解放、水の国マティルダ
水の国マティルダ、七陽月下『宵闇』のルブラン堕ちる。
そのニュースは、広がるまでに十日ほどの時間を要した。理由は簡単……トウマ、アシェ、マールの『七陽月下『宵闇』のルブラン倒したぞ』という報告を、最初はだれも信じなかったのである。
その前に、勝手に支配地域に向かったことを思いっきり怒られた……いや、怒らたなんてものじゃない。激怒、憤怒、失望、悲しみの感情をもろに浴びせられた。
マールは自分の責任だと号泣、アシェは『イグニアス公爵家に報告する』の一言で落ち込む。トウマは特に気にしておらず、むしろ「倒したんだから確認してこいよ」とガルフォスに言い、ひと悶着あった。
それから十日後……支配地域の魔獣がほぼいなくなり、トウマたちが倒した司祭、大司教の死体が魔獣に食い荒らされた状態で発見され、ルブランのいたドームから巨大なドラゴンの死骸が発見された。
トウマたちの言葉が真実だと、ようやく理解されたのだ。
同時に、月から落ちて来た『月の裁き』がトウマによって『斬られた』ことも、ガルフォスは信じるしかなかった。
その理由が。
「……っぐ」
ガルフォスは、トウマに挑み……敗北したのだ。
アマデトワール公爵家が管理する『訓練場』の一つで、身内すら近づけず、トウマとガルフォスの二人で戦い、トウマが勝利した。
トウマは、借りた刀を肩に担いで言う。
「強かった。かなり」
「……私は、どのくらい強い?」
ガルフォスは、双剣を鞘に納めて確認する。
トウマは少し考えて言う。
「……『枢機卿』くらいかな。あのティアレアってやつ、戦う前に俺が斬ったから強さはわからないけど、対峙した『圧』が同じくらいだった」
「……そうか。ふふふ、私もまだまだ未熟ということか」
「かもね。ところで、あんた何歳?」
「……三十九だが」
「だったらまだまだ強くなるよ。俺がその強さに到達したの、四十代くらいの時だった」
「……??」
「あはは。まあ……と」
すると、担いでいた刀が折れ、刀身が地面に落ちた。
トウマは申し訳なさそうに言う。
「ごめん、借りた剣、折れちゃった」
「それは構わんが……ハシュマル鉱石とギオス鉱石を掛け合わせた混合鉱石の剣を、こうも容易く折るとは……剣型マギアの核となる、加工前の最も硬い状態なのだがな」
「だよなー……前の刀も、かなりもった方だけど、やっぱアイツの打った刀じゃないとダメかなあ」
「……アイツとは? 知り合いのマギア技師でもいるのかね」
ガルフォスはもう、トウマを対等な剣士として接していた。
そもそも……この水の国マティルダで最強の双剣士であるガルフォスは、訓練相手にも苦労していた。だが、目の前にいる少年は自分より遥か高みにいる。
この少年を目指せば、自分はもっと強くなれる。
二千年前の剣士とも聞いた。半信半疑ではあるが、今はもうどうでもいい。
トウマは、折れた刀を鞘に納め、片手を立てて静かに祈った。
「マギア技師っていうか、刀鍛冶なんだ」
「かたな、鍛冶……?」
「やっぱ知らないか。コンゴウザン・クガネっていう爺さんで、月の石で打った刀を俺にくれたんだ。『斬る』のに道具はこだわらなかったけど、あの爺さんの打った刀は本物だった」
「月の石……『月晶石』のことかね? それなら、私の剣にも使われているが」
世界で七つしかない、強大な力を持つ『七聖導器』の一つをガルフォスは見せてくれた。透き通った水のような刀身の剣は、トウマにも美しいとわかる。
「キレーだなあ……」
「『七聖導器』の一つ、水属性最強のマギア『ウンディーネ&ネプチューン』だ。いずれは息子へ受け継がせる予定だ」
「お~……でも、これじゃないな」
トウマは思い出す。
かつて自身が使っていた二振りの刀。
「とにかく、硬くてやわらかくて、濡れてるような……そんな刀だった。斬れれば何でもいいって思ってた俺だけど、あの刀は違った。コンゴウザン……あいつがいればなあ」
「……私の方でも捜索する。何か情報は?」
「いちおう、火の国に子孫がいる……らしい。敵の情報だからわからんけど」
トウマは「うーん」と考え込む。
ガルフォスはトウマを近くのベンチへ誘い、話をする。
「これから、水の国マティルダは忙しくなるだろう」
「え?」
「支配地域の解放。七陽月下『宵闇』のルブランが討伐されたのだ……正直、倒すなんて想定していなかった。国王陛下も、倒したあとのことなど考えていない。これから支配地域をどうするのか、話し合う必要があるだろう。それに、他の七国も、ルブランの討伐により士気が上がる……人間が、月詠教の幹部を倒したのだからな」
「そっか。大変だな」
「……手合わせし、キミが本当にルブランを倒したと確信したよ。トウマくん……キミは、これからどうするつもりなんだい?」
「とりあえず、今の世界を見て回りたい。月詠教と戦うのは楽しかった。ドラゴンと戦った時も、面白さとか、俺の知らないこととか、学ぶことがいっぱいあった。俺は月を斬るために、もっともっと強くならないといけない」
「そうか……キミなら問題ないと思うが『執行者』には気を付けるんだぞ」
「おう。そういや、あの黒い連中、ぜんぜん来ないな」
十日ほど経過したが、一度倒してから『執行者』が来ることはなかった。
ガルフォスは少し残念そうに言う。
「このまま、この国に留まってくれたら嬉しいんだがな。キミならマールの婚約者として申し分ない」
「あっはっは。それいいな、マールは美人だし可愛いし」
「ははは!! はっきり言うね。ところで……本当に、よかったのか?」
「何が?」
「キミが『宵闇』のルブランを倒したことだ。我々騎士の功績に変わっているが……アシェ嬢も、マールも、陛下の呼び出しに応じて行ってしまったが、本来ならキミも参加する権利が」
「いらね。俺、楽しいのは大好きだけど、堅苦しいの大嫌いだしな。国王にため口とかまた聞いちゃうかもな」
「……やれやれ」
ガルフォスは苦笑した。
不思議だった。十六歳にしか見えない少年なのに、父親のような、老人のような雰囲気も感じられた……それに、この自由な少年と話すのは、ガルフォスにとっても楽しかった。
「ところで、お礼をしたいのだが……何か欲しい物、望む物はあるかね?」
「じゃあ、娼館!!」
「……しょ、娼館?」
「子供だからダメだって門前払いだよ。俺、知ってるんだぜ? 二千年前は楽しめなかったけど、ダチが言ってたんだ。『酒、金、女、美味いメシこそ人生にとって最も必要な物』ってな。金は何とかなったし、酒も飲んだ、美味いメシも金があれば楽しめる。あとは女だけ!! 女とか抱いたことないんだよな……やわらかくて、いい匂いするって聞いたんだけど本当なのか?」
「…………」
とりあえずガルフォスは、トウマを連れて『美味いメシ』と『美味い酒』を楽しめる店に連れて行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマは現在、マールの実家であるアマデトワール公爵家に滞在していた。
騎士たちの剣術訓練を見学したり、町を観光したり、美味しい物を食べたりと満喫している。
アシェ、マールたちアマデトワール公爵家の人たちは、今回の七陽月下討、支配地域の解放の功績などで王家に呼び出されたりと忙しい。
トウマは一人、のんびり公爵家の離れにある庭の木に寄りかかり、大きな欠伸をしていた時だった。
「おーい、トウマ―」
「トウマさ~ん」
「ん? おお、アシェにマールじゃん」
アシェ、マールがやって来た。
二人ともいつも通りの姿だ。
「あ~、とりあえず全部片付いたわ。アタシ、正直あんまり関係ないけど、なんかいろいろ王様に言われちゃった」
「ふふ。アシェ、火の国ムスタングに戻ったら、改めてご褒美も出ますわよ。陛下がアシェの協力のこと、しっかりお話するそうなので」
「それ、ありがたいわ。お父様に決闘挑むことなく認められるかも……まあ、挑むけど」
アシェがニヤリと笑う。
アシェ、マールはトウマの近くにしゃがみ込んだ。地べたに座っているが、あまり気にしていないようだ。
トウマは言う。
「なあアシェ。そろそろ火の国ムスタングに行きたいぞ。水の国マティルダも楽しいけど、新しい土地を見てみたい」
「はいはい。アタシも、そろそろ帰ろうと思ってたのよ。銃が壊れちゃったし、新学期始まる前にイフリートたちをしっかり修理改良したいしね」
「なあなあ、ちゃんと観光案内とかもしてくれよ」
「はいはい。そうだ、アタシの家に泊っていいよ。アタシの研究棟、空き部屋いっぱいあるし」
「お、いいね。楽しみだぜ」
「ふふ。アシェ、新学期が始まるまで、もう少し時間がありますわ。せっかくだし、私も一緒に同行して、お泊りしますわね」
「別にいいけど。はあ……新学期かあ」
と、ここでトウマが言う。
「なあ、新学期……って、なんだ?」
「前に言ったでしょ。アタシとマール、学生なのよ。『セブンスマギア魔導学園』……マギアに関すること、戦い方を学ぶ学校。将来、マギナイツを目指す貴族の子供たちが通う学校よ」
「ほぉ、面白そうだな」
「……ね、トウマ。アンタ、学園に通えるなら通いたい?」
「ん? いやでも俺、マギア使えないぞ。そこ、マギアの使い方学ぶんだろ?」
「そうだけど……」
学校が始まれば、トウマに会えない。
そう言いたかったが、何だか恥ずかしいのでアシェは言わなかった。
惚れているとかではない。トウマは異性だが話しやすく、不思議な安心感を感じた。
トウマは立ち上がり、空を見上げる。
「さーて、腹も減ったし、町でメシでも食うか。アシェ、マールも行くだろ?」
「そうね。ね、甘い物も食べたいな」
「ふふ。私のおススメのお店、ありますわ」
三人は、ワイワイと楽しそうに町へ出かけるのだった。
こうして、水の国マティルダは月詠教から解放された。