月詠教・天照十二月『卯月』ビャクレン②
トウマは、防戦一方だった。
「さぁさぁどうしたの!? 楽しむんでしょ!?」
「……くっ」
小太刀二刀流、そしてトウマは脇差のみ。
場所を移動しつつ戦う。道中、道端にある葉っぱを千切り、刃の代わりにするが。
「刀神絶技、『葉刃』!!」
「『菖蒲』!!」
葉は全て切裂かれる。
斬るのに道具はこだわらない……トウマの主義であったが、刀と出会い変わった。
今はもう、斬る道具がちゃんとしたものでないと、技を発揮できない。
ビャクレンは、トウマに接近し、小太刀を振るう。
「ねえ、気付いてる?」
「っ!!」
「私、まだ剣技しか使ってないよ」
「──ッ!?」
ゾッとした。
背筋が凍る感覚……二千年前に何度も味わった恐怖。
トウマは、小太刀を振り被るビャクレンを見て、本能が全力で『回避しろ』と叫んでいることを自覚……全力で横っ飛びした。
「『白・撫子』!!」
ズバン!! と、地面が両断された。
回避後に気付く……ビャクレンから、可視化できるほど濃密な『魔力』が溢れていた。
そして、その魔力は小太刀に全て注がれている。
「私さ、けっこうな不器用でね……魔法がすっごく苦手なのよ。でも、魔力保有量は、天照十二月の中でも二番目……」
小太刀をクルクル回転させ、ビシッと構えを取る。
「だから、魔法は諦めて、『強化』だけを修行した。月詠小太刀二刀流を極めるのに三百年、そして魔力での強化に三百年、それらを融合させ、技の全てを完成させるまで四百年……」
「…………」
「千年。私は鍛えに鍛え、月詠教最強である天照十二月『卯月』まで上り詰めた。わかる? 百年くらいしか生きられない地の民とは、全てが違う」
真っ白な魔力はビャクレンの身体を多い、小太刀に絡みつく。
魔力を固形化させ、刀身を伸ばし、太刀と変わらないサイズに伸びた。
トウマは純粋に、ビャクレンの魔力が綺麗だと思った。
同時に……間違っていることも気付いた。
「千年、か……確かに、人間じゃあどうにもならない時間だな」
トウマは脇差を手に、呼吸を整え静かに構えを取る。
そして、目を細め、身体に『気』を巡らせて断言した。
「でも、お前は知らない」
「……何を?」
「千年の修行で、お前は強くなった。でもな……千年程度じゃ、辿り着けない境地がある」
「……言うわね」
ビャクレンの魔力が研ぎ澄まされていく。
爆発的に放出されるのではない。静かに、魔力と言う『糸』を編み込むように、精錬されていく。
白ではなく、白銀のように、キラキラと輝き始める。
「行くぞ」
「ええ──!!」
互いに駆け、激突する。
ビャクレンの小太刀が、弧を描くような軌道へ変わり、斬撃となってトウマに襲い掛かる。
「『白・百日紅』!!」
数千の斬撃。
斬撃に触れた小石が塵となる。
トウマは斬撃に合わせるよう、脇差を振るう。
「刀神絶技、雨の章──『霧雨』!!」
怒涛の連続斬り。
金属同士が擦れあう音が響いた。
トウマは完璧に、ビャクレンの小太刀に合わせ剣を振るう。
絶妙な角度で受け、流し、押さえる。
だが、二刀のビャクレンと一刀のトウマでは、速度こそ拮抗するが押されていた。
「──っく」
「遅い!!」
パギャァン!! と、脇差が砕け散った。
トウマは瞬間、全身の筋肉、皮膚、そして衣類全てに『気』を通し、両手を交差させ防御姿勢を取る。
ビャクレンは、すでに次の攻撃に入っていた。
「『白・甘藍』!!」
「ッッッ!!」
トウマは小太刀の五連撃をモロに受け、吹き飛ばされた。
ビャクレンは、小太刀を振り鞘に納めて言う。
「敗因は、武器ね……私の小太刀『月曜双牙』みたいに、自分に合う武器がなかったことが、あなたの敗因……技は悪くなかったわ。でも、どこか手を抜いたような技。そんなので、私に勝てるわけがない」
ビャクレンは、失望したように歩き出す。
「まあ、暇つぶしにはなった。魔力解放なんて久しぶりだったしね……でも、あなたも全力を出すに値しない刀士だった」
トウマが激突した建物を見て、ビャクレンは言う。
「反省の時間あげる。さて……ハルベルトと、枢機卿……名前なんだっけ。やられちゃったみたいね。このままこの地が解放されても別にいいけど……けっこう滾ってるし、今の地の民の強さを確認するため、全滅させておこうかな」
ビャクレンは、アシェたちの元へ向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
トウマの意識は、明滅していた。
「ぅ……」
ビャクレンの斬撃を防御できた。
皮膚、筋肉、骨、そして衣類の繊維にまで『気』を流して硬化させたおかげで、深刻なダメージはない。だが、刀が砕け散り、戦う術がなかった。
「…………野郎」
ゾワリと、ドス黒い『殺意』が浮かぶ。
誇りを捨て、ただ殺すだけの技ならいくらでもある。
それに、小太刀の技はある程度理解できた。戦神気功で身体を強化し、一瞬で背後に回って心臓を抉り出すことはできる。
だが……それをした時、トウマは誇りを捨てることになる。
刀士としてビャクレンを倒すという誓いを捨てる……そうすれば、これから先に待っているのは修羅の道。
一度、自身を裏切れば、この先もきっと裏切る。
「……はっ」
だが、それがどうした。
強さに誇りなんていらない。斬ることさえできればいい。今回はたまたま、強くて斬れないだけ。
ビャクレンの心臓を抉り出して殺し、それ以外は斬ればいい。
そう、思った。
『大馬鹿野郎』
「え?」
ふと、トウマの隣に誰かがいた。
ボサボサの頭、モッサモサの口髭、ダサい黒メガネ、タンクトップに作業ズボン。身体付きがゴツゴツしており、岩のような筋肉に包まれている。
そして、軍手をはめた手には、年代物のキセルがあり、煙草をふかしていた。
身長も低く、大樽程度の大きさしかない男は、座り込んでいるトウマの頭にゲンコツを落とした。
「いっでぇぇ~~~!? な、何すん……え」
『馬鹿野郎が。誇りを忘れんな、剣士なら敬意を持てって言ったべした』
男を見て、トウマは目を見開いた。
「……こ、コンゴウザン?」
『おう』
コンゴウザン・クガネ。
月の神が認めた、地の民にして『神』に等しき存在……ドワーフの鍛冶師であり、『鉄神』と呼ばれた伝説の鍛冶師がいた。
幻……そうとしか思えない。だが、トウマは言う。
「生きて、た?」
『馬鹿。とっくに死んじょるよ。まあ、都合のいい幻だとでも思えばいいっちゃ』
独特の喋り方。
トウマは口が震え、目に熱い物が浮かんで来た。
「コンゴウザン……!!」
『馬鹿トウマ。お前、さっき何考えてたっちゃ?』
「え……いや、その」
『斬る。それは刃を振るうモンに許された技だ。刃を振るうのは料理人か剣士かのどっちか。おめえ、料理人じゃなく剣士だべ……心臓を抉り出すとか、どっこの野蛮人だっちゃ』
「う……」
『まあいいべ。こうして会えたし、叱るのはおしまいだぁ。なあトウマ』
「……コンゴウザン」
コンゴウザンは、トウマの前に立ち、背中を見せた。
『二千年前のこと、覚えちょるか?』
「……いつのことだ?」
『おめぇがわしに、最後の研ぎを依頼した日のことだっちゃ。わしはお前の限界を超えた刀を見て、新しい刀ぁ打つって言ったんだが、おめぇはんな時間ねえって行っちまったべ。んで、そのまま死んじまった』
「……死んでないって。こうして、生きて」
『それ言いさ来いっつの。ったく……おかげで残りの人生、後悔しっぱなしだぁ』
トウマは、眠りにつく前に、親しき友人や仲間に特に別れを告げなかった。
興奮していたというのもある。月を斬るという目的の前に、やるべきことをやらなかった。
トウマは申し訳なさそうに俯く。
『鍛冶師ってのはなあ、最高傑作なんて作っちゃダメなんだっちゃ。最高傑作なんてもんがあれば、満足しちまう。鍛冶ってのは常に貪欲でねぇとダメなんだぁ』
「…………」
コンゴウザンは振り返る。
『最高傑作ってのは、終わりのひとつでいいとわしは思っちょる。お前が消えて、わしはずーっと後悔しておった。お前が神を斬るために、あの場で鍛冶屋の人生終わっても悔いのない刀を、作ればよかったとな』
「……コンゴウザン」
コンゴウザンはトウマの前でしゃがみ、拳を胸に押し付ける。
『ようやく、渡せる』
「……え?」
『人生の最後、お前のために打った最後の刀、やぁっとこさ渡せる』
「こ、コンゴウザン……?」
『かかか。お前のアホみたいな斬撃でも折れんし、刃毀れもない、まあ……最高傑作ってやっちゃな』
コンゴウザンはニンマリと笑い、立ち上がった。
『あばよ、トウマ』
「……ま、待って」
『二千年、よーやっく役目ぇ終わったわ。さぁぁて、あの世でうまい酒、メシ、女としゃれ込むとするかぁ』
「コンゴウザン!!」
コンゴウザンは振り返らず、手を上げて、ゲラゲラ笑いながら消えていった。
トウマが手を伸ばす……だが、そこにはもう、何もなかった。
◇◇◇◇◇◇
「コンゴウザン!!」
気が付くと、トウマがいたのは建物の中だった。
「……ぁ」
夢だったのかもしれない。
だが、胸にコンゴウザンの拳が当たった感触が残っていた。
立ち上がり、振り返る。
そこにあったのは。
「……『斬神』」
そこは、グラファイトの祖先の墓地だった。
漆黒の木像、『斬神』……トウマを模した木像があった。
そして、トウマの目の前で木像に亀裂が入り、砕け散る。
木像の台座に、美しい濡羽色の刀身を持つ『打刀』と『脇差』が刺さっていた。
「…………あの、野郎」
トウマは刀を抜く。
まるで、身体の一部のように、トウマの身体に馴染んでいた。
二千年経過しているとは思えないほど劣化がない。鍔も、柄も、全てが美しい黒だった。
そして、鍔付近の刀身に、『斬神』と彫られていた。
トウマのために、コンゴウザン・クガネが遺した最高傑作であり遺作。
刺さっていた台座には、こう書かれていた。
「『瀞月』……はは、あいつにしちゃ、いい名前だな」
トウマは目を閉じ、胸に手を当てる。
「ありがとな。そして……じゃあな、コンゴウザン」
永遠の友に別れを告げ、トウマは墓地を出た。
◇◇◇◇◇◇
「──ッ!!」
ビャクレンは立ち止まり、静かに振り返った。
そこにいたのは、トウマ。
右手に打刀、左手に脇差を手にしている……が。ビャクレンの心臓が高鳴った。
(……な、なんて、刀)
あまりにも、美しかった。
見惚れてしまうほど、身体が硬直するほど美しい刀だった。
同時に、あれこそがトウマの真の刀だと理解した。
「……どうやら、本気が出せるみたいね」
「ああ……お前も、全力で来い。今なら見せられる……俺の、真の斬撃を」
「……いいわ」
ビャクレンは小太刀を抜く。
そして、再び静かな白銀の魔力を身にまとう……が、それだけじゃなかった。
「『神竜変化』」
ビャクレンの身体が変化する。
竜尾が生え、額にツノが生え、腕に竜麟が浮かび、目が金色に変わり、瞳孔が縦に裂けた。
「ヒトの姿のまま竜化する……これができるのは天照十二月だけ。この姿こそ最強。まあ……個人差があるけど、私はこの状態が一番強い」
「…………」
白い魔力が爆増し、小太刀に竜麟が浮かび形状が変化した。
ビャクレンは小太刀を構え、トウマに言う。
「一撃で、ケリ付けるわ」
「ああ」
トウマは、刀を交差するように構える。
ビャクレンは、魔力を全開にし、真正面から突っ込んできた。
音速に近い速度で放たれる、ビャクレンの奥義の一つが放たれる。
「『白竜・鳳仙花』!!」
小太刀二刀流による、音速の二連撃。
周囲一帯が更地になる威力。触れるだけで死は免れない。
勝った……と、ビャクレンは勝利を確信した時だった。
「…………」
「ッ!?」
トウマの目が静かに開かれ、どうしようもないほどの怖気をビャクレンは感じた。
「斬神月刃」
斬神月刃。
打刀、脇差の二刀で放たれる、トウマの奥義。
月を斬るための技の一つが、後出しにも関わらずビャクレンの数百倍速い速度で放たれた。
「『愛染明王』!!」
二刀による、万近い斬撃が、ビャクレンの小太刀を粉々にし、技を消し飛ばし、ビャクレンの身体に無数の傷をつけて吹き飛ばした。
ビャクレンは、二百メートル先にある外壁に激突。
「アッがっぁっは!?」
吐血、地面に倒れる。
全身ボロボロだった。が……死んでいない。
無数の切り傷こそあるが、致命傷ではない。
そして、外壁からパラパラと破片が落ち、ビャクレンは振り返った。
「……なっ」
そこにあったのは、遥か昔に信奉されていた地の神がいた。
トウマの無数の斬撃は全て、攻撃と同時に『彫刻』でもあった。
外壁に現れた、四本の腕を持つ怒りの鬼神がビャクレンを睨みつけていた。
(……ダメだ)
千年程度じゃ越えられない境地がある。
その言葉が、ビャクレンを抉る。
美しいと思ってしまった。魅せられてしまった。
どうしようもないくらい、惚れてしまった。
「俺の勝ち、か」
「…………」
ビャクレンはトウマを見た。
心臓の高鳴りが止まらない。気付けば竜化を解いていた。
「なぜ、殺さなかったの……?」
「言ったじゃん。勝ったらお前を好きにしていい、って」
「…………」
ビャクレンはトウマの前まで歩き、その場で土下座をした。
「負けました……お願いがございます。どうか私を、あなたの弟子にしていただきたい……!!」
ビャクレンは負けた。
完膚なきまで叩きのめされた。千年先にある境地を、自分では届かない高みを知った。
トウマは頷いて微笑み、刀を肩に担いで言った。
「いいよ。その前に、メシでも食おうぜ」
こうして、戦いは終わった。
火の国ムスタングの支配する月詠教が消え、解放されたのだった。