ドラゴン
ドラゴン。
それは、地の民の世界にも伝わっている神話生物。
だが、月の民は違う。ルブランのような月の民でも地位の高い存在は皆、月神の祝福により新たな力、新たな姿を与えられる。
それが『竜化』である。人の姿ではない、巨大で、強く、美しく、固有能力を持つ生物の頂点。
月詠教の中でも、地上実行部隊である『七陽月下』と、月本国の守護者『天照十二月』しか使うことができない、究極奥義である。
トウマの前に存在するのは、七陽月下『宵闇』のルブラン。
また、月光の三聖女『満月』のセレナフィールが与えた名は『宵闇竜』ルブラン。
純白の竜麟、全長五十メートルを超える巨体、背中に生えた巨大な翼、長い首、そして竜顔。
牙、爪は鋭く、鋼すら紙切れのように引き裂く。口からは白い炎がボッボと吐き出され、深紅の瞳がギラギラと燃えているように見えた。
ルブランは言う。
『この姿になるのは、千年ぶりですね……』
「へえ!! そうなのか? なんでなんで?」
トウマは、興味津々だった。
ルブランは言う。
『かつて、人間が使う魔導器が生まれた頃……一度、この近くまで踏み込まれたことがあるのですよ。まあ、私の敵じゃあありませんでしたけどね』
「ふーん。なあ、その姿ってデカいだけか?」
次の瞬間、ルブランの口から炎の光線が発射され、トウマの足元が融解した。
超高熱のブレス。そしてルブランは翼を広げ浮かび上がる。
暴風が巻き起こるが、トウマは一歩も動かず、剣を肩で担いだまま見上げていた。
『ドラゴン。この姿、そして力を解放すると……我々は固有能力を使用できます。私の場合は……』
「おっ?」
すると、純白の羽が撒き散らされた。
トウマの前に、はらはらと白い羽が落ちてくる。トウマは手で触れようとした……が。
「──!!」
そのままバックステップ……羽を回避した。
そして、羽が床に触れると同時に、ジュワジュワと音を立てて溶けた。
『……「溶解」です。羽だけじゃない。私に触れるモノ全てが溶ける。魔法も、障壁も、人間が生み出せる全ての守りも……そして、フフフ……不敬ですが、月の民ですら私の「溶解」から守ることはできない』
「溶かす能力か。すっげえなあ」
ハラハラ落ちてくる羽。様子見なのだろう、数が少ない。
そして、ドームの頂点付近にいたルブランが急降下、トウマ目掛けて突っ込んでくる。
トウマは横っ飛びで回避。ルブランの爪が床を砕き、さらにその場で回転することで太く長い尾が周囲を薙ぎ払う。
トウマはしゃがんで回避。ルブランは言う。
『さて……挨拶はおしまい。トウマだったかしら? どうやって死にたい? ブレスで焼かれる? ドロドロに溶ける? 爪や牙で引き裂かれる? それとも……食べちゃおうかしら』
「なあ、終わりか?」
『……はあ?』
トウマは、まだ目を輝かせていた。
「お前の力、溶かすのと引き裂くのと尻尾だけか? だったら……なんか、つまんねーな」
『…………』
ドラゴンの目が血走り、周囲に大量の『羽』が舞う。
さらに、ルブランが天井を突き破り、上空からさらに大量の羽が散らばった。
羽が落ちてくる速度は遅い。だが、天井に触れた羽が天井を溶かし、さらに急降下してきたルブランがトウマに喰らいつこうとする。
ルブランは、羽に触れても問題ないようだ。
「刀神絶技、舞の章──『菖蒲売』」
這うように、すり足で移動……さらに、ポケットから葉っぱを取り出し指で挟み、ルブランの羽を葉っぱで切裂いた。
『なっ……!? 私の羽を、そんな葉っぱで!?』
葉っぱで、全てを溶かす羽が切り裂かれた。
トウマは「ふむ」と指で挟んだ葉っぱを見る。
「溶ける前に斬ればいけるか。さて……」
トウマは、地上にいたルブランを睨む。
『ッ!!』
ルブランの竜麟が逆立ったような気がした。
恐怖……ルブランは翼を広げて飛び上がり、さらに大量の羽を放出。
ドームの大半が融解。トウマのいる地面も融解し、倒れていた『執行者』がすでに溶けて消えてしまった。が……トウマの顔色は変わらない。
逃げ場のない羽に囲まれ、上空ではルブランが大口を開け、炎を貯めている。
その光景は、トウマに見覚えがあった。
「それ、アシェの『イフリート』が貯めるのに似てるな……ああそうか。でっかいの撃つつもりか」
トウマはニヤリと笑う。
「戦神気功、『間欠泉の如く』!!」
両足に魔力を込め、トウマは一気に上空へ。
途中、羽を全て斬り通路を確保。上空五十メートルほどの位置で、眼前には炎を貯めるルブランがいた。
『な……クソが、喰らいやがれェェェェェェェェ!!』
ルブランの極大ブレスが、トウマ目掛けて放たれた。
直径三メートルはある白いブレス。触れたら蒸発し、骨すら残らない。
トウマは、刀の柄に触れ、呼吸を整えた。
「嘘神邪剣、炎斬──『紅蓮斬』!!」
シュバン!! と、トウマが刀を抜いた瞬間、ルブランのブレスが『斬り裂かれた』。
炎が、綺麗に切り裂かれた。
唖然とする暇もない。トウマはすでに動いている。
「戦神気功、『空の如く』」
気功を放出し、空中で一瞬の固定……足場とする技。
ルブランは恐怖から叫び、大口を開け、トウマに喰らいつこうとした。
『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「刀神絶技、刹の章──『断罪』!!」
一瞬の閃光。
ルブランの首が切断され、身体が十字に斬り裂かれた。
そして、地面に落下。トウマも着地する。
首が地面に落下し、トウマはルブランの頭に近づいた。
「俺の勝ち。コンゴウザン・クガネについて教えな」
『ばか、な……この、わたし、が……七陽月下の、千年以上も、不敗で、無敵の、私が……」
「はいはいはい。潔く情報渡せって」
ペシペシとトウマはルブランの鼻先を叩く。
そして、ルブランは鼻息を吐き言った。
『……コンゴウザン・クガネ。聞いたことがある……今はもういない、『鉄神』と呼ばれた、月の民が、認めた……地上の、神の、ひとり』
「そうそう……ってかあいつ、神様扱いされてたのか。ただの口うるさい酒好きのクソジジイじゃなかったのかよ」
『地上には、神に匹敵する力を持った、人間が……四人、いるって……聖女様、言ってた……月神様も、みとめた、って』
「はいはいはい。いいから、そいつが最後にいた場所、それか子孫とかの情報」
『……さいご、鉄神は、火の国で、死んだと』
「火の国……アシェの故郷、ムスタングか。ちょうどいいな、いろいろ調べてみるか」
『く、くくく……』
「情報ありがとよ。介錯はしてやる」
と、トウマが立ち上がり、刀を抜いた時だった。
ルブランは言う。
『貴様は、いや……水の国は、終わりだ』
「へ?」
『たった今、月の本国に、私の最後の権限で、申請、した』
「……申請?」
ルブランは、口元をニヤリと歪ませ笑った。
『「月の裁き」……わかる、か?』
「……なんだそれ」
『く、ハハハハハ!!』
ルブランの身体が、塵になっていく。
それでも、ルブランは笑っていた。
『直径一キロメートルの「隕石」が、水の国に落ちてくる。そんな大きさの隕石が落ちれば、水の国は終わりだ』
「…………」
『ああ、月神様……どうか、わたし、を……』
ルブランは消滅した。
トウマは上空を見上げる。そこには、いつもと同じ巨大な『月』があるだけだった。
そこから、直径一キロメートルの隕石が落下してくると言う。
「…………やっべえかも」
トウマは、ドームを出るために走り出した。




