執行者にとっての執行者
十二秒。マールはそのくらいだと思っていた。
「いいか。次に来るときはもっと強いやつだ。数を揃えるより、強いやつが数人いた方が可能性あるぞ。お前ら程度が何人、何十人、何百人いても、俺には勝てないし、傷一つ付けられない」
トウマは、二十人いた執行者を、十二秒で皆殺しにした。
正確には、十九人。残りの一人は両腕を切断され、顔を覆っていたマスクをはがされ、頭を鷲掴みにされトウマに話しかけられている。
わざと、殺していない。
それどころか、かつて水の国マティルダの前線砦でやったように、執行者の傷を斬って止血し、死なないようにしている。
「お前を逃がす。いいか、俺はお前ら執行者にとっての執行者だ。お前らが来れば来るほど、強ければ強いほど楽しめるし、ワクワクする。だから、数より質だ。いいな? ──……おい、聞いてんのか」
最後、ゾッとするほど冷たい声だった。
執行者がブルリと震え、目だけで「聞いている」と言う。
トウマはニッコリしながら言う。
「近くにいる連中はわざと残した」
「!?」
「死体。片付けるの必要だろ? ここにいる二十人……それと五人か」
「っ……」
「じゃあ終わり。いいか、数より質だぞ。ってことで……次回、楽しみにしてる」
トウマは、執行者の頭を掴み、地面に叩きつけた。
ポンポンと手を叩き、しゃがんだままのマール、グラファイトに言う。
「じゃ、帰るか」
「……き、キミは一体」
「気にしちゃダメですわよ。この人、とんでもなく強いんですから」
少し慣れたマールだが、やはりまだトウマの強さは計り知れなかった。
◇◇◇◇◇◇
トウマたちは、何事もなかったかのように金物屋へ戻った。
戻るなり、グラファイトはトウマに言う。
「トウマくん……キミの刀、見せてくれないか。刀を打つことはないが、研ぐ程度はしよう」
「お、いいのか?」
「それと……借金の件だが」
「ああ、気にしなくていいよ。それを盾にして刀打てなんて言うつもりない。そんなんで仕事してもらっても、俺が望む刀じゃない」
「……すまない。だが、借金は必ず返す」
「……まあ。それでいいなら」
すると、二階からルーシェが降りて来た。
「おかえり。そっちの用事は?」
「終わったよ」
トウマは、刀をグラファイトへ。
グラファイトは工房へ行き、そのまま刀を研ぎ始めた。
その様子を、トウマたちは見学する。
「なあ、グラファイト。刀は打たなくていいからさ、俺が使った刀、これから研いでくれないか?」
「……その程度なら、請け負うよ。と……こんなところか」
研ぎ終わった刀をトウマへ渡す。
グラファイトは、少し迷ったようだが言った。
「その、生意気な小言と受け取ってくれていい。トウマくん……この刀は『硬い』だけで、キミに合っていないと思う。先ほどの戦いを見るに、キミの刃は鋭い……強度を重視するより、薄い刃の方が扱いやすいと思う」
「……そうだな。やっぱすごいなグラファイト」
「すまないね……」
すると、マールが言う。
「グラファイトさん……そこまで見て、なぜトウマさんにカタナを作ってあげないんですか?」
「マール、いいよ」
「……いいんだ。ボクは……もう、武器を作ることをやめたんだ」
「その理由、聞いてもいいの?」
ルーシェも気になるのか聞く。
グラファイトは、肩の力を抜いて話しだした。
「私は昔……剣型マギアの素体剣を作る仕事をしていたんだ。でも……私が作った素体剣は、マギア処理をしなくても、ただの武器として十分使えるものだった」
「そりゃ納得。ただの包丁でアレだもんなー」
トウマが言うと、グラファイトは苦笑。
「でも……そのせいで、妻が死んだ」
「「「えっ」」」
「強盗に合ってね。たまたま、私は娘を連れて納品に行ってたんだ。そこに、金目当ての強盗が工房に入ってね……妻が強盗に鉢合わせて、強盗は私の作った素体剣を掴み、妻を刺したんだ」
「「「…………」」」
「それからだ。剣を打つと、妻の死に顔が浮かぶ。私はもう、鍛冶師として死んだようなものだ……だから、全ての素体剣を処分し、家も処分し、ここで金物屋をやっているんだ」
「「「…………」」」
「本当にすまない。トウマくん……私はもう、剣を作れないんだ」
「……そっか」
それ以上、トウマは何も言わなかった。
トウマたちは、それぞれグラファイトに挨拶する。
「じゃあ、たまに刀研ぎに来るよ」
「では、失礼いたしますわ」
「マヤノちゃんによろしくね」
三人は、グラファイトの金物屋を後にするのだった。
◇◇◇◇◇◇
帰り道、ルーシェは言う。
「トウマ、よかったの?」
「ん? ああ……刀作ってくれたら嬉しいけど、あんな話聞いたらなあ」
「……残念ですわね」
「まあいいよ。というか……グラファイト、研ぎの腕も確かだな。この刀なら、しばらく使えそうだ」
「四日後でしたわね……支配領地近くへの魔獣討伐」
マールが言うと、トウマが「あ、そうだ」と言う。
「また、月詠教を潰しに行くか。アシェから地図とかもらえないかな」
「……何となく、言うと思いましたわ」
「待った。それ無理だね」
ルーシェは言う。
「火の国ムスタングを半分支配する月詠教、七陽月下『良夜』のハルベルトは、名前だけ知られていて、ここ千年以上姿を見せていないらしいのよ。噂じゃ、地上じゃなく月にいるんじゃないか……って」
「えー、マジで?」
「うん。旦那様がそんな話をしてるの聞いたことある」
「そうなのか……」
「トウマさん。とりあえず、アシェの力を認めてもらうことが目的ですし、無理に戦わなくてもいいのではありませんか?」
「……まあ、そうするか」
三人は屋敷へ到着。
ルーシェの案内でアシェの研究棟に入ると、一階には誰もいなかった。
「あれ、アシェは……?」
「作業室に閉じこもってるんでしょ。一度気合入ると、何日も出てこないなんてザラだから。さて……あたしは着替えてくるね。晩ごはん、今日はここでいい? 料理長にお願いして、たーっぷり作ってもらうからさ」
「やった!! 腹減ったー」
「私も、少し疲れましたわ」
ソファでのんびり休んでいると、昇降機が動き、アシェが降りて来た。
頭にゴーグルを引っかけたまま、ブツブツ言いながら、キッチンに入りコップに水を入れて一気飲み。
「っぷはー!! ……あれ、帰って来たんだ」
「おう。なんか疲れてるか?」
「まあね。でも、納得できるマギアができそう……それより、アンタたちはどうだったの?」
「まあ、大当たりだ」
アシェはソファに座り、大きく伸びをする。
「はぁぁ……あと三日で完成させないと。今日中に外装は終わらせて……徹夜かなあ」
「なんか手伝うか?」
「大丈夫。ってか、アンタには無理でしょ」
「ははは、確かにな」
「はぁ~……いろいろ、頭痛いわ。お父様に力を見せつけるのもだけど……マール、わかるわよね」
「あぁ……シャルティーエ公爵家の令息ですわね」
「うん。ハスター……アイツ、苦手というか、嫌いなのよね」
「誰だ、それ」
アシェ、マールは顔を見合わせる。
「ハスター・シャルティーエ。アタシとマールの同級生で、風の国キャバリエの守護貴族、シャルティーエ公爵家の次男よ」
「槍の名手で、私と同格の力をお持ちなのですが……その、言動や仕草がどうも」
「キモイのよ。それに、最悪のは……」
アシェは、トウマが知る限り初めて、本気で嫌そうなため息を吐いた。
「そいつ……アタシの、婚約者候補なのよ」
アシェは、ソファに寄りかかり、もう一度大きなため息を吐くのだった。