七陽月下『良夜竜』ハルベルトと『枢機卿』シェルバ②
ハルベルトの放った『巨大火球』は、ゆっくりと地面に向けて落ちていく。
速度は歩くほどの速さ。だが、確実に落ちてきている。
落ちれば、今の『ファランクス』では耐え切れない。位置的に、王都の外れにある墓地に落ちるだろう。
人的被害は少ない……だが、墓地は壊滅する。
クライブは叫ぶ。
「全部隊!! 上空のドラゴンを落とせェェェェ!! マギアのリミットカット、コアが破壊されても構わん!!」
クライブは『スルト』に弾丸を込め、ハルベルトに向けて連射する。
そしてミュウも、貫通力の高い弾丸を発射。
ミュウの弾丸は、ハルベルトに命中……身体が硬直した瞬間にクライブの大型弾丸が命中する、という流れでダメージを与えていた。
トウマの与えたダメージがなければ、ハルベルトは無傷で王都に『吸収』の力で生み出した火球を雨のように降らせていただろう。
ハルベルトは、シェルバと同じく、魔力で身体を修復していた……が、チクチクとミュウの弾丸が身体に刺さり、回復がうまくいかない。
『シャガァァァァァ!!』
イライラしていた。
そして、ハルベルトは決めた。
「ミュウ、来るぞ!!」
「狙いは……私!?」
ハルベルトは急降下し、ミュウを直接喰らおうとしていた。
弾丸をセットし、二人はハルベルトに向け発砲する。急降下してきたことで、マギナイツたちの弾丸も命中する。
だが、ハルベルトは全て無視。ミュウを喰らうことしか考えていない。
「お兄様、退避を!! ここは私が!!」
「バカを言うな!! お前を置いて行けるかぁぁぁぁ!!」
ドンドンドンドン!! と、魔力を多く込めた大型弾丸が命中する。
ハルベルトの身体に傷が付く、だが止まらない。
「お兄様……ごめんなさい!!」
「なっ」
ミュウは、ハルベルトを突き飛ばし、現在いる塀に設置されている回避用の穴の中に落とした。
ミュウは頷き、小さく微笑んだ。
「ミュ……」
「アシェに、よろしくお伝えください」
クライブが手を伸ばす。
ミュウは諦めず、銃口をハルベルトに向けた。
距離は二十メートルもない。
上空から急降下……いや、落下に近い速度で落ちてくる。
あと二秒もしないうちに、ミュウは食われる。
だが、諦めない……むしろ、チャンス。
大口を開けているハルベルト。体内に弾丸を叩きこむチャンス。
「食らいなさい」
引金を引いた……だが、弾丸が出なかった。
「えっ」
『ブリジット』のコアである魔石が、度重なる連射で割れていた。
マギアの核である魔石が割れたら、もう使用できない。
一瞬だった。
ミュウの目の前に、大口を開けるハルベルトが──。
『グギャァァァァァァゥゥゥゥゥ!!』
だが、いきなりハルベルトが弾け飛んだ。
大口を開けていたが、いきなり真横へ吹き飛んだ。
唖然とするミュウ。
そして、塀に激突し転がるハルベルト。
「ミュウ!!」
「お、お兄様……一体、何が」
二人はハルベルトを見た。
そして気付く。ハルベルトの左目が、潰れていた。
血がドクドクと流れていた。
二人にはすぐわかった。
「──……命中」
五百メートル先に、数名のマギナイツを護衛に付け、狙撃銃を構える男がいた。
そこにいてはおかしい男が、そこにいた。
「「お……お父様!?」」
七聖導器の一つ、『フェニックス』を構えたヴィンセントがいた。
そして、ゆっくり歩きながら弾丸精製。フェニックスに装填。
『ガァァァァァァ!! ッガゥア!?』
ドン!! と、ハルベルトが口を開けた瞬間、弾丸が口に突き刺さった。
『ウゴォエェェェェ!? ッガァァッ!?』
苦しむハルベルト。
それも当然。世界に七つしかない、七大貴族しか使うことの許されない七聖導器の核に使われているのは『月晶石』……月に存在する、月の民にとって『超猛毒』である、世界に七つしかない魔石だ。
ヴィンセントは言う。
「月に住みながら、月にしかない石の力に抵抗できぬとはな……愚かで、憐れなり」
ドン!! ドン!! ドン!! と、ハルベルトが立ち上がるたびにヴィンセントは銃弾を叩きこむ。
そして、ハルベルトとヴィンセントの距離が十メートルもない位置まで近づくと、ヴィンセントは右手を強く握り、開く。
そこにあったのは、ルビーのように輝く弾丸だった。
「『赤炎帝弾』……我が家名を関する、最強の弾丸をその身に受けよ」
弾丸を装填し、銃口を向ける。
ハルベルトは血だらけ、泡を吹いて猛毒に苦しんでいたが……最後の力を振り絞り起き上がる。
そして、顎が外れんばかりに口を開け、ヴィンセントを飲み込もうとする。
「赤き裁きを!!」
ズドン!! と、ルビーの弾丸が発射。
弾丸がハルベルトの体内に入ると、魔力が解放され一気に炎上した。
ハルベルトはしばらくのたうち回り……完全に動かなくなり、灰すら残らなかった。
ヴィンセントは『フェニックス』を担ぎ、静かに言った。
「さらばだ、毒蛇よ」
上空に浮かぶ火球も消滅……戦いはひとまず終わるのだった。
◇◇◇◇◇◇
クライブ、ミュウは慌ててヴィンセントの元へ。
「ち、父上!? 前線にいるんじゃ」
「うむ。こちらが本命とわかったからな、大司教に一撃ずつ与え、あとはヒート侯爵に任せて来た。危機一髪のようだったな」
「……はい」
ミュウが俯くと、クライブが抱きしめた。
「バカ野郎……二度とあんな真似をするな」
「……ごめんなさい、お兄様」
ヴィンセントは、ミュウを撫で、クライブも撫でた。
「よく、持ちこたえた。二人とも……私の誇りだ」
「「…………」」
クライブ、ミュウは声が出なかった。
誰よりも厳しい父が微笑み、撫で、褒めてくれた。
胸に熱いものが込み上げる。だが、クライブはそれを飲み込んで呼吸を整えた。
「こほん!! 全軍に次ぐ。七陽月下を討伐した!! 七陽月下を討伐した!! 喜ぶのはまだ早い、警戒を怠らず待機せよ!!」
指示を出し、クライブは言う。
「父上。あとはお任せください……戻るのでしょう?」
「ああ。支配領域を完全に掃除する……それで、この戦いはおしまいだ」
「お父様、まだアシェが……それに、『枢機卿』も」
「わかっている。だが、ここはもう大丈夫だ。例の……トウマもいるのだろう?」
「「……え?」」
「気付いていないのか? あのドラゴン……初めから大きなダメージを受けていた。刃による傷……恐らく、あのトウマの仕業だな」
クライブ、ミュウは気付いていなかった。
確かに、ダメージを負っていた。だが、それがトウマによる物だとは考えていなかった。
「あのダメージがなければ、恐らく今も苦戦を強いられていただろう」
「……確かに」
「……本当に、あんな子供が」
「タダ者ではないとは思っていた。間違いないだろう……それに、枢機卿も任せて大丈夫だろうな」
ヴィンセントは『フェニックス』を担ぎ歩き出す。
「ここは任せる」
「「はい!!」」
こうして、七陽月下『良夜竜』ハルベルトは討伐された。