一方その頃
アシェは、地面を転がりながら『ヴォルカヌス&ウェスタ』を連射する。
敵はナメクジ。狙いなどない、錬成も不完全な『燃える鉄弾』がナメクジの身体に突き刺さると、ジュワジュワと溶ける。
「マール、そっち!!」
「ええ、わかっていますわ」
マールも、水ではなく氷の力でナメクジを凍らせ砕く。
火のイグニアス公爵家、水のアマデトワール公爵家の力は、ナメクジに対し有利だった。
現在、二人はトウマの向かった『ドーム』から二キロほど離れた雑木林にいた。
道中、大量の魔獣が両断され転がっているのを見た。魔獣こそ死んでいたが、ナメクジはかなり取りこぼしたのか、多く這いずっていたのでこうして相手をしている。
雑木林を抜けると、そこは恐ろしい光景だった。
「うっわ……これ、アイツがやったの?」
「もう、数えるのも馬鹿みたいな光景ですわね」
中央平原には、魔獣の死骸しかなかった。
サイクロプスが何十体も死んでおり、他にもオークやミノタウロス、オーガなどの危険魔獣が死にまくっている。どれも斬殺されていた。
「ねえマール。アタシさ……トウマがいれば、マジで七陽月下を殺せるかも、って思ってる」
「……七国の、いえ人類の悲願。月の民、『月読教』からの支配解放……あまりにも夢物語ですわ。でも……こんな光景を見ると、ですわね」
二人は平原を歩く。
マールは、アシェを見て聞いた。
「ところで、新しいマギアはどうですの?」
「んー、五十点くらいかな。新マギアって言っても、思い付きで作った実験的なマギアだし、家に帰ったらアタシの研究室で本格的に改造する予定。『オグン』ベースじゃなくて、ゼロから作る。まあ、これはこれでいいデータ取れたわ」
腰のホルスターにある『ヴォルカヌス&ウェスタ』は、外装に亀裂が入っていた。
かなり無茶な魔力を流したし、思い付きで作った『弾丸精製機構』も甘い。使っているうちに早くも改造プランがアシェの頭に浮かんでいた。
「『イフリート・ノヴァ』もまだまだ改造できるし、戦術プランも新しく浮かんだ。帰ってマギアを改造して、戦術プランを形にしたら……一度、お父様に決闘を申し込む。アタシの力を認めてくれたら、イグニアス公爵家の一員として認めてもらえるわ」
「……アシェ」
アシェは、力強くなっていた。
少し前まで、魔力量こそ多いが『弾丸精製』に時間がかかるという弱点に四苦八苦していた。
だが、トウマと出会い、イグニアス公爵家の基礎戦術である『遠距離砲撃』ではなく、『近距離高火力射撃』という境地を切り開いた。
もしかしたら、今の時点でアシェは、マールと互角かもしれない。
「マール、そういやさ……帰ったらお説教とかある?」
「あ~……まず間違いなく。でも、なんとかなりますわ」
「あはは。アタシも一緒に怒られる……ってか、あのバカはブン殴ってもらわないとね」
アシェは拳をブンブン振る。
マールは、少し気になって聞いてみた。
「ね、アシェ。トウマさんのこと……どう思いますの?」
「え? いや別に……まだ会ったばかりだし。でもアタシさ、アイツに裸見られたんだよね……くっそ、それは今でもムカつくわ」
「まあ、裸を?」
「水浴びしててね。ってか思い出さなきゃよかった……」
「トウマさん、二千年前と言っていますけど……どこまで信じてます?」
「まあ、半分くらいね。ってかさ、『死ぬ前に目標ができたから寿命と負傷を斬って二千年眠りにつきました』なんて、フツー信じる?」
「えーと……まあ、厳しいですわね」
正直、アシェもマールも、トウマが二千年前の人間とは完全に信じていない。
月の民の魔法には『精神魔法』もある。それを受けた可能性もゼロではない。
「まあ、マギアを全く使えないのはどうかと思うわ。あいつ、魔力がないのよ? 火起こしも、ランプも付けられないのよ」
「うーん……」
二人はトウマについて喋りながら歩く。
悪口ではない。興味があったことを、確認するように喋っているのだ。
マールは言う。
「ねえアシェ。トウマさん……これからどうするの?」
「これからって?」
「私たちは、春期休暇が終わったら、火の国ムスタングにある魔導学園に戻りますけど……トウマさんは生徒じゃありませんわ。ムスタングを見たら、別の国へ行ってしまうんじゃ」
「…………」
アシェは、そのことを思いつきもしなかった顔をする。
「……確かに。アイツ、火の国ムスタングに一緒に行くとは言ったけど……そのあとのこと、何も話していない。アタシやマールは学園があるから……まさか夏季休暇まで待っててとはいえないし」
「……トウマさんも、学園に通えればいいんですけどね」
セブンスマギア魔導学園。
七国が火の国ムスタングに共同出資して作り出した、『魔導器について学び、使うための訓練をするための学園』である。
魔力のないトウマが通うことは難しい。そもそも、トウマにマギアを使うことはできないし、何の後ろ盾もなく、貴族でもないトウマは通えない。
マールは言う。
「……お別れ、ですか」
「…………」
アシェは、何も言えなかった。
きっとトウマは、ムスタングを見たら、そのまま旅に出そうな気がした。
変わらない笑顔で「じゃあな」と手を振っていなくなる……そう考えると、アシェは寂しさを感じる。
そんな時だった。
「ぐあああああ!! クソ、クソ、あのガキ、めあぁぁぁぁ!!」
「殺してやるぁぁぁぁぁぁ!!」
「「!!」」
アシェが『イフリート・ノヴァ』を構え、マールが『ハールート』と『マールート』を抜いて構える。
怒り狂っていたのは、二人の男。
大司教モリソン、大司教ヘリウス。トウマの武神拳法に敗れた二人だった。
二人は血にまみれ、かなりのダメージを受けている。
ヘリウスは右腕が破壊され、かろうじて繋がっている状態だ。
モリソンは片目を失明し、足を引きずっていた。
満身創痍……すると、二人の大司祭はアシェ、マールを睨んだ。
「これはこれは……人間の、メス」
「こんな奥まで来るとは。まさか……あのガキの女かぁ?」
ヘリウスの左手が凍り、モリソンの両手が燃える……が、二人は盛大に吐血。
トウマから受けたダメージにより、魔力もろくに放出できない状態だ。
恐らく、アシェとマールと互角。
二人の様子を見て、アシェ、マールは互いに頷いた。
「アイツの置き土産かしらね」
「ええ。不思議ですわ……恐らく、大司教ですわね。相当なダメージを負っているようですわ」
「トウマのせいよね。もしかしてアイツ、この二人をわざと殺さないで、アタシらの相手として残したんじゃない?」
「考えすぎでは? でも……『月詠教』の大司教と戦うチャンス、ですわね」
アシェはヘリウスに向かい、マールはモリソンに向かう。
「モリソン。我々、舐められているようですな……ゲフッ」
「ガハッ……ええ。確かにひどいダメージですが、こんなガキを殺せないわけはない」
ヘリウス、モリソンは構える。
アシェ、マールも構えた。
「マール、ヤバくなったら助けるから」
「それ、こっちのセリフですわ」
二人の戦いが始まった。