世界の変貌
しばし、アシェと二人で並んで歩き、それぞれの疑問を解消していった。
質問は交互に、一つずつとルールを決め、最初に質問したのはトウマ。
「なあ、今はセレスティアル世紀五百何年だ?」
「はああああ? セレスティアル世紀って……今はエインフェリア世紀千五百年よ。セレスティアル世紀なんて、もう二千年も前に終わったじゃない」
「…………嘘だよな」
「嘘ついてどうすんのよ。今は、エインフェリア世紀千五百年。六の月一日よ」
「…………」
二千年。
アシェが嘘をついている様子はない。
トウマは、背筋が冷たくなった……自分は、『寿命』と『老化』を斬って眠りについてから、二千年も眠っていた。
自分は、二千年前の人間。『月の神』を斬ってから、二千年が経過していた。
知り合いなどいるわけがない。長寿であるエルフ族ですら、寿命は千年程度だ。
「…………そう、か」
「はい。じゃあアタシの質問ね。アンタ、どうやって『マッドコング』を斬ったの? マギアも使ってないのに、あの死滅山脈に住む魔獣を、ナイフでスパスパ斬るなんて……アンタ、どっかにマギア隠して……って、今更だけどアンタ、ボロボロの恰好ね」
「……何度も言ったけど、斬っただけだ」
「それ。斬るってなに? 双剣を司るアマデトワール公爵家じゃあるまいし」
「あ~……まあ、俺は斬るのだけは得意なんだ。人も、魔獣も、この世にある物質も、概念も、俺は斬れる」
「……ふーん」
「あ、疑ってるな!? よーし、じゃああの岩見てろ」
トウマは、藪の葉っぱをブチっと千切り、右手の人差し指と中指で挟む。
「刀神絶技、雨の章……『時雨』!!」
腕が高速でブレた瞬間、大岩が小石程度の大きさにカットされ地面を転がった。
これにはアシェも唖然とする……そして、トウマを見た。
「い、今の……」
「だから、斬った。信じたか?」
「……マギアもない。魔力も感じない。マジで、どうなってんのよ……ってか、あれ?」
するとアシェ。トウマをジッと見つめた。
「……なんだ、俺に惚れたか?」
「バカ。うっそ……何アンタ。魔力、感じない……ってか、一般人ですら薄っすらある魔力が、アンタから全く感じないんだけど!!」
「知らん。なんだ、魔力って?」
「魔力は生命エネルギーみたいなモンよ。誰でも当たり前に持ってる力で、その力に貴族は『属性』を加えることで、アタシらは『魔導器』を使えるの」
「ほほう。あ、じゃあ次の俺の質問……その、マギアってなんだ? 特に、その筒!!」
トウマは、アシェが背負っている『火を噴く筒』をビシッと指差した。
自分の知らない『力』に興味津々。旅を始めた理由が目の前にある。
アシェは、背負っていた筒を手にし、トウマに見せた。
「『魔導器』っていうのは、魔力を使って動かす道具のことよ。これは戦闘用マギアで、イグニアス公爵家が開発した象徴武器『銃』よ」
「じゅう……?」
「ええ。イグニアス公爵家は、『火』を司る『七大貴族』の一つ。火の国ムスタングの守護貴族であり、最強の貴族の一柱なの。アタシは、そこの三女」
「おー、すごいんだな」
「まーね。ちなみに、この『銃』はアタシが自分でカスタムした専用狙撃銃、名前は『イフリート』よ」
「おおおー、専用武器、いいなあ」
「ふふーん」
アシェが胸を張る。大きな果実が揺れ、トウマは「ほほう」と唸った。
アシェ専用、狙撃銃型魔導器『イフリート』は、細長い重心、深紅の外装を持つ中折れ式の狙撃銃だ。
アシェが弾丸を装填するために銃身を折る。
「私は、魔力に『火属性』を加えて、『イフリート』の弾丸を作ることができるのよ。この弾丸を作ることができるのは、イグニアス公爵家の人間だけ。配下の下級貴族にはできないのよ」
右手が燃え、十秒ほど経過すると魔力が細い結晶となり手に残る。
その結晶を装填し、ガシャッと銃身を戻す。
「装填した弾丸の威力は、込める魔力によって変わるわ。今はこのくらい……『火球弾』!!」
ズドン!! と、銃口から火球が発射され、上空に消えた。
トウマは「おおおー」と面白そうな顔で眺めていた。
「これが戦闘用マギア。まあ……公爵家のアタシのマギアは、普通の戦闘用マギアとはまた違うんだけどね。他の貴族が使うマギアは、もっと単純……それに、こういうのもあるわ」
「なんだこりゃ?」
アシェはカバンから小さな筒を出し、トウマに向ける。
すると、筒の先端に埋め込まれた宝石から、白い光が輝いた。
「うおおおお!? ひ、光ったぞ!?」
「あはは。そんなに驚かなくても。これ、ライト型マギア。夜はこれを照らすのよ」
「はぁ~……俺の時代じゃ、松明を使うのが普通なんだがな」
「松明って……どこの僻地よ」
「うっせ。とにかく、マギアっていうのは、『面白便利な道具』ってことか……二千年って、すごい時間なんだな。俺がいた時代じゃ考えられない」
トウマはしみじみと頷く。
アシェはライトをしまい、トウマに言う。
「じゃ、アタシの質問。さっきアンタ、月を斬るとか言ってたけど……うう、聞かれたらヤバイわ」
「決まってる。俺が斬ったことのない、斬り応えのありそうなモンだからな」
「……それ、町では絶対に言わないでね」
「え、なんで?」
「決まってるでしょ。『月読教』に聞かれたら、『執行者』がアンタを殺しに来るわよ」
「なんだそりゃ? ってか、『月読教』ってなんだ? あー……そうそう、月神イシュテルテと関係あるのか?」
「ば、馬鹿!! 聞かれる!! シーッ!!」
「むぐぅ」
口を押さえられ、アシェは周囲を、そして上空を見上げ……額を拭う。
そして、トウマに顔を近づけて言う。
「いい。絶対に『月読教』に関わるヤバそうなことは言わないで。特に『月神』を呼び捨てするなんて……『災害』が起きるわよ」
「災害?」
「一説では、月の民は、月から地上を見張ってるのよ。で……神を貶めたりすると、『月の裁き』により粛清されるって。それ以外にも、月の民の精鋭である『執行者』が殺しに来るって」
「ふーん。まあ、死なんけど。で、災害って?」
「……落ちてくるの」
「落ちてくる?」
アシェは空を見上げて言う。
「過去、月神を貶めた活動家がいたんだけど……月から巨大な『石』が落ちてきて、活動家と、その周辺全てを葬り去ったのよ。『月の裁き』が下った……って」
「へー」
「この世界、『七国』はもう半分以上、『月の民』に征服されているわ。アタシの故郷である『火の国ムスタング』も……」
「なら、倒せばいいだろ。そもそも、地上は地上の人間のモンだ。月から来た侵略者にやられっぱなしか?」
「アンタね……もう人類は千年以上、月の民と戦ってんのよ。月の民の戦闘部隊、幹部である七人の『七陽月下』に、月神の眷属である『月光の三聖女』……今の人類じゃあ、現状維持で精一杯。恐らくあと数百年もしないうちに、地上は月の民の物になる……って話もあるわ」
「…………千年、ね」
トウマは上空を見上げた。
二千年前。トウマは間違いなく『月神イシュテルテ』を倒した。いずれ復活する……みたいなことを言っていたが、千年前、すでに復活したようだ。
「……よし決めた。アシェ、月の民を斬ろう」
「そうね……って、は?」
「昔、俺も喧嘩売って来た月の民を山ほど斬った。最後に神を斬って、二千年も経っちまった……ちゃんと殺さなかった俺にも責任はあるな」
「……えーと」
「よし、水の国だったか。まずはそこに行って、月の民を斬るとするか。あーその前に、着替えと……さすがに、愛刀とまではいかんが、手に馴染む武器がいくつか欲しいな」
「……まあ、うん」
アシェは気にしないことに決めた。
それに、トウマは強い。アシェの目的のためにも、一緒にいるのに都合がいい。
「……アタシだって、やれる」
「ん、なんか言ったか?」
「別に。それより、アンタほんとに世間知らずだから、道中いろいろ教えてあげる」
「おお、そりゃ助かる」
こうして、トウマは二千年経過した今の情報をアシェから教わるのだった。