船、海、イカ
水の国マティルダを経由し、トウマたちは港にやってきた。
馬車から降り、シロガネは言う。
「この港……いえ、この区画は全て、雷の国イスズが管理しています」
「そうなのか? 水の国マティルダにあるのに?」
「はい。前も言いましたが、ここはもともと雷の国の領地でしたので。ここから出る船は全て、イスズ人のが作った物です」
「ほー、アシェ知ってたか?」
「初めて聞いたわ。イスズ人の作った船、どんなのかしら」
アシェは吹っ切れたのか、トウマに対しても普通の態度だった。
トウマは港を散策したがったが却下。さっそくイスズ行きの船へ。
シロガネは、多く並ぶ船の中でも特に立派な船へ行き、そこにいた船乗りに妙な『筒』を見せた。
「イカヅチ家のシロガネだ。女皇ミドリ様の命により、至急イスズに戻らねばならん。三部屋用意しろ」
「こ、これは……イカヅチ家の紋章。そして、イスズ政府の、紋章!? は、ははぁ!!」
船員は慌てて船へ。一分しないうちに、船長を連れて戻って来た。
船長はペコペコ頭を下げ、シロガネとアシェ、トウマたちを船内へ案内する。
案内されたのは豪華な客室だった。しかも、一人一室である。
乗り込んで一時間もしないうちに、船は出発した。イスズ政府の命令によるものなのか、トウマとアシェにはわからない。
シロガネは言う。
「イスズまでは四日ほどかかります。それまで、ごゆるりとお過ごしください」
「やった!! アシェ、船内見ようぜ」
「いいわよ。というかアタシ……船、初めてなんだけど」
「なおさら行こうぜ。シロガネも行こうぜ!!」
「わかりました、お供します」
トウマは子供のようにはしゃぎ、船内を歩く。
豪華客船というのは伊達ではない。イスズ行きの観光船は大きく立派で、船内には様々な『遊び場』があった。
いろいろな遊び場があったが、トウマは看板で海を眺めるのが一番気に入った。
「……でっかいなあ」
「……そうね。海……すごい」
アシェも、初めて見る広大な海を目に焼き付けていた。シロガネは「少し用事がありますので」と離席したので、アシェはチャンスと思いトウマを見て言う。
「あのさ、トウマ」
「ん?」
「その……ごめん」
「ん、何が?」
「アタシさ、アンタにけっこう厳しいこと言ったよね。その……女の気持ち考えろとか。でもさ、間違ったこと言ったとは思ってない。言い方、きつかったけど」
「ああ、そのことか」
トウマは、看板の柵に寄りかかりアシェに言う。
「俺が、女の気持ちを理解できないのは事実だからな。あれから、いろいろ考えた。マールが貸してくれた恋愛小説読んだり、カトライアに『女心について』って授業受けたけど、まだわかんねえ」
(あの二人、そんなことしてたのか……)
「俺に足りないのって、『愛』だよな」
「……そうね」
「女を抱くってのは、愛がないとダメなんだよな。『愛』……セイレンスがそうだった。俺のこと愛していたとか、本当に理解できない。俺はジジイだったし、セイレンスはまだ十七歳だったのに、なんで俺を生涯愛して、結婚とかもしなかったんだ?」
「…………」
「愛ってのは、年齢も関係ないのか? まだ子供だったセイレンスが、ジジイの俺を愛した? 俺が死んだあとだって、俺以上にいい男なんていたはずなのに……本当に、理解できねえ」
「…………」
アシェは、トウマが悩み、苦しんでいるところを初めて見た。
戦いではなく、刀のことでもない。
感情について悩み、苦しんでいる。
「トウマってさ、馬鹿みたいに強いし、デリカシーないし、ワケわかんないことして周りを驚かすけど……そういうところ、本当に未熟だよね」
「……うぐぅ」
何も言い返せず、柵に寄りかかって顎を乗せた。
「アシェは愛を知ってるんだろ」
「まぁね。誰かを好きになる、恋する、愛する。まだ経験はないけど、どういうことなのかは理解してるつもりよ。少なくとも、アンタよりね」
「……いいなー、それ俺にもわかるか?」
「たぶんね」
そう言って、アシェは微笑んだ。
トウマも笑い、二人の間に穏やかな空気が流れる。
(……あ)
アシェは思った。
今、この時間がずっと続けばいいのに……と。
そして、頬を染めてトウマから目を逸らす。
(え、うそ……アタシ、マジで)
トウマが、気になっている。
ずっと……少しずつ、惹かれているのは理解していた。
でも、なんだかんだで忙しさもあり、そういう気持ちは後回しにしていた。
「…………」
トウマは、真剣な表情で海を見ていた。
(……アタシ、こいつのこと)
「アシェ」
「っは、はあ!? なな、んなわけないし!!」
「何言ってんだお前……まあいいや、マギア持ってるか?」
「え? いや、部屋にあるけど」
「じゃあいいや」
トウマは柵を乗り越え、看板の先端へ。
「ちょ、危ないわよ!!」
「何かいるぞ」
「え……」
すると、看板にシロガネが走って来た。
「トウマ様、アシェ!! 海底に何かいます、船内へ……え?」
「ちょ、トウマ……ま、まさか」
トウマは、上着を脱ぎ、刀を抜いて鞘を置いた。
「じゃ、行ってくる。へへへ、今夜の晩飯、でっかいの食えるぜ」
「ば、ば」
「と、と、トウマさ」
アシェ、シロガネが何か言う前に、トウマは海に飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇
トウマは海に飛び込んだ。
(嘘神邪剣で海を斬れば、呼吸はできるけど……あえてやらない)
水中では動きが鈍い。
だが、トウマは水中を走るように移動する。
(戦神気功、『水蹴りの如く』)
水中を蹴って移動。
かつて風呂に入っていた時に思いついた技だが、まさか今、使い道があるとは思わなかった。
そして、海底に移動……そこで見たのは、あまりにも巨大な『触手』だった。
毒々しい鉛色の、合計八本の触手。そして本体も同じ色。
大きさは三十メートル以上、触手も五十メートル以上ある。トウマは目を凝らし、その正体を見た。
(イカ!! うおお、でかいイカ!! 俺の好物じゃん!!)
トウマは、炙り焼きしたイカが何より好きだった。
クラーケン。海の覇者と呼ばれる王。
年に数度、豪華客船を狙って沈め、そこにいる人間を喰らう。
だが、災難としか言いようがない。
(炙り焼き、刺身、鍋……ククク、食い応えある。船旅での食事が豪華になる……!!)
ぞわりと、食欲から来る殺意が、クラーケンを包み込んだ。
こんな、二メートルもない、細い鉄の刃を持ってるだけの人間が。
(じゃあ……いただきまぁぁぁ~す)
自分を遥かに超えるバケモノであるとクラーケンが認識した時、全てが手遅れだった。
◇◇◇◇◇◇
炙り焼き、鍋、刺身、煮物……トウマとアシェとシロガネのテーブルには、仕留めたばかりのクラーケンが大量に並んでいた。
「うっほー!! うんまそう!! じゃあいただきまーす!! うんめええええ!!」
「「…………」」
現在、トウマはクラーケン料理を満喫していた。
海から戻ったトウマは、仕留めたクラーケンの触手を何本か持って来た。そして、豪華客船で待機していた船乗りたちと素潜りし、クラーケンの『残骸』を切り分け、船に運んだのである。
乗客のほとんどはクラーケンのことは知らない。たまたま仕入れた絶品クラーケン料理が、船内レストランのメニューに加わった。
「はぁぁ、マジうまい。おいおいお前らも食えよ!!」
「……なんかもう、アンタのことで悩むのやめるわ」
「さすがトウマ様です……では、いただきます。ん、おいしい」
アシェはイカ焼きを食べ、楽しそうにイカを食べるトウマを見て思う。
(……馬鹿だけど、やっぱ嫌いじゃない。むしろ……好きかも)
女を抱く。トウマの願いをどうするか、アシェは一度真剣に考えるのだった。




