金物職人
「わたし、マヤノっていうの。おにいちゃんは?」
「俺はトウマ。こっちはマールで、こっちがルーシェだ」
「宜しくお願い致しますわ」
「よろしくね、おじょーちゃん」
助けた女の子……マヤノの家は、金物屋らしい。
だが、借金があり返済に苦しんでおり、毎日借金取りが来ていたそうだ。そして、強硬手段に出たのか、お客さんに包丁の配達をしていたら、借金取りがマヤノを攫いに来たようだ。
マールはぷんぷん怒る。
「まったく……こんなかわいい女の子を攫って、売り飛ばそうなんてひどいですわ」
「たぶんだけど、この子を売り払ったとしても、親御さんが了解するわけないし、売った事実も伏せて、相変わらず借金取りしてたんじゃない? 娘が行方不明だ~なんて言っても、借金取りは『知らない』って言うと思う」
「ひっでえな……次、あいつら見たら斬るか」
「それはダメですわ!!」
家に帰る前、マヤノと一緒に包丁の届け先である魚屋へ寄った。
それから、マヤノの家へ。
城下町の商店街の片隅にある、古ぼけた小さな金物屋だった。ボロボロの引き戸をマヤノが開けて中へ入ると、カンカンと鉄を打つ音が聞こえて来た。
「ただいま~」
マヤノが言うと、鉄を打つ音が止まる。
奥から、どこか頼りなさそうな、線の細い青年が出てきた。
「やあ、おかえりマヤノ。配達は……おや」
灰色の乱雑な髪、細身だが引き締まった身体、寝不足なのかクマがあり、作業中なのか汗を掻いていた。慌ててタオルで顔を拭ってぺこりと頭を下げる。
「お客さんですか。いらっしゃいませ……商品でしたら、そちらの棚に。オーダーメイドもやってますので、ご相談ください」
棚を見ると、生活用品の鍋やフライパン、スプーンフォーク、調理器具などが並んでいる。
トウマは棚に近づき、ガラスケースにあった包丁を眺める。
そして、勝手にケースを開け、包丁を手に取った。
「お、お客さん? あの、危ないですよ」
「……本物だ」
トウマの目が見開かれ、包丁の刃を指でなぞる……すると指が切れて血が出た。
だが、トウマは全く気にしていない。
トウマは、包丁を片手に男性へと近づき、顔を寄せた。
「あんたに依頼したい!! 刀、刀を打ってくれ!!」
「あ、あの」
「ちょ、落ち着きなよ」
ルーシェに襟を掴まれ引っ張られる。トウマの目はずっとキラキラしていた。
「あんた、名のある刀鍛冶だろ。包丁の刃だけでわかる。この輝き……間違いなく、コンゴウザン・クガネのものだ。あんたの祖先……いや、あんた、クガネって苗字があるんじゃないか?」
「いえ。その……私の名前は、グラファイトと申します。ははは……よく名前負けしているって言われまして」
「あー確かに。なんかそんな感じしますね~」
ルーシェがウンウン頷く。
トウマはもう一度言う。
「なあ、グラファイト。あんたの祖先は『鉄神』じゃないのか? 俺にはわかるんだ、この刃の輝き……コンゴウザンと同じなんだ。あいつは言ってた、刃の輝きは真似してできるようなもんじゃないって。でもこれは同じ……お前まさか、コンゴウザンなのか?」
「あ、あの」
「落ち着きなさい、トウマさん」
「うぶっ」
マールに引っ張られ、トウマはもう一度下がった。
そして、代わりにルーシェが言う。
「えーと。トウマからの依頼ってことで、カタナを打ってくれる? あなた、金物屋で、鍛冶師だよね?」
「……申し訳ございません。自分はもう、武器の鍛造はしないので。それ以外でしたら」
「なんでだよ!!」
マールを振り切り、トウマが接近する。
「あんたの腕前は本物だ!! 血筋……コンゴウザンの刃と同じなのはそれしか考えられない。なんであたみたいな」
「「待ちなさいって!!」」
今度は、マールとルーシェに抑えつけられた。
すると、マヤノが言う。
「おとうさん……おにいちゃんたちね、いつもくる怖い人たちから、わたしのこと守ってくれたの。お話、してあげて」
「え……お前、借金取りに!?」
「うん。でも、おにいちゃんたちがやっつけたの。お金も払ってくれたの」
「え……」
マールは、トウマのポケットから破れた借金の証書を見せる。
「トウマさんが勢いでお支払いしましたわ。完済証明書はまだですが……とりあえず、支払いが済んだことに違いありません」
「まあ、事実だし、イグニアス公爵家の伝手で完済証明書出すようお願いするね。アシェに言えば問題ないと思うし」
マール、ルーシェが言うと、グラファイトは破れた完済証明書を信じられないような目で見た。
「し、信じられない……わかりました。お話を伺いましょう」
グラファイトは、深々と頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇
店の二階が居住スペースだったので移動。
お茶を出され、やや古ぼけたソファに座って話をすることにした。
トウマは、自分の身の上話をする。グラファイトはやはり驚いていた。
「に、二千年間、眠っていた……? そして、私の祖先が打った刀を使って、月詠教と戦った……?」
「にわかには信じられないよね……」
ルーシェも微妙な顔をしていた。
何も言わないが、マールも半信半疑だ。
「刀はこの際いい。グラファイト……あんたの祖先のお墓とかあるか?」
「……あります。王都はずれの墓地、一等区画に」
「え? 一等区画……って」
ルーシェが驚いた。
マールも知っているのか、意外そうに言う。
「一等区画は、貴族など位の高い者が眠る墓地ですわ。その……」
「ははは……うちでは確かに分相応ですね。ですが、昔から、我が家の墓は一等区画にあるんです。理由は不明ですが……『アレ』のせいだとは思うんですけど」
「「「アレ?」」」
トウマたち三人の声が揃った。
グラファイトは頷く。
「ええ。良ければ、ご案内しますよ。ここから一等区画にある墓地は、歩いてもすぐなので」
「頼む。お前らはどうする?」
「せっかくなので一緒に行きますわ」
「あたしは留守番してるね。マヤノもお昼寝してるし、さっきの借金取りが来ないとも限らないし」
こうして、トウマとマール、グラファイトの三人で墓地へ行くことになった。
◇◇◇◇◇◇
一等区画にある墓地は、立派な墓石が並んでいた。
区画ごとに仕切りがあり、立派なのは小屋の中にあった。
グラファイトの祖先が眠る墓地も、白い小屋の中にあり、中に入ると立派だが古ぼけた墓石があった。
だが、驚くべきはそこではない。
「まあ……!!」
「これが、その理由です」
「…………」
小屋の中にあったのは、古めかしい、漆黒の『像』だった。
木造の、刀を手にした人間の像だ。だが、神々しさすら感じるその姿は、マールも驚きしかない。
グラファイトは言う。
「『斬神』……祖先は、『地の四大神』の一柱を、朽ちることのない『黒木』で表現したのだと思います。彫刻家だったのでしょうか……」
「俺だ」
「「え?」」
「この木像は、俺だよ」
トウマは木像を懐かしむように眺め、墓石の前へ立つ。
そして、道中で買った酒の蓋を開け、墓石へかけた。
「コンゴウザン。この野郎……俺の知らない間に、こんなもん彫ったのかよ」
酒をかけ、持参したグラスを二つ置き、それぞれに注ぐ。
そして、トウマはグラスを合わせ、一気に飲み干した。
話しかけてはいけない。グラファイトもマールも、何も言わなかった。
「お前、木彫りは趣味だとか言ってたじゃねぇか。俺がいなくなったあと、これ作ったのか? 二千年もまあ、残ってたもんだ……」
トウマは、もう一度木像を眺める。
「懐かしい気持ちになれた……見てろ、俺は月を斬る。お前がもういなくて、お前の打った刀がないのは残念だけど……まあ、なんとかなるさ」
トウマは立ち上がり、大きく伸びをして微笑んだ。
「ありがとな。待っててくれて」
「……いえ。もう、よろしいんですか?」
「ああ。久しぶりに、懐かしい気持ちになれたよ」
「……トウマさん」
「さ、行くか」
墓地から出る三人……その時だった。
「───!!」
トウマは刀を抜き、グラファイトの顔の真横に突き出す。
すると、いきなり現れた黒装束の何者かの額に剣が刺さった。
「え」
「なっ」
グラファイトは事態を飲み込めず、マールはハッとなり双剣の柄に伸ばす。
だが、トウマは早かった。
グラファイトの足を軽く蹴って無理やりしゃがませ、マールの肩を押し下げ同じようにしゃがませる。そして、刀を横に薙いだ。
それだけで、数人の黒装束が斬られ、地面を転がった。
「敵か」
トウマがそう言い、マールとグラファイトはようやく事態を飲み込めた。
マールは言う。
「し……『執行者』」
『月光の三聖女』直属の暗殺部隊。神を冒涜する者はたとえ月の民だろうと始末する、冷酷な暗殺者たち……総勢、二十名ほどがトウマたちを囲んでいた。
トウマは言う。
「しばらく襲撃なかったけど、『忘れたころに来る』ってやり方か。しかも完全な不意討ち……ははは、お前らけっこうおもしろいな」
刀をもう一本抜き、二刀流となるトウマ。
執行者たちは魔力を漲らせ身体強化し、両手の籠手から三本の爪をシャキンと伸ばし、統率された動きで構えを取った。
マールも双剣を抜こうとするがトウマに制される。
「マール、グラファイトを守ってくれ。こいつらは俺が」
「は、はい」
トウマは、刀を構えて言う。
「かかってきな。お前ら執行者が二度と、俺に刃向かうなんて気が起きないようにしてやるよ」