第9話 猫と犬
15歳、4月13日。
「だるいなぁ……昼まで寝ていられるのが懐かしい」
沙織は机の上にぐったりと伏せて、深いため息をついた。
「帰ろうか」
「はーい」
クラスメートたちに別れを告げて教室を後にした。
廊下では、他のクラスの生徒たちが通り過ぎる二人に視線を送ることがよくあった。このような状況には二人ともすっかり慣れていた。
「本当、猫になりたいなぁ……寝たい時に寝て、遊びたい時に遊んで、ご飯も誰かがくれて、学校にも仕事にも行かなくていいなんて」
「もし沙織ちゃんが猫だったら、絶対飼ってあげるよ?私、どっちかっていうと犬派だけど、猫化した沙織ちゃんなら全然OKです。毎日毛をとかしてあげたり、可愛い服を着せて写真撮ったり、一緒に寝たりするよ」
「それはやめておきます。私はドMじゃないから」
沙織には専属運転手がいるので、心優を乗せて帰るつもりだった。しかし、家が違う方向にあるし、迷惑をかけたくないと思ったため、心優は断った。
その後、別れを告げた。
学校近くの公園を通りかかった心優は、同じ高校の男子制服を着た人が木の下でしゃがんでいるのを見かけた。
しばらく考えた後、心優はようやくその人を見分けた。
「それは……宮野くん?そこで何してるの?」
誰かに見られている気配を感じたのか、宮野は突然振り返った。その時、彼が抱えている豆柴に気づいた。
豆柴を見た瞬間、心優の目がキラキラと輝き、すぐに宮野の横に歩み寄ってしゃがみ、豆柴の頭を撫でている。
豆柴は目を細めて、とても楽しそうだった。
「可愛いいいいいい!」
「えっ?あの、心み……篠原さん?」
「あ、ごめんなさい!」
心優はすっかり宮野の存在を忘れちゃった。
自分の失礼に気付いた彼女は慌てて謝った。
「篠原さんなぜここに?」
「帰りにここを通ったんだ。 それに名前で呼んでもいいよ」
「アッハイ」
さっき、宮野が自分の名前を呼ぼうとしたようだけど、途中で言い直したのに気づいたからそう提案した。彼以外のクラスの皆もそう呼んでいるのだから。
「ところで、この子は宮野くんのペットなの?」
「さっき通りかかった時、この犬が木の下でぐったりしているのを見かけて、近づいたら急に飛びついてきた。それで君が来たんだ」
しかし、今は尾を振っている豆柴はとても元気そうで、宮野が言ったようなぐったりした様子ではなかった。
心優は豆柴の首輪に刻まれた『レオ』という名前と電話番号に目を留めた。
「この子はおそらく飼い主とはぐれてしまったんだと思う。 首輪に電話番号が刻んであるから、かけてみよう?」
「あっ、そうだね」
心優がレオの飼い主に電話をかけて状況を説明したところ、公園に到着するまで約五分ほどかかると言われたので、一時的に面倒を見るようお願いされた。
電話を切った後、宮野はベンチに座り、顔に輝く笑顔を浮かべながらレオと遊んでいる心優を眺めている。
「心優さん、君、犬が好きそうですね?」
「うん、とても好き。私は犬派なの」
子どもの頃、犬を飼いたいと思ったこともあったけれど、妹が動物アレルギーを持っているので、家ではペットを飼うことが常に禁止されていた。
だから、今こうしてやっと犬と遊べる機会ができたから、心ゆくまでレオと遊びたいのだ。
「そういえば、宮野くんはこの辺りに住んでるの?前に会ったことない気がするんだけど」
「……実は、実家がカフェをやっているので、普段は店で手伝っているんだ。店はここから近くにあるから、よくこの辺りを通る」
「カフェか……そういえば、妹が前に商店街に新しくて結構並んでるカフェがあるって話してた」
「それは実家のカフェなんだ。 二ヶ月前にオープンした」
「なるほど、時間があれば行ってみるね」
「ほ、本当ですか!?」
宮野の妙な激しい反応を見て、心優は思わず笑ってしまった。
「なんでそんなに驚いたの?」
レオも疑問の表情を浮かべて、首をかしげながら宮野をじっと見つめている。
自分の変な振る舞いに気づいた宮野は、恥ずかしさを紛らわせようと数回咳払いをした。
「……済まない。もし来る予定があるなら、事前に教えてくれれば席を確保しておく」
ほどなくして、飼い主がまるでマラソンを走ったかのように喘ぎながら公園に到着した。
お礼を言った後、レオを連れて帰っていった。
「また遊びたいなぁ……」
「いつかきっとまた会えるから」
「あーあ、そうだといいね」
公園を離れた二人は、しばらく一緒に歩き続けた。
そして、やがて分かれ道に差し掛かり、そこで立ち止まった。
「私はこっち」
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね、宮野くん」
心優は振り返って、いつもの笑顔で宮野に別れを告げた。