備え
結論として、目撃された大型魔獣は『良夜竜』ハルベルトだと結論付けられた。
魔獣が活性化していたのも、ハルベルトの存在による恐怖。
火の国ムスタングで最強最悪ともよべる『ドラゴン』の姿を確認できただけでも収穫だったとヴィンセントたちは結論付けた。
そして現在、砦の会議室にて。
「本国からの支援を待つ。当主たちにも準備をさせるよう徹底しておけ」
ヴィンセントは、かつてない『戦争』になると、配下の下級貴族に命じる。
下級貴族といっても、才能あふれる者、専用マギアで幾度となく魔獣や司祭相手に勝利を重ねてきた猛者など、ヴィンセントに劣らぬ者たちばかり。
イグニアス公爵家の配下貴族は四百家。それぞれが専門のマギナイツ部隊を持つが、ヴィンセントは王都の防衛に、領地などの守護防衛に百を振りまいている。
王都防衛に五十家残し、残り二百五十家の貴族、マギナイツを前線に投入することを決意した。
「しかし、王都の防衛が薄く……」
「国境を突破されたら王都は落ちる」
会議室内でヴィンセントに意見した配下貴族当主が黙り込む。
黙り込まざるを得ない。この意見した配下の当主も、『ドラゴン』を目の当たりにしたのだ。
ヴィンセントをチラッと見てドラゴンを思い浮かべる。
「私でも勝てない。そう考えているのだろう」
「ッ!! ……い、いえ、そんなことは」
「構わん。正直……私も恐怖しか感じなかった。アレと戦って勝つ可能性は一割以下といったところだ」
「……閣下」
「だからこそ、数が必要だ。私以外の貴族当主たちが集まり、団結すれば、一割以下の勝率が一割に……二割、三割になるかもしれん」
ギロリと、ヴィンセントの赤い瞳が燃えるように輝いた。
イグニアス公爵家。火の国ムスタングの守護貴族にしてレガリアの所持者……この場にいる配下貴族は、ヴィンセントの中で戦意という炎が燃えているのを見た。
ヴィンセントは言う。
「クライブ、ミュルグレイス」
「はい」「はい、お父様」
「お前たちには王都の防衛指揮を取れ。これより、前線砦の指揮は私が執る」
「なっ」「えっ」
「いいか。私に何かあった場合、クライブはイグニアス公爵家を、ミュルグレイスは本国を支える柱となれ」
「ち、父上!! それではまるで……」
ミュルグレイスが立ち上がり、言おうとした。だが言えなかった。
クライブが、ミュルグレイスの手を掴んで止めたのだ。
ミュルグレイスはクライブを見る……だが、クライブは首を振って立ち上がる。
「了解しました!! これより、王都へ向かいます」
「……頼んだぞ」
「はい!!」
「……お父様」
「ミュルグレイス」
ヴィンセントは、将軍としてではなく、父親の顔で言う。
「お前が、アシュタロッテを大事に思っていることは理解している。厳しい言葉を投げつけ、嫌われようとし、イグニアス公爵家を嫌うよう仕向け、家を出るよう仕向けていることもな」
「っ!!」
「戦わせたくないのだろ。傷ついて欲しくないのだろう。たとえ歪んだ愛情表現でもな」
「…………」
「だが、あの子はもう自分の道を決めた。なら……お前とクライブで、導いていやれ」
「……お父様」
「アシュタロッテも王都で待機だ。あの子に伝えておけ……自由にしろ、とな」
「……はい」
ミュルグレイスは涙をぬぐい、クライブの隣に背筋を伸ばして立った。
◇◇◇◇◇◇
一方その頃。
トウマ、アシェ、マール。そしてハスターの四人は、砦にあるトウマが使っている部屋に集まっていた。
トウマはニコニコ顔で言う。
「いやー、またデカい戦いになりそうだ。俺の見た感じ、あのデカい蛇、マティルダ王国にいた白いドラゴンより強いぞ。たぶん、野生化してるからいろいろタガ外れてんじゃないかな」
「「「…………」」」
三人はジト目でトウマを見た。
そして、アシェが頭を抱えて言う。
「あのねえ……アンタ状況わかってんの? これからどうなるか言ってみなさいよ」
「ドラゴンが襲って来る」
「正解。で、お父様たちが対策中。まだ動きはないけどね」
するとハスターは、椅子に寄りかかって大きなため息を吐く。
「はぁぁぁ……予想だけど、本国から応援を呼ぶんじゃないか? で、国境で大戦争ってところかな……アシェ、キミもたぶん王都に帰還命令出ると思うよ」
「……わかってるわよ」
「アシェ……あなた、帰りますの?」
「帰るしかないでしょ。確かに、アタシは強くなった自覚あるし、戦えるつもりだけど……まだ、司祭や司教相手にするには未熟だし」
「オレは残りたいけどね。でも、アシェが戻るってんなら、護衛はするよ」
「いらない。っていうかさ……マジで言うけど、アタシはもうアンタより強いわよ」
「はは、言うね。でもさ、惚れた女を守るのは、強さと関係ないよ」
ハスターは、身体を起こしてアシェをまっすぐ見る。
「これまでのこと、謝罪するよ。キミはもう守られるだけの弱いお姫様じゃない。燃える意思を持つイグニアス公爵家のマギナイツだ」
「……な、なによいきなり。気持ち悪い」
「そのうえで言う。アシェ……オレは本当にキミを愛している。キミの燃える炎を、オレの風でさらに燃え上がらせてやりたい。婚約者の件……本気で考えてくれないか?」
本気の言葉だった。
そして……アシェがずっと言われたかった『公爵家のマギナイツ』という言葉を、ハスターは真っすぐ伝えてくれた。
それが嬉しく、顔が赤くなるアシェ。
「あのさ……ありがとね」
「アシェ……」
「それでも。ごめん……アンタのこと、恋愛対象には見れない」
「……そっか」
ハスターは俯くが、すぐに顔を起こす。
「じゃあ、これからだ。アシェ、絶対に惚れさせてみせるぜ」
「……まあ、好きにしたら」
マールは「まあまあ……」と、ワクワクしながら二人を見た。
トウマは「よくわかんねーや」と首を傾げる。
「さて、アシェ……王都に帰るなら身支度しないとね」
「そうね……って、そういえばトウマ、アンタは?」
「俺は戦うぞ。アシェ、ホントに帰るのか?」
「……え」
トウマはアシェをまっすぐ見て言う。
「なんとなくわかる。アシェ……お前の中にある『炎』ってさ、ここ一番で燃えないのか?」
「……っ」
「俺と一緒に戦わないか? 俺は、お前の炎がすっげえ好きだ。綺麗で、キラキラした業火……戦ってるときのお前の炎は、なんだって焼き尽くせる。それが月詠教だろうとな」
「……」
アシェは真っ赤になり、顔を逸らした。
ハスターは「……この野郎」と眉をピクピクさせ、マールは「まあまあまあ!!」と興奮している。
「アシェ、帰るならここでお別れだ。俺は、あの蛇をブッた斬ったら、また旅に出る」
「!!」
「一緒に戦うなら見せてくれ。もっともっと燃える、お前の炎!! どうする?」
「…………」
アシェは肩の力を抜き、目を閉じ、頭をガシガシ掻いた。
きっと、ヴィンセントは帰れと言うだろう。砦の指揮をクライブからヴィンセントに移行し、クライブは王都の護衛に回ると予想している。
ミュルグレイスも、王族の婚約者という立場である以上、砦から撤退し王都へ戻るはず。
アシェはイグニアス公爵家の三女だが、軍に関する権限は一切ない。
「……ホント、馬鹿の保護者って大変ね。でもまあ……悪くないかも」
「お、じゃあ」
「ええ。一緒に行ってやるわ。そんなに炎が見たいなら見せてあげる」
「あ、アシェ……キミは」
「悪いわねハスター。アンタが守ってくれるって言うのは本当に嬉しかった。でもね……アタシの炎を戦うための炎だって認めてくれたトウマの言葉が、もっと嬉しかった」
「父君が何ていうか……」
「大丈夫、アタシは軍属じゃないし、お父様の命令でも従う義務はないわ。それに……なんっていうか、実はその……」
アシェがモジモジし、上目遣いでハスターを見る。
「その、アタシけっこう、ワクワクしてるのよ……」
「……は、ぁ?」
「ってわけで、アタシもトウマと行くわ。あ、全部終わっても勝手にいなくならないでよね。次の領地に行く前に、アタシもいろいろやりたいことあるから」
「おう。学校やめて旅に行こうぜ!!」
「それはまだ先。そんなことより……マールはどうする?」
アシェが言うと、トウマも言う。
「マール。お前も一緒に行こうぜ!! お前の水、もっと見たい」
「……無自覚な口説き、本当にそそりますわね。ふふふ、もちろん一緒に行きますわ」
「ま、マール……キミまで」
「ハスターさん。ごめんなさい……私もワクワクしていますの」
「……やーれやれ」
ハスターは頭を押さえた。
トウマは言う。
「ハスター。お前も行こうぜ」
「……この流れでボクも誘うのかい?」
「おう。お前の風、もっとちゃんと見たいからな」
「……よーし」
ハスターは、アシェを見る。
完全に脈がないというわけではない。今は、トウマの言葉が胸に刺さり、トウマを軽く意識している段階だ。アシェを振り向かせるチャンスはいくらでもある。
ハスターは、トウマには負けたくないと思っていた。
手を差しだして言う。
「乗った。不思議だな……キミの言葉を聞いてると、すっごいワクワクしてくるね」
「そうか?」
「正直、アタシも同意」
「ふふ。私もです」
「よーし!! じゃあ、俺ら四人で、月詠教をブッ倒すか!!」
こうして、四人での戦いが始まろうとしていた。