解放、火の国ムスタング
戦いが終わった。
アシェ、マール、ハスターは駆け付けたマギナイツたちに運ばれ、医療施設で治療を受けた。
クライブ、ヴィンセント、ミュウは戦後の処理。
ムスタング王家に『七陽月下の脅威は去った』と報告。
戦いから二日後、火の国ムスタングが解放されたと王家から国内に正式な知らせが入った。
アシェ、ハスター、マールは治療用マギアで治療を受け、二日で退院……アシェの研究棟に三人で戻って来た。
「よ、おかえりー」
「おかえりなさい」
「「「…………」」」
研究棟に戻ると、トウマがいた。
そしてもう一人、白い髪をポニーテールにした美少女だ。
なぜかエプロンを付け、トウマにお茶を注いでいる。
「怪我、治ったんだな、よかったよかった」
「……あのさトウマ。何から言えばいいの? えと……その子、誰?」
「こいつはビャクレン。月詠教だけど、俺の弟子になりたいって言ったから弟子にした」
「ビャクレンと申します。月詠教ですが、師匠の弟子となりました」
「「「…………」」」
三人は唖然としたまま声が出なかった。
トウマは茶を啜って言う。
「なあ、ヴィンセントやクライブは?」
「……お父様、お兄様は戦後の処理があるから、しばらく帰ってこないわ。さっき、アタシのところに来て、すぐ行っちゃった」
「何しに来たんだ?」
アシェは、小さく微笑んで言う。
「……『お前を、イグニアス公爵家のマギナイツとして認める』だってさ。これで、アタシは自分のやりたいようにやれるわ。マギナイツ見習いとして軍に入ることもできる」
「やれやれ……オレとの縁談もなくなった、ってわけか」
「悪いわね。ただのイグニアス公爵家の令嬢だったら可能性あったけど、今はもうマギナイツだから、結婚も自由にさせてもらうわ」
アシェは胸を張り、ハスターは残念そうに微笑む。
マギナイツは国の重要な戦力だ。結婚し子を設けることは大事だが、それと同じくらい戦うことも重要……なので、アシェはマギナイツとして戦うことができ、結婚は拒否できる。
と、マールが言う。
「あの、トウマさん。話を戻しますけど……そちらの方は?」
「だから、ビャクレンだよ。俺の弟子」
ビャクレンはペコリと頭を下げる。
「俺もこいつも、昨日まで寝てたんだよ。怪我はすぐ治ったんだけど、疲れてすっごく眠くてな。ああ、メシとか風呂とか勝手に使ったぞ」
「それはいいけど……弟子って、どうすんの?」
「そりゃ鍛えるさ。だよな?」
「はい。師匠の剣、学ばせてもらいます!!」
ビャクレンは嬉しそうだ。ハスターはやや腰を引いて言う。
「あのさ、キミ……月詠教なんだろ? 帰る……とか」
「帰るつもりはありますよ。定期報告もありますし。でも、しばらくは師匠の元で学びます」
「いやいやいや……月詠教は人類の敵だろ? そんなの」
「ま、いいんじゃないのか? 敵になるなら斬るだけだし。な?」
「はい!!」
「「「えええ……」」」
トウマ、ビャクレンのペースは非常に掴みづらい。
トウマはビャクレンに命じ、アシェたちにもお茶を用意させた。
全員がソファに座ると、マールが言う。
「あの、ビャクレンさんは……その、月詠教なんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「その……水の国に続いて、火の国ムスタングも解放されました。そのことについては……?」
「別に? 私はそもそも地上侵攻など興味ありませんし。今回も、ルブランを殺したのが誰か気になって降りてきただけです。師匠の元で学び終えたら、また月に帰りますよ」
「だってよ」
「いや、でも……敵ですし」
「敵……あなた方、地の民の敵は、七陽月下では? 私は月詠教本部、三聖女と月神の護衛であり戦闘部隊なので、地上侵攻とはまた別ですが」
「……えっと」
マールは何も言えない。そもそもビャクレンには地上侵攻が興味ない。
トウマも気にしていないようだ。
「まあ、いいだろべつに。ビャクレン、お前が負けたことって月は知ってるのか?」
「ええ。連絡を入れました。私の上司である『睦月』に報告しましたよ。師匠に負けたので、しばらく弟子となり教えを請います……と」
「それで許可出たのか?」
「さあ? それっきりです。でも、今の今まで何もないし、問題ないでしょう」
「ならいいや。とりあえず、難しい話は終わり!! さて……ビャクレン、身体はもう大丈夫なんだよな?」
「ええ。傷も治りましたし、眠気もスッキリです」
「よし。じゃあ今夜、俺の部屋に来てくれ」
「はい。しかし師匠……私、経験がないのですが」
「俺もない。でもまあ何とかなるだろ」
「待ったぁぁぁ!! ちょ、トウマ、アンタ……この子に何するつもり!?」
と、いきなりアシェがトウマとビャクレンの間に割り込んだ。
トウマは普通に言う。
「いや、勝ったら好きにしていいって約束だし、女を知るいい機会かなと」
「バッカ!! この大馬鹿!! 恋愛もしてないのに、そんな簡単に女の子を抱こうとするな!! ってかアンタも、そんな簡単に身体を許すな!!」
「お、おお」
「え、えっと……ダメなのですか? 私は別に」
「ダメ!! ってか、アタシの研究棟でそんなこと許さないから!!」
「「は、はい……」」
アシェの剣幕に押され、トウマとビャクレンはウンウン頷くのだった。
「まったく。トウマ、別に女の子をその……抱かなくても、アンタは強いでしょ。ってか、その剣……新しくしたの?」
「ああ。コンゴウザンの遺作、『瀞月』だ。あ……そうだ、グラファイトのやつに、この刀のこと説明しないと」
トウマが立ち上がると、マール、ハスターも立ち上がった。
「あれ、アンタら……」
「私とハスターさんは、一度火の国ムスタングにある別邸へ帰りますわね」
「そろそろ、学園も始まるしな。ところでトウマ、お前はこれからどうするんだ? 火の国ムスタングは解放されたし……」
「そうだなあ。ここから一番近い領地は?」
「そうですわね……水の国マティルダか、地の国ヴァリアントですわね」
「んじゃ、地の国に行くか。お前らも行くだろ?」
「……無理。アタシらは学園があるから」
「学園? ああ、そんなこと言ってたっけ……じゃあ、お別れか」
「……っ」
アシェが、唇を強く嚙んだのをマールは見逃さなかった。
マールは言う。
「トウマさん。地の国はドワーフ族が住む国でもありまして、入国には許可証が必要ですわ」
「え、そうなのか?」
「はい。水の国、火の国も本来、許可証が必要なのですよ? 私やアシェがいたから、すんなり入国できたんですわ。後ろ盾のないトウマさんが、入国許可証を手にするとなると……しばらく時間がかかりますわね」
「え~……だるいな」
「ふふ。それなら、しばらく火の国ムスタングに滞在しませんか? 私たちの友人に、地の国ヴァリアントの守護貴族、ラーズアングリフ家の令嬢がいますの。その子から許可証をもらえないか聞いてみますわ」
「おおお、そりゃありがたいな!!」
「ふふふ。お任せくださいな。では」
「じゃあ、オレも。トウマ、シャルティーエ公爵家が守護する風の国キャバリエに来るなら、許可証はいつでも発行してやるよ。じゃあな」
マール、ハスターは帰って行った。
残されたのはトウマ、ビャクレン、アシェ。
「じゃあアシェ。俺、グラファイトの家に行って来るよ」
「ええ……気を付けてね」
「おう」
トウマ、ビャクレンは家を出た。
少しだけ、アシェが寂しそうにしていたような、そんな風に見えるのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマ、ビャクレンの二人はグラファイトの金物店へ。
娘のマヤノ、グラファイトは怪我もなく無事だった。それぞれの無事を確認し、トウマは言う。
コンゴウザンの最高傑作である『瀞月』をテーブルに置き、自分のために用意された刀であること、そして墓にあった木像が砕け散ったことを説明する。
グラファイトは少しだけ悲しんだが、すぐに頷いて顔を上げた。
「……これが、きみのために用意された物というのに間違いないね。きみが手にした瞬間、剣が喜んだように感じたよ……これは、きみが持つべきだ」
「……ありがたい」
「私には作れない刀だ。いいものを見せてもらったよ。もし、研ぎが必要なら言ってくれ」
「ああ、その時は頼むよ。と……代わりってわけにはいかないけど」
トウマは、家の柱にそっと触れる。
かなり太い柱だ。石の柱なので頑丈だろう。
トウマは刀を抜き、一瞬で斬り刻む。
すると、石柱が彫刻され、かつての墓にあった木像の『斬神』と同じものが出来上がった。
驚くグラファイト。
「刀、ありがたく頂戴する」
トウマとビャクレンは、グラファイトに頭を下げて店を出るのだった。
店を出て、トウマたちは散歩をすることにした。
「いい天気だ。なあビャクレン、どっかでメシでも食っていくか」
「はい、お供します。師匠」
七陽月下の脅威が消え、天照十二月のビャクレンはトウマの弟子となった。
月詠教の脅威が消えたわけではない。だが……今は、平穏を満喫することにするのだった。