月詠教・七陽月下『宵闇』のルブラン
支配地域の最奥にある巨大な『ドーム』にある玉座に、一人の女が座っていた。
真っ白なローブ、白い髪、青い瞳をした二十代半ばの美女。ニコニコと微笑んではいるが、どこかイライラしているのか雰囲気が重い。
玉座の前には、四人の大司教が跪いていた。
女は言う。
「つまり、飼っていた魔獣の四割が消失、司祭並びに大司教の半数が死亡……残っているのはあなた方だけ、そして私の可愛い『枢機卿』ティアレアだけ、ということですね」
女はニコニコしながら手をポンと叩く。
「素晴らしい。私がこの地に降り立ち千と数百年……こんなにも心が痛んだのは初めてです!!」
すると、女の傍に立つ少女……『枢機卿』ティアレアがモジモジしながら言う。
「あの、ルブランさま……やっぱり、わたしのせいですか?」
「え?」
「わたし、あのこども……見逃しちゃった。あのこどもが、ここまでやるなんて思わなくて」
「あああ!! ティアレア、そんな顔をしなくていいの。大丈夫、大丈夫よ」
女は、ティアレアを撫でる。
月詠教・七陽月下『宵闇』のルブラン。地上に降り立った月の民で、最も強大な力を持つ七人の一人。水の国を半分支配する月詠教の一人は、少し困ったように言う。
「さて、どうしようかしらね。私が直接出れば、残りの領地もあっという間に支配できちゃうかもだけど……『満月』様が『時間をかけて支配しろ』って言うからねえ」
「ルブランさま……月の本部に、応援をよぶのは?」
「それも考えてるけどねえ。もう二百年以上、本部とは連絡取り合ってないのよ。まさか、久しぶりの連絡が『こどもに仲間をいっぱい殺されちゃいましたので増援を、地の魔獣もいっぱい手懐けたけど死んじゃいました』じゃ、他の六人のクソどもに舐められちゃうわ」
「う~……わたしの『ナメクジ』がもっと強かったら」
ティアレアが悲しむ。
ティアレアは『ナメクジ』を無限に召喚できる。月の固有種である『ホワイトヌバー』を空間魔法で作り出した空間内で無限に繁殖させているのだ。
ルブランは言う。
「人間も、この千年でかなり力を付けてるわねえ。私たちの弱点である月晶石を加工して武器にしたり、魔法が使えないから魔石に魔力を込めて武器にしたり……司教一人にすら手を焼いていた頃がずいぶんと懐かしいわ」
現在、北部と南部にルブランの主力の一部を送り、人間側の主戦力と戦わせている。
最初は、中央突破を囮にし、北部南部から挟撃する予定だった。それが成功すれば、砦を落とし支配地域をさらに広げることもできた。
だが、実際には中央の囮を難なく倒され、さらに人間側の最強戦士が合流し、北部と南部の戦力を潰しにきている。
さらにさらに……全く未知の『何か』がいきなり中央平原へ現れ、後の侵攻で使う予定だった大量の魔獣、さらに魔獣管理を任せていた司祭、大司教を皆殺しにした。
全くの予想外。ルブランは思い出したら腹が立って来た。
「まあいいです。とりあえず、ここらで一度リセットしましょ──」
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間、何かが飛んで来た。
◇◇◇◇◇◇
最初は、気付いてすぐ身体が動いた。
玉座の正面に跪いていた大司教が『縦に割れた』のを見た。
それが『斬撃』だと気付いた。
止めようと思った。
無理。触れたら『斬られる』と確信した。
床が抉れたように斬れた。
立ち上がった。
横に飛んだ。
玉座が縦に割れた。
天井が割れ、空が見えた。
ティアレアが『縦に割れた』のを見た。
そして、前を見た。
「そろそろ、限界か……ここまでよくもってくれた」
少年だった。
手には『刀』があった。
刀身がボロボロの剣を見て、慈愛の瞳を向けていた。
ティアレアが両断され、崩れ落ち、死んだ。
少年は言った。
「約束通り、殺しに来た。さあ、お前の全てを見せてくれ」
少年は、嬉しそうに笑っていた。
◇◇◇◇◇◇
トウマは、ゆっくりと歩を進める。
最初にやったのは、『宵闇』のルブランが住む『ドーム』を『縦に両断』することだった。
外で構えを取り、一閃。
「刀神絶技、空の章……『荒鷲』」
ドームが、綺麗に両断された。
斬撃に巻き込まれ何人か死んだ。そこには、ナメクジ女ことティアレアもいた。
トウマは、ティアレアなど見ていなかった。
連戦で刃毀れしボロボロになった刀を、この中で一番『そそる女』であるルブランに突きつける。
「俺の名はトウマ・ハバキリ。二千年前、お前たちの神である『月神イシュテルテ』を殺した男だ」
「…………は?」
ルブランは、トウマを、そして肉塊となりピクリとも動かないティアレアを見た。
ビキビキと額に青筋が浮かび、目を見開く。
すると、魔力が一気に溢れ、髪が逆立ち、渦巻いて行く。
そして、今だに状況が理解できていない三人の大司教に言う。
「殺せ!!」
「「「ッ!!」」」
威圧され、三人は振り返り、トウマに向かって走り出す……が、トウマはすでに動いていた。
「武神拳法、撃の型……『蛇骨』」
最初に、女の大司教の両腕を掴み、腕を絡ませゴキゴキと骨を砕き破壊。そしてそのまま首を掴んで捻り、へし折った。
「突の型、『雷鳴』」
人差し指で男の大司教の全身を刺すと、男の身体が膨張……ツボを刺激したことによるダメージだ。お琴が一気に爆ぜた。
「刀神絶技、雨の章──『涙雨』」
最後の一人は、細かい傷をいくつも作り出しダメージを与えてみた。
一撃で殺すのではない。徐々に、徐々に血を失わせ殺す技。
なぜ、全て違う技で殺したのか? ルブランは言う。
「あなた……試していますね?」
「ああ、やっぱわかるか?」
トウマは苦笑する。
そう、トウマは若返った今の肉体を持て余し気味だった。
刀神絶技、武神拳法、戦神気功。これらが全て完成したのは六十代半ばほど。完成したころには肉体のピークが過ぎ、思うように身体が動かなくなった時だった。
がむしゃらな力ではなく、無駄を削いだ鋭い一撃……それはそれでよかった。
だが、若いからではないとたどりつけない境地がある。
「『昔』と『今』を合わせ、昇華させることで俺はさらに強くなれる。お前の部下や魔獣には感謝してるよ……ちょっとだけ、昔の俺を思いだせた」
「…………」
ルブランは冷静になり、一筋の汗を流す。
(なんだ、こいつは!?)
対峙しただけでわかった。
桁が違う。次元の違う『何か』が、目の前にいる男から感じられた。
そして、これまでの会話で思い出す。
「……二千年前、神を、殺した? あなた、執行者が恐ろしくないの? それに神を殺したなんて言えば、三聖女が『月の裁き』を地上に落とすわよ?」
「ああ、そうなのか。そういや、昔もあったな」
トントンと、刀で肩を軽く叩くトウマ。
どこまでも余裕が感じられた。
「執行者は三聖女直属の『死そのもの』……月神を愚弄するものは、同族だろうと容赦しない。あなた、終わったわよ」
「大歓迎。じゃあ……ちゃんとここで宣言しておくか」
トウマは、刀を頭上に掲げ、月を見上げた。
「俺は月を斬る。あのでっかい石ころを斬るために、今、この時代に存在する!! 願ったり叶ったり!! 月だけじゃなく、過去に存在しなかった強者とも戦えるのだからな!!」
「…………っ」
バカげていた。
そんなことを言えば、間違いなく。
「お?」
すると、どこからともなく、漆黒のローブを着た者たちがトウマを囲んだ。
気配隠蔽の魔法。これを使うことができるのは。
「ま、『満月』のセレナフィール様直属の『執行者』……」
「「「「「「「「「「神を愚弄する者よ、命で償え」」」」」」」」」」
ルブランは驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
もう、この子供は終わりだ。そう思っていた……が。
「ところで……命で償うのは、どっちだったかな?」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」
コロンと、執行者たちの首が同時に転がり、身体も両断されていた。
「!?」
ルブランは見えなかった。
剣を振り首を切断し、身体をだるま落としのように両断したのだ。
全く見えなかった。執行者を、あっけなく始末してしまった。
「なあ、お前……もう長くこの地上にいるんだろ? 殺す前に聞きたいことがある」
「…………なんでしょうか」
ルブランは決めた。
この人間は、間違いなく敵。
地の国を支配する実行部隊『七陽月下』である自分に匹敵するかそれ以上。
月の本国を守護する最強の月の民である『天照十二月』と、その上に立つ『月読教』指導者の三姉妹、『月光の三聖女』に匹敵するかもしれない。
トウマは言う。
「人間の名前……コンゴウザン・クガネ。こいつの系譜にまつわる人物がどこにいるかわからないか?」
「……その名を知ってどうするおつもりで?」
「決まってる。約束があるんだ……その約束が今も残ってるなら、俺は果たさなきゃいけない。大事な親友の約束だからな」
コンゴウザン・クガネ。
ルブランは、ピクリと眉を動かした。そしてトウマが指を差す。
「知ってるんだな?」
「……ならば、力ずくでどうぞ」
ルブランは前に出る。
すると、ローブを放る。
真っ白なタイツ状の戦闘服を着ていた。そして、ルブランが魔力を漲らせると、その身体が変化していく。
『ご存じでしょうか……私のような上級の月の民は、月神の祝福により、新たな姿、力を与えらえると』
「ああ、知ってるよ」
翼が生え、巨大化し、首が伸び、牙が生え……頭頂部に光の環が形成される。
完全なる異形。トウマは、嬉しそうに言う。
「『ドラゴン』……月の民の、もう一つの姿か」
『そう。我が名は『宵闇』のルブラン……またの名を、『宵闇竜』ルブラン。ククク……脆弱な人間め、貴様を食い殺してやろう!!』
翼を広げ、ドラゴンは啼いた。
空気が振動し、全長五十メートルを超える純白のドラゴンが、トウマに剥き出しの敵意を向ける。
トウマは刀を向ける。
「さあ、その命……絶ち斬らせてもらおうか」