アマデトワール家で
摸擬戦が終わり、トウマたちはアマデトワール家に招待された。
トウマは屋敷の入口でアシェに言う。
「なあ、宿屋はどうすんだ?」
「まだ部屋に入っただけだし、普通にキャンセルよ。荷物は、アマデトワール家の人が持ってきてくれるってさ……しばらく、アマデトワール家にお世話になるから」
「そうなのか? お前の家には?」
「事情が変わってね、まだ行かない……アンタ、それでもいい?」
「別にいいぞ。アマデトワール家、面白そうだしな」
すると、屋敷からドレスに着替えたマールが現れた。
カーテシーで一礼し、トウマとアシェに言う。
「ようこそ、我が家へ。歓迎いたしますわ」
「おお。お前、怪我は?」
「うふふ。治療系マギアで治しましたわ。傷一つありませんのでご安心くださいな」
「よかった。手加減したけど、その綺麗な顔や身体に傷でもついたらって思うとな」
「まあ、お上手。ふふ、お部屋にご案内しますわね」
マール直々に、アシェとトウマは部屋に案内された。
客間は、ベッドにテーブルに椅子、ソファなど基本的な物があり、どれも高価な物だ。
アシェは、部屋に入るなりマールに言う。
「マール、世話になるわ。それと、さっそくで悪いけどこの部屋で作業するわ。必要な部品をリストアップするから用意してくれる?」
「ええ。わかりましたわ」
「おいおい、何すんだ?」
「『イフリート』の改造。あと、思いついたマギアもあるから作るのよ」
ゴソゴソと、カバンから工具を出してテーブルに並べ、トウマには理解できない道具を置き、大きな羊皮紙を広げる。そして、ゴーグルをかけると羊皮紙に何かを書き始めた。
マールは言う。
「トウマ様。よろしければ、お茶でもいかが?」
「おお、いいな。喉乾いたし、腹も減って来た。なあなあ、風呂もあるか?」
「ええ。春期休暇が終わるまでゆっくりなさってくださいね。屋敷を我が家と思っていただければ」
「ありがとな。マール、美人だしすげえいい子だぜ」
「ふふ、照れますわ。ささ、もうアシェは集中してますし、行きましょうか」
トウマは、マールに案内され、中庭へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
アマデトワール家の中庭には、大きな噴水があった。
その近くに、椅子やテーブル、メイドたちがティーカートを用意し、すでにお茶の支度がされている。
椅子に座ると、メイドがお茶を注いでくれた。さらに、甘めのクッキーも用意された。
「いただきまーす。ん~甘いの最高だな」
トウマは遠慮なくクッキーを食べ、紅茶を啜る。
そして、噴水を眺めながらマールに聞いた。
「ここ、噴水いっぱいあるな。この国にどれだけあるんだ?」
「千は超えてますわ。噴水……『水』は、この国の象徴ですからね」
「へ~……そういや、アシェの幼馴染なんだっけ。仲いいのか?」
「……ええ、まあ」
マールは紅茶を啜る。
どこか言い淀んでいたが、トウマは言う。
「あいつ、お前のこと『優等生』って言ってたぞ。自分は落ちこぼれだけど、お前は違うって」
「……はあ、またあの子はそんなことを」
「ん? なんだ、違うのか? でも見た感じ……アシェより、お前のが強いぞ」
「まあ、そうですわね。でも……アシェの強さはそこじゃありませんわ」
トウマはクッキーを飲み込み、紅茶を啜る。
なくなると、メイドがおかわりを注いでくれた。
「あの子は、天才ですわ」
「……天才?」
「わかりませんか? 『魔導器』の改造なんて、十六の女の子がやろうと思ってできることじゃありません。あの子は、イグニアス公爵令嬢ではありますが、固有のマギアを与えられなかった……だから、自分で作ったんです」
「え、そうなのか?」
「ええ。『イフリート』はあの子が作った魔導器。あの子は戦闘ではなく、『魔導器技師』としての才能にあふれている。でも……あの子にとって、マギア作りより、マギアで戦うことの方が重要なのでしょうね」
マールは紅茶を啜る。
トウマは、椅子にもたれかかって言う。
「まあ、作る才能があっても、アシェは戦うことを選んだんだろ。それに……なんか俺、アシェはとんでもないモンを生み出すような気がするぞ」
「そう思いますの?」
「ああ。まあ、見守ってやろうぜ」
「……ええ」
「あ、そうだ。アマデトワール家の剣術、俺にも教えてくれよ。月を斬るのに役立つかも」
「……あなた、月を斬るなんて物騒なこと言わないでくださる? 王都は安全とは言え『執行者』や『月の裁き』が起きないとも限りませんのよ?」
「そうか?」
「というか……あなたは本当に、二千年前の? 信じがたいですわ」
「まあ、信じなくてもいいよ。俺は俺だし、斬ることに変わりない」
トウマは思い出したように言う。
「そういや、この水の国も、『月詠教』に半分支配されてんのか?」
「ええ。水の国だけじゃなく、火の国も風の国も、七国はみんな半分支配されていますわ。『七陽月下』さえ倒せば……」
「なあ、その『七陽月下』って強いか?」
「……正直、お父様と戦うようなものですわ。『月光の三聖女』から力を与えられた月の民、『月詠教』の幹部の強さは……私が百人いようと、敵いませんわ」
「ふーん。そいつと戦うにはどうすればいい?」
「……あなた、何を考えてますの?」
「いや、斬ろうと思ってな。技を磨く、技術を加える、強いやつと戦うことは、俺の強さに繋がる。自らを磨くことで、月を斬ることに近づくからな」
「…………えっと」
「よし決めた。『月詠教』を潰そう」
「…………」
マールはポカンとし、とりあえずカップを置いた。
「で、どうすればいい?」
「……ええと、水の国を半分支配している『七陽月下』の一人、『宵闇』のルブランは、支配地域の最奥にある居城から出て来ませんわ。こちらは、支配地域との前線で『月の民』と戦うことで精一杯なので……ルブランの元に行くなんて、できない状況で」
「じゃあ、そこに行けばいいのか」
「まま、お待ちを!! いきなり行くつもりですか!? 戦線を引っ搔き回すような真似は」
「じゃあ、王様に許可もらうか」
「えええ……そ、それもダメですわ。そもそも、最前線ではずっと、膠着状態が続いてて」
「じゃあ……そうだ、じゃあ俺が最前線の月詠教をみんな始末する。そうすれば、親玉の……なんだっけ。ルブラン? が出てくる。そして、俺が斬っておしまいだ」
「だ、ダメですわ!! そもそも、そんなに月詠教を斬れば、『執行者』があなたを狙いますわよ!! 名だたるマギナイツがむやみに月詠教を殺せない理由が、『執行者』の存在なのですわ。執行者に狙われたら最後、死ぬまで追われますわ!!」
「じゃあ、俺を追えば死ぬってわからせればいい。俺が、執行者にとっての執行者になる」
「…………」
マールは息を呑んだ。
トウマは本気だった。本気で、水の国を半分支配する『七陽月下』を倒すつもりだ。
だが、危険すぎる。
月の民、そして『月詠教』を倒せば、月の民の最大戦力の一つである『執行者』に狙われる。それに、月の神の怒りを買い、マティルダ王国に『月の裁き』が落ちてくる可能性もある。
今は、下手に手を出せない。膠着状態。
この状態が、もう何百年と続いている。
「トウマ様……今はどうか、お待ちくださいな」
「え~? まあ、そこまで言うなら。あ、そうだ。じゃあ教えてくれよ」
「はい?」
「娼館ってどこにあるんだ?」
「…………は?」
マールは、トウマという人物がよくわからなくなった。
◇◇◇◇◇◇
一方、アシェは。
自前の工具、さらにアマデトワール家で借りた魔導器用の工具に、マールに用意してもらった魔導器用の素材を使い、念のためにと持って来た火の国ムスタング製の魔導器を改造し、自分の『イフリート』も改造をしていた。
「アタシの魔力供給に耐えられるよう、マギマガジンを拡張改造、コアの魔石は……火属性と相性のいいファイアバハムートの魔石が欲しいわね。さすがにムスタングの固有種である魔獣のコアを用意するのは無理かあ」
魔導器は、骨組み、外装、コアとなる魔石、魔導回路などの組み合わせで簡単に作れる……というのが、アシェの持論だ。
アシェは、魔力総数値こそ家族の誰よりも多かった。だが、魔力に『火属性』を加え、魔力を凝固、固定、造形し放出する才能がほぼ皆無。
単純な『火弾』の弾丸を生み出すのでさえ、十秒以上かかる。
そのせいで、家族からは落ちこぼれと言われ、イグニアス公爵家の象徴とも言える『銃』の魔導器を与えられなかった。
『お前は、戦う必要がない。嫁ぎ、イグニアス家の血を産むことだけを考えろ』
父にそう言われ、絶望した。
自分は子を産むだけの存在。イグニアス公爵家の配下である貴族と結婚し、子を産むだけが役目。
優秀な兄は、自分を見ようとしなかった。
同じく姉は、自分を能無しと馬鹿にした。
悔しかった……だから、アシェは自分で『作った』のだ。
「……よし、できた」
『イフリート』。
アシェの固有魔導器。自分で作った魔導器。
最初は、父も驚いていた……だが、『好きにしろ』とだけ言われた。
だから、好きにした。
自分で作った魔導器で戦う。
イフリートを使い、問題点を洗い出し、改良を加え、今に至る。
訓練を続けているうちに、弾丸精製も多少はマシになった。
だが、次の問題……アシェは、狙いを付けるのが下手だった。
でも、もうそのことに悩む必要はない。
「こっちも完成……あとは使ってみないとわからないかな」
自分用の新しい魔導器。
トウマのヒントから産まれた、自分の新しい力。
「よーし、あとは実験……ぁぁ、その前に疲れたしお風呂かなあ。ってか、もう夜じゃん……」
アシェは部屋を出ると、見回りをしていたメイドを呼び留め、お風呂の支度をお願いした。
用意ができ、大浴場へ向かうと……なんと、マールがいた。
「あれ、マール……起きてたの?」
「あなたが部屋から出てきたら起こすように言っておいたの。さ、お風呂ね」
「一緒に入るの? まあいいけど……」
アマデトワール家の大浴場は広い。
五十人が同時に入っても問題ない広さ。
アシェ、マールは身体と髪を丁寧に洗う。マールはいつも専属のメイドに任せているが、アシェが嫌がるので自分で洗った。
そして、二人並んで湯舟へ……しばし、ほっこりとする。
「あ~……疲れが抜けていくわあ」
「完成したの?」
「ん、ああまあ、いちおうね。まだ起動実験してないし、明日かなあ」
「じゃあ、ちょうどいいわね」
「え?」
アシェは、マールを見た。
マールは言う。
「明日、支配領地の最前線に行くわ」
「……はあ? 支配領地って、月読教が支配している領地? 国境まで行くってこと? なんで? まさか……」
「……トウマ様です」
「え」
「その、トウマ様が行きたいと言われまして……たまたまその話を聞いていた陛下が、明日ちょうどお父様が前線に喝を入れに行くから、同行していいと」
「え」
「その、私も行くことになりまして……アシェが望むなら、自己責任で同行していいと」
「……あの、馬鹿」
アシェは頭を抱えた。
支配領地……その名の通り、月詠教に支配されている国の領地だ。
支配領地は、国の領地の半分をしめる。その国境付近では、月読教に所属する月の民、そして月の民が従える凶悪な魔獣との戦いが、休むことなく続いている。
マールによると、支配領地の軍勢に勢いが増し、人類がやや押されているらしい。そこで、ガルフォスが前線に出向き、喝を入れるそうだ。
「……行くわ。はああああ」
「ありがとうございます。ふふ……アシェ、馬鹿と言いながら、顔が笑ってますわよ?」
「……なんだかんだで、新しいマギアの実験できるの楽しみなのかもね」
アシェ、マールは苦笑しつつも、どこか楽しそうに笑っていた。