月の民とは?
十人乗りの巨大馬車に、トウマたちは乗っていた。
トウマ、アシェ、マール。そしてマールの父にして『七大貴族』アマデトワール家当主、『水』のガルフォス将軍である。
トウマはニコニコしながら言う。
「いや~、楽しみだな。国境って魔獣とか月詠教がいっぱいいるんだろ? 戦い放題だ」
「……あのね。アンタ、マジで『月詠教』と月の民の戦闘部隊をナメてるわよ」
「そんなことないぞ。強いやつは強いってのはわかる」
「……『執行者』が出たら終わりなのよ? わかる? 月の民の『執行者』は、他の月の民とは違う。神と聖女を冒涜する者を徹底的に排除する役目があるの。そいつらは、アタシたちの領内に何人も入り込んでて、神を冒涜した奴らを徹底的に狩るのが仕事なの」
「前にも聞いたな」
トウマが首を傾げると、マールが言う。
「『執行者』の強さは、上級マギナイツ二十人分くらい、というのが基本ですわね」
「へー、それもすごいのか? 俺にはよくわかんねえ」
「バカ……とにかく、あんまり不用意なこと言わないでよね」
アシェがトウマの頬をツンツンしながら言う。
すると、黙っていたガルフォスが言う。
「トウマ君」
「ん、なに?」
「アンタ、ため口やめなさいっての」
「俺のが年上だぞ」
ガルフォスは咳払い。アシェは黙りこむ。
「トウマ君。キミは確かに強い。マギアを持たず、剣術だけでマールを圧倒する実力には驚かされた……だが、キミはまだ、『月詠教』の恐ろしさを知らない。キミの同行を許可したのは、キミに『月詠教』の恐ろしさを知ってもらうためだ」
「……ああ、うん」
「月を斬る……そう語るのはいい。だが、執行者に目を付けられるような言動は、少なくとも水の国ではしないでいただきたい」
「大丈夫だって。俺、執行者を狩る執行者になるから」
「……やれやれ」
ガルフォスは呆れたのか、それ以上は言わなかった。
そして今回の目的を説明する。
「現在、国境付近では、『月詠教』の使役する魔獣と、騎士たちの戦いが続いている。戦況はこちらがやや不利……月の民の罠にはまり、多くの騎士が負傷したところを狙われた」
「……お父様。今回は前線へ?」
「魔獣の一掃はする。マール、国境砦の警備指揮を任せる。できるな?」
「お任せください。あの……兄上、姉上は」
「ギールは前線の指揮を、シェールは医療部隊の指揮を執っている。安心しろ、報告では怪我はしていない」
「……ほっ」
マールは胸を押さえる。
アシェは、父親に重要な役目を与えられているマールを見て、少しだけ胸が痛んだ。
自分とは違う……幼馴染ではあるが、この違いを見るのは辛かった。
すると、ガルフォスが言う。
「アシェ嬢。本来、イグニアス公爵令嬢であるキミは関係のない話だが……キミの責任で、マールの傍で戦うと言うのなら私は何も言わない」
「大丈夫です。アタシも貴族で、見習いのマギナイツ。月の民との戦いは覚悟しています」
「なあ、気になったけど、月の民と戦って『執行者』は何もしないのか?」
いきなりの質問に、アシェはトウマをジロっと睨む。
すると、苦笑したマールが言う。
「『執行者』は先ほども言いましたが、『神と聖女を冒涜する者』を断罪する存在です。逆に言うと、それ以外では戦いに参加することはありませんわ。冒涜する者は、たとえ同じ月の民で、月詠教であろうとも断罪する、と言われています」
「へえ……なるほどなあ」
話の流れが変わり、アシェはため息を吐く。
トウマはガルフォスに質問した。
「なあ、『月詠教』ってのは神を崇拝する組織なんだよな」
「そうだ」
「月の民って……どういう連中なんだ?」
「え、そこから」
アシェが驚く。今の時代では常識なのだが、トウマにはわからない。
「昔もいたけど、とにかく斬ったからよくわからん」
「あのね……ああもう、じゃあ簡単に説明するわ」
◇◇◇◇◇◇
月の民とは。
月を司る『月神イシュテルテ』が生み出した、月に存在する人類。
強大な魔力を持ち、圧倒的な技術を誇り、月から地上に移動することができる種族である。
地上に住む人間は『地の民』と呼ばれ、魔力こそ有するが『魔導器』を使わないとその魔力を使用することができない。
だが、月の民は違う。マギアがなくても魔力で奇跡を起こす『魔法』が使用できる。
魔法。魔力で起こす奇跡。
地水火風光闇雷の七属性を、マギアを使わず、マギア以上の出力で使用できる。
月の民が地の民より優れているのは、この『魔法』による力が大きい。
その中でも『七陽月下』と呼ばれる、地水火風光闇雷の一属性を極めた、最強の七人が存在する。
それぞれ、七国の支配を目論み……現在、七国は半分が支配されている。
地の民、そして月の民の戦いは、半分支配された状態でもう何百年も続いている。
そして、空を見上げると存在する『月』……そこに、『月詠教』のトップである三人の姉妹がいる。
『七陽月下』に力を与えた、『月神イシュテルテ』に強大な力を与えられた三姉妹。
『満月』のセレナフィール。
『三日月』のクレッセントムーン。
『新月』のルナエクリプス。
そして、その頂点に存在する絶対神、『月神イシュテルテ』。
最大の目的は『地上の支配』……これがもう、千年以上続いている。
◇◇◇◇◇◇
「……って感じ。わかった?」
「長い。とにかく、強いの片っ端から倒して、月にいる神を斬れば終わりだろ」
「……馬鹿かアンタは。それができないの。月の民はそれだけ強いの」
「ん~、わからん。やっぱ戦ってみないとな」
「……はああああ」
アシェは大きなため息を吐いた。
「とにかく、戦うなら魔獣だけにしなさいよ。前回戦ったのは『司祭』と『司教』だけだし……支配領地にいる『大司教』クラスが出たら逃げるしかないわ。『七陽月下』の元には『枢機卿』もいるし」
「なんだ、それ」
「……あーもう、『月詠教』で強い順番。『司教』は『司祭』の部下で、主な仕事は町や村の支配。司祭の上にいるのが『大司教』で、そいつらは支配領地の主戦力として散らばってる。『枢機卿』っていうのは司教、司祭、大司教を束ねるトップで、その上に『七陽月下』がいるの。ちなみに、この水の国マティルダを侵攻しているのは、『月詠教・宵闇』の部隊、七陽月下『宵闇』のルブランよ……あー一気にしゃべって疲れたわ」
「お疲れさん。まあ、とにかくわかった」
「嘘くさいわね……とにかく、もう説明しないからね」
すると、馬車が停車。
目的地に到着したのか、馬車のドアが開く。
開いた先にいたのは、水色の長髪をなびかせた線の細い男だった。
「ガルフォス将軍、ようこそ前線基地へ」
「……出迎えは不要だ。司令部へ案内しよ」
「兄上!!」
と、マールが青年に飛びついた。
青年はマールを抱きしめ、頭を撫でる。
「久しいな、マール……少し大きくなったか?」
「もう一年経ってますから。兄上、姉上は?」
「いるよ。負傷者の救護をしている。と……イグニアス公爵令嬢、久しいね」
「お久しぶりです、ギールさん」
アシェも令嬢としての挨拶。
そして、ギールはトウマを見た。
「キミが、マールを倒した剣士だね」
「ああ。トウマ・ハバキリだ。よろしくな!!」
「はは、面白い子だ」
「兄上。まだお忙しいですか? 少しはお話する時間……」
「すまんなマール。まずは、父上と仕事の時間だ。よかったら、シェールにも会ってやってくれ」
「……はい」
ギールは、ガルフォスを追い砦の中へ。
トウマは、砦を見上げる。
「それにしても、デカい砦だな」
「当り前でしょ。ちょうど、水の国を両断するように塀が築かれているわよ。そして、塀を守るために、マギナイツたちの部隊が配置されているの」
「ほー」
話によると、トウマたちのいる砦は、本来のマティルダ王国領地の中心にあり、支配領地と王国領地を分断するように巨大な塀で仕切られているそうだ。
月の民が、これ以上、王国領地に入らないよう、日々マギナイツたちが戦っている。
「さ、まずは姉上……シェールお姉様に挨拶に行きますわ。アシェ、トウマ様、行きましょうか」
「ええ。シェールさんも久しぶりね……」
「なあなあマール、その『様』付けしなくていいぞ」
トウマたちは砦の中へ。
地の民、そして月の民が戦う最前線に踏み込むのだった。