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現れたのは

 トウマ、ハスター、ヴィンセント、ミュウの四人が先行して到着したのは、森の中で不自然に切り取られた円形の広場だった。

 ただの広場ならまだいい。

 だが……目の前にあったのは、あまりにも『異常』な光景だった。

 トウマは首を傾げ、ハスターとミュウは唖然として、ヴィンセントは目を細める。


「あら」


 広場にいたのは、女だった。

 そして、女がフワフワと魔法を浮かべていたのは、全長三メートルはある牛の魔獣。

 ミノタウロス。ジタバタ暴れているが、女は気にせずニッコリ微笑む。

 そして、ミノタウロスを前に、ヨダレをダラダラ垂らし、大口を開けていたのは、あまりにも巨大な『ドラゴン』だった。

 女は困ったように言う。


「あららぁ……見つかっちゃいましたね」

「ドラゴン?」

 

 トウマが言うと、女は「まあ」と柔らかく微笑んだ。

 全長五十メートル以上、巨大な頭部、蛇のような長い身体、そして頭部付近に翼が生えていた。

 女は、白いローブを纏い、長い白髪をしたシスターにも見える恰好をしている。

 女は言う。


「自己紹介……しましょうか?」

「おう。俺はトウマ、お前は?」


 誰もしゃべらない……というか、目の前の『ドラゴン』に圧倒されていた。

 『存在』の格が違うと打ちのめされた。生物としての格、強さの格、何もかもが規格外な蛇の怪物が、ヨダレを垂らし、ぎょろぎょろと目を動かしている。

 女は丁寧に「あ、ちょっと待ってくださいね」と、ミノタウロスをドラゴンの口元へ持っていくと、ドラゴンはサイクロプスすら丸呑みできそうなほど大きく口を開け、ミノタウロスを丸吞みした。


「ごめんなさい。食事の時間だったので」

「別にいいよ。誰だってメシは食うしな」

「ふふ、そうですね」

「で……お前、誰?」

「あ、ごめんなさい」


 女は一歩前に出て、ぺこりと丁寧に頭を下げた。


「私は、月詠教七陽月下『良夜』のハルベルトが『枢機卿』、シェルバと申します」

「枢機卿……二番目か」

「はい。そしてこちらが、七陽月下『良夜龍』ハルベルト様でございます。ふふ、ご挨拶」

『シュララララルルルルァァァァ!!』


 威嚇。それだけで、後方にいたマギナイツ、マギソルジャーが腰を抜かした。

 殺気……それ以上に、空腹なのだろう。

 眼が食物を見る目をしていた。大きく口を開け、蛇のように舌を出し入れし、ギョロギョロと縦に裂けた目を剥けている。

 ハスター、ミュウは動けなかった。

 ヴィンセントですら冷や汗を流している。

 目の前にいるのは間違いなく、火の国ムスタングを半分支配する『七陽月下』であった。


「なあ、なんでそいつ、もうドラゴンになってんだ?」


 ただ一人……トウマだけは、いつも通りだった。

 シェルバは苦笑して言う。


「その、身内の恥を晒すようなのですが……ハルベルト様、『竜化』を使ってから、元に戻れなくなってしまって。もう二百年ほど、このお姿なのです。ハルベルト様の思考も衰退して、今ではもう私の精神魔法でしか意思疎通できないんです」

「あらら。そりゃ不便だな……」

「ええ。お食事も、領地の魔獣を与えていたのですが、七十年ぶりにミノタウロスが食べたいとのことで……それで、人間の領地にいるミノタウロスを狩りに出てきたのですよ。ハルベルト様のお散歩も兼ねてね」

「散歩って、ペットかよ」

「まあ……精神魔法で意思疎通と言っても、私の命令をそのまま実行するだけなので、ペットといえばペットですかねえ」

「状況はわかった。で……戦うか?」


 トウマは前に出て構えを取ると、シェルバは言う。


「あなた……ルブラン様を倒したお方ですか?」

「ああ、そうだよ」

「なるほど。申し訳ございませんが、今日は引かせていただきますね。このまま戦うこともできますけど……」

「じゃあいいじゃん」

「ですが、あなた以外は死にますよ?」


 シェルバは困ったように言う。

 トウマも首を傾げた。


「まず私は、命懸けであなたを押さえようと思います。それでも、十秒耐えれるかどうかというところですね。その間に、ハルベルト様はそこにいる人たち、そして後ろにいる人たちを皆殺しにします。殺して丸呑みですね」

「…………」


 トウマは少し考え、ヴィンセントを、ハスターを、ミュウも見た。

 そのうえで言う。


「いいだろ別に。こいつらだって、命懸けで戦うつもりなんだ。俺がお前を十秒で倒す間に、全力で抵抗すれば即死は免れるだろ。手足がなくなっても、毒に侵されて死にかけても、生きてれば戦える」

「「「っ!?」」」


 ヴィンセント、ハスター、ミュウがトウマを見た。


「脅しにもなってないな。戦場に立つ以上、全て自己責任。圧倒的な格上を前にして死ぬなんてのは当たり前。それが貴族だろうと、平民だろうと変わらない。わかるだろ? 人間も、お前の足元にいるアリも、そこで葉っぱ食ってる虫も、みんな同じ命だ」

「まあ……」

「命の価値は同じだ。殺すなら殺せばいいし、死にたくないなら死に物狂いで生きようとするだろ。むしろ……俺は、そんな死に物狂いの戦いを見てみたいし、やってみたい」


 トウマは笑っていた。

 戦うつもり満々。ヴィンセントたちを助ける気もゼロ。今、この瞬間を楽しんでいる。

 そのうえで、シェルバは言う。


「あなたの考え、全くもってその通りですね。だからこそ、お願いいたします……見逃してくれませんか? 戦うなら、万全の状態で挑むので」

「……むぅ。そう言われると弱いな」


 トウマは構えを解き、肩を竦める。

 シェルバはペコリと頭を下げると、ハルベルトに乗り、そのまま一気に跳躍して消えた。

 トウマはその様子を見てため息を吐く。


「まさか、ドラゴンとはなあ」

「キミ、どういうつもりだ!!」

「何が?」


 ハスターが、トウマの胸倉を掴んだ。

 

「なぜ逃がした!? 七陽月下……打ち取れば、火の国ムスタングは解放されたのに」

「だったら、お前が戦えばよかったじゃん」

「……っ」


 トウマはハスターの手を外し、ヴィンセント、ミュウに言う。


「俺は別に、戦えればそれでいい。あいつが本気で戦うって言うから乗っただけ。挑むなら、勝手に挑めばよかったじゃん。ってか、なんで何も言わなかったんだ?」

「「「…………」」」

「さーて。楽しみができたぞ!! おーいアシェ、マール、面白くなったぞー!!」


 トウマは、楽しそうに後方へ。アシェ、マールに楽しそうに喋っている。

 ハスターは、信じられないように言う。


「何なんだ、あいつ……」

「……とにかくだ。七陽月下が動くということは、チャンスでもある。砦に戻り、対策を練るぞ」

「お父様……戦争になる、ということですね」

「ああ。本国からも追加応援を呼ぶ。ハスター……キミはムスタングに戻りたまえ。シャルティーエ公爵家の人間を、ムスタングの戦いに巻き込むわけにはいかない」

「冗談じゃありませんよ。まだ、何の活躍もしていない。それに、実家も『参加しろ』って言うに決まってますよ」

「責任は取れんぞ」

「問題ありません」

「……よし。では、これより砦に帰還する!!」


 こうして、魔獣討伐から一転……七陽月下との本格的な戦いの火蓋が切られるのだった。

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