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第二章:死の嵐、絶望の交響曲

カストル宙域の深淵に、偽りの夜明けが訪れた。

いや、それは夜明けと呼ぶにはあまりにも儚く、そして残酷な光の戯れであった。

アステロイドの巨大な影が、宇宙そらの法則に従ってわずかにその位置を変え、遥か彼方にある恒星のか細い光条が、ほんの一瞬だけ、この死せる海を薄墨色に照らし出したに過ぎない。

だが、その刹那の、まるで最後の蝋燭の炎のような光は、絶望という名の深淵に囚われていたリベルタス共和国連合第17駆逐隊にとって、更なる恐怖と破壊の幕開けを告げる、運命の合図となった。


突如として、彼らの周囲のアステロイドの影という影から、黒々とした艦影が無数に、まるで深海から浮上する巨大なリヴァイアサンの群れのように、音もなく、しかし圧倒的な威圧感を伴って姿を現したのだ。

その数は、第17駆逐隊のかろうじて残存していた戦力を遥かに凌駕し、その艦体は、グレイブス中佐たちが「オンボロ」と自嘲した旧式駆逐艦とは比べ物にならないほど、重厚かつ機能的に洗練され、そして冷たい殺意に満ちていた。

髑髏と稲妻を組み合わせた、見る者の心を不安にさせる禍々しい紋章が、それぞれの艦体に冷たく、そして挑戦的に描かれている。

ヴォルフガング・シュタイナー率いる私掠艦隊、「鉄の髑髏旅団」が、ついにその隠された牙を、飢えた獣のように剥き出しにした瞬間であった。


「敵襲! 敵艦隊、全方位より急速接近!」

見張り員の絶叫が、かろうじて機能を保っていた艦内通信を通じて、旗艦『プロメテウス』のブリッジに雷鳴のように響き渡った。

その声は、予期していたとはいえ、あまりにも圧倒的な敵の出現に対する驚愕と、そして、もはや避けられぬ運命を悟ったかのような、深い絶望に震えていた。


間髪を入れず、死の嵐が戦場に吹き荒れた。

敵艦隊から放たれた無数のレーザー光線が、漆黒の宇宙空間を灼熱の矢のように切り裂き、第17駆逐隊へと無慈悲に殺到した。

それは、あたかも悪意そのものが凝縮され、形となったかのような、冷たく、そして恐ろしく正確無比な死の宣告であった。

先頭を進んでいた駆逐艦――かつて『ヘルメス』の名で呼ばれ、その俊足で仲間たちの信頼を集めていた快速の運び手は、その自慢の機動性を発揮する間もなく、敵の集中砲火の最初の、そして格好の標的となった。

不気味な緑色の光条が、その薄い装甲を紙のように貫き、次の瞬間、艦体は内部から膨張するように輝き、巨大な火球となって宇宙空間に自らの残骸を無残に撒き散らした。

乗員たちの断末魔の叫びは、彼らが愛した故郷の空に届くことなく、真空の冷たい闇へと虚しく吸い込まれていった。


「『ヘルメス』、轟沈! 艦影、完全に消失!」

ブリッジに響いた報告は、あまりにも淡々としていて、それが今、目の前で起こった現実の出来事だとは到底信じられないほど、乾いていた。

だが、それは悪夢の、ほんの始まりに過ぎなかった。

続けざまに、僚艦が次々と、まるで熟練の狩人が指名したかのように正確に狙い撃たれ、閃光の中にその姿を消していく。

駆逐艦『アポロン』が、主砲塔を吹き飛ばされ、制御不能のままアステロイドに激突し砕け散った。『アルゴス』は、艦橋に直撃を受け、一瞬の閃光の後、ただの捻じ曲がった金属の塊と化した。

第17駆逐隊は、有効な反撃を組織する間もなく、一方的に蹂躙され、その数を急速に減らしていったのだ。


アステロイドの狭間を縫って、必死に回避運動をとる艦もあった。生存本能が、彼らに最後の抵抗を促したのだ。

しかし、ECMによってレーダーもセンサーもその機能を奪われた状態では、その動きはあまりにも鈍重で、熟練の狩人にとっては予測容易なものであった。

敵は、まるで盤上の駒を冷徹に動かすかのように、あるいは、蜘蛛が巣にかかった獲物を巧みに操るかのように、第17駆逐隊をアステロイドの密集地帯へと巧みに追い込み、あるいは同士討ちを誘発させ、着実に、そして愉しむかのように、その数を減らしていく。

爆発の炎が虚空を焦がし、破壊された艦体の破片が、新たな死のデブリとなって宇宙空間を漂う。

阿鼻叫喚の地獄絵図が、この名もなき辺境の宙域、カストルに現出していた。


「くそぉっ! 撃て! 撃ち返せ! 何でもいい、奴らに一矢でも報いるのだ!」

旗艦『プロメテウス』のブリッジで、グレイブス中佐は顔面に新たな裂傷を作り、額から流れる血が片目を赤く染めながらも、獅子のように吼え、指揮を執り続けていた。

彼の声は怒りに震え、その瞳には、たとえ万に一つの勝ち目がなくとも、リベルタスの自由の戦士としての誇りを最後まで捨てぬという、燃えるような不屈の闘志が宿っていた。

「怯むな! 我らはリベルタスの子! 帝国か、あるいはその走狗か知らぬが、無法者の犬どもに、やすやすと喉笛を噛み切られてたまるか!」


その老将の、魂からの檄に、僅かに残った兵士たちの心がかろうじて奮い立った。

主砲が、副砲が、対空機銃までもが、残された最後の弾薬を燃焼させ、敵艦隊へ向けて必死の抵抗の火線を放つ。

しかし、その抵抗は、あまりにも儚く、そして微力であった。

シュタイナー艦隊の、鹵獲した最新鋭艦を改造した強固なシールドと重装甲は、第17駆逐隊の旧式な火砲による攻撃を、まるで玩具の弾丸のように容易く弾き返し、あるいは吸収してしまう。

そして、その抵抗は、逆に、より激しく、より冷酷な報復の嵐となって、彼らの頭上に降り注ぐのであった。


ブリッジにも、ついに敵の太いレーザーが掠めた。強化ガラスの一部が衝撃で砕け散り、壁の一部が赤熱し、溶解する。火花が滝のように激しく散り、配線が焼け焦げる嫌な臭いが立ち込めた。

衝撃で数名のクルーが壁に叩きつけられ、床に倒れ伏し、動かなくなった。

医療班の若い衛生兵が息をのみながら駆け寄るが、その顔には深い絶望の色が浮かんでいる。

「司令! 第5戦隊、全艦応答なし! 恐らく…全滅です!」

「第2戦隊旗艦『オデュッセウス』も、エンジン大破、戦闘継続不能!」

「弾薬、各砲塔、残り10パーセントを切りました!」

次々と叩きつけられる、もはや報告というよりは断末魔に近い凶報に、グレイブス中佐は奥歯をギリリと強く噛み締めた。万策、尽きたか…。彼の屈強な肩が、初めて僅かに震えた。


だが、その時であった。彼の傍らで、先ほどから血塗れになりながらも、微かに意識を保っていた若い通信士――名をレオンといった――が、最後の力を振り絞って、コンソールを操作していた。

破壊された通信設備の一部を、震える指で応急修理し、彼は最後の望みを託して、SOS信号を発信し続けていたのだ。

その信号は、敵の強力なジャミングによってほとんど掻き消され、遥か彼方の連合軍基地や友軍艦隊に届く保証など、万に一つ、億に一つもないのかもしれない。

それでも彼は、諦めなかった。故郷の惑星で、彼の帰りを待つ幼い妹の笑顔が、彼の脳裏をよぎったからだ。自由を、仲間を、そして愛する者の未来を、諦めるわけにはいかなかった。


「届け…誰か…! 我らの声よ、星々を超えて、届け…!」

彼の唇から、息も絶え絶えの、しかし切実な祈りの言葉が漏れる。

「こちら、リベルタス共和国連合軍、第17駆逐隊! 座標カストルXXX! 所属不明の敵艦隊に包囲され、壊滅寸前! 損害甚大! 誰か…誰か応答してくれ…! この宇宙そらのどこかに、まだ正義の星が輝いているならば…我らに、救援の光を…!」

彼の指が、最後の力を込めてコンソールを叩く音が、破壊され、煙の立ち込めるブリッジに、弱々しく、しかし確かに響いていた。

それは、深淵の闇に向かって放たれた、最後の、そして最も切実な祈りであり、この絶望的な戦場における、唯一の希望の糸であったのかもしれない。


***


一方、敵艦隊旗艦『アラクネ』(蜘蛛の意を持つその艦名は、シュタイナー自身が名付けた)の、静かで豪奢なブリッジでは、司令官ヴォルフガング・シュタイナーが、ゆったりと司令官席にその身を預け、眼下の蹂躙劇を、まるで劇場で演じられる、いささか退屈な悲劇を鑑賞するかのように、冷ややかに眺めていた。

彼の口元には、獲物をなぶる猫のような、満足げな、しかしどこか空虚ささえ感じさせる笑みが浮かんでいる。


「ふん、全く歯応えのない連中だ。リベルタスの辺境警備軍など、所詮はこの程度か。これでは、狩りの愉しみすらないではないか」

彼は、傍らに立つ、爬虫類のような目をした副官ハインツに、嘲るように、そして少し不機嫌そうに言った。

「独立戦争の英雄の子孫とやらも、百年以上の平和な時代にすっかり骨抜きにされ、牙を抜かれてしまったと見えるな。嘆かわしいことだ」


ハインツは、主人の言葉に、いつものように卑屈な笑みを顔に貼り付けて応えた。

「まさに、提督の御慧眼ごけいがんの通りにございます。提督の神算の前には、赤子の如し。ですが…あの旗艦、意外としぶとうございますな。未だに、貧弱ながらも抵抗を続けております」


「ほう? 多少は骨のある老将がいると見えるな」シュタイナーは、僅かに興味を示したように片眉を上げた。退屈しのぎにはなるかもしれん。「よし、ハインツよ。あの旗艦に集中攻撃をかけよ。無駄な抵抗がいかに愚かしいかを、骨の髄まで思い知らせてやるのだ。見せしめだ。あのふね塵芥ちりあくたと化す様を、他の残党どもにも、そして、いずれ我ら『鉄の髑髏旅団』に逆らうであろう全ての愚か者どもにも、見せてやるがよい!」


「はっ! 直ちに!」ハインツは恭しく頭を下げ、旗艦『プロメテウス』への最終的な集中攻撃命令を、冷酷に伝達した。

ブリッジの隅でその命令を聞いていた若い砲術士官の一人は、この一方的な虐殺に、僅かな良心の呵責を覚え、顔を伏せた。だが、シュタイナーの恐怖支配の前では、異を唱えることなどできようはずもなかった。彼もまた、この歪んだ組織の歯車の一つに過ぎないのだ。


シュタイナーは、新たに注がれた琥珀色の液体が入ったクリスタルのグラスを手に取り、満足げにそれを傾けた。彼の心には、揺るぎない勝利への確信と、自身の絶対的な力を誇示することへの歪んだ愉悦だけがあった。

彼は、知らなかった。いや、気にも留めていなかった。

あのしぶとい旗艦から、今この瞬間も放たれ続けている、か細く、絶望的なSOS信号が、奇跡的にも、星々の海を超え、この戦場に、そして彼自身の傲慢な運命に、予想だにしなかった激しい嵐を呼び込もうとしていることを。


絶望の交響曲が、その最も悲痛な、そして最終楽章を奏でようとしている。だが、遥か彼方の宇宙そらの片隅では、一つの若き魂が、その悲鳴に応えようとしていた。運命の女神は、まだサイコロを投げ終えてはいなかったのだ。この死せる海に、予期せぬ光が差し込もうとしていることを、まだ誰も知らない。

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