下山、出会い
死滅山脈を下山中、トウマは考えていた。
「そういえば……俺の知り合いたち、元気かねえ。なんだっけ……あの白い連中と戦った時、ダチがたくさんできたんだが」
白い連中とは『月の民』のことだ。
若かりし頃、喧嘩を売られたので斬った。親玉とかいう『月の神』は中々強かった……と、トウマは記憶している。戦いの最中、仲間や友人ができた。
もし存命なら、会いに行くのも楽しいだろう。それこそ酒盛りできればもっと楽しい。
ニコニコしながら歩いていると、樹の上にいたデカいサルが、トウマめがけて石を投げた。
投げた……というか、剛速球。
人間の肉体など軽く爆散する威力の投石だ。トウマはニコニコしながら、適当に生えている葉っぱを千切り、軽く腕を振る。
それだけで、飛んで来た石が『砂』になった。
二百六十五回、斬られた『岩』は、ただの砂になった。
『……???』
何が起きたかサルは理解できていない。
トウマはゆっくり振り返り……グチャリとほほ笑んだ。
『───ッ!!』
サルは青ざめた。
全身の毛が逆立った。馬鹿なことをしたと遅く理解した。
触れてはいけない存在に石を投げてしまった。
「どれ、かるーく」
トウマは『気』を練り、全身の隅々に行き渡らせる。
「戦神気功、『蜥蜴の如く」
気を練り、全身に漲らせて行う無敵の体術。トウマの生み出した『戦神気功』。
一瞬で木々を駆けのぼり、トウマはサルの眼前へ。
「刀神絶技、雨の章……『雷雨』」
ピシャン!! と、雷が落ちたような音がした。
トウマが雷の如き速度で、サルを一刀両断……大木が真っ二つに割れ、さらに黒焦げになっていた。
当然、サルは即死。
トウマは、両手をグッパグッパと握り確かめる。
「むー……戦神気功も、刀神絶技も、五十代で完成した技のせいか、この若い身体だといまいち扱いにくいな。それに、いつまでも葉っぱで斬るのもつまらん。町に到着したら、有り合わせの刀でも買っておくか」
つまらなそうに言い、トウマは下山を再開するのだった。
◇◇◇◇◇◇
ついに下山した。
山を下り、森を抜け……人の手が入った街道へ。
周囲を見渡すと、やはり見覚えのない景色。
だが、街道に入ってすぐ首を傾げた。
「ふーむ。石畳……俺が以前ここを歩いた時、こんな綺麗な道じゃあなかったな」
土が剥き出しの道だったはずだが、綺麗に整地され、さらに石畳まで敷かれていた。
一年、二年で、このような辺境にまで道の整備が来るだろうか。
トウマは悩みつつ、キョロキョロする。
「さて、右に行くか、左に行くか……どっちの方角も、デカい国があったはず。名前は……なんだっけ」
まだ記憶が曖昧なトウマ。とりあえず、適当な棒を拾い、立て……倒れた方は右だった。
「よし、こっちに行くか」
右の方角へ、のんびり歩き出した。
綺麗な石畳の街道は歩きやすく、道幅もかなり広い。
遠くの方には綺麗な山が見え、近くには川が流れていたり、大岩があったり、雑木林もある。
その辺は、トウマも知っている世界の風景だった。
「懐かしいな……いろんなところを巡ったっけ。灼熱の砂漠地帯、極寒の氷山、迷いの森……いろんな種族がいて、喧嘩売るやつもいれば、ダチになれたやつもいた……」
しみじみと、懐かしい思い出を振り返ろうとした時だった。
ドン!! と、何かが飛んできて、トウマの右頬をかすめた。
「んん?」
「そこのアンタ!! 丸腰で何してるか知らないけど、すぐ逃げなさい!!」
「はあ?」
妙な『筒』を持った、赤髪の少女が、巨大な大猿相手に戦っていた。
近くには身慣れない、金属だらけの荷車がある。どうやら、襲われているようだ。
トウマは首を傾げた。
「なあなあ、そこの赤髪少女」
「下がってろって言ったでしょ!! さあ、行くわよ!!」
赤髪少女は、手に持っていた『筒』をポキッと降り、手に赤い結晶を生み出して装填、そのまま筒を大猿に向けた。
「『焼却弾』装填!! ファイア!!」
ズドン!! と、真っ赤な球体が発射され、大猿に直撃した。
見たことのない現象に、トウマは唖然とし、赤髪少女に接近する。
「うおおおお!! なな、何だ今の!? この筒!? 真っ赤な炎が出たぞ!?」
「な、ちょ!? さ、触んないでよ!! ってか下がって、逃げろって言ったでしょ!?」
トウマは、少女の持つ筒をジッと見る。
少女はトウマを押しのけるが、トウマは離れない。
「こんなもん、見たことねえぞ。けっこう長く旅はしてきたつもりだけど、月の民の魔法以外に、こんな力があったなんてなあ」
「はあぁ? ってかいい加減に……」
『ガロロロロロ!!』
と、ここで炎弾が直撃した大猿が起き上がり、トウマ、少女に向かって来た。
「げっ、ちょっとマジで邪魔!! どいて!!」
「あん? お……お前、ナイフ持ってるな。貸せ」
トウマは、少女の腰に差してあったナイフを抜き、大猿に向かって無造作に振るう。
次の瞬間……大猿はバラバラに爆ぜた。
「へ……?」
「あ~……悪いな、ボロボロになっちまった。ってか、ひっでえナマクラだぞこのナイフ。そのうち弁償するからよ」
「……うそ」
「なあなあ。これ、なんなんだ? この筒、なんで火が出たんだ? なあ、教えてくれよ」
「あ、あのさ、アンタ……今、何したの?」
「あ? 斬っただけだ。お前のナイフで」
「はああああああああああああ!?」
少女は叫んだ。思わずトウマはのけぞる。
「あのね!! 今の大猿、超危険地帯から降りて来た討伐レートSの『マッドコング』なのよ!? アタシの『魔導器』でもちょっとしかダメージ与えられないのに、アタシのナイフで、斬った!? 斬ったぁ!? んな馬鹿な話ないでしょうが!!」
「いや、そんなこと言われても。ってか……マギアってなんだ?」
「はああああ? どこの田舎モンよアンタ」
少女は本気で呆れたような顔で、トウマを馬鹿にしたような顔にもなった。
そして、軽く咳払いして言う。
「とにかく、助けてもらったみたいね。ありがと」
「おお。で、この筒は?」
「……お互い、いろいろ知らないことあるみたいね。今の……その、ナイフでの技、なに?」
「いや、斬っただけだって。ナイフで」
「んなわけないでしょ。あ、そうだ」
少女は一歩下がり、赤いロングのツインテールを軽く払う。
そして、胸に手を当てて言う。
「アタシは、火の国ムスタング、イグニアス公爵家の三女、アシュタロッテ・イグニアスよ。長ったらしいからアシェでいいわ。と……公爵家だけど、そういう目で見ないでくれるとありがたいわ」
「おう。俺はトウマ・ハバキリだ。死滅山脈から来た」
「はああああ? 死滅山脈って、七国が指定した『災害級危険地帯』じゃない。月の民ですら近づかない魔境から来たなんて、冗談でも言わないわよ」
「いやマジなんだよ。で……その筒」
「その前に!!」
アシェはトウマを手で制する。
「アンタ、目的は?」
「決まってる」
トウマは右手を真上に突き上げた。
「月を斬る。そのために、俺はここにいる」
「……何からツッコめばいいの? あーもう、じゃあこれからどこに行くの? マギア持ってないの? 丸腰じゃ危険だけど」
「そのマギアってなんだ? 目的地は……特に決めてない。とにかく、今の世界を回って、俺の知らない力を見て、モノにするんだ」
「……ああそう。じゃあさ、アタシと一緒に行かない? 実はアタシ、ここから先に言った『水の国マティルダ』に行くの」
「いいぞ。ってか……水の国? そんな国聞いたことないな」
「はああああ? アンタ、マジでどこから来たの? ハバキリ……だっけ? 下級貴族? 属性は?」
「なんだそれ?」
「……とにかく。ここから先に小さな町があるの。近道で死滅山脈近くの道を来たけど、まさかマッドコングに遭遇すると思わなかったわ。その町まで行きましょ」
「わかった。なあ、宝石を換金できるかな。金がない」
「できるわよ。と……この大猿の『魔石』も回収しないとね!! ふふーん」
こうして、トウマはアシェに同行し、水の国マティルダを目指すのだった。
「……ふーむ」
「ん、なに?」
トウマは、アシェの顔、胸、腰をジーッと見る。
胸は大きく、腰は細く、尻も悪くない。
「お前、何歳だ?」
「はああああ? レディにする質問? まあいいけど……十六歳よ」
「ほほう。今の俺と同じようなもんか」
前はできなかった『女を抱く』ことを、トウマは真剣に考えるのだった。