支配領域へ
四日後。
トウマたちは、馬車に乗って火の国ムスタングにある『支配領域』へ向かっていた。
馬車の中には、トウマとハスター、アシェとマールが座っている。
四人掛けの席で、アシェはトウマの隣に座ろうとしたが、ハスターが割り込んでトウマの隣に座ってしまったのだ。
トウマはどうでもいいのか、欠伸をしながら聞く。
「なあなあ、支配領域ってどんな魔獣いるんだ?」
「ムスタングにいる魔獣は、飛行系の魔獣が多いのよ。だから、遠距離攻撃を得意とするイグニアス公爵家は効率的に守れるの」
「へぇ~……空を飛ぶ敵かあ」
トウマは「面白いな……」とニヤニヤする。
すると、ハスターが言う。
「なあトウマ。お前も戦うのか?」
「ああ。アシェの舞台ってのはわかるけど、俺もやりたい……いいよな?」
「アタシに言わなくてもいいわよ。ご自由にどーぞ……と言いたいけど、一人で突っ走るのはダメ」
「わかってるって」
「ふふ、トウマさん、楽しそうですわね」
そう言うと、ハスターが「やれやれ」と苦笑する。
「なあトウマ。お前に関してもいろいろ聞いてるが、マジなのか?」
「何が?」
「ガルフォス将軍を倒したって話だよ。レガリア持ちの七貴族当主を倒すなんて、それこそ『枢機卿』レベルじゃないと無理な話だぜ?」
「んなこと言っても、普通に倒したぞ?」
「あ~……まあいいや。とにかく、あぶねえ真似すんなよ。オレも守るつもりだけど、男の優先度は引くからな?」
「はっはっは。まあ、見てろって」
どうやら、トウマが七陽月下を倒した、とうことはデマだと伝わっているらしい。
そもそも、現場を見ていないアシェたちも、まだ半信半疑なところがある。
アシェは舌打ちして言う。
「守る守る、守るねぇ……傲慢って言うか、身の程知らずって言うか」
「はは、言うじゃん。でもなアシェ、オレは何を言われようと、大事なモンはこの手で守るぜ」
「はいはい。アタシはアンタを必要としてないんで」
「なあアシェ。ハスターのこと、そんなに嫌いなのか?」
「大っ嫌いね」
ハスターは肩をすくめる。トウマはハスターに言った。
「アシェに嫌われるなんて、お前相当ヤバい奴なんだな」
「ははは。まあ、好きに守らせてもらうさ」
「じゃあ、俺のことも?」
「おう。優先順位低いけど守るぜ」
「いや無理だろ。だって俺より弱いじゃんお前。俺はお前のこと守るつもりないぞ? 誰かを守る気持ちがあって守るのは、強いヤツの特権だ。お前、身の程知らずだなあ」
「……あ?」
アシェが軽く噴き出し、マールも口を押さえ窓の方を見た。
ハスターは言う。
「お前、マジで言ってる? ガルフォス将軍を倒したから調子乗ってんのか?」
「違うって。俺、誰が相手でも負ける気しないから。ってか、戦う時は常に勝つことしか考えていない。お前は守るだっけ? 勝つこと考えてないのか?」
「勝ったうえで守る、それに決まってんだろ?」
「無理だって」
「トウマ。もういいって。こいつは傲慢なだけで、自分より強い相手に挑んだことがないだけの子供なの……アタシも、ガキ相手にムキになりすぎたわ」
「おいおいおい、アシェも言うね」
「そうね。もういいわ。守るなら勝手にどうぞ。でも、アタシの邪魔するらな、容赦なく撃つから」
それだけ言い、アシェは目を閉じた。
マールはニコッと微笑み、トウマは欠伸をして目を閉じる。
「……チッ」
ハスターは、なんだかおもしろくないと舌打ちし、窓の外を眺めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
半日後、国境砦に到着した。
トウマは馬車から身を乗り出し驚く……だが、すぐに戻って来た。
「水の国マティルダと似たような砦だった。あんま驚かなかったぞ」
「砦なんてどこも似たような作りでしょ」
アシェが言う。
今回、トウマたちは砦の宿泊施設で休み、翌日近くの森で魔獣討伐をする予定だ。
馬車から降りると、出迎えがあった。
「ヴィンセント将軍。お疲れ様です!!」
「うむ。前線の様子は」
「問題ありません。飛行系魔獣、陸上系魔獣ともに、射撃部隊で対応できます」
「よし……では明日、近隣の森に出た大型魔獣と、周囲の魔獣を一掃する。クライブ、砦の防衛はいつも通り任せるぞ」
「はい。父上……あ、将軍」
赤髪の騎士……アシェの兄にして、砦の総司令官であるクライブは一礼した。
そして、ミュルグレイスがクライブの胸に飛び込む。
「兄様、お久しぶりです!!」
「ミュウか。はは、大きくなったな」
「もう十八歳ですわ。狙撃の腕も、兄上に負けていませんよ」
「ははは!! 時間があれば、腕前を見てやりたかったんだがな」
兄、妹は楽しそうに会話をし……末妹のアシェは、その様子を眺めていた。
トウマは、アシェの隣で言う。
「行かないのか?」
「行って意味ある? アタシなんて、いてもいなくても変わんない。それに今回は、お父様に力を見せることが目的だから、兄上に会う必要ないわよ」
「だな。なあ、ここって風呂あるか?」
「シャワーならあると思ったけど」
トウマのいいところは、事情に深く関わろうとしないこと。そして、知ったつもりで余計なアドバイスをして、不快にさせないところだ。
アシェが兄姉と微妙な仲と知っても、『和解しろ』だの『挨拶くらい』とは言わない。興味がないだけかもしれないが、アシェにはその気遣いが嬉しかった。
すると、ヴィンセントが近づいて来る。
「アシュタロッテ。明日、我々は近隣の森に潜む大型魔獣を討伐しに行く。情報では、道中に討伐レートBの『リックリザード』がいることが確認されている」
「はい、お父様」
「もし、お前の力が本物なら……見せてみろ」
「そのつもりです」
「うむ。それと、ハスター」
「はい、公爵閣下」
「お前の力も見るよう、ウィンダム……お前の父から聞いている。一切の手心は加えん。私に、お前の実力を見せてもらおう」
「お任せください。閣下」
「トウマ、そしてマールーシェ嬢。アシュタロッテのサポートをするのは構わんが、明らかな戦闘補佐をする場合、アシュタロッテの評価は下がると思え」
「わかりましたわ」
「へいへい。あんた、頭硬すぎるぞ。将来ハゲるんじゃね?」
ヴィンセントはトウマをジロッと睨み、砦の中へ消えた。
すると、今度はクライブ、ミュルグレイスが近づいて来る。
「アシェか……久しいな」
「お久しぶりです。お兄様」
「ああ……聞いたぞ。父上の討伐戦に参加するんだってな」
「はい」
「無茶はするな」
「はい」
「フン。大怪我して、二度と戦えなくなることを覚悟することね。お兄様、行きましょう」
「ああ……では、またな」
「はい、お兄様」
アシェは、無機質な人形のような声であいさつし、頭を下げた。
ハスターは「じゃ、オレはシャワー浴びて一眠りしよっと」と砦の中へ。残ったのはトウマ、アシェ、マールの三人だけ。
「はぁぁぁぁ……ホント、最悪」
「お前、家族嫌いなんだな」
「……嫌いじゃないよ。でもまあ、なんとなく理由わかるんだけどね」
「アシェ……あなた、まだ」
「しょーがないよ。お母様、殺したのがアタシみたいなモンだし」
「殺した? お前が?」
アシェは苦笑し、大きなため息を吐く。
「お父様とお母様、政略結婚だったけど、本当に恋愛関係になって、すーっごくラブラブだったのよ。で、兄上が生まれて、姉上が生まれた。お母様、あんまり身体強くなかったけど、最後にアタシを身ごもってね……お父様は諦めたかったらしいけど、お母様は産んだのよ。それがアタシ……で、お母様は死んじゃった」
「……アシェ、あなた」
「いいのよマール。アタシは、お父様が愛したお母様を奪った娘。それに、魔力の弾丸化も、狙撃に必要な狙いを定める才能もない無能。そりゃ嫌われて当然でしょ」
「重いんだなあ」
「そうね。兄上も、お父様とお母様のこと知ってるからね……罵倒でもしてくれたらいいのに、腫れ物触るみたいで気持ち悪い」
アシェは歩き出し、くるっと振り返る。
「だからアタシ、お父様に認めてもらったら……フリーのマギナイツになるの。認められなかったら、国を出て傭兵とかいいかもね。一番の目的は、イグニアス公爵家からの除名……ここ、どう考えてもアタシの居場所じゃないし」
「……アシェ。本当に、いいんですの?」
「ええ。ねえトウマ……アタシさ、家を出れたら、ルーシェ連れてアンタの旅に同行してもいいかな」
「おお、いいぞ。アシェみたいな女の子いれば楽しいからな」
「言っておくけど、エッチなこと……まあ、条件次第ね」
「え、マジ!!」
「あはは!! さ、今日はもう休もっか」
トウマたちは砦に入り、明日に備えて休むのだった。