月詠教・天照十二月『卯月』ビャクレン①
トウマは刀を構え、静かにビャクレンを観察する。
白い長髪をポニーテールにし、月の民がよく着る『和服』を身に着けている。下半身はスカートを履いており、腰には二本の小太刀。
顔立ちは間違いなく可愛い。年代も十六~十七と若いが、月の民は不老の人種。恐らく千歳は超えている。
そして何より、トウマが感じたのは『威圧感』だ。
この場にいる誰よりも強い。二千年前に月神と戦った時を思い出し、高揚し、顔がにやける。
すると、小太刀を鞘に納め、腰を落とすビャクレンが言う。
「あなた、剣だけじゃないって聞いてる……どう?」
ビャクレンは、拳法の構えを取る。
トウマとしては望むべくもない。刀を鞘に納め、ゆっくり近づく。
距離が近づく……トウマ、そしてビャクレンの間合いへ。
トウマは、ビャクレンに近づいて気付いた。
「お前、やっぱいい女だな」
「あら嬉しい。どう? 私に勝ったら、この身を好きにしていいよ」
「そりゃ嬉しいな。美味いメシ、酒、金はあるけど、女はまだなんだよ」
拳を突き出し、ビャクレンも拳を突き出す。
対手……それぞれ呼吸を合わせ、互いに目を見開いた。
「「っ!!」」
パァン!! と、互いの手が触れた瞬間……始まった。
「武神拳法」
「月詠流体術」
トウマは拳を握るのではなく、指を立てて『突き』を繰り出す。
肩関節、肘関節、手首、指先……関節を無視し、鞭のようにしならせた連続攻撃。
「撃の型、『蛇行』!!」
「『流水』!!」
トウマの連続攻撃を、ビャクレンは受け流す。
手の側面を叩き軌道をずらす技。それらを、トウマの攻撃が放たれると同時に視認し、叩き落としているのだ。
パパパパパパパン!! と、手が弾かれる音が響く。
トウマは舌打ちして攻撃を止め、正拳突きを繰り出す。
するとビャクレンはトウマの拳を手のひらで止め、カウンターの掌底を繰り出した。
トウマはその掌底を胸で受ける。
「ッ!!」
だが、岩を叩いたような衝撃。
トウマはニヤリと笑う。
「鎧の型、『鋼塊』」
気を胸に集中させ、防御力を上昇させる技。
トウマはビャクレンの手首を掴むが、ビャクレンは腰を落とす。
「『柔破』」
「おおっ!?」
ガクンと身体の力が抜けた。
そして、手首を掴んだままトウマも手を掴まれ、そのまま投げられる。
だが、トウマは足を動かし、空中で態勢と整え着地。
互いに手を離し距離を取って構え、再び激突した。
「「ッ!!」」
拳、蹴り、肘、膝による攻撃。
それらを受け止め、流し、合わせ、避ける。
互いにクリーンヒットが出ないまま、数分ほど格闘で打ち合い離れた。
トウマ、ビャクレンは呼吸を整える。
「すっげえな……俺とここまでやれるなんて」
「私も驚きよ。私、天照十二月でも武闘派だからね……格闘術では上から二番目なんだけど」
「おお、お前より上いるのか。また楽しみができた」
「そう? でも……あなた、次があると思ってる?」
「ああ。もちろん」
トウマは、刀の柄に手を触れた。
ビャクレンも、小太刀の柄に触れる。
「お前さ、月詠教ってことは、魔法も使うんだよな? 剣士で魔法……最高すぎる」
「楽しそうだね……私に勝てると思ってるなら、本当におめでたい。あなた、月詠教最強部隊の『天照十二月』を知ってるの?」
「知らん。というか、二千年前はそんなのなかったよな?」
「……二千年前って」
「その辺のこと、よくわかんねぇんだよな。月を斬るって決めたのは『月神イシュテルテ』を倒したあとだったし、千年前に月神が復活したってのは聞いたけど……三聖女とか、なんで生きてるんだ? 間違いなく殺したはずなんだけどな」
トウマは疑問だった。
二千年前、月詠教は地上に降りて来た。それは間違いない。
その後、晩年のトウマは仲間と一緒に月詠教と戦った……当時は、七陽月下などいなかったし、いくつかの拠点に留まっていた月詠教を倒した。
そして、三聖女が現れた。
「三聖女。けっこうな婆さんだったけど、かなり強かったっけ。そして、三聖女を倒したら空から月神が降りて来たんだ。で、俺が戦って勝った」
「……待った」
「ん?」
ビャクレンは、トウマをジッと見る。
「……あなた、二千年前ってどういうこと?」
「そのままさ。俺は二千年前に眠りについた『斬神』だ。『斬神』……いつの間にかそう呼ばれてるみたいだけど、なんかカッコいいよな」
「……あ~、そうなんだ。これ、報告しなきゃだよね」
「していいぞ。ってかさ、七陽月下とか、天照十二月だっけ? 俺が全部ぶった斬るからさ、月詠教みんなに言ってくれよ。『斬神は帰ってきた』ってな。んで、俺は月を斬る」
「……とりあえず、見極めないとね。あなたが本当に、月神様を一度滅ぼした『斬神』なのか」
ビャクレンの空気が変わった。
小太刀の柄に手を触れる。
「月詠小太刀二刀流」
「刀神絶技、刹の章」
互いに抜刀。高速の一撃が放たれる。
「『山茶花』!!」
「『鬼汪』!!」
金属が破裂するような音が響く。
トウマの一刀流による抜刀技と、ビャクレンの小太刀による十字抜刀斬りが激突。
「──っ!!」
威力は互角、速度も互角。
勝負を分けたのは、武器の差だった。
「ぐっ……!?」
トウマの刀が砕け散り、右胸から肩にかけて裂傷……血が噴き出した。
舌打ちをし、トウマは呼吸を整え、気を練って皮膚を盛り上げてビタリと合わせる。筋肉を操作しての止血……昔からやっていたので呼吸するのと変わらない簡単さだ。
ビャクレンは、砕けたトウマの刀の破片を掴んで言う。
「ひどい太刀ね。硬い鉄をそのまま刀にしただけ。よくは知らないけど、今いる地の民の鍛冶師はろくな腕じゃないね」
「……否定できないな」
トウマは折れた刀を鞘に納め、腰から外して地面に置く。
もう一本の脇差を抜き、構えを取る。
「いい技だけど、武器のせいで精度が落ちている。刀士として失格ね」
「うーん、耳が痛い。まあ……俺も昔は武器なんてどうでもいいって思ってた。葉っぱとかでも斬れるし、腕さえあれば武器なんて関係ないと思ってたんだよな」
「へえ……それで?」
「間違いだったよ。強さに必要なのは心技体だけじゃない。そこに武器も必要なんだってな……友達が教えてくれた」
「いい友達じゃない」
「ああ。まあ……もういないんだけどな」
「そう。じゃあ、会わせてあげる」
トウマは考える。
(脇差だけ。あいつの居合の速度、かなりヤバイな……くくっ、二千年前にも、これだけの剣士と戦ったことは数えるほど。命の危機を感じることも久しぶりだ。でも……あの時は、コンゴウザンの刀があった)
今、使っている刀も決してナマクラではない。
だが……トウマの斬撃に耐えることができる刀は、存在しないのだ。
トウマは気付いている。刀が壊れないよう、無意識で力を抑えていることを。もし全力で刀を振るえば、ビャクレンの小太刀と合わせる前に刀が砕けてしまう。
(……武神拳法で戦うか? 殺すつもりでやれば多分勝てる。冷徹に、命を奪うことだけさえ考えれば……でも)
ふと、トウマの脳裏に浮かぶ……二千年前の仲間を。
◇◇◇◇◇◇
『殺さないで。血に濡れたあなたを拭う布は、もうないの……』
◇◇◇◇◇◇
無慈悲に、命を奪い続けていた自分を、止めてくれた少女がいた。
祖父と孫ほど歳は離れていたが、トウマはその少女が好きだった。
恋愛的な意味ではない。その少女からは『愛』を学んだ。
トウマの『修羅』を、少女は止めてくれた。
(殺しを否定はしない。でも……相手は選ぶ。俺は、このビャクレンを無意味に殺したくない。殺すなら、刀で……俺の刀神絶技で殺したい)
ビャクレンは刀で倒す。
そう決めた。だが、脇差のみでやれるのか。
トウマは笑う。
「何がおかしいの?」
「いや……最高だなって」
命のやり取り。
今、トウマは命を失いかねない戦いに身を投じている。
それがとても怖く、同時にワクワクし、さらに震えていた。
「俺、楽しいんだ。もっともっと、戦いたい……ビャクレン、全力できてくれ。俺ともっと戦ってくれ」
「…………変なやつ。でも、嫌いじゃないかも」
ビャクレンは微笑む。
トウマも、脇差を構え笑うのだった。