いざ、支配領地へ
トウマとアシェの悪巧みから数時間後……ガルフォス、ギールの二人は兵士に激励し、そのまま数人の上級マギナイツを連れて北部、南部へ向かった。
二人の激励のせいなのか、残った騎士たちの士気は非常に高い。
砦から少し進んだ先にある最終防衛ラインの小砦に、トウマ、アシェ、マール、そして指揮経験のある上級マギナイツのデモンズがいた。
「お嬢様。この最終防衛ラインを越えられた時、砦が落ちるということをご自覚ください」
「わかっています。デモンズ、私は部隊の指揮経験がありません。いざという時、頼らせていただきます」
「お任せください」
デモンズ。年齢三十九歳。
下級貴族であり、アマデトワール公爵家の配下貴族。
上級マギナイツであり、専用マギアを与えられた騎士であり、マールの父ガルフォスが直々に鍛えた優秀な騎士である。
腰に差した双剣型専用マギア『オセ』と『グール』にそっと触れ、デモンズは言う。
「敵の『司祭』が率いていた魔獣部隊は壊滅させました。完全に撤退したようなので、こちらは安全かと思われます」
「ふむ……中央に大部隊を向かわせ、正面突破と見せかけた北部、南部の同時攻撃が本命というところでしょうね」
「その通りです。最終防衛ラインから半径数キロ圏内に、魔獣も『月詠教』の気配もございません。ですが……」
「不測の事態には備えよ、ですわね。わかっています」
デモンズは頷く。
マールは十六歳。デモンズの娘と同じ年であり、デモンズにとってマールは守るべき存在だ。
自分の娘と同じ年の少女が戦い、傷付くところは見たくない。同時に、この聡明な少女に自分が知ることを全て教え成長して欲しい……とも願っている。
そう思っていると、作戦司令室に二人の少年少女が入って来た。
「マール。ちょっといいか?」
「あら、トウマさん。何か?」
「アンタに話あるの。けっこう大事な話……いい?」
「いいですわ。では……」
「あ、俺とアシェと三人で。いいか?」
「……わかりましたわ。ではデモンズ、私が戻るまで指揮権を与えます」
「かしこまりました。お嬢様」
マールは、トウマとアシェに連れられ出て行った。
デモンズはその背中を見ながら思う。
(大事な話……イグニアス公爵令嬢は幼馴染と聞いた。それに、あの少年……ふむ、大事な話……まさか、色恋!?)
デモンズは、どこか悟ったような顔をして、ウンウン頷くのだった。
◇◇◇◇◇◇
トウマたちが向かったのは、砦の外に備え付けられた物資倉庫だ。
倉庫に入り、ドアを閉めるなりトウマは言う。
「俺とアシェ、このまま支配地域の中央を突っ切って、『七陽月下』のいるところまで向かうわ。マール、お前も行くか?」
「……………………はい?」
トウマが何を言っているのか、マールは理解できなかった。
アシェも頭を押さえ頭痛を堪えるような恰好をしている。
「えと、トウマさん……どういうことですか?」
「ここで長らく戦ってるのは、支配地域の奥にいる『七陽月下』のせいだろ? だったら、俺がそいつを斬ってやる。それで、水の国を支配している『月詠教』はおしまいだ」
「…………アシェ、どういうこと?」
「……そのまんまよ。トウマ、マジで行くつもりよ」
「まさか、あなたも?」
「……行くしかないでしょ。正直不安だけど……コイツの強さなら、もしかしたら……なんて考えちゃうし。それに、アタシも自分の新しい『魔導器』を試したいし」
「……はああ。あのですね、トウマさん。お父様も言いましたけど、あなたは月の民を……『月詠教』を舐めて」
「舐めてない」
トウマは、真剣そのものだった。
刀の柄に触れ、マールをまっすぐ見て言う。
「俺は、相対する者を舐めたことは、一度もない」
「…………」
「俺は戦いたい。今、この時代にいる強者と死合いたい。俺が月を斬るために、俺が知らない強さを持つ者と戦いたい。月詠教……最高の相手じゃないか」
「……トウマさん」
「お前を誘うのは、お前も、アシェも、強さを求めているからだ。お前と戦ってわかった。マール……お前は飢えてる。もっともっと強くなりたいって、剣が語ってる。マール、強くなりたいなら、自分と剣に嘘はつくな」
「……はああ」
マールはため息を吐いた。
そして、アシェを見て言う。
「この方は止まりませんわね。保護者が一人では大変でしょう?」
「……そーね。行く?」
「ええ、行きましょうか」
「おい、保護者とか言うなよ。俺のが年上だぞ!! くそ……見た目十六歳のせいで、娼館じゃ門前払いされるし……若すぎるのも困りモンだな」
ムスッとするトウマ。
娼館で門前払いされたことはアシェもマールも初めて知り、二人とも笑った。
「あはは!! 残念だったわね」
「うるせ。くそ……女を知るのはもうちょい先かあ」
「あら。トウマさん、女を知りたいのなら、私が教えましょうか?」
「え、マジで!?」
「ちょ、マール、アンタ!!」
「うふふ。冗談ですわ」
トウマは怒り、マールとアシェはケラケラ笑った。
こうして、三人は支配地域の奥へ踏み込むのだった。