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第8話 変な人

 15歳、4月の春。

 今日は高校登校日初日。


 心優は教室の隅で頬杖をつきながら窓の外を眺めている。

 この高校三年間で素敵な思い出を残し、青春を謳歌できればいいな――彼女は心の中でそう願った。


「こんな朝早くから彼氏のことを考えているのかい?」


 前に座っているのは、久保(くぼ)沙織(さおり)という少女だ。長いストレートの黒髪と美しい茶色の瞳を持つ彼女は、近視の度数は400度であるが、眼鏡を掛けるのは不便なのでよくコンタクトレンズを使っている。中学校の頃からの知り合いで、今ではすっかり仲の良い友達。


 この二人は中学時代、学校の『可愛い女子ランキング』で、三年間連続で一位と二位を独占していた。しかし、心優はそのことを他の人から聞いただけで、実際にどうだったのかはよく知らない。


「そんなことないわ。それにそもそも私は彼氏なんていないから」

「じゃあ、何を考えている?」

「大したことじゃないよ。ただ、これからの高校生活が楽しく過ごせたらいいなって思う」

「それなら彼氏を作れよ」


 沙織は相変わらずこの手の話ばかりしてくる。でも心優はもう慣れていた。


「私にはもうあなたがいるんだから、彼氏なんて必要ないでしょ?」


 心優は笑いながら、わざと彼女をからかった。


「うわっ、気持ち悪い。やっぱり早く君に彼氏を見つけてあげなきゃ」

「まぁまぁ、そんなことは運命に任せよう」

「さすが中学時代、学年3位以内に入ってた優等生だったな。もし好きな男子たちが君が恋愛したくないって知ったら、きっと落ち込んじゃうかもしれないよ」

「大げさだよ」


 雑談をしていると、教室の扉が開けられた。

 この高校の男子制服を着ていて、心優よりも十センチほど高く、身長は約172センチ以上、黒髪で顔に乱雑な黒い線が覆われている男子が教室に入ってきた。

 彼が心優のいる隅に頭を向けると、その場に呆然と立ち尽くしている。だがすぐに我に返り、廊下側の一番前の席に座った。


 しばらくすると、先生が教室に入ってきた。彼女は黒板に自分の名前、藤原(ふじわら)晴子(はるこ)と書いた後、今年の一年一組の数学教師兼担任であると自己紹介をした。

 出席を確認し終わると、藤原先生の指示に従って、皆は教室を出て、体育館に向かって列を作った。全ての一年生が入学式に参加しなければならないので、一年一組も例外ではなかった。

 校長と生徒会長の式辞は、正直少し退屈だった。沙織ですら耐えきれず、何度もあくびをしていた。それでも、心優も最後まで真剣に耳を傾けていた。


 入学式が終わった後、教室に戻った。

 短い休憩の後に自己紹介の時間がやってきた。まずは廊下側の一番前の席、つまりあの顔に黒い線が覆われた男子から始まる。


宮野(みやの)祐樹(ゆうき)です。趣味はピアノと料理だけど……あの……これからよろしく」


 宮野は緊張しているようで、声が少し震えていて、だんだんと小さくなっていった。

 その後、皆は席の順に一人ずつ自己紹介をしていった。

 その間、心優は全員の名前を心の中で覚えようと努めている。これから一年間は同じクラスで過ごすのだから、もし誰かと話す時に相手の名前が分からないと失礼になるかも。


 すぐに心優の番が回ってきた。


「初めまして、篠原心優です。皆、心優って呼んでね。特に取り柄はないけど、何か手伝えることがあったら気軽に言ってね!」

「心優、LINE交換してもいいですか?」


 私が自己紹介を終えると、佐藤(さとう)悠人(ゆうと)という名前の男子が、冗談交じりに話しかけてきた。


「うん、あとでね。クラスのグループ作るのもいいかも」

「心優ちゃん、あいつには気をつけてね。悠人はチャラい人だったんだよ」

「おい、ハルお前、俺の評判を台無しにしないでくれよ!」

「正直に言っただけだよ」


 早乙女(さおとめ)ハルという女の子が、わざと佐藤に対抗するように、いたずらっぽく舌を出して見せてきた。


 その二人のやり取りに皆が笑い出し、クラスの雰囲気が一気に賑やかになった。

 こんなに早く一つの願いが叶うとは思わなかったな――心優はそう思い、笑みを浮かべた。


「あらあら、さすがは昔から女神様と呼ばれている心優ちゃん。自分の魅力でクラスの雰囲気を変えちゃったね」

「あのな、沙織ちゃん。女神様とか、もう何度もそんな風に呼ばないでって言ってたじゃん、恥ずかしいよ。それに皆が親切だったからで、私のおかげじゃない」

「謙虚だね。でも、だからこそ、君を知ってる人は君のことが好きなのかもしれない」

「沙織ちゃんもか?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、沙織の反応を楽しみにしてる。


「百合に興味がない」


 沙織は本を丸めて、冗談の罰としてそれをいたずらっぽくニヤニヤしている心優の頭を叩いた。


「はいはい、そこまで。これからいくつかお伝えしたいことがありますので、しっかり聞いてください」

「はーい」


 藤原先生はクラスの雰囲気があまりにも盛り上がりすぎて、さらに騒がしくなる前に適切に制止した。


* * *


 放課後。


 早乙女が心優の方へ歩み寄った。


「沙織ちゃんと心優ちゃん、連絡先を交換しましょうか?」

「アッハイ」


 ちょうど交換したところで、佐藤もこちらに歩いてきた。


「俺とも交換しよう」

「ダメ」


 早乙女は彼の耳を引っ張って心優たちに近づけさせなかった。


「痛ッ……放せ……!」

「あんた、またナンパしようとしてるでしょ?」

「ただ連絡先を交換するだけだ!」

「お二人はカップルなの?」


 心優は頬杖をしながら冗談っぽく言った。その二人は一見すると喧嘩しているように見えるが、実際には全く火花が散っていないらしい。


「「違うわよ!誰がこのバカとカップルだって?たまたま幼馴染だっただけだよ!」」


 佐藤と早乙女は顔を赤らめ、ほとんど同時に言い返した。


「「誰がバカだ?」」


 また声を揃えて言った。

 すると、早乙女は佐藤の耳を引っ張りながら他のところで連れて行き、喧嘩を始めた。とはいえ、カップルのじゃれ合いのような感じだった。


「罪な女」

「え?」


 クラスメイトたちが次々と教室の隅で集まり、心優や沙織とLINEを交換しつつ、どの中学校を卒業したのかや、なぜこの進学校を選んだのかといった話が盛り上がっている。


 話している間、心優はさっきから静かに読書している宮野に気づいた。早乙女と佐藤が彼の前で喧嘩しているのに、彼はまったく影響を受けていないようだった。自分がまだ彼とLINEを交換していないのを思い出し、心優は立ち上がってそちらへ向かう。


「宮野くん、LINEを交換しようか?」

「えっ?」


 まさか心優に話しかけられるとは思っていなかったのか、宮野はあっけにとられた。


 自分の言葉を聞いていないと思って、もう一度言おうとしたところ、宮野がようやく気づいて慌ててスマホを取り出してきた。


「あっ、すみません、ちょっと待ってください」


 そう言いながら宮野は画面のロックを解除した。


「あなた、なんか緊張してる?」

「くっ……」

「心優、俺もまだLine交換してないんだよ」


 早乙女と喧嘩していた佐藤は、心優に気づくと、わざと目の前の早乙女の存在を無視した。

 すると、早乙女の表情は一変し、まるで寒気を感じさせるような冷たい目つきで彼を見つめている。


「えっと、また今度にしましょう?今面倒なバカがいるんだから」


 まずい予感がしたのか、すぐに言いながら逃げ出した。自分がバカだと言われたのを聞いた早乙女は即座に追いかけていった。


「仲いいね」

「あの二人はよくこんな風になる」

「知り合い?」

「うん。昔、あの二人が喧嘩していた時に急に誰が悪いかって聞かれて、それで知り合った」

「へえー、そうなんだ。なんか面白そうだね」


 その後、LINEを交換した。


「あの、三年前の夏祭り……覚えている?」


 席に戻ろうとすると、突然宮野から何とも不可解で意味不明な質問をしてきた。


「夏祭り?」

「……いや、別に」

「それじゃこれからよろしくね、宮野くん」


 笑顔を浮かべてそう言い残すと、心優は小走りで自分の席に戻り、待っていた沙織と一緒に教室を出ていった。

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