枢機卿
トウマ、アシェ、マールの三人は、最前線の砦から出て近くの森へ。
マールの案内で森を進みつつ、マールは言う。
「この森には監視小屋があります。でも、今は使っていないので中央へ向かうのでしたら好都合かと」
「そりゃいいな。で、敵は?」
「恐らく、ここにはいませんわ。先ほども言いましたけど、中央突破を目論んだ月詠教の司教、司祭たちは全て撃退したので。本命である北部、南部の部隊も、お兄様、お父様が倒しますわ」
「なるほどなあ。確かに、お前の兄ちゃんや親父、強そうだったもんな」
トウマはのんびり言う。
一方アシェは、背負っていた『イフリート』の調整をしながら歩いていた。
トウマは振り返り、アシェに言う。
「なあ、さっきからイジッてるけど、大丈夫なのか?」
「ええ。武器は使う前に最終確認するものでしょ。トウマ、戦うのはいいけど、アタシもやるからね」
「へいへい。マールもだろ?」
「ええ。トウマさん……模擬訓練では見せなかった、私の『マールート』に『ハールート』、そして水の力とアマデトワール公爵家の剣技をお見せしますわね」
「おう、楽しみにしてる」
三人は森を進む。
途中、古ぼけた監視小屋があり、一応中をチェック……古ぼけた椅子やテーブルが壁際に積んであるだけで、特に何もなかった。
そして、森を抜け、いよいよ支配領域の中央平野へ……そこにあったのは。
「おおー、戦いの場だったのか。すっげえなこりゃ」
「「……っ」」
中央広場には、魔獣の死骸が多く転がっていた。
多くは、骨ばかり……間違いなく、ここで暴れ、マギソルジャーやマギナイツに討たれたのだろう。
司教、司祭の死体はないことから、月詠教が持ち帰ったのかもしれない。
三人は平野を歩く。
「……戦場。これが、本当の……マール、大丈夫?」
「え、ええ……これだけの死臭、腐臭を嗅いだのは初めてで」
「あ、アタシも……アタシら、将来はこんな戦場に飛び込むんだよね」
「「…………」」
アシェ、マールは黙り込む。
トウマは、変わらず歩いていた。そして急停止。
下を見ていた二人は、トウマの背中に顔をぶつけた。
「いった……ちょっと、いきなり止まんないでよ」
「トウマさん、どうしたのですか?」
「敵だ」
いつも通り、変わらないトウマの声色。
アシェ、マールはギョッとしたが、すぐにトウマの背から出て武器を構える。
アシェは『イフリート』を手にし、マールは双剣を抜いて構える。
二十メートルほど先にいたのは、長い白髪、白い肌、ひび割れた三日月のエンブレムが入ったマントを身に着けた、どこか病的に見える美女だった。
「ぁぁ──……子供?」
青い瞳がアシェ、マールを射抜いた瞬間、二人の背中から大量の冷や汗が出た。
顔が真っ青になった。身体が逃げろと絶叫しているのがわかった。
目の前にいる『何か』は、ケタ違いの力を持つ生物だ。
後ろに下がることもできない。同時に、これからどうなるのかも理解できない。
恐ろしさを超越した。だが、目の前にいる何かを見て、マールが言う。
「み、みかづきの、エンブレム……まさか」
「ぁれ……知ってるの?」
女は、コテンと首を傾げる。
トウマは、変わりない声で言う。
「三日月のエンブレムって、あいつが着てるローブか?」
「は、はい……つ、月のエンブレムを掲げることができるのは、月光の三聖女が認めた、『七曜月下』と、その『枢機卿』だけ……」
「ぁあ……うん、正解」
女はニッコリと微笑み、パチパチ手を叩く。
そして、両手を広げて言う。
「ゎたし……七曜月下『宵闇』のルブランの『枢機卿』、ティアレア。ぉ散歩してたの……ここで、また、いっぱい、人……ころすから」
すると、ティアレアの背後に大小様々な亀裂が入り、そこからナメクジのような生物がボタボタと落ちて来た。
ようやく、喋ることができるようになったマールが言う。
「ここで、また? つまり……また、中央を突破する、ってこと?」
「ぅん……北部と南部は囮なの。ルブラン様、弟さんを殺されて、すごく怒ってるの……だから、均衡を一度やぶる、って。本気出して、水の国、落とすって……」
「ほ、本気って……今までは本気じゃなかった、ということですの?」
「ぅん……その気になれば、人間、滅ぼせるよ。でも……『月光の三聖女』がダメだって。神がそれを許さないって……なんでだろね?」
知るわけがない。
だが、ティアレアが言うことが事実なら、本命はこれから中央へ進軍するこの『ナメクジ』だろう。
こうして喋っている間も、空間の亀裂からボタボタとナメクジが落ちて来る。
マールは思う。
(中央への強行突破は囮。軍勢の規模、司祭に司教と前線へ出て来た……一度はお兄様の奮闘で撃退し、その後に本命である北部、南部への侵攻があった。それこそが本命と思っていましたけど……)
本命は、『枢機卿』による中央への再侵攻。
すると、ナメクジと共に、ケタ違いの威圧感を持つ白いローブの男女たちが亀裂から現れた。
その中の一人が言う。
「ティアレア様。『空間』の接続感謝します……眷属である『ホワイトヌバー』の御助力も感謝を」
「ぃいよべつに……子供とお喋りできて、楽しかったから……じゃあ、ルブラン様のところ、もどるね」
「はっ。中央侵攻はお任せください」
アシェが言う。
「ま、マール、トウマ……あれ、まさか」
「だ、『大司教』ですわね……見誤りましたわ。『大司教』……この威圧感、お兄様……いいえ、お父様に匹敵する、かも」
「あ、アタシも……キレたお父様を見たことあるけど、同じこと思ったかも」
ティアレアは、亀裂によじ登る。そして、ニコニコしながら手を振った。
「じゃぁね~」
「あ、待った」
トウマが止める。すると、ティアレアは首を傾げた。
「なぁに~?」
「お前の飼い主のルブランだっけ? そいつに言っておいて」
トウマはここで、ゾッとするほど冷たい目で、口を歪めて言った。
「これから斬りに行くから、全力で戦う準備しておけってな」
ティアレアのいた亀裂が消え、額に青筋を浮かべた『大司教』たち、そして白いナメクジの『ホワイトヌバー』が、トウマたちに襲い掛かった。
◇◇◇◇◇◇
「月詠教は俺がやる。ナメクジはよろしくな」
そう言って、トウマは駆け出した。
アシェ、マールは返答する余裕がない。だが、もう身体は動いていた。
アシェは、改造した新たなマギア『イフリート・ノヴァ』を構える。
「マール!! とにかく全力で行くしかない!!」
「ええ!! 気持ち悪いナメクジですけど……半分は任せますわ!!」
マールは、弾丸を精製するのではなく、イフリートに直接魔力を送り込む。
「『チャージ』!!」
すると、イフリート・ノヴァの側面にあるメーターが赤く輝いた。
弾丸を作り装填するのではなく、火属性の魔力を直接装填し、イフリート内で『弾丸』を作り出す機構。魔力を固形化させることが苦手なアシェでも、イフリートの補助で『炎』を精製するならば、家族に引けはとらない速度で弾丸を精製できる。
そして、銃口……いや大砲口をナメクジに向けた。
「『燃焼大砲』!!」
巨大な火球が発射され、ナメクジが一気に四体ほど消し炭になった。
イフリートのメーターが「0」になる。アシェはそれを確認。
「満タンで一発、強力な一撃を発射できる。調節すれば最大で六発、火力の高い砲撃ができそうね……よーし、再び『チャージ』……と!?」
すると、アシェの背後に巨大なナメクジがいた。
アシェに覆い被さろうとしたが、割り込んだマールが双剣で両断。
だが、両断されたナメクジの身体がくっつき、何事もなかったかのように動き出した。
「あら、くっついちゃうんですの? でしたら……」
マールは、双剣を凍結させて一閃。
イグニアス公爵家が『火属性』で『熱』を操るのに対し、アマデトワール家は『水属性』で『凍結』を使用する。
燃やすだけじゃない、水を操るだけじゃない。それ以上の力を有していた。
凍結したナメクジはくっつかず、そのまま完全に凍りつくと砕け散った。
「やるじゃん、マール。でも、今回はアタシも一味違うから!!」
アシェは、イフリートを背中のホルスターに突っ込むと、着ていたローブをバサッと開く。
すると、腰にはホルスターがあり、二丁のマギアが収まっていた。
それを手に取り、クルクル回転させてナメクジに向ける。
「これがアタシの新マギア!! 名付けて『ヴォルカヌス&ウェスタ』!!」
短機関銃型マギア。
イグニアス公爵家に属するマギソルジャーが持つ一般的な攻撃用マギア『オグン』を、自分用にカスタマイズしたアシェの新兵器。
オグンは、イグニアス公爵家が魔力を込めた『弾丸』を装填し放つ攻撃用武器。大きさは片手で持てるサイズで、総弾数は十二発。打ち終えると、カートリッジを交換しなければならない。
だが、アシェの『ヴォルカヌス&ウェスタ』は、方手持ちだが『オグン』より大型化、そして軽量化している。
弾丸を込めるカートリッジ部分を改造し、魔力を込めることで自動で弾丸を精製する特殊機構を組んでいる……アシェにとっては『思い付き』だが、イグニアス公爵家が知れば驚くような技術だ。
だが、まだ未完成故に練度は低い。込められた魔力が中途半端な弾丸にしかならず、形状も不安定。
だが、アシェはこれでいいと思っていた。
「『ファイア』!!」
引金を引くと、まばらな形をした弾丸が大量にばら撒かれる。
火を帯びた歪な弾丸……いや、『石』と言った方が間違いない。
発射速度も甘く、二十メートルも飛べば失速し、魔力も霧散するであろう弾丸。
逆に言えば、二十メートル以内ならば使える。
マールは驚く。
「まさか、近接武器!?」
「正解!!」
アシェの答え。
それは、狙撃を得意とするイグニアス公爵家の思想とは全く別。一撃必殺の火力、近接による弾丸の連続発射で敵を倒す武器。
弾丸を受けたナメクジは穴だらけになり、そのまま動かなくなった。
アシェは、短機関銃『ヴォルカヌス&ウェスタ』をホルスターへしまう。
「これがアタシの答え。一撃必殺、近距離攻撃の超戦闘型スタイルよ」
「…………」
マールはブルッと震えた。
アシェは強くなった。狙撃を捨て、自分のスタイルを見つけた。
まだまだ成長する。アシェこそ、ライバルに相応しいと。
すると、横から聞こえて来た。
「おーい、終わったか?」
「あ、トウ……」
「……え」
「よう、終わったようだな。アシェ、すっげー強くなったじゃん」
トウマがいた。
十人はいた『大司教』は皆、首を切断され転がっていた。
戦い始めて五分経過していない。
それなのに、トウマは何事もなかったように、『大司教』を倒し……ころした。
「さて、行くか」
「……あ、アンタ、怪我は?」
「ないよ。大司教だっけ、大したことないな」
いつの間にか、空中にあった亀裂も消えていた。
「き、亀裂が……」
「ああ、それも斬った。斬ったら消えたぞ」
「「…………」」
トウマ・ハバキリ。
あまりにも規格外な強さに、アシェとマールは頼もしさを感じつつ、少し恐怖を感じるのだった。