表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/47

プロローグ

 少年は、生まれつき『変』だった。

 どこにでもある一般的な家庭に生まれ、家は農家、兄弟は四人、みんな畑仕事をしていた。

 家には、広い畑があった。

 六歳になるころには、鍬を持って畑仕事に参加した。

 初めて持つクワは軽く、少年の手に馴染んだ。


「わぁ……」


 少年は、クワを振った。

 地面に向けてではない。剣を振るように、ふわり、ふわりと振る。

 そして、地面に落ちていた石にめがけ、クワを振り下ろす……すると。


「きれた」


 石は、スパッと綺麗に切れていた。

 クワが欠けることもなかった。まるで、粘土をナイフで斬ったような、綺麗な切断跡が残っていた。


「きる……」


 馬付き、少年は……『物を斬る』才能に、あふれていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 少年が十二歳になるころ、すでにクワではなく、木剣を振っていた。

 両親には何も言われなかった。

 むしろ、畑仕事ではなく、村を守る守衛を目指すのかと期待もされた。

 でも……少年は、違っていた。


「こう、かな……いや、こうか」


 ヒュン、ヒュン、ヒュン……と、剣を振る。

 剣術の真似事かと最初は両親も兄妹も思っていた。

 だが、違う。

 少年は、感覚にゆだねて振っているのだ。

 どう振れば、『斬る』ことができるのかと。


「ああ──……こうだ」


 ピュイン、と……円を描くような、綺麗な一閃。

 少年の前にあった、身長をも超える大岩が、綺麗に『くりぬかれ』て斬れた。

 

「斬るって気持ちいいな……もっと、もっと、俺が斬れるものを、探してみたいな」


 十二歳……少年は、化けようとしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 十六歳になった。

 少年は、町で買った鉄の剣を腰に差し、故郷を出て放浪していた。

 やることは一つ……『斬る』ための、武者修行である。

 お金を稼ぎながら、村から街、国から国へと冒険をする。

 この世界には『魔獣』が存在していた。狩れば素材を売れるし、肉は喰える。

 少年は、魔獣を斬りつつ、自分の剣を……正確には、『刃』を磨いた。


「うん、見える」


 十八歳。

 二年ほど世界を放浪し、少年から青年へと変わった青年の剣術は達人レベルに上達した。

 青年は、ただ剣を振っていただけ。

 どう振れば効率的なのか。硬い敵にはこう斬ればいい、柔らかい敵にはこうすればいい、数が多ければこうすればいい。

 あれ、そういえば……見るだけで、なんとなくどう斬れるかわかる。

 青年は、いつの間にか自己流の剣術を作り、それを振るうための術も生み出していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 二十二歳。

 青年は剣を使わなくなっていた。

 ただ『斬る』だけなら、薄い物さえあればいい。

 落ちていた葉っぱを指で挟み、襲い掛かる魔獣を斬ってみたら、愛用した剣と同じくらい斬れた。そして、斬ることに刃が必要ないことに気付いた。


「……そういえば、世間が騒がしいな」


 最近はずっと、山籠もりしていた。

 世界屈指の危険地帯である『死滅山脈』に小屋を建てて住んでいた。

 そこそこ強い魔獣が現れ、自分に喧嘩を売ってくる。それを相手にして生活するのは、そこそこ楽しい日常だった。

 だが、世間はそのとき、『月の神』という神が襲来し、眷属である『月の民』が地上を征服するために天から降りて来ていた。

 青年は、そのことに気付いていなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 三十二歳となった。 

 死滅山脈では敵なしとなった男は、日課のトレーニングを終え、精神統一していた。

 大滝の傍にある花畑で、男は座禅を組み、静かに精神統一する。

 動物が寄り、小鳥が肩に止まり、キツネやタヌキが休みに来る。

 男は、この時間が好きだった。

 同時に……この精神統一を始めてから、世界がよく見えるようになった。


(…………渦、が見える)


 世界には、様々な『渦』があった。

 男は知らない。それが『魔力』という、月の民が地上に降りて来たことで世界中に溢れ出したエネルギーだと。

 男は、花弁を指で挟み、静かに渦を斬る……渦は消えた。

 男の刃はいつしか、目に見えない魔力を斬ることができるようになっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 六十五歳。

 男は、世界の全てが見えていた。

 死滅山脈はもはや男の庭。凶悪な魔獣すら男には近づかない。

 心技体、全てが完成した。

 かつて生み出した剣技、世界を見る目、そして全てを断つ刃。


「ふぅぅ……」


 男は、木から落ちて来た葉を指で挟み、一瞬以下の速度で振る。

 すると、空間が裂けた。

 空間に、綺麗な一筋の『線』が入った。

 その『線』に蝶が触れた瞬間、真っ二つになり、消滅した。

 空間に断裂を作り、ぶつけると、斬れないものは存在しない。

 だが男は、空間の断裂すら切裂いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 七十歳。

 老人となった男は、飽きていた。

 もう、自分が斬れるものは、存在しない。

 剣に人生を捧げた……ではない。

 男は『斬る』ことに人生を捧げた。

 斬るのだったら、剣じゃなくてもいい。葉っぱでもクワでも包丁でも斬ることはできる。

 七十になり、男の人生も残りわずか……そんな時だった。


「おやおや……こんなところに人間がいるぞ」


 声だった。

 久しぶりに聞く、人間の言葉。

 男はゆっくり振り返ると、そこにいたのは。


「……あー、どちらさんかな」


 白い服を着た男たちだった。

 数は三十以上。花畑の花を踏みつけ、動物たちを傷付け、ここまで来たようだ。

 接近には気付いていたが、無視した。

 男は言う。


「『月の民』である我らを知らない? ははは、馬鹿かお前は」

「……月のたみ? あ~、すまないな。もう五十年以上、ここで暮らしているから、世には疎い」

「……そうか。なら教えてやる。この死滅山脈は、我ら月の民の地となった。これで半分……この大地は、我ら月の民の物。地の民、いや下等種族共が滅ぶのも時間の問題よ」

「ははあ、そうか」


 男は、ピンとこない。

 月の民、地の民……記憶をたどり思い出す。数十年前、空から何かが襲来してきたときのことを。

 

「つまり、あんたらは侵略者……と、いうことかな?」

「そうとも言える。まあ、地の民は広大な領地、資源を持つにも関わらず全く活かしきれていない。なら、我々で管理し、使った方が効率的だろう?」

「ふーむ、難しいことはよくわからん。それで……俺をどうするつもりだ?」

「年寄りは労働力にもならん。この危険度SSSの『死滅山脈』に人がいるから話してみただけだが……どうやら、危険度判定が間違っていたようだ。さて、話は終わりだ……死ね」


 男の背後にいた白い男、女たちが、男に人差し指を向けた。

 そして、人差し指から何かが発射される。


「ほほっ」


 男はニヤリと笑い、落ちていた葉っぱを掴むと、全ての光線を斬り落とした。


「お~、これはこれは、面白いな」

「……なっ」

「だが、遅い」

「貴様、何を」


 男が身をかがめた瞬間、白い男の部下たちの両腕が細切れになり落ちた。

 絶叫する部下たち。

 白い男は言う。


「な、何を……何をした!?」

「斬った。腕を、これで」


 葉っぱだった。

 右手の人差し指、中指で挟んだ葉っぱで、二十人以上の男女の両腕を細切れにした。


「ま、魔光線は」

「まこうせん? ああ、人差し指から出た白いのか。斬った」

「き、斬った!? 馬鹿な、魔力を斬る!? そんなこと、できるわけ」

「お前、気付いてないのか?」

「え……」


 男は、自分の右腕をちょいちょいと指差す。

 そして、白い男は自分の右手を見た……というか、右手がない。


「最初に斬ったんだが、気付かなかったか?」

「うぎゃああああああああああああ!!」


 絶叫。

 男は「あっはっは」と笑った。

 そして、少し長めの葉っぱを拾い、静かに言う。


「七十歳。まだまだいける」

「お、お助けください!! 月の神よ!! 三大聖女よ!! 偉大なる月の加護をオオオオオオオオオ!!」


 男の一閃で、この場にいた『月の民』は、消滅した。

 男は葉っぱを捨て、大きく伸びをする。


「外では面白いことになっているようだ。ふふふ……旅にでも出るかね」


 ◇◇◇◇◇◇


 九十二歳。

 全身に腫瘍ができた。歩くだけで息切れする。食事が喉を通らない。日々衰えていく身体。意識がたまーに切れる。

 男の状態は最悪中の最悪。

 だが同時に、今こそ全盛期と言わんばかりに『斬れ』ていた。


「あ~……疲れたぜぇ」


 月の民の侵略から、七十年が経過していた。

 旅に出てわかった。

 世界の半分以上が、月の民によって支配されていた。

 同時に、地の民も月の民に抵抗し、世界中に反逆組織が存在した。

 男は、いろんな組織を渡り歩き、月の民と戦った。

 久しぶりに剣を取った。

 友人ができた。

 自分のために剣を作ってくれた。

 家族はもういなかったが、たぶん孫と思われる男が実家に住んでいた。

 月の民の幹部を全員殺した。

 月の民で最も位の高い『聖女』という女を斬り殺した。

 そして。


『ば、かな』


 月の神イシュテルテと戦い、相打ちとなった。

 というか、全身を蝕む病により、命が尽きかけていた。

 イシュテルテ。まさか人間ではない異形だったが、男は斬った。

 人生最強の相手。間違いなく、強かった。


『我は、消えん……我は、月に帰り、傷を癒す……そして、地の侵略を……大地の神を』


 何かが聞こえ、神は消滅した。

 男は仰向けに倒れ、空に浮かぶ月を見た。

 真っ白で大きな月。美しさしか感じない。あそこから来た人種が、この大地を征服しに来たとは思えないほど美しい。

 と、男は思った……思ってしまった。


「……月、斬れるかな」


 空に浮かぶ、巨大な月。

 あれを斬ることは、できるのか?

 男の背中がゾクゾクした。月を斬るなど、考えたこともない……たった今、考えてしまった。

 ゾワリと、身体の内側から何かが湧いてきた。


「……へへへ」


 それが『活力』だった。

 生きるための僅かな力が湧いてきた。

 男は、ボロボロになった剣を手に、精神集中する。

 そして……自分の首を斬った。


「───よし」


 身体を斬ったのではない。

 男は『病』を切裂いた。

 今の男は、病気と言う『概念』ですら斬ることができた。

 全身を蝕んでいた腫瘍が全て消えた。

 そして、男は歩き出す。


 ◇◇◇◇◇◇


 九十四歳。

 男は、死滅山脈に戻って来た。

 人が踏み込んだ形跡は相変わらずない。

 かつての住処がボロボロになっていた。だが……精神集中するために掘った洞穴は残っていた。

 男は、そこで座禅を組み、自分の胸に脇差を突きつける。


「『老い』を斬る……若い時分に戻り、月を斬る」


 男は、脇差を胸に突き刺した。

 肉を貫通し、心臓を貫通する。

 だが、命を斬ってはいない。

 男は目を閉じ、そのまま静かに眠りについた。


 ◇◇◇◇◇◇


 二千年後。


「…………ぅ」


 男は、目を覚ました。

 身体を起こし、自分の姿を確認する。


「……よーし、できたな」


 若返った。

 十六歳ほどの、若い少年の身体に戻っていた。

 

「初めてやったけど、何とかなるもんだ」


 老いを切り、寿命を斬った。

 それにより身体が若返った。

 概念すら斬る少年の刃。刺さっていた脇差はボロボロだった。

 着ている服もボロボロ。少年は全裸で洞窟から出ると……そこは、見慣れた花畑だった。

 

「さて、どれくらいの時間が経過したのか。月は……うん、相変わらずでっかいな」


 青い空の上には、月があった。

 少年は、葉っぱを拾い振る。

 空間が裂け、世界がずれる……だが、世界が空間のずれを修正した。


「斬るぞ、月……さあ、始めようか」


 こうして、少年は『月を斬る』ために、若返った。

 全てが始まる。

 斬ることに人生を捧げた『斬神』……トウマの戦いが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ