さて、ここはどこだったか
トウマは、大きく伸びをして自分の姿を見た。
「む……さすがに裸はマズイかなあ」
老いを『斬った』ことで、老人のようなしわだらけの肌は若返った。
さらに『寿命』を斬ったことで、尽き欠けていた『命』が終わることなく伸びた。
十六歳ほどの肉体は動きがいい。関節も傷まず、億劫さもない……が。
「うーむ。若い身体はいいが……老いた時のような『鋭さ』がイマイチだなあ。まあ、俺もまだまだ未熟……この身体を『斬った』時に、技量も、鋭さも、そのままに斬ることができなかったってことか」
トウマは「はっはっは」と笑い、とりあえず自分がいた穴倉へ戻る。
そして、かつて自分が座禅していた場所を、落ちていた木の棒で掘る……すると、ボロボロの木箱が出てきた。トウマは迷わず開ける。
「おお、よかった。服……うーん、まあ仕方ないか。剣は……あ、そういやどうしたっけ」
服は、ボロボロだったが、着れないことはなかった。
羽織に袴、雪駄を履き、一応入れておいた『刀』を取り出すが、長い間地面に埋めていたせいか、ボロボロに朽ちて使い物にならなくなっていた。
トウマは未練もなく刀を投げ捨て、自分の服を見て思う。
「そういや、あれから何年経ったんだ? 一年、二年か? 月は相変わらずデカいな……月の神を斬ってすぐに寿命を斬って寝たから、そう長く経過していないと思うんだが」
考え込むトウマ。
とりあえず、滝の傍で座禅……呼吸を整え、静かに『気』を練る。
「…………」
滝の落水が凄まじく、耳が壊れそうになる音だった。
だが、トウマには聞こえている……近くを飛ぶ鳥の鳴き声、魔獣の息遣い、昆虫が葉っぱを蹴る音……精神を集中し、体内で気を練り、全身の『点穴』から一気に放出した。
「覇っ!!」
ボッ!! と、滝が割れた。
一時的に、滝の流れがストップした……だが、すぐに水が落ちる。
トウマは立ち上がり、首をコキコキ鳴らす。
「ふむ。全盛期に比べると『気』の質が荒々しい。晩年には剃刀のような鋭さがあったが……身体が若いと、剃刀というより鉈のような……くくっ、面白いな」
トウマは滝を眺め、空を見上げる。
夜ではないのに月が見えていた。
「……あれ?」
今は真昼。
太陽がしっかり見えている。だが、同じくらい月もしっかり見えていた。
「……月、真昼から見えていたっけ? あ……」
ギュルルル……と、トウマのお腹が鳴った。
「ははは!! 若い若い。晩年の頃は、朝露に木の実一粒で満腹だったが、若いと腹がすぐ減るなあ。よぉぉし……久しぶりに、狩りといきますか」
トウマは、久しぶりに森へ狩りに出かけることにした。
◇◇◇◇◇◇
久しぶりの『死滅山脈』だった。
トウマはピクニック気分で歩く。
「うーん、道が全然わからん!! 俺が作った獣道も消えてるし、なんかデカい樹木ばかりだな……お?」
『ガオルルルルルルルル!!』
適当に進んでいると、巨大な牛をボリボリ食べている『虎』のような魔獣がいた。
全長十五メートル以上。漆黒の体毛、鋭すぎる牙と爪。トウマをギョロリと睨み、血と内臓で塗れた口を大きく開けた。
『グオアァォォォォォオオオオオ!!』
「ほう、デカいな。見たことのない魔獣だ。うーん、この辺の魔獣はだいたい狩ったから、俺に喧嘩を売るやつなんていないはずなんだがなあ」
首を傾げるトウマ。
すると、漆黒の虎がトウマに襲いかかって来た。
『ガァァァァァァ──……』
だが、虎は止まる。
トウマに喰らいつく直前で、身体が勝手に停止した。
目の前にいる『何か』が、こちらを見ていた。
自分は最強の捕食者と信じて疑わなかった。だが……目の前にいる小さい生物は、これ以上進むと『死』をもたらすと確定していた。
ドッと汗が出た。震えが止まらない。
なぜ、目の前にいる小さな生物は、右手の人差し指、中指で『葉っぱ』を挟んでいるのか。
まるで、それが武器とでもいうように。
「ほお、力量差を理解したか」
小さい生物の手がブレた瞬間、背後にあった岩石、巨木が綺麗に両断された。
巨木も、岩石も、断面があり得ないくらいツルツルしていた。
「その食いかけの牛、少しだけ分けてくれないか?」
言葉は理解できない。
だが、虎は首が折れそうなほどブンブンと縦に振った。
小さい生物はニッコリ笑い、食べかけの牛の腹を葉っぱで切断し、そのまま手で掴む。
「ありがとう」
虎は震えていた。小さい生物が見えなくなるまで震え……姿が見えなくなると同時に、全速力で逃げたした。
自分は、最強ではなかった。
この世には、剥き出しの爪、牙が存在すると、虎は理解するのだった。
◇◇◇◇◇◇
焼いた肉を食べ、トウマは腹いっぱいになった。
滝の傍で横になり、空に輝く太陽、そして月を見る。
「でっけえな……今の俺じゃ、絶対に斬れない」
立ち上がり、構えを取る。
「斬るだけなら、剣はなくてもいい。薄い刃……葉でも、爪でも、牙でもいい。でも……一番斬れた相棒……は、さすがにもう折れちまったか」
トウマは『斬る』ことに人生を捧げた。
技を生み出し、鍛え、晩年では神すら斬った。
さすがに、神相手では『刃』がなければ斬れなかったが。
「……今の俺では無理。なら、それ以外を加えるか。かつて世界を巡った時のように……俺の知らない『何か』を加えて、更なる高みを目指す」
トウマはニヤリと笑い、両手を突き上げた。
「よーし!! 旅に出るぞ!! どれだけ時間が経過したかわからんが、今の世界を見て回るか!!」
トウマは決めた。
かつて、若いころに世界を巡り、自分に必要な『知識』を手に入れ、自分の『技』にしたことを思いだす……その旅で手に入れた『刀』の力で、更なるものを『斬る』ことができたように。
きっと、『月を斬る』ための力が、この世界にはある。
ないなら、この世界でまだトウマが出会っていない力を手に入れ、加え、昇華させる。
「くくっ、せっかくだ。前はできなかったことをやるのもいいな。酒、メシ、女……いろいろなことを試し、遊ぶのも悪くない!! そうと決まれば……!!」
トウマは、着物が入っていた木箱からボロボロの袋を取り出す。
中には、煌めく宝石の原石がいくつも入っていた。
「金はあるな。まずは、町に出て身なりを整えるか。ふむ……」
トウマは、水たまりに映った自分の顔を見る。
「今更だが、なかなかいい男ではないか。女を抱いてみるのも悪くないな……くっくっく」
トウマは走り出す。
まずは『死滅山脈』を降り、近くの村まで向かう。そこで今の地理を確認し、デカい町へ行く。
剣術道場を巡るのもいい。高名な鍛冶士に今できる最高の『刀』を打ってもらうのもいい。娼館に行くのも悪くないし、美味い食事をたらふく食べたり、酒を浴びるほど飲むのも悪くない。
「ははは!! さあ、まずは山を下りるぞ。いざ、旅立ちだ!!」
こうして、トウマの冒険が始まった。
当然……トウマは知らなかった。
今、この世界がどのように変わっているか、なんて。