウマが言うと、ルーシェがトウマのカップに紅茶を注いで言う。
「アシェは、学園で学ぶ四年間の履修科目、一年で全部終わっちゃったのよ。しかも模擬試験は全教科満点で、テスト問題のミスを指摘するくらい完璧なの」
「ま、マジで」
「大した事ないわよ。でも、やっと自分に合ったマギアを作って、戦いのコツもわかってきたから、座学なんて無視して訓練したいわ……」
アシェは再び大きなため息を吐いた。
ビャクレンはアシェに聞く。
「その学園というのは、学び舎……ですか」
「そうよ。アタシのいるクラスは一年生で三十五人のクラス。一学期終わって、教から二学期。全部で四学期終わったら二年生へ進級、また四学期やって、三年生、そして四年生やって卒業……って流れ。あああ、まだまだあるわ……」
アシェはテーブルに突っ伏し、ビャクレンは「なるほど……」と頷いた。
トウマは言う。
「なあなあ、見学とかできないか?」
「……無理よ。セブンスマギア魔導学園は、マジで貴族しかいない学園なのよ。上下関係も気持ち悪いくらいしっかりしてるし……見学なんてするわけないわ」
「そうか。微妙に興味あるんだよな……なあなあ、お前のイグニアス公爵家のコネで見学させてくれよ。面白そうなモンは見たいんだよ」
「あのねー……」
すると、ルーシェがポンと手を叩いた。
「そーだ。ねえアシェ、あたしの代わりに、トウマを従者として連れてったら?」
「はあ?」
「お、なんだそれ?」
「ふふん、説明するね」
従者とは。
基本的に、セブンスマギア魔導学園が学生寮がある。寮に入らないのは火の国ムスタング出身者だけで、それ以外の他国から来る生徒は皆、寮に入るのが基本的だ。
そして、学生は一人につき二名だけ、従者を連れてくることが許可される。
「ちなみに、七大公爵家は三名まで。寮も個室っていうか学園の敷地にある小さな屋敷なのよ。いやー、七大公爵家ってすごいねー」
「ルーシェ、アタシ寮に入ってないわよ。いちおう寮は与えられたけど、全然使ってないし」
「だよね。でも、三名の従者は許可されてんじゃん? 一学期は、いざという時に寮を使うかもって、メイドを三人派遣して掃除だけさせてたけど」
「そうだっけ……」
「とりあえず、従者として連れてってさ、学園案内して、明日には帰らせたら? それなら普通に入れるでしょ」
「……まあ、問題ないけど。トウマ、どうする?」
「行くぞ!! なあ、ビャクレン」
「はい。私も興味があります」
こうして、トウマとビャクレンはアシェの従者として、セブンスマギア魔導学園の『見学』に行くことになるのだった。
トウマ、ビャクレンが喜ぶ隣で、アシェは言う。
「……なんか、すっごい不安」
アシェは紅茶を飲み干し、大きなため息を吐くのだった。
◇◇◇◇◇◇
移動は、イグニアス公爵家の馬車だった。
馬車には、アシェとトウマとビャクレンがいる……が。
アシェはビャクレンに言う。
「似合ってんじゃん」
「はあ……すっごく動き辛いんですけど」
ビャクレンは、なぜかメイド服だった。
ルーシェが着せたのだが、理由が「従者だし、メイド服っしょ」とのこと。アシェは止めようとしたが、ビャクレンを見てメイド服を着せたくなったのか、何も言わなかった。
白を基調としたイグニアス公爵家のメイド服だ。白い髪をポニーテールにしており、とても似合っている。
「あれ、お前武器は?」
「ああ。ここに」
ビャクレンはスカートをめくると、白い下着が露わになるのも気にせず、太ももにベルトで固定した小太刀二刀を見せてくれた。
するとアシェ、ビャクレンのスカートを思い切り戻す。
「バカ!! スカートをめくるなっ!!」
「え、なぜです?」
「し、下着が見えるでしょ……」
「はあ……股間を隠す布を見られるのが、ダメなのですか?」
「えと」
「どうも理解できません。乳房だって、赤子に乳を与える授乳器官ではありませんか。師匠の背中を流そうと裸になっただけで、とても怒られましたし……」
「だ、ダメなもんはダメなの!! いいビャクレン。地上の女性は、胸とか下半身とか、下着とか……とにかく、肌を見せることはダメなの。いい?」
「はあ……それが地上のルールなら」
ビャクレンは、とりあえずわかったと頷くのだった。
月と地上での文化の違い……まさか、羞恥心がここまで希薄だとは、アシェも思わなかった。
そして、見えてきた。
「おおおおおお!! アシェ、あれか!?」
「そうよ。ってか、デカい声出さないでよ」
セブンスマギア魔導学園。
マギアを使う知識、戦う技術を学ぶ貴族のための学園。
アシェは言う。
「従者のアンタらは、基本的に寮での生活に……っていうか、一日だけだし別にいいか。とにかく、勝手に出歩かないこと、いいわね」
「「はーい」」
「到着したら寮に行くわ。お昼前になったら迎えに来るわ。そのあと、学園案内してあげる」
「午後はヒマなのか?」
「新学期初日は挨拶だけよ。授業は明日から」
馬車は、学園の正門を抜けて敷地内へ。
馬車が五台以上並んで走れる広い道だった。両側に大きな建物がいくつも並び、遠くには巨大な『塔』も見え、トウマはとにかくキョロキョロする。
「すっげー!!」
「師匠、あれ見てください!! なんの塔でしょう?」
「斬りがいあるな。だるま落としみたいに斬ってみたいぜ」
「こら、物騒なこと言うな。それとデカい声出さないで」
アシェに引っ張られ、二人は馬車に戻る。
そして、大きな家の前に到着し、トウマたちは降りた。
「ここ、アタシの寮よ。自由にしていいから、大人しく待っててね」
「おう。じゃあビャクレン、瞑想でもすっか」
「はい、師匠」
トウマ、ビャクレンは屋敷の中へ。
アシェは馬車を降り、歩きで本校舎へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
アシェは、一人で校舎に向かって歩いていた。
カバンなどはない。授業道具は全て教室にあり、自宅学習する場合の教科書などは自宅にある。いちいち持ち帰ると言うことはしない。
そして、本校舎に近づくにつれ、生徒たちが目立つようになった。
「ねえ、イグニアス公爵家の……」「綺麗な赤髪……」
「一年生だっけ」「噂じゃ、月詠教と戦ったらしいぜ」
聞こえてくるのは、噂話。
すでに、この火の国ムスタングによる月詠教の半支配は終わったことを、国民たちは知っている。
さらに、イグニアス公爵家による力で、七陽月下が滅ぼされたことも。同時に……アシェが『枢機卿』を倒したという話も、どこからか伝わっていた。
アシェに注がれる視線は、興味半分、羨望が半分といったところだ。
そして、本校舎の入口に到着すると……アシェが学校をめんどくさがる理由その一があった。
「「「「おはようございます、アシュタロッテ様」」」」
「あ、ああ……うん、おはよ」
少女二人、少年二人の組み合わせだ。
それぞれ、アシェに付き従う下級貴族の少年少女……正確に言えば、イグニアス公爵家配下の貴族だ。
アシェは、頼んでもいないのに、この四人が親衛隊のように付き従うのが嫌だった。何度か「一緒にいなくていい」や「ついてこないで」と拒絶もしたが、まるで無視……もう、アシェは諦めていた。
ちなみに、アシェは名前をよく覚えていない。
「アシュタロッテ様。お久しぶりです」
「お変わりなかったでしょうか?」
「枢機卿の討伐、おめでとうございます!!」
「さすがアシュタロッテ様!!」
「…………」
学校に到着して早々、アシェは疲れていた。
そもそも、今期の一学年は、特にアシェのクラスは、あまりにも偶然が重なっていた。
一学年三十五人。七国の守護貴族である七大侯爵家から七名が入学し、さらに配下の貴族が四名ずつの入学だ。つまり……七国から五名ずつ、合計三十五名の入学である。
まるで、五人一つのチームが七つ、同じ教室に集められたような状況だ。
それが派閥のようになり、アシェのクラスは地獄のようだ。
「はぁ……帰りたい」
アシェは教室へ向かう。
始まってもいないのに、アシェはトウマたちのいる屋敷に帰りたくなっていた。