息切れし、身体が動かなくても
トウマは、刀に付いた血を払い呟く。
「月の民なんていっても、俺からすれば同じだ。骨があり、肉があり、血が流れている……斬れば死ぬ、ただの生物だ」
刀を鞘に納めて歩き出す。
アシェ、マールは無言だった。
そして、中央平原……支配領域の中心に到着すると、そこには多くの『ナメクジ』が這いずっていた。
数がケタ違いだ。数千以上のナメクジがモゾモゾと大地を這う光景は、気持ち悪さしかない。
「……うっそでしょ」
「これが、本命……あ、あそこ。さっき見た空間の亀裂がいくつもありますわ」
「あそこから、このデカいナメクジを召喚してるのね……月の民の『魔法』、恐ろしいわ」
「……なあ二人とも」
トウマは振り返る。
その顔は、どこかウズウズしているような、子供のように微笑んでいた。
アシェはイヤな予感がした。
「……アンタ、なんか嬉しそうだけど、どうしたの?」
「やりたいことがあるんだ」
聞きたくないような……と、アシェは聞くのを躊躇う。
するとマールが言う。
「やりたいこととは何ですか?」
「今の俺を試したい」
「「……え?」」
トウマは、平原に広がるナメクジの群れ、空間にある亀裂、そして今も召喚されるナメクジを見る。
白く巨大なナメクジなんて見たことがない。
割れた空間なんて見たことがない。そこから魔獣が出てくるのも見たことがない。
全てが、トウマにとって初めての光景……そして、ずっと気にしていたこと。
「今、俺の身体はだいたいが十六歳。昔の十六歳だった俺は、ただ身体を鍛え、技を編み出し、磨くことしか考えていなかった。でも……技をそのままに、力溢れる十六歳の身体を全力で動かしたらどうなるか。試してみたい……俺の全力は、どこまでいけるのか」
「「…………」」
トウマは、自分の拳をギュッと握り、アシェとマールを見る。
「ここにいる魔獣、これから出てくる敵、俺が全て倒す。この身体が息切れして、限界を超えて動けなくなるまで戦ってみたい……いいか?」
「「…………」」
アシェ、マールは顔を見合わせ、トウマを見た。
そして、アシェが言う。
「まあ……止められないわ。好きにしたら? アンタの強さ、本物に間違いないってことはもう理解できた。アンタなら、本当に『枢機卿』も『七曜月下』も倒せるかもね」
「私も、トウマさんに任せます。後のことは心配なさらずに」
「おっし。ありがとうな……じゃあ、ここをまっすぐ行った先で会おう!!」
「「え」」
トウマは態勢を低くして呟く。
「戦神気功、『雷の如く』!!」
ドン!! と地面が爆ぜると同時に、トウマの姿が消えていた。
◇◇◇◇◇◇
トウマは全力で平原を走る。
道中、ナメクジを全て斬った。
分断するだけだと再生するので、三つ、四つに分けて斬ってみたが再生した。なので、五つ、六つに分けて斬ってみたら再生力が落ちた。
なので、コマ切れにしたら消滅した。途中、ナメクジの体内に握りこぶしほどの『核』があることに気付き、それを斬ったら即座に消滅することに気付いた。
「ははは、ははははは!! あっはっはっはっは!!」
走った。
斬った。
まだ息切れはしない。現れるナメクジを斬りまくり、トウマは言う。
「まずは刀神絶技……!!」
ナメクジだけじゃない、魔獣も多く現れる。
月詠教が使役している魔獣だ。オーク、オーガ、ゴブリン、コボルト……二足歩行の魔獣が多い。上空にはワイバーンも旋回している。
トウマが速度を落とすと、魔獣たちも気付いた。
『グオオオオオオオ!!』
「刀神絶技、刹の章──『羅刹』!!」
刹の章、それは一撃必殺の技。
トウマの横一閃による斬撃が、オーク二十体をまとめて両断した。
ナメクジではないので再生はしない。身体を両断するだけで魔獣は死ぬ。
『ゴアアア!!』『ギャアアウ!!』
ゴブリンが襲って来た。
数は七十以上。中央平原の奥は月詠教が使役する魔獣の生息地なのだろう。全てにおいて数が多い。
「刀神絶技、舞の章……『舞姫』」
コボルトの棍棒を躱し、ゴブリンの投石を回避、オーガが掴みかかってきたので躱し、オークの伸ばした手を躱す。
舞うように、踊るように動き……トウマが動きを止めると、魔獣たちの首が落ち血が噴き出した。
躱すと同時に首を切断していた。トウマは言う。
「刹の章、舞の章……どっちも荒い。でも、まだまだ動けるぞ」
『グオアアアアアアアアア!!』
すると、木々を踏み倒しながら、全長二十メートルはある巨人が襲い掛かって来た。
しかも、数が五十以上……この時点でトウマは千以上のナメクジ、八百以上の魔獣を屠っているので、平原内でも異常を察知しているのだろう。
巨人は一つ目だ。名前はサイクロプス……一体現れるだけでも一個師団が必要になる危険種だ。
そして、サイクロプスの肩に人がいた。
「何が起きているのかと思えば、子供ですか」
「大司教、どうされますか?」
「殺しなさい」
月詠教の『大司教』だった。
そして、魔獣の管理をしている司祭たちが十名以上。
大司教は言う。
「そこの子供。あなたはなにををををををを?」
コロンと、大司教の首が落ち、サイクロプスの足元へ転がった。
サイクロプスは気付かず、大司教の頭をプチっと踏む。
司祭たちは、首のない大司教の身体を、魂が抜けたような顔で見ていた。
「刀神絶技、雨の章」
トウマは、サイクロプスの肩にいた。
そして、抜刀する。
「『五月雨』」
大司教がいたサイクロプスの頭が細切れになった。
「だ、だいしきょ」
「『翠雨』」
ようやく気を取り直した司祭の身体が縦に両断された。
「『天泣』」
サイクロプスの頭が破裂したように割れた。
「『鉄砲雨』」
司祭の身体に無数の穴が開いた。
「『叢雨』」
穴が空いた司祭の身体が破裂した。
「『煙雨』」
サイクロプスの身体が蒸発したように消えた。
「『催花雨』」
サイクロプス、そして肩に乗っていた司祭が綺麗な輪切りとなった。
この間、三十五秒。
トウマが地面に着地し刀の血を払って納刀。サイクロプスたちが次々と倒れ、この場にいた全ての司祭、大司教が死体……肉片となった。
「次!!」
再びトウマが走り出す。
雷の如き速度で走り、道中の魔獣を全て斬り、技を試し、メチャクチャに動く。
若い身体。トウマは大喜びだった。
「あっはっはっはっは!! 楽しい、楽しいぞ!! こんなにも身体が軽いなんて!! もっともっともっともっともっともっともっと、もっと戦いたい、斬りたい!!」
いつの間にか、中央平原を超え、支配地域の最奥に近づいていた。
すると、平原のど真ん中に、二人の男が立っていた。
トウマが停止すると、男二人が言う。
「きみは、馬鹿なのですか?」
「たかが人間が、一人で、我らの支配魔獣を殺し回った」
「そして、司祭を、大司教をも殺した」
「これは、許しがたい」
「我が名は『大司教』モリソン」
「我が名は『大司教』ヘリウス」
「「『宵闇』のルブラン様の名において、貴様を殺す!!」」
全く同じ動きで構えを取る。
筋骨隆々な見た目からして、格闘家なのだろう。武器もない、拳だけだ。
すると、モリソンの手が炎に、ヘリウスの手が氷に覆われた。
「おお、魔法ってやつか。昔何度も見たな……ペチャクチャ説明が長くて、面倒だからすぐ斬っちまったけど、今回はちゃんと学ばないとな……どれ」
トウマは刀をベルトから外し、地面に置く。
そして自身も構えを取った。
「武神拳法」
「ほう、きみも格闘技を」
「人間の格闘技。月詠教の『月光格闘術』と比べればたかが知れている」
「では……参りましょうか」
二人同時にかかってきた。
トウマはニヤリと笑い、同時に飛び出す。
「霞の型」
「「『氷炎武拳』!!」」
氷、炎を帯びた手足による連続攻撃だ。
トウマは拳を握らず、指を立てて流れるように、静かに手を動かす。
「『流水』」
「「アタタタタタタタアアアアアアアアアアア!!」」
拳を正面からではなく、手首を叩いて軌道を逸らす。
蹴り足の側面を叩き軌道を変える。
無数のパンチ、キックを、トウマは両手で完璧にさばいていた。
手を気功で覆い、熱や冷気によるダメージを一切受けずに。
全ての攻撃をいなされ、躱され、ヘリウスとモリソンの顔色も変わり始める。
「霞の型、『重当』」
「ッ!?」
モリソンの燃える拳が伸び切った瞬間、トウマは自分の掌をそっと拳に押し付け気功を流す。
すると、モリソンの手に集まった血液が振動し、バチンと爆ぜた。
「ぐぎゃああああああああ!!」
「モリソン!? おのれ──」
「撃の型」
するとトウマは、ヘリウスの胸に両手をそっと添え、地面が割れるほど深く踏み込んだ。
「『双道掌底破』!!」
「っぶ、っおぉぉぉぉぁぁぁ!?」
ボン!! と、心臓に直接気功を叩きこむ掌底が、ヘリウスの心臓を破壊した。
唖然とするモリソン。そして、トウマを見る。
モリソンが見たのは、目の前、数センチにあるトウマの掌だった。
「撃の型」
「ぅ、ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
絶叫しかできなかった。
そして、トウマが踏み込むと同時に、モリソンの顔面に衝撃が起きた。
「『通背撃』!!」
パァァン!! と、モリソンの耳、鼻、目、口から血が噴き出した。
モリソンが前のめりに倒れるのを見たトウマは、地面に置いた刀を腰に差す。
そして、少し先にある大きな建物に気が付いた。
「おーおー、なんかデカい建物あるな。あれが七陽月下『宵闇』の住んでるところか?」
支配地域の最奥には、巨大な半円形の建物があった。
真っ白で、どこか神々しさもある、見慣れない建築物だ。
トウマは後ろを振り返る。
「アシェ、マールは……まあ、大丈夫か。けっこうナメクジ残ってるし、相手しながら来るだろ。ふふん……その間、俺は『七陽月下』に相手してもらおうかね」
トウマは、ワクワクする気持ちを隠そうとせず、最奥へ向かって進むのだった。